幕間:厄日
「あぁ、ウゼェ……ウゼェ、ウゼェ、まじでウゼェ……! ラムダの野郎……よくも俺様に恥をかかせてくれやがったな……!」
――――オトゥールの街、中央広場。夕陽は地平線の彼方に沈み、光の属性を帯びた魔石で輝く街灯が街を照らし、家々から団欒の声が聴こえ、外には僅かな住民や冒険者たちしかいない静かな時間。
ラムダ=エンシェントがラジアータの村を離れ、オトゥールへの街道をひた走る最中、【黒騎士】ゼクス=エンシェントは苛立ちながら街を闊歩していた。
昨日、格下だと思っていた筈のラムダに強打された頭部には包帯が痛々しく巻かれ、時折走る頭痛にゼクスは悔しさと怒りを増長させていた。
「ゼクス様、あまり感情的になられてはお怪我が……」
「あぁ!? 誰に向かって言ってんだ!? テメェ如きに心配される筋合いねぇよ!!」
体調を気遣った部下への横暴な態度、ゼクスの怒号に周囲のざわめきは消え失せ、住民や冒険者たちは苛立つ黒騎士を奇異の目で見つめながらひそひそと話をし始める。
「またあの黒騎士よ。昨日、こっぴどくやられたのにまだ懲りてないのね」
「【白騎士】アハト=エンシェントのすねかじりめ……! いつまでオトゥールにいる気なんだ?」
「ねぇ、聞いた? あの黒騎士、【ゴミ漁り】とか言うゴミみたいな職業の底辺冒険者に叩きのめされたらしいよ」
悪評、悪口、悪態――――ゼクスの耳に届くのは悪い話ばかり、それもまた彼の苛立ちを募らせていく。
「チッ! それで、例の洞窟の調査は?」
「ハ、ハイ……! ラムダ様――――いえ、情報提供者の証言通り郊外の洞窟を調べた結果、通常のゴブリンの巣とは考えられない量の武器と食糧が発見されました」
「って事は、マジで何か陰謀が渦巻いているって訳か」
そんな募る怒りを懸命に抑えながら、ゼクスは部下から調査の結果を受け取る。オトゥール郊外の造られたゴブリン達の拠点の捜索についてだ。
昨日の食堂での一件の後、ラムダによって情報を受け取った騎士団はオトゥール郊外の洞窟を調査し、そこに居たゴブリン達が何らかの命を受けていた武装集団であることを掴んでいた。
「どうする……親父に報告するか? いや、それよりかは俺様が手柄を独り占めしたほうが良い。そうすりゃ、俺様も王立騎士団への足掛かりが……!」
ロクウルスの森のガルム討伐を弟に横取りされ功を焦るゼクスは、一連の事件の背後にいると思われる『組織』に目をつけていた。
彼、ゼクス=エンシェントは“手柄”を欲している。かつて、若きの日の父や母、実の兄と姉が在席する騎士団の最高峰――――『王立ダモクレス騎士団』へと入るための武功が欲しいからだ。
故に、蠢く闇が強大だと薄々感じていながらも、ゼクスは自身の立身栄達の為に事を公にしようとは思わなかった。
「く、くっくっく……! そうさ、俺様でもやれる筈さ……この【衰弱死針】さえあれば――――ってぇ!?」
自身への絶対の自信を高ぶらせ、ゼクスが内なる野心へと燃えている中、不意に彼の背中に何かがぶつかった。
その衝撃で姿勢を僅かに崩し苛ついたゼクスが振り返った先にはローブ姿の女がひとり。
「あら、ごめんなさい。少し考えごとをしていてね、気付かなかったわ」
ローブの所々から見える褐色の肌、聴いた男の煩悩を揺さぶる様な蠱惑的な声。妖しげな雰囲気の女性は、よそよそしい態度でゼクスにペコリと小さく頭を下げると何事も無かったかの様に歩き始める。
「チッ、気ぃ付けろよクソ女。次やったらただじゃおかねぇ……!」
「はいはい〜、肝に命じて置くわ」
その女性の素っ気ない態度にゼクスは眉間に皺を寄せて、ローブで覆われた後ろ姿を睨みつけた。
そして――――
「あぁ、ちょっと待てや……其処の女ァ!」
「なんだい? 私は急いで――――ッ!?」
――――ゼクスの呼び止める声にローブ姿の女性が反応し振り向いた瞬間、彼女の額に短刀が突き刺さった。
その短刀はゼクスが懐から投擲した物。それが脳天に直撃し、ローブ姿の女性は血飛沫と流しながら仰向けに地面へと倒れていった。
「ゼクス様!? 一体何を……!?」
「テメーら全員、今すぐに剣を抜け……!」
突然の出来事に、少し身体がぶつかっただけで短刀を投げてローブ姿の女性を殺めたゼクスの凶行に、恐れ狼狽する騎士団のメンバーたち。
だが、彼等に対してゼクスは動じる様子もなく、速やかな武装、即ち臨戦態勢への移行を命じた。
「俺様の“眼”を欺けると思ってんのか……なぁ、淫魔さんよぉ?」
「淫魔……? この女が……!?」
「正体を隠す為のぶかぶかのローブ姿……が、デケェ角が仇になったな。あと、血なまぐさいぞ、テメェ」
魔族種特有の魔性の“角”――――それを隠す為のローブだったが、ゼクス=エンシェントの【観察眼】は彼女がローブの下の“秘密”を確実に見抜いていた。
「新入りは住民どもの避難! 残りはこのまま陣を組んでこいつを囲め! さっさと働け、のろま共!」
右手に剣を構え、左指で倒れたローブ姿の魔人に弱体化の固有スキル【衰弱死針】の針を四本射ち込んだゼクスは、部下に指示を振りながら細心の注意を払いつつ、一歩ずつ倒れたローブ姿の魔族へと近付いていく。
「テメェ等全員、コイツの眼は見るんじゃねぇぞ。淫魔の『魅了』に掛っちまうからな」
「…………………………」
慢心なく、油断なく、侮りなく――――ゼクス=エンシェントは一切の隙も見せずに歩みを寄せていく。
出世欲に駆られたが故の集中か、はたまた『狩り』に対する徹底した姿勢が故か。
脳天への刺突、弱体化スキルの使用、魅了への対策、陣形を組んでの確実なトドメ、ゼクス=エンシェントの行動には一切の綻びは無かった。
唯一、惜しむらくは――――
「どうした、テメェ等? 俺様の指示が聞けねぇのか!?」
「申し訳ございません、ゼクス様……! 我ら……既に……ルージュ様の……術中……!!」
「なっ!? もう“魅了”を掛けられて……!?」
――――彼がローブ姿の魔族に攻撃を仕掛けた時点で、既に敵の仕込みが完了していた事だろう。
ローブ姿の魔族を囲んでいた騎士たちは一斉にお互いを斬りつけ合い、血を飛び散らせながら倒れていく。
「固有スキル発動―――【吸血搾精】。うっふふふふ……美味しい“血”をありがとう、私のかわいい下僕たち」
そして、その血を浴びて妖しく嗤うは倒れた筈のローブ姿の魔族――――リリエット=ルージュ。
妖艶な笑みを浮かべながらむくりと起き上がったルージュは、徐ろに額に突き刺さった短刀を引き抜いてみせる。
「はぁ……今日は厄日ね。オトゥール郊外に陣を敷いていた筈の部隊は全滅してるし、一帯を駆けずり回っても【勇者】は居ない。まったく、最高にイライラするわ……!」
「吸血による肉体の蘇生……馬鹿な、テメェ淫魔だろうが!?」
「えぇ、そうね。確かに私は淫魔――――そして、吸血鬼でもあるわ……!」
額から流れた血を舐め取り、くすりと笑うルージュ。
短刀による傷は既に癒え、弱体化の針を受けたにも関わらず、彼女はゼクスの前に何事も無いように立っていた。
「さて……この私の正体を看破して、額に傷を付けたんだ。楽には死ねないと思いなさい!!」
「ちっ、しゃあねえ……! おい、聞け、オトゥールの住民ども!! いますぐ此処から離れなッ!!」
赤黒く染まる魔力を放出させ、邪悪なる笑みを浮かべるルージュ。両手に剣を召喚し、不退転の覚悟で戦いへと臨むゼクス。
異変に気付いたオトゥールの住民たちが悲鳴をあげて避難を始める中で、【黒騎士】ゼクス=エンシェントと、【吸血淫魔】リリエット=ルージュの戦いの幕は切って落とされるのだった。
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