第241話:空へと至る道
「姉さん、姉さん無事なの!?」
「ラムダ……平気よ……ワサビくんがクッションになってくれたから大した怪我はしてないわ……」
「それは落下の衝撃に関してなのだ! ルシファーから受けた攻撃の傷の手当てをさっさとするのだ!」
「まぁ、弊機たち『機械天使』の“目から怪光線”は非常時用の最終手段なので大事には至っていないでしょう。せいぜいもともと無いような平たい胸が内側に窪むだけですって!」
「思ったより重傷じゃないか……」
「窪む……!? うっ……お姉ちゃんの亡骸は胸を珪素で盛ってね……ガクッ……」
「大丈夫そうだな……」
――――魔王軍最高幹部【大罪】の一角である【堕天】ルシファーを撃破して地上に下りた俺を待っていたのはボロボロになって疲弊しきっていたダモクレス騎士団の惨状だった。
オクタビアス卿率いる第八師団は完全に壊滅、ツヴァイ姉さんは重傷でオリビアの治癒を受け続け、第四師団と第五師団も構成員の大半を戦闘不能状態にさせられていた。
「最高幹部たった一人にわたくしたちがここまで傷手を負わされるなんて……!? まだ魔王軍には大軍も【大罪】の長であるアケディアス=ルージュも控えていると言うのに……!」
「お、落ち着いてよレティシアさん……! まだ僕たちの負けが確定したわけじゃ……」
「それはもちろんですが、このまま突撃を続行しても待っているのは全滅だけですわよ、アリア! ヴィクター兄様、いちど安全な場所に退避して大勢を立て直すべきです!」
「馬鹿を言うなレティシア! あの空中要塞『メサイア』の制空圏の何処に『安全な場所』が在るんだ? このまま戦うしかないだろう!!」
不毛地帯で戦闘に従事するダモクレス騎士団の指揮権を握るヴィクター第一王子とレティシア第二王女の意見は完全に真っ二つ。
片やレティシアは身を隠して大勢を立て直すべきだと進言。一見すると臆病に聞こえるが、満身創痍で戦闘を続行して全滅を早めるよりはマシだと言う判断だ。
片やヴィクター第一王子の意見はあくまでも徹底抗戦。確かに聞こえはよく勇敢に聞こえるが、王子の表情には焦るが見える。恐らく彼はルシファーに半壊させられた騎士団の現状と戦場を俯瞰する『メサイア』の威圧感に気圧されて自棄になっているのだろう。
「辺りが暗くなったね……」
「日光が『メサイア』に隠れてもうたみたいやな……。なんやあの山みたいにでかい要塞は……雲突き抜けてもうてるやんけ……」
時刻はまだ昼頃だが、山よりも巨大な『メサイア』に日光は遮られ、戦場はまるで夜のように暗くなっていく。
空中要塞『メサイア』は不毛地帯【テラ・ステリリス】の外縁部にそびえるように停止している。距離にすれば数十キロメートルも離れているだろう。だが、そんな距離からでも天を突くような“十字架”は異様な存在感を放っている。
元が内政向きのヴィクター第一王子が怯えるのも無理はない。精鋭たるダモクレスの騎士すらも恐怖で脚を竦ませているのだ、彼の抱いた感情は何も間違っていない。
それでも戦いの道を選ぼうとするあたりに、ヴィクター第一王子も並々ならぬ『覚悟』をしている事が分かる。それだけに判断は難しい。
進軍か撤退か――――もし、グラトニスが早期に戦争を決着させようとするのなら空中要塞『メサイア』は不毛地帯を突っ切ってグランティアーゼ領へと侵入する、絶対に大勢を立て直す暇は無い。
ルクスリア=グラトニスと言う女はここで手をこまねく性格じゃ無い。俺を釣り出すためにも必ず進撃を始めるだろう。つまり、俺たちはヴィクター第一王子の危険な提案に乗るしかないのだ。
「アッハハハハハ! いい焦燥っぷりね、哀れすぎて涙が止まらないわ!」
「ルシファー……生首にされても減らず口は治らないようだな?」
そんな窮地に陥ったダモクレス騎士団を嘲笑うは堕天使ルシファー。
目から怪光線を出せないようにサンクチュアリ卿の封印術を施した聖骸布で両眼を封じ込められ、エトセトラ卿の背中から伸びた機械式の触手の一本に鷲掴みにされた彼女はそれでも悪態をつくのを止めてはいなかった。
「ハッ、生首だけにされた負け犬が何を偉そうに言っているんだか。マスターもなんか言ってやって下さい!」
「オメェもまだ生首なんだよ、ジブリール……」
首から下の身体を全て破壊され、それでも尚死なないのは先のジブリールの件でなんとなく察していたが、触手の先端でケラケラと笑うルシファーの姿にはやはり不気味なものを感じる。
「あんたなぁ、調子乗んのも大概にしぃや! こっちはオクタビアス卿や大勢の騎士を殺されてご立腹なんや! 今すぐ解体されたくなければ黙って『メサイア』の主砲を封じる“弾除け”になっとき」
「ハンッ、解体してしまえば『メサイア』は即座に【星間十字砲】を此処に撃ち込むでしょうね……! もっとも……既に当機は無様を晒した敗者……通信手段さえ残っていれば当機もろとも主砲で貴方達を道連れにできるのに……」
ルシファーが戦線から離脱できていない以上、俺たちが居る場所に主砲【星間十字砲】が撃ち込まれる可能性は低い。
部下を極力大切に扱うグラトニスの命令だろう。それのお陰で俺たちは生き長らえていた。
だが、それも今の内だ。機械天使に“自動修復”があるのは【逆光時間神殿】でのジブリールで確認している。
ルシファーも時間を掛ければ修復が進んで通信手段が復活する。そうなれば彼女は自分もろとも俺たちを主砲【星間十字砲】で吹き飛ばすように要請するだろう。
「ラムダ団長、死都方面より大軍が進行する音が聴こえます……距離は三里ほど! 恐らくは魔王軍の主力部隊が進軍してきたものかと……」
「本当ですか、リヴさん!? ルシファーが倒されたのを悟って動いたのか……! このままじゃ魔王軍と空中要塞『メサイア』に挟み打ちだ……」
そして、さらなる脅威も近付きつつあった。兎の亜人種であるリヴが優れた聴覚で感じ取ったのは遠方より迫る大軍の足音、魔王軍主力部隊が近付いてくる音だった。
空中要塞『メサイア』からの攻撃に巻き込まれないように退避していると思われていたが、俺とルシファーの戦闘が終わったのを確認して動き出したのだろう。
「ルシファーが倒されたから『次は自分達が戦う番だ』と息巻いているのか、はたまたルシファーを奪還する気か? 何れにせよ迎撃は必須だろうね」
「アインス卿の言う通りじゃ。満身創痍な味方を運んでいては敵に追い付かれる……此処で迎え撃つしかあるまい……」
「はぁ~……防衛戦はオクタビアス卿の独壇場やのに、そのオクタビアス卿が戦死するなんてうち等もそろそろ命運尽きたか?」
「魔王軍を迎え撃つにしても、主砲【星間十字砲】を先になんとかしないと! もし、魔王軍が味方もろとも俺たちを消し去る決断をしたら一巻の終わりです!」
傷だらけの仲間を引き摺って魔王軍からは逃れられなさそうだ。残った戦える者たちだけで迫りくる脅威に立ち向かわなければならないだろう。
だが、遠方には空中要塞『メサイア』が鎮座して戦場を常に狙っている。もし、魔王軍の将が味方もろともダモクレス騎士団の壊滅の為に主砲を撃てばそれで俺たちは全滅だ。
魔王軍の撃退もそうだが、主砲【星間十字砲】も対処しないといけない。
「で、でもあの空中要塞『メサイア』は遥か遠方。どうやって彼処まで行く気ですか、ラムダ様?」
「空中要塞『メサイア』にはマスターが使用しているものと同じ障壁が張られていて、主砲以外にも多数の武装を搭載しています。簡単に接近出来ないですし、マスターとコレットさんの“瞬間移動”も阻まれてしまうでしょう……」
だが、肝心の『メサイア』までの距離は果てしなく遠い。戦場の彼方に見える大山のような要塞に向かうにはまだ多くの障害を乗り越えないといけない。
搭載されていると思われる無数の無人機、多数の対空砲、そして機体を守る障壁、それらが行く手を阻んでいる。
「どうすれば……」
「アハハハハ! そう、もっと苦しみなさい、もっと苦悩しなさい! 迷えば迷うほど、破滅はあなた達に迫ってくるわよ!!」
「お前は黙っていろ!」
立ち塞がった壁に迷いを感じていた俺を煽るように誂うルシファーに苛立ちを募らせてしまう。
「マスター、残念なお報せです……! ノア様が用意した空中要塞『メサイア』への突入手段の用意が整ったみたいです……!!」
「ノアが……? 一体なにを……?」
「な、何なのだ、あの光の帯みたいなものは?」
「ノア様がルチアさんとテレシアさんにお預けした“バリスタ”の設置が完了した合図です」
しかし、そんな中でジブリールによって一筋の“光明”は齎された。
俺たちの頭上を南北に渡るように現れたのは輝く“帯”のような光。ノアが用意して、事前にルチアとデスサイズ卿に預けていた策らしい。
「これぞノア様が考案した空中要塞『メサイア』を穿つ“槍”を超高速で撃ち出す“超弩弓”……その名を【受難ノ日】!!」
明かされた光の正体は“超弩弓”【受難ノ日】――――空中要塞『メサイア』に向けて必殺の“槍”を撃ち出すための発射装置らしい。
「この“超弩弓”で空中要塞『メサイア』に向けて放つのは【神殺しの槍】……つまりはマスターです!」
「これで空中要塞『メサイア』に向かて攻撃を……今なんて言った!?」
その装置で撃ち出すのは【神殺しの槍】――――どうやら俺のことらしい。ふざけるな。




