表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

28/1167

幕間:厄日


「あぁ、ウゼェ……ウゼェ、ウゼェ、まじでウゼェ……! ラムダの野郎……よくも俺様に恥をかかせてくれやがったな……!」



 ――――オトゥールの街、中央広場。夕陽は地平線の彼方かなたに沈み、光の属性を帯びた魔石で輝く街灯がいとうが街を照らし、家々から団欒だんらんの声が聴こえ、外には僅かな住民や冒険者たちしかいない静かな時間。


 ラムダ=エンシェントがラジアータの村を離れ、オトゥールへの街道をひた走る最中さなか、【黒騎士】ゼクス=エンシェントは苛立ちながら街を闊歩かっぽしていた。


 昨日さくじつ、格下だと思っていた筈のラムダに強打された頭部には包帯が痛々しく巻かれ、時折ときおり走る頭痛にゼクスは悔しさと怒りを増長させていた。



「ゼクス様、あまり感情的になられてはお怪我が……」


「あぁ!? 誰に向かって言ってんだ!? テメェ如きに心配される筋合いねぇよ!!」



 体調を気遣った部下への横暴な態度、ゼクスの怒号どごうに周囲のざわめきは消え失せ、住民や冒険者たちは苛立つ黒騎士を奇異きいの目で見つめながらひそひそと話をし始める。



「またあの黒騎士よ。昨日、こっぴどくやられたのにまだ懲りてないのね」


「【白騎士】アハト=エンシェントのすねかじりめ……! いつまでオトゥールにいる気なんだ?」


「ねぇ、聞いた? あの黒騎士、【ゴミ漁り(スカベンジャー)】とか言うゴミみたいな職業クラスの底辺冒険者に叩きのめされたらしいよ」



 悪評あくひょう悪口わるぐち悪態あくたい――――ゼクスの耳に届くのは悪い話ばかり、それもまた彼の苛立ちを募らせていく。



「チッ! それで、例の洞窟の調査は?」


「ハ、ハイ……! ラムダ様――――いえ、情報提供者の証言通り郊外の洞窟を調べた結果、通常のゴブリンの巣とは考えられない量の武器と食糧が発見されました」


「って事は、マジで何か陰謀が渦巻いているって訳か」



 そんな募る怒りを懸命に抑えながら、ゼクスは部下から調査の結果を受け取る。オトゥール郊外の造られたゴブリン達の拠点の捜索についてだ。


 昨日の食堂での一件の後、ラムダによって情報を受け取った騎士団はオトゥール郊外の洞窟を調査し、そこに居たゴブリン達が何らかのめいを受けていた武装集団であることを掴んでいた。



「どうする……親父おやじに報告するか? いや、それよりかは俺様が手柄を独り占めしたほうが良い。そうすりゃ、俺様も王立騎士団への足掛かりが……!」



 ロクウルスの森のガルム討伐を弟に横取りされ功を焦るゼクスは、一連の事件の背後にいると思われる『組織』に目をつけていた。


 彼、ゼクス=エンシェントは“手柄”をほっしている。かつて、若きの日の父や母、実の兄と姉が在席する騎士団の最高峰――――『王立ダモクレス騎士団』へと入るための武功が欲しいからだ。


 故に、うごめく闇が強大だと薄々感じていながらも、ゼクスは自身の立身栄達りっしんえいたつの為に事をおおやけにしようとは思わなかった。



「く、くっくっく……! そうさ、俺様でもやれる筈さ……この【衰弱死針イニエクチオ・インフィニミタス】さえあれば――――ってぇ!?」



 自身への絶対の自信を高ぶらせ、ゼクスが内なる野心へと燃えている中、不意に彼の背中に何かがぶつかった。


 その衝撃で姿勢を僅かに崩し苛ついたゼクスが振り返った先にはローブ姿の女がひとり。


「あら、ごめんなさい。少し考えごとをしていてね、気付かなかったわ」



 ローブの所々から見える褐色の肌、聴いた男の煩悩を揺さぶる様な蠱惑的こわくてきな声。妖しげな雰囲気の女性は、よそよそしい態度でゼクスにペコリと小さく頭を下げると何事も無かったかの様に歩き始める。



「チッ、気ぃ付けろよクソアマ。次やったらただじゃおかねぇ……!」


「はいはい〜、肝に命じて置くわ」



 その女性の素っ気ない態度にゼクスは眉間にしわを寄せて、ローブで覆われた後ろ姿を睨みつけた。



 そして――――


「あぁ、ちょっと待てや……其処の女ァ!」

「なんだい? 私は急いで――――ッ!?」


 ――――ゼクスの呼び止める声にローブ姿の女性が反応し振り向いた瞬間、彼女の額に短刀ダガーが突き刺さった。



 その短刀ダガーはゼクスがふところから投擲した物。それが脳天に直撃し、ローブ姿の女性は血飛沫ちしぶきと流しながら仰向けに地面へと倒れていった。



「ゼクス様!? 一体何を……!?」

「テメーら全員、今すぐに剣を抜け……!」



 突然の出来事に、少し身体がぶつかっただけで短刀ダガーを投げてローブ姿の女性をあやめたゼクスの凶行に、恐れ狼狽ろうばいする騎士団のメンバーたち。


 だが、彼等に対してゼクスは動じる様子もなく、すみやかな武装、すなわち臨戦態勢への移行を命じた。



「俺様の“眼”をあざむけると思ってんのか……なぁ、淫魔サキュバスさんよぉ?」


淫魔サキュバス……? この女が……!?」


「正体を隠す為のぶかぶかのローブ姿……が、デケェ角が仇になったな。あと、血なまぐさいぞ、テメェ」



 魔族種特有の魔性の“角”――――それを隠す為のローブだったが、ゼクス=エンシェントの【観察眼】は彼女がローブの下の“秘密”を確実に見抜いていた。



「新入りは住民どもの避難! 残りはこのまま陣を組んでこいつを囲め! さっさと働け、のろま共!」



 右手に剣を構え、左指で倒れたローブ姿の魔人に弱体化デバフ固有ユニークスキル【衰弱死針イニエクチオ・インフィニミタス】の針を四本射ち込んだゼクスは、部下に指示を振りながら細心さいしんの注意を払いつつ、一歩ずつ倒れたローブ姿の魔族へと近付いていく。



「テメェ等全員、コイツの眼は見るんじゃねぇぞ。淫魔サキュバスの『魅了チャーム』に掛っちまうからな」


「…………………………」



 慢心なく、油断なく、あなどりなく――――ゼクス=エンシェントは一切の隙も見せずに歩みを寄せていく。


 出世欲に駆られたが故の集中か、はたまた『狩り』に対する徹底した姿勢が故か。


 脳天への刺突、弱体化デバフスキルの使用、魅了チャームへの対策、陣形を組んでの確実なトドメ、ゼクス=エンシェントの行動には一切のほころびは無かった。



 唯一、惜しむらくは――――


「どうした、テメェ等? 俺様の指示が聞けねぇのか!?」


「申し訳ございません、ゼクス様……! 我ら……既に……ルージュ様の……術中じゅっちゅう……!!」


「なっ!? もう“魅了チャーム”を掛けられて……!?」


 ――――彼がローブ姿の魔族に攻撃を仕掛けた時点で、()()()()()()()()()()()()()()事だろう。



 ローブ姿の魔族を囲んでいた騎士たちは一斉にお互いを斬りつけ合い、血を飛び散らせながら倒れていく。



固有ユニークスキル発動―――【吸血搾精ヴァンピーレ・オスクルム】。うっふふふふ……美味しい“血”をありがとう、私のかわいい下僕しもべたち」



 そして、その血を浴びて妖しくわらうは倒れた筈のローブ姿の魔族――――リリエット=ルージュ。


 妖艶ようえんな笑みを浮かべながらむくりと起き上がったルージュは、おもむろに額に突き刺さった短刀ダガーを引き抜いてみせる。



「はぁ……今日は厄日やくびね。オトゥール郊外に陣を敷いていた筈の部隊は全滅してるし、一帯を駆けずり回っても【勇者】は居ない。まったく、最高にイライラするわ……!」


「吸血による肉体の蘇生……馬鹿な、テメェ淫魔サキュバスだろうが!?」


「えぇ、そうね。確かに私は淫魔サキュバス――――そして、吸血鬼ヴァンパイアでもあるわ……!」



 額から流れた血を舐め取り、くすりと笑うルージュ。


 短刀ダガーによる傷は既に癒え、弱体化デバフの針を受けたにも関わらず、彼女はゼクスの前に何事も無いように立っていた。



「さて……この私の正体を看破して、額に傷を付けたんだ。楽には死ねないと思いなさい!!」


「ちっ、しゃあねえ……! おい、聞け、オトゥールの住民ども!! いますぐ此処から離れなッ!!」



 赤黒く染まる魔力を放出させ、邪悪なる笑みを浮かべるルージュ。両手につるぎを召喚し、不退転ふたいてんの覚悟で戦いへと臨むゼクス。


 異変に気付いたオトゥールの住民たちが悲鳴をあげて避難を始める中で、【黒騎士】ゼクス=エンシェントと、【吸血淫魔ヴァンパイア・サキュバス】リリエット=ルージュの戦いの幕は切って落とされるのだった。

【この作品を読んでいただいた読者様へ】


ご覧いただきありがとうございます。


この話を「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、↓の☆☆☆☆☆を★★★★★にしたりブックマーク登録をして頂けると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ