第236話:VS.【堕天使】ルシファー①/ 〜Fallen Angel〜
「あっ……ぐぅぅ……!? 損傷……軽微……障壁発生装置……中破……!」
「ラムダ卿、ルシファーを逃がすな! 必ず生け捕りにしろ、私の意図は理解できるな?」
「イエス・ユア・ハイネス! 必ずやご期待に沿うてみせます、ヴィクター様!」
「おのれぉ……慈悲を掛けてやったのに、この恩知らず共が!! バアル、ゼブル、当機が要請します、“戦闘機”を今すぐに発艦させなさい!!」
――――不毛地帯で繰り広げられる戦いは次の領域、最高幹部同士の闘争へと発展する。魔王軍最高幹部【大罪】の第二席、【堕天】ルシファーとの戦いは俺の先制攻撃から火蓋を切る。
不意を突いた攻撃にルシファーは咄嗟に翼で身体を覆って防御に転じたが被弾は免れず、彼女の漆黒のボディースーツは所々が破けて素肌が顕わにされていた。
「当機に傷を付けたのはアケディアスと【黙示録の天使】に続いて貴方が三人目よ……許さない!!」
「俺たちを舐め腐っていた罰だ! 覚悟しろ、このまま翼をもぎ取って地面に叩き落としてやる!!」
先ほどから『メサイア』の攻撃指揮は全てルシファーが担当している。古代文明の兵器である彼女は『メサイア』の構造を熟知しているからであろう。
とすれば、ルシファーをこのままこの空域に釘付けにしておけば少なくとも俺たちが『メサイア』に襲われる心配は無くなる。ついでにルシファーを生け捕りに出来れば安泰だ。
「ラムダ、大変だわ! 空中要塞『メサイア』から無数の飛行体が飛び出して来たわ!!」
「アレは……!? 竜の蹄を模した無人機……!?」
だが、そんな事はルシファーも百も承知だろう。
故に彼女は次の戦力を投入してき始めた。ツヴァイ姉さんが指さした先、空中要塞『メサイア』から次々と発進してくる何かが見えた。
白銀の駆体、中央の“核”のような球体とそこから前方に伸びた三本の竜の爪のような鋭利な突起、そのような不可解な形状のままで飛行する奇妙な物体。
「アレは古代文明の戦争で用いられていた無人戦闘機【ファイター】の一種、“竜の爪”を模した急襲用攻撃機【アサルトクロー:ワイバーン】です、マスター!」
「分かった、ありがとうジブリー……って、えっ??」
「すみません、首が取れてしまいました! 誰か弊機の胴体を知りませんか?」
「ギャアァーーッ!? 生首が喋っているのだーーーーッッ!?」
ジブリールによって伝えられた兵器の名は古代文明の無人戦闘機『ワイバーン』……って、それよりも気になることがある。
驚いて下を見るとアケディアスに首を刎ねられて死んだと思われていたジブリール……の頭部が普通に喋っていたのだ。それを間近で目撃したアウラは驚いて腰を抜かしている。
そもそも、機械天使は生命体じゃない。確かに首が落ちされても死なない設計なら死なないのだろうが、生首だけのジブリールが普通に喋っているのは少し気味が悪い。
「やい、ルシファー! よくも弊機をぶっ壊して喜んだな! あんたも生首にしてノア様の研究所に飾ってやるぅぅ!!」
「チッ、首が取れても機械天使は死なないのか……! 通りで定期検診の後、たまに当機の首が前後ろ逆さになってても死ななかった訳だわ……迂闊!!」
「気付けよ……! いや、気付いてなかったからジブリールが見逃されたのか……ありがとう、アホ天使!」
「ラムダ=エンシェント……当機を侮辱したな……!! 殺す、絶対に殺してやる!!」
何にせよ、ジブリールが生きていた事は喜ばしい。だがしかし、『メサイア』から無人機達の脅威が迫りつつあるのも事実だ。
目算で分かる数だけで無人機の数は数千を超えている。空戦に長けたツヴァイ姉さんやリリィが加勢したとしても多勢に無勢だろう。
無人機の大きさは目算で人間の五倍程の大きさ、中型の魔物と同程度と言えるだろう。そんな大きさの兵器群に襲われては窮地は免れない。
「身体、身体……! 弊機の身体は何処ですか……!?」
「なんか身体を無くした屍人みたいなのだ……気持ち悪いのだ……」
それを察してか、アウラに抱かれたジブリールは戦線復帰しようと首から下の身体を探している。
そんな簡単に首と胴体が引っ付くものなのかとは思うが、戦える戦力は多いに越した事はない。
「あんたの身体ならバッチリ回収したで、天使はん……!」
「あっ……お母さん! 生きていたのね、お母さん!!」
「ゲホッゲホッ……心配かけたな、ネオン。けど、うちはちゃーんと生きとるで……!」
「エトセトラ卿、無事だったんですね!!」
そして、ジブリールの身体は思いの外、早く発見できた。
爆発炎上した絡繰機動要塞から這いずるように脱出したのはテトラ=エトセトラ卿。アケディアスの強襲を受けた彼女だったが、どうやら死は免れていたらしい。
頭部から血を流して、爆発の際に発生した煙を吸い込んで少し苦しそうな様子だったが、それでも彼女は生還を果たした。
それも小柄な自分の身体より大きなジブリールの胴体を背中から伸ばした金属製の四本の触手で掴みながら。
「天使はんの身体は立派な研究材……もとい、大事な物やからなぁ……! けど、うちの大切な絡繰機動要塞はこれでお釈迦や……」
「お母さん、喋っちゃ駄目だよ! すぐに回復薬を飲ませてあげるからね!」
「うちがネオンのお年玉を『貯金してあげるからねー☆』って嘘ついて掠め盗ってまで貯めた資金で造った絡繰機動要塞がぁぁ……(泣)」
「お母さん、喋っちゃ駄目だよ! すぐに回復薬をお尻から飲ませてあげるからね!!」
子どもお年玉をくすねるなんて酷い親だ、お年玉で勝手に不必要な玩具を買ってきた俺の教育係のメイド並みに酷い。
不条理な真実を知ったネオンは介抱していた母親の尻に回復薬を本当に突っ込んでしまっている。もう見ないでおこう。
「無人機、地上にいるゴミ虫共を叩き潰せ!! 後は当機がこの空域から離脱すれば……!!」
「逃がすか、ルシファー!! “光の羽根”――――発射ッ!!」
「フン、この機械天使である当機にアーティファクトが通用するとは思うなよ!! 『舞い上がれ 神罰を下す冷酷なる堕天使の翼よ その慈悲深き救済の羽根で迷える子羊を遍く救い その冷酷なる審判の羽根で悪しき蛇の尽く断罪せん』 神罰執行――――“ルミナス・フェザー”!!」
「まったく同じ技を撃っただけなのにえらい長文だな……!? 何だ、格好いい詠唱でも考えるタイプか?」
目の前のルシファーはなんとかこの空域から離脱したい様子。まぁ、『メサイア』の攻撃範囲が広すぎるから当たり前だろう。
故にルシファーは俺に攻撃を仕掛ける素振りは無く、こちらの攻撃を捌くことに専念している。
俺が翼から発射した光の弾丸を、ルシファーはやたら長い詠唱(※恐らくは無意味な台詞)と共に発射した光の弾丸で凌いでいる。
「くっ……さっさと此処から離れないと……! 瞬間移動――――」
「逃がすか、抜刀!! “すごく速い斬撃”!!」
「チッ、“閃刀騎”ツヴァイ=エンシェント……! センスの欠片も無いダッサイ技名で斬り掛かって来るな! 当機みたいにセンスバリバリの詠唱でも考えてきなさい!!」
「詠唱は格好つける為に唱えてるんじゃないんだけど!?」
俺の攻撃を防いだルシファーはすかさず闘争を試みるが、背後から攻め込んできたツヴァイ姉さんの抜刀を防ぐためにあえなく断念。
ツヴァイ姉さんの抜刀術を両腕の装甲で防ぎつつ、鋭い蹴りを姉さんの腹部に見舞って距離を離した。
「つぅ……いった〜! 乙女のお腹を蹴るなんて最低ね! 後でアケディアスに言いつけてやるんだから!」
「ねぇ、ラムダ=エンシェント! 貴方のお姉さん、既にアケディアスの彼女面をしてると思うんだけど!?」
「知らねぇよ! 戦いに集中しろ、俺は戦いに集中して姉さんの醜態から目を逸している!!」
「駄目だ、この姉弟!? 早く離脱しないと頭がおかしくなる……!!」
挟撃されたルシファーに狼狽の色が見え始める。
恐らくは機械天使に備わっている『瞬間移動』で逃げるつもりなのだろうが、あれの発動には僅かに隙がある。
その隙さえ与えなければ奴は逃げる事は出来ない。だが、それが難しい事なのは想像に難くない。
既に戦場には無数の無人機が侵攻を開始しており、三本の爪の先端から光線を放ってダモクレス騎士団を攻撃している。
騎士達の反撃の一手で着実に撃ち落とされているがそれでも攻撃は苛烈であり、雨のように降り注ぐ光線の前に一人、また一人と騎士達は倒れていく。
「ぐッ……また走馬灯が……!? こんな時に……ルシファーを逃がすわけには……!!」
「苦しそうね、ラムダ=エンシェント? 当機が今すぐに楽にしてあげるわ……! 転送開始……夜明け告げる明星の星――――【明けの明星】!!」
倒れた騎士達が見せる走馬灯は俺を蝕み、晒した隙を逃すまいとルシファーは武器を構える。
いかにも格好つけた台詞と共に堕天使が転送して来たのは巨大な銃器――――身の丈もありそうな金色に輝く三本の爪で覆われたような銃身、武器の後部からルシファーの背中に【ルミナス・ウィング】の装置に繋がれた電力供給用のパイプ、銃身から激しく発生する放電。
「気を付けてマスター、それはルシファーの固有装備【明けの明星】です! 弊機の持つ荷電粒子砲の大型版です!!」
「くくくッ……! さぁ、これで貴方の矜持を全て踏み躙ってあげるわ!! これは人間への復讐、当機は穏やかな営みを冒涜し、定命の者達の尊厳を凌辱し、愚かな伝統を破壊し、遍く一切を蹂躙せん!!」
持ち出された切り札、荷電粒子砲【明けの明星】を手に堕天使は狂気の笑みを浮かべる。
加速する戦いはさらに危険な領域ヘと突入していく。




