第238話:VS.【堕天使】ルシファー③/ 〜Cocytus〜
「くそ……くそ、くそ、くそ!! 当機の右腕が……! 彷徨える子羊を導く為の救済の右腕がぁぁ……!!」
「まだ下らない戯言をべらべらと!! 死んでいったオクタビアス卿の仇だ、神妙にお縄につけ!!」
ゴルディオ=オクタビアス卿の死と引き換えに得た好機、“機械天使”ルシファーの荷電粒子砲【明けの明星】を彼女の右腕ごと破壊する事に成功した。
ご自慢の腕が大破した事でルシファーの感情回路に乱れが生じたのだろうか、彼女は切断された右腕の断面を庇いながら身悶えていた。
「このままじゃ彷徨える子羊を抱きしめれない……世界の解放を夢観たルクスリアを支えてあげれない……!!」
「彷徨える子羊……グラトニスのことなのか……!?」
「くっ……くくく……ふはははは!! お前は……自分だけが壮大な物語の主人公だと思っているのか? 違う……違う、違う、違う!! ルクスリアもまた、世界に抗う反逆者なのだ!! お前の“女神”がノア=ラストアークなように、当機の“魔王”こそがルクスリアなのだ!!」
荒々しく吠える機械天使は相も変わらず意味不明な戯言を宣っている。
ただ唯一、彼女の言葉で理解できた事があった。それはルシファーが心の底からグラトニスを信奉していること。俺がノアを求めるように、堕天使もグラトニスを求めているのだと。
「当機は……ルクスリアの為の『物語』を紡ぐ! 邪魔を……するな!! 『流れ堕ちよ嘆きの川よ 愛情を裏切った叛逆者を許せ 忠誠を裏切った叛逆者を許せ 信頼を裏切った叛逆者を許せ 偉大なる主を裏切った叛逆者を許せ 堕天使は地の底で叛逆者を噛み締めて 罪深き罪人たちを氷の棺に閉じ込めん』――――【叛逆地獄】……転送!!」
「黒い……大剣……!? それがお前のもう一つの切り札か!」
堕天使は冷たく凍てついた声で詠唱を呟き、残された左腕に一本の大剣を握る。
自分の身長をゆうに越えた大剣、黒い氷の結晶のような物で構築された刀身、その刀身の中を血管のような管を通じて広がる朱いエネルギー、周囲の空気が凍てつくような不気味な感触。
先ほどの【明けの明星】とは真逆の凍りついたアーティファクト。
「あらゆる物質から生命力を喰らう捕食の剣……【叛逆地獄】!! これで……貴方を喰らうわ!!」
「やってみろ……この堕天使が!!」
大剣のアーティファクト【叛逆地獄】を手に、ルシファーは加速して一気に距離を詰めて来た。
振り下ろされた黒い大剣の一閃を魔剣で受け止めれば、魔剣を通じて身体から生命力が奪われる感触が確かにある。
「くっ……!? これは、吸われる速度が尋常じゃない!?」
「えぇ、そうよ。この刃が少しでも触れれば並の人間なら一秒とかからずにミイラになるわ! その心臓に埋め込まれたアーティファクトに感謝しなさい?」
常人では触れることすら許されない吸血の刃、それが堕天使の切り札。思わず後ろに翔んで距離を取ってしまったが、それが彼女の“本気”を引き出してしまう事になってしまう。
ルシファーの身体から溢れる黒いオーラのような光量子の粒子、過剰生成の影響で炉心から溢れたルシファーのエネルギーだ。
間違いない、ルシファーは全力をここで出す気だ。
「全拘束機関……開放! 炉心……全力全開!! 当機は……ルクスリアを“救世主”へと至らせる!!」
「ルシファー……悪いが世界に“救世主”は二人も要らない! この世界を救うのは……我が主、ノアだ!!」
「ならば決闘を! より優れた“剣”を握った主が世界の救いとなるのよ!!」
「俺とお前が“剣”か? 良いだろう、ならグラトニスのご自慢の剣……ここでへし折ってやる!!」
「さぁ……さぁ、さぁ、さぁ! 行くわ……行くわ、行くわ、行くわッ!! 我が名はルシファー、魔王軍最高幹部【大罪】の一角、【堕天】の罪を冠せし機械天使なり――――【オーバードライヴ】……発動ッッ!!」
「我が名はラムダ=エンシェント、グランティアーゼ王国ダモクレス騎士団第十一師団【ベルヴェルク】の長なり! いざ尋常に――――勝負ッッ!!」
お互いに発動させた臨界突破、音を超えて加速しての激突、周囲に爆風を起こすような衝撃と始まった開戦。
ルシファーは恐らく俺を仕留めきるまで逃げはしない、グラトニスに『勝利』を捧げると言う目的を遂行する覚悟は決めたに違いない。だから、これはもう意地の張り合いだ。
自分が信じる相手を次の領域に連れて行きたいと言う願望を叶える為に、敵対した相手の願望を純粋な暴力で捻じ伏せるだけの野蛮な行為だ。それでも俺は止まれない、ただがむしゃらに剣を振るしかない。
俺もルシファーも音速状態で戦場の空を縦横無尽に駆け回り、飛び交うダモクレス騎士団の攻撃や無人機を躱しながら何度も激突を繰り返す。
「喰らえ――――“死獣爪”!!」
「【行動予測】――――回避行動に移ります」
「反撃開始……『罪人を裁け 結審の刃』――――“煉獄断頭台”!!」
「【行動予測】――――くっ!?」
一瞬の隙を突いて魔剣から放った黒い斬撃波はルシファーの内蔵する高度演算能力【行動予測】によって難なく躱され、彼女が俺に向けて反撃で放った斬撃波を右眼の【行動予測】で回避して躱していく。
剣と剣は激しく克ち合い、斬撃はお互いの脇を掠め、銃撃はすぐ横をすり抜けていき、俺たちの攻撃に巻き込まれて被弾した無人機が次々と空中で大爆発と共に四散していく。
「ラムダ、ラムダーーッ! 駄目……ワサビくんの速度でも追いつけない……! サンクチュアリ卿、エトセトラ卿、私にお力添えを……!!」
「うちに任せとき、うってつけの装備があるで! ちょいと飛竜には酷な目に遭うて貰うけど構わんな?」
「ワサビくん、弟を守るために力を貸して!」
「では儂が少し知恵を貸してやろう……! オクタビアスの坊主の仇じゃ、少し本気でいかせて貰うとするかの……!!」
高速で移りゆく景色の中で微かに見える地上では、ツヴァイ姉さんがエトセトラ卿とサンクチュアリ卿と共に何かをしようとしている光景が見える。
きっと俺を手助けしようとしてくれているのだろう。オクタビアス卿の死を引き金に【王の剣】たちもルシファーの打倒を最優先事項と定めている。ツヴァイ姉さん達ならきっと俺とルシファーの戦いに一矢報いる事が出来る筈だ。
その時を今は信じるしかない。
「ツヴァイ、ラムダを任せる! 私は地上から聖剣で無人機を片っ端から叩き落とす!」
「ありがとうございます、アインス兄様! オクタビアス卿……貴方が託した“剣”、必ずラムダに届けます!!」
くるくると回る視界の中で映った騎士たちの姿、散っていった仲間たちを弔う葬送曲の準備。
どうやら俺はそれを待ちわびる事も許されないらしい。
「貴方の手足、此処で削ぎ落とす! 二度とルクスリアに逆らえないように達磨にしてやるわ!!」
「それは俺の台詞だ! 二度と俺の大切な人たちに手出し出来ないように生首だけにしてやる!!」
瞬間移動に次ぐ瞬間移動、攻撃に次ぐ攻撃。俺が斬撃を撃てば素早く回避したルシファーは斬撃を返し、ルシファーが斬撃を放てばそれを既のところで受け止めて魔剣を振るって俺が反撃をする。
一瞬でも気を抜けばあっという間に倒されて終わる。そんな極限状態が俺の神経を鋭利な刃物のように研ぎ澄まさせる。
「隙を生まないと倒せない……! バアル、ゼブル、【堕天】ルシファーより支援要請! 南部【フォラメン洞窟】に向けて主砲【星間十字砲】を発射しなさい!!」
「なっ……貴っ様ぁぁ……!!」
そんな中でルシファーは次なる一手を打った。
空中要塞『メサイア』の主砲による第二射を要請したのだ。場所は不毛地帯【テラ・ステリリス】南部の洞窟帯【フォラメン洞窟】――――第九師団、第十師団が進軍している死都への進行ルートの一つだ。
つまり……ルシファーはメインクーン卿とデスサイズ卿を『メサイア』の主砲で亡き者にして、俺の動揺を誘おうとしている。そして、今の俺には『メサイア』から放たれる無慈悲な浄化の光を止める術は無い。
「くっくっく……次は誰の残留思念を観るのかしらねぇ? 主砲【星間十字砲】――――放て!」
かくして、『メサイア』の中心に掲げられた聖杯は再び白き光を集束して放ち、メインクーン卿達が向かっていた洞窟のある一帯に再び十字架の光が立ち昇った。
不毛地帯全域を真っ白に染める滅亡の光が俺の視界を染め上げて、不覚にもルシファーの姿を一瞬だけ見失ってしまった。
そして――――
「瞬間移動……獲った!! 先ずはその左腕から頂くわ!!」
「ルシファー……!」
――――ホワイトアウトした視界が正常に戻った時、俺の目の前には黒い大剣を大きく振り上げていたルシファーの姿があった。




