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第234話:盤上は動く


「なっ……何が起きたんだ……!? なんだ、あの光の柱は……!? あれが『メサイア』の攻撃だと言うのか!?」

「ご明察よ、ヴィクター第一王子。あれぞ空中要塞『メサイア』が主砲、救世主が抱きし“聖杯グレイル”より放たれる救いの光――――【星間十字砲グランドクロス】! 欲望を極めた人間達の大都市メトロポリス、『退廃の街(ソドムとゴモラ)』を瞬きの間に消し去る戦略兵器よ!」



 空中要塞『メサイア』より放たれた光に呑み込まれ廃墟アレーシェットは消え去り、着弾地点から上がったのは十字架を模した光の柱。


 柱の範囲は目算で言えば直径十数キロメートルほどだろうか、大規模な都市であっても壊滅を免れない程の威力の砲撃。それが俺たちの背後で輝いた。


 何より恐ろしいのは、此処ここまで爆風が届かず、()()()()()()、ただなぎの静寂の中で廃墟アレーシェットが消えたこと。



「あらゆる物質を分解して消滅させる崩壊コラプスの光。いつ見ても素晴らしいわね……!」



 恍惚こうこつの表情で光に見惚れるルシファーの言葉が正しければ、廃墟アレーシェットは爆風による物理的な衝撃で破壊されたのでは無い。微粒子レベルにまで分解されて消え去ったのだ。


 そしてその事実を物語るように光の十字架の消滅と共に、空気を分解されて『真空状態』になった廃墟一帯に攻撃範囲外の空気が流れ込み、俺たちの居る地帯は廃墟へと流れ込む暴風に包まれていった。



「さあ、『メサイア』が如何に馬鹿げた兵器を搭載しているか、その筋肉で出来た粗雑な脳みそでも理解できたかしら?」

「ズ、ズルいぞ! 戦争にあんな物騒な物を持ち込むなんて!!」


「それは愚問ね、勇者ミリアリア=リリーレッド。貴様達も『アーティファクト』で武装した“犬”を子飼いにしているでしょう? 目には目を歯には歯を、やられたらやり返す、それが『愚者にんげん』の心理ではなくて?」

「俺を揶揄やゆしているのか、ルシファー……!!」



 はっきりと言えば、魔王軍が持ち込んだ『メサイア』は明らかに過剰な火力を有している。子ども同士の喧嘩にプロの格闘家が乗り込むようなものだ。


 剣や魔法、ささやかな飛び道具を主体に戦うダモクレス騎士団では、高高度こうこうど・超遠距離から都市を瞬時に消し去る事が出来る戦略兵器に立ち向かう事は不可能に近い。


 魔王グラトニスの容赦の無さが現れている。


 だが、超性能を誇る『アーティファクト』で魔王軍を最初に蹂躙していたのは俺だ。如何に不可抗力だったと言えど、俺が先に剣と魔法の世界に“異物”を持ち込んだ以上、魔王軍の『メサイア』に俺が文句を言う資格は無かった。



「速やかに降伏してノア様を差し出しなさい! さもなくば、『メサイア』の光がグランティアーゼの都市をことごく滅ぼすでしょう……!!」

「させるか……! グラトニスがアーティファクトを引っ張って来る気なら、俺が――――つッ!?」


「ラムダ……? どうしたんだい、ラムダ……!?」

「これは……廃墟アレーシェットに人が……!?」



 敵がアーティファクトなら、それを壊すのは俺の努め。


 そう思い、ルシファーに向けて魔剣の切っ先を向けようとした瞬間だった、魔王権能ネガ・ギフトの“呪い”が発動したのは。



『へっへっへ、見てください兄貴! ダモクレス騎士団の連中、兵舎に武器を大量に残して居ますぜ!』

『こんだけ武器を盗んで転売すればそれなりの金額になるな! よぉーし、野郎ども、ダモクレス騎士団が戻ってくる前に貴重品は全部掻っ払え……って、なんだ、あの白い光は――――』



 脳裏によぎったのは盗賊とおぼしき男たちの会話。恐らくはダモクレス騎士団が廃都アレーシェットに残した装備品などを奪いに忍び込んだ所謂いわゆる『火事場泥棒』だろう。


 退避命令が出されて、廃都から人が居なくなるのを見計らっていた。そして、欲をかいた結果、『メサイア』が放った光に呑み込まれて命を落とした。



「ぐっ……馬鹿が! 何のために避難を促したと思っているんだ、薄汚い盗賊風情が……!!」

「ラ、ラムダ様……!? 何をそんなにいきどおって……!?」


「あぁ……それが“謙虚ヒュムリティ”を喪失させる魔王権能ネガ・ギフト【アンチ・ヒュムリティ】ね。うふふふ……そうよ、全ての人間の“死”に意義なんて見い出す必要は無いわ!」

「黙っていろ、ルシファー……! 貴様に同情される筋合いは無い……!!」



 自業自得だ、身から出た錆びだ、自分で蒔いた種だ、連中の死に同情する必要は無い。ただ、魔王軍最高幹部と敵対している最中さなか、俺を頭痛で苛まさせた盗賊連中がただただ不愉快だ。


 痛みのする頭部を抑えて苦しく俺の姿を見て、堕天使は小気味よく笑う。死んだ者たちの“死”に意義を見い出す必要は無いとわらう。



「ラムダ=エンシェント、なぜ愚かな人間に未だに組みしている? 身体にアーティファクトを組み込まれた時点で貴方はとっくに『人間』では無くなっているわ!」

「ルシファー……わたしの婚約者を侮辱しないで!!」


「貴方の“ちから”は何かしら? 貴方は人から何と言われて恐れられている? 貴方の額に生えたその“角”はなぁに? いい加減、認めなさい……貴方はもう『人間』では居られない、既に『異形』に足を踏み込んでいると!」

「私の弟を侮辱するのは止めて頂こうか……堕天使さん? ラムダはダモクレス騎士団の【王の剣】の大役を立派に努めている。簡単に責務を投げ出すような愚者では無い……!」



 俺は既に『人間』では無い。そのルシファーの言葉は重くのしかかり、精神ココロに深く突き刺さる。


 自覚はあった、獣国で手にした武器が“魔剣”だったと知った時、額に“角”が形成され始めたと知った時、魔王権能ネガ・ギフトが発動した時、俺から“人間性”が奪われていっていると悟った。



「安心しなさい、アーティファクトを手にした古代文明の人間達もその力に魅了されて皆“ケモノ”に堕ちたわ……!」

「どういう意味よ! あんたに御主人様ダーリンの何が分かるの!?」


「人は超常的な力を手にした時、それを使わずにはいられない。そうは思わないかしら、第四師団の女狐さん?」

《さぁな、機械の戯言なんかうちの心には響かんわぁ……》



 超常的な力に使わずにはいられない、まったく以ってその通りだ。アーティファクトを手にした時、俺はその力に一瞬で溺れてしまった。


 額に生えた“角”はその代償なのだろう。


 アーティファクトを拾わず、ノアと出逢わず、ただ無力な【ゴミ拾い(スカベンジャー)】に甘んじていたのなら、俺はきっと魔王軍とグランティアーゼ王国とのいさかいに首を突っ込むなんてしなかっただろう。



「肥大した“欲望”は人間の中に眠る『悪性』を呼び起こす。どれだけ知恵者を気取っても人間の本質は“悪”なのよ、それが知的生命体の宿命だと知りなさい!」

「そんなこと無い! 僕たちは“悪”なんかじゃ無い!」


「うふふふ……可哀想な自分を演じて、意中の男性の気を引いた貴女の言えた台詞では無いわね、勇者ミリアリア?」

「んなっ!? どうして……それを……!?」



 知恵は悪意を育む。それを律せるのは道徳を叩き込まれて身に沁みた強い“理性”と、雁字がんじ(がら)めにして悪の芽を封じ込めた“法律ルール”だけ。


 物腰穏やかなオリビアがその胸中にノアに対する嫉妬心と殺意を抱いていたのがいい例だ。


 勇者の使命に疲弊した素振りで俺を誘惑したミリアリア、希薄な関係性では恋の争いに勝てないと判断してハーレム形成に舵を切ったアウラ、俺の周りですら枚挙にいとまがない。


 その尽きること無き“悪性”をルシファーは嘲笑っているのだろう。



「何が言いたい、ルシファー! 回りくどくペラペラと喋りやがって!」

「回りくどいのは性分。けど、お陰で時間は稼げたわ……! ねぇ、アケディアス?」


「アケディアス……!? しまった、伏兵がいる!? 全騎、周囲を警戒――――うわっ!?」

「なっ……絡繰機動要塞が爆発した!? お母さん……お母さん!!」



 そして、ルシファーの語りに秘められた真意は()()()()()()()


 俺が痺れを切らしてルシファーを問い詰めた瞬間だった、ノアが搭乗していた絡繰機動要塞が爆発を起こしたのは。



「あっ……ぐぅ……!?」

「ノア……! ノアァァーーーーッ!!」


「この死にかけの“人形”がノアか? 随分と弱っているな、血も不味そうだ……!」

「アケディアス……お兄ちゃん……!?」



 そして、爆発で吹き飛んだ絡繰機動要塞の天井から姿を現したのは、ノアの首根っこを掴んだ一人の吸血鬼ヴァンパイアの青年。


 美しく煌めく雪のような銀色の長髪、妖しく光る金色こんじきの瞳、額から生えて後頭部に伸びた漆黒の“角”、おごそかな雰囲気を醸し出す純白の礼服を纏った絶世の美男子。


 名をアケディアス=ルージュ――――リリエット=ルージュの異母兄にして、魔王軍最高幹部【大罪】を統べるおさだ。



「久し振りだな、リリエット。“角”が折られて、未通じゃ無くなったこと以外は健在そうで安心した」

「ディアスにぃ、その子を離して……!!」


「断わる、なにせこいつを『メサイア』にご招待する為におれは重い腰を上げたのだからな……! むしろお前が戻って来い、今から此処は地獄と化すぞ?」

「そういう事♪ さっ、さっさとノア様を『メサイア』に運びなさい、アケディアス。当機わたしは【ラグナロク】を回収するわ!」



 戦場に現れた【大罪】最強の二人、敵の手中に落ちたノア、状況は最悪も最悪。


 動き出した盤上、変わりゆく戦局、その中で懸命に戦う騎士たちの命運は着実に終わりへと近付いていく。



「ラムダ=エンシェント、一度しか言わないわ……魔王グラトニス様の軍門に下りなさい……! それが、貴方が生きながらえる唯一の道よ!」

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