第239話:VS.【堕天使】ルシファー④/神曲
『ハァ!? どう言う意味よ、ノア!? あたしたち別働隊に対して【ルーペス峡谷】にも【フォラメン洞窟】にも突入するなですって!?』
『お、落ち着いてヘキサグラム卿……! む、胸ぐらを掴んでブンブンするから……ノ、ノアさんが目を回しています……!』
――――時は少し遡り廃都アレーシェット、空中要塞『メサイア』出現直後の出来事。
魔王軍の“切り札”の出現を受けたノアは、ダモクレス騎士団による総攻撃作戦『グランティアーゼの剣』に待ったをかけていた。
『あの空中要塞には広域を瞬時に消し去る戦略兵器が積まれています。万が一、その兵器が使用できるのなら魔王軍は私たちの進行ルート上には布陣せず、敵本陣の近くで待機して私たちがのこのこ現れるのを待っているはず……!』
ノアの要求は『北側と南側のルートから進行する別働隊が進軍を留まらせる』こと。
彼女は魔王軍が空中要塞『メサイア』の主砲【星間十字砲】でノアと俺が不在だと確信した部隊を吹き飛ばすと予期していた。
『なるほど……意図が読めたよ。敵が進軍しないのは三つのルートを進む僕たちをあの空中要塞で爆撃するのに、味方を巻き込ませない為のグラトニスの配慮か……』
『ダモクレス騎士団側で空中要塞からの攻撃を免れる事が出来るのは私とラムダさんのいる部隊だけ。魔王グラトニスは私たちを引き込みたがっていますから……』
『にゃるほど……つまりノアさんとラムダ卿が居ないと判った瞬間、別働隊である我々は戦場ごと“ボーン”って吹き飛ばされる訳ですね?』
『そういう訳です。気持ちは分かりますが、どうか私を信じて進軍はしないで下さい……!』
当初、別働隊と任されていた第六、第七、第九、第十師団の団長達は『戦場がまるごと吹き飛ばされる』と言う余りにも飛躍した規模の兵器を空中要塞『メサイア』が搭載している事を訝しんで顔を顰めていた。
しかし、幻影未来都市【カル・テンポリス】と獣国ベスティアで共に同行した四人にはアーティファクトが齎す圧倒的な破壊も、アーティファクトに精通したノアの忠告も受け入れざるを得ない事実にしかならなかった。
『あ~はいはい! じゃあ進軍しないわよ、他ならないあなたの頼みならね!』
『ルチアちゃん、ありがとうございます! すぐにメサイアによる最大破壊予測を算出して、身を隠すのに最適な座標を弾き出しますね!』
『で、では我々はその座標で待機……あ、あの超巨大アーティファクトが主砲を放った場合は……』
『その場合は破壊座標は大きく地盤が抉れてまともに進むことは困難になると思いますので、後でお渡しします特性の“バリスタ”を指定座標に設置後、ヴィクター第一王子率いる本隊への合流を目指して下さい! では……“救世主”の名を冠したアーティファクトの意表を突く槍――――“パターン・ロンギヌス”を実行に移します!』
故に、ルチアたち別働隊はノアの忠告を信じて不毛地帯北部の【ルーペス峡谷】にも南部の【フォラメン洞窟】にも進軍はしていない。
今頃、彼女たちは大地から昇った十字架の光を遠目に見ながら此方への合流に急いでいる筈だ。
つまり、ルシファーが俺を苦しめる為に南部に放った【星間十字砲】に巻き込まれた騎士たちは誰ひとりとして居ない。
「さぁ、仲間たちの“死”を嘆きなさい! その哀しみを当機の剣が絶ち斬って、貴方を苦しみから解放してあげるわ!!」
「残念……! お前の目論見は外れだよ、このガラクタ天使!!」
「なっ……!?」
ルシファーは俺の魔王権能が抱える負荷を利用して、俺が仲間の死を悼んでいる瞬間を狙おうと剣を振りかぶっていた。
だが、今しがた放たれた主砲は誰も殺せず、俺の意識は目の前の堕天使に集中できている。
「魔剣駆動! 喰い千切れ――――“大狼喰牙”!!」
「まさか、当機の策が読まれ……っあ!? 左腕……損壊…………両腕……欠損…………!!」
片手での出力低下を補う為にルシファーは大きく剣を振り上げていた。だから、俺の反撃は綺麗に決まってしまった。
ルシファーの振り下ろしを迎撃する形で下手から振り上げた魔剣は彼女の左腕の肘を斬り抜き、切り離された黒い大剣は機械天使の左腕と共に空中に放り出されて落下していった。
「あぁ……当機の腕が……!? ルクスリアに『お人形さんのように綺麗な手』って褒めてくれた当機の腕が……!!」
「何が綺麗な手だ……! 殺しに手を染めた時点で俺もお前も、手はドス黒く汚れているんだよ……!!」
遂に両腕を失ったルシファーはバイザーから覗く朱い“一つ目”をしきりにキョロキョロとさせて腕の断面から弾ける放電の火花に顔を青ざめている。
しきりにグラトニスを気にする様子を見て思うのは、ルシファーは自分の身体が欠損する恐怖よりも、グラトニスが気に入ってくれた自身の駆体が失われる事に恐怖を感じていること。
徹頭徹尾、誰かの役に立つことを主体とした“物”である事を存在意義とする。同じ思想をしたノアに似ている。
「くっ……これ以上の戦闘は……! ル……【ルミナス・ウィング】、斉射攻撃開始!!」
「まだ抵抗する気か! どこまでもグラトニスに殉じるつもりなんだな、ルシファー……!」
だから、堕天使は未だに諦めずに俺へと抵抗を続けている。ルシファーは少しずつ後退しつつ、大きく広げた四枚の翼から光の弾丸を撃ち出している。
それで俺を仕留めれるとは思っていなさそうだが、距離や時間を稼いで撤退する気なのだろう。だが、大勢の仲間を殺し、オクタビアス卿まで死なせた彼女をみすみす逃しはしない。
弾幕のように張られた光弾を左腕から展開した盾で全て防ぎつつ、次の攻撃のチャンスをジッと待つ。俺を倒すにしろ、空中要塞『メサイア』に逃げるにしろ、ルシファーがことを成すには大きな動作を起こさなければならない。
「支援要請、支援要請! 無人機ども、当機を支援しなさい! “アーティファクトの騎士”を速やかに撃ち落としなさい!!」
そして、追い詰められたルシファーが取った行動は『無人機による支援攻撃の要請』だった。
戦場を縦横無尽に飛び回る無人機達に俺を襲わせて隙を作るつもりなのだろう。ルシファーから要請を受けた近くの機体たちはそれまで地上にいる騎士達に向けていた機首を一斉に俺へと向けて攻撃をし始めた。
「e.l.f.、【駆動斬撃刃】展開! 迫りくる敵機を片っ端から撃ち落とせ!!」
「了解しました、ご主人様! 【駆動斬撃刃】……ゴー!!」
無論、ただでやられる訳にはいかない。
e.l.f.に操作させた斬撃刃を展開させて、俺に向けて光線を放つ無人機を撃墜させていく。
だが、敵の数は尋常じゃなく多い、目視できるだけでも数百機は確認できる。まるで蝗の大群のように空を覆い尽くした無人機をたかが十基の斬撃刃で喰い止めるのは不可能だ。
「だ、駄目です、ご主人様! 敵の攻撃を防ぎ切れません!」
「分かっている、俺たちを包んでいる障壁から絶対に出るなよ!」
「アッハハハハハ! いい様ね、このまま数の暴力ですり潰されてしまいなさい!!」
斬撃刃からの射撃で一機また一機と無人機は撃ち落とされていくが、反撃の光線は嵐の日の雨のように降り注ぎ、全身に張り巡らせた障壁をガリガリと音を立てながら削っていく。
余りにも多すぎる物量のせいで防御も長くは持ちそうにない。ルシファーも徐々にひび割れていく障壁に気を良くしたのか高笑いをし始めている。
俺に選べる選択肢は二つ、障壁を解いて玉砕覚悟でルシファーに掴みかかるか、このまま障壁内に籠もって無人機を着実に減らしていくかだ。だが、その二つを選べばダモクレス騎士団の戦局や連れ去られたノアの安否が悪化する。
何より……これ以上、ルシファーに俺の仲間を奪われたくない。その気持ちでいっぱいだった。
そんな窮地の中で――――
「祈れ聖なる乙女……これなるは救国の聖女の清らかな涙……祈りて言祝げ、祈りて救え――――我が主よ、私はこの身を世界へと捧げます……!」
「この詠唱は……救国の聖剣!!」
――――聖騎士アインスの声が『メサイアの空』に響き渡る。
「主よ、導きたまえ――――【聖なる乙女】!!」
「しまった!? ラムダ=エンシェントに無人機の勢力を割いたせいでダモクレス騎士団の手が……きゃあああああ!?」
地上から空に向けて、アインス兄さんが“救国の聖剣”【ジャンヌ・ダルク】を振り抜いた瞬間に俺とルシファーの間を真っ白な光が登るように輝き、その光に巻き込まれた無人機が一気に破壊されていく。
それまで、地上に居たアインス兄さん達を攻撃していた無人機を俺を倒すために動員したせいで、逆にダモクレス騎士団に自由に動く隙を与えてしまった。これは俺を倒すことに拘ってしまったルシファーの失策と言えるだろう。
「くそ……! アインス=エンシェントめ、よくも当機の邪魔を……!!」
「何処を見ている? お前の相手は俺だぞ、ルシファー!!」
「ラムダ=エンシェント!? くっ、【行動予測】……!」
「遅い! 魔剣駆動――――“邪竜鋭牙”!!」
「回避……失敗……! 両足……損壊…………」
そして、堕天使に裁きの時は来たる。
アインス兄さんの聖剣によって無人機が一掃され、ルシファーが視線を僅かに逸した隙を突いて俺はルシファーの目の前に瞬間移動を行い、魔剣を思いっ切り振り抜いてルシファーの両足を切断してみせた。
正確には胴体をぶった斬ろうとして、既のところで回避されただけなのだが、結果としてルシファーは『この上ない無様な姿』晒す羽目になってしまっていた。
「いい様だな? そういうのを『達磨』って言うんだろ?」
「当機が……当機の自慢の駆体が……!?」
両腕を失い、両足すら失い、堕天使に残された部位は胴体と頭部のみなった。その哀れな姿にルシファーは口をパクパクとさせて激しく狼狽するだけ。
最早、彼女の抵抗の手段は残されていない。後は、翼すらもいで地面へと叩き落とすだけだ。




