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第233話:星間十字 〜Grand Cross〜


「ダモクレス騎士団、全騎所定の位置まで全力で走れ! ここが分水嶺ぶんすいれいだ、あんな空飛ぶ鉄塊に遅れを取るな!!」



 ――――不毛地帯【テラ・ステリリス】中央街道、かつて栄えた都市を結んだみちの跡。廃都アレーシェットを放棄して三時間後、先陣を切るヴィクター王子に続いて俺たちは死都へと続く死の荒野をひた走っていた。


 ダモクレス騎士団は当初の作戦通り、三分割になって不毛地帯を進行していた。北の峡谷を第六・第七師団が、南の洞窟を第九・第十師団が、残す中央街道は残りの師団が、上空の第二師団と連携を取りながら慎重に動いている。


 ただし、全てが予定通りとはいかない。


 本来であれば部隊を三分割するのは『各ルートに別れた魔王軍を各個撃破する』ためだったが、魔王軍の“切り札(ジョーカー)”が強大過ぎる以上、騎士団を分割するのは『全滅を避ける』事に重きを置かれていた。



《こちら絡繰機動要塞簡易司令部! 聴こえますか、ラムダさん?》

「聴こえているよ、ノア! メサイアに動きは?」


《未だ大きな動きはありません、そもそも動かすだけでも膨大な量のエネルギーを喰う怪物要塞です! 動かすだけで精一杯なハリボテなら良いのですが……》

「ノアにしてはらしくない()()()()()だな? あの用意周到なグラトニスがせっかくの『メサイア』を十全じゅうぜんじゃない状態で飛ばす訳が無いだろう……!」



 前方には徐々に近付いてくる『メサイア』の姿が視える。あの空に浮かぶ巨大な要塞に未だ大きな動きは無い。俺たちの後方に追走する第四師団の『絡繰機動要塞』に乗り込んだノアが確認したなら間違いは無いだろう。


 だが、それが逆に俺の不安を掻き立てていた。


 獣国ベスティアで魔王グラトニスを直に観たから分かる。あの女は確実に『メサイア』の機能の全てを手中に収めてから事を運んでいる。動かすだけで精一杯でしたなんて締まらない事をする訳が無い。


 そんなのノアだって理解している筈だ。


 なのに『メサイア』が不完全()()()()()()()と漏らすあたり、ノアの精神に余裕が無いのだろう。



《駄目です、無理です、絶対に勝てっこありません……! 一度、撤退するべきです! 最悪、グランティアーゼ王国を捨ててでも落ち延びるべきです……!!》

《ノアはん……あんた阿呆か! グランティアーゼ王国にはうち等の勝利を信じている民がぎょーさん居とるんや! その期待を裏切る真似が出来る訳あれへんやろ!!》


「エトセトラ卿の言う通りだ、ノア……! 俺たちの背中にはグランティアーゼ王国に住む全ての人達の『未来』が掛かっている! 国を見捨てて逃げるなんて選択肢は最初っから無いんだよ!」

《くっ……誰も彼も非効率な生き方を……! どうして感情に支配されて無謀な行動を選択するの!?》



 通信越しにノアの悲観的な声が聴こえる。


 あぁ……確かに生き残れば再起の時はきっとあるだろう。けれど、ここで逃げてしまえば『グランティアーゼ王国の人々の期待を裏切った』と言う自責の念に一生苛まれる事になるだろう。


 俺だって、曲がりなりにも『グランティアーゼ王国の安寧の為に尽くせ』と教えられてきたエンシェントの子どもだ。祖国を見捨てるなんて行動を取りたくは無い。



《ふ~ん……あの『メサイア』を観て怖気おじけづかずに向かってくるなんて……本当に、人間とはつくづく度し難い生き物ね?》

「――――ッ!? 俺とノアの通信に何かが割り込んだ!? 誰だ!!」


《これは……信号シグナルパターン“Ξ(クシー)”……! ノア様……彼女が来ます!!》

《こちら第二師団、ドラグーン1!! 前方より急接近する飛翔体を確認――――敵影1です!!》



 ダモクレス騎士団の誰もが強大な“神”を前に怯むこと無く走り続ける。


 そして、そんな俺たちを嘲笑あざわらうように彼女は姿を現そうとしていた。



《飛翔体、中央街道攻略部隊に接近! 到達まで残り3秒……2……1……接敵エンゲージッ!!》



 上空から索敵を行っていたツヴァイ姉さんの警告と共に朱い光が頭上で輝き、まるで流星のように降り注いで俺たちの目の前に着弾して弾けた。


 その落下の衝撃で巻き起こった突風と舞い上がった土埃に俺たちの動きは完全に止まってしまう。



「ゲホッゲホッ……何事だ……!? 敵襲か……!?」

「ヴィクター様、私の後ろに……! 祈れ――――救国の聖剣【ジャンヌ・ダルク】!!」


「機動、機動、機動……!!」

「あいつは……機械天使ティタノマキナ……!!」



 先頭に居たヴィクター王子の盾になるように一斉に前へと出るアインス兄さんたち【王の剣】。その鬼気迫る表情を見れば、今しがた降って来た相手が尋常じゃ無い相手なのは誰だって予想が付くだろう。


 砂塵さじんの中から姿を現したのは一人の少女――――風になびく長い金髪、鼠径部そけいぶが見える程に食い込んだハイレグ状の黒いボディースーツ、手足に装着した鈍色にびいろの機械装甲、白と黒に輝く四枚の光量子フォトンの翼、頭部に装着された朱い“一つ目(モノ・アイ)”が印象的なバイザー。


 間違いない、アズラエルやジブリールと同じ古代文明のアーティファクト【機械天使ティタノマキナ】だ。



「対人殲滅用人型戦闘兵器【機械天使ティタノマキナ】……タイプ“Ξ(クシー)”【堕天使ルシファー】、起動開始。おはようございます、グランティアーゼ王国の犬ども……!!」

「魔王軍最高幹部【大罪】の第二席……【堕天】ルシファー! まさか単騎で突っ込んで来たの!?」


「久し振り、リリエット……! こうして直に会うのは何ヶ月ぶりかしら?」

「ルシファー……!!」



 “機械天使ティタノマキナ”ルシファー、魔王軍最高幹部【大罪】の一人にして、ノアが開発した古代文明の戦闘兵器。


 そんな魔王グラトニスの側近が単騎で俺たちの前に姿を晒していた。



「ラムダ=エンシェント……! この前の獣国への招待状ラブレターの出来栄えは如何だったかしら? 当機わたしなりに趣味嗜好を凝らしてみたのだけど……」

「あぁ……最高に虫唾むしずの走る出来栄えだったぜ! よくも姉さんを傷物にして、ツェーネル卿を痛め付けてくれたな!!」


「そう……貴方の逆鱗に触れれたのなら上々ね! 身内をなぶられて激昂してくれるなんて……実に感情的で、まったく以って単純!! まさしく“禁断の果実”を口にして楽園を追放され、バベルの塔を築いて神々の怒りに触れた『愚者』そのものね!!」

「貴様……!! 相変わらず意味不明なことばかり言いやがって……!!」



 現れるなり挑発行為を繰り返すルシファー。


 人間そのものに憎悪ヘイトを向けた嘲笑的な発言が俺に向けられる。ルシファーは俺たちを獣国ベスティアにおびき寄せる為にツヴァイ姉さんを捕らえ、ツェーネル卿の右眼を遊び感覚で奪った。


 身内を傷付けられたのだ、笑って許せるような内容では決してない。



「ノア様は何処にいる? さっさと当機わたしに差し出せ、さもなくば全員を『メサイア』の餌食にしてあげるわ……!!」

「剣を捧げた大切なあるじを差し出すと思うか? ノアが欲しかったら俺を殺してから探すんだな!」



 ルシファーの要求はやはり『ノア=ラストアーク』の回収だった。グラトニスがノアを欲している以上、彼女の配下であるルシファーがその意思を汲むのは至極当然言える。


 みすみすノアを奪われない為に彼女の身柄を『絡繰機動要塞』の中に隠し、さらにコレットの【幻術】を用いて彼方此方あちこちにノアの偽物を作って別行動を装っているんだ。つたない隠蔽ではあるが、魔王軍が『ノアを生け捕りにする』事に執着しているのなら、『何処にノアが居るか不明瞭』な事は俺たちの安全を担保する“鍵”となる。


 無闇に攻撃をけしかけてノアを巻き添えにするのは魔王軍も本意では無い筈だ。時間が経てばおのずとバレるだろうが、俺たち全員が『メサイア』の脅威から少しでも逃れるにはこうするしかない。



「ノア様〜、何処に居るのかしら~? 貴女の堕天使が迎えに来ましたよ~!! 早く出て来ないとノア様の大切な騎士様を八つ裂きにしちゃうわよ~?」

「残念、そんな安い挑発にノアは乗らないよ! それに、貴様こそ俺の【神殺しの魔剣(ラグナロク)】の錆にされたくなかったらとっとと魔界マカイでふんぞり返っているグラトニスの元に帰るんだな……!!」



 俺たちの浅はかな『企み』にルシファーはとっくに気付いているのだろう。彼女は朱い“一つ目(モノ・アイ)”を妖しく光らせ、ケラケラとわらいながらノアを探してキョロキョロと辺りを見渡し始めた。


 からかっているのだろう。大袈裟な素振りでノアを探す様子はまるで隙だらけ、だけどダモクレス騎士団の誰もが固唾を呑んでルシファーの行動を見守るしか出来ない。単純に隙が無く、下手に動けば即刻“蜂の巣”にされると予感していたからだ。


 それぐらい、ルシファーには隙が存在しない。見た目相応の歳の少女のような行動をしていたとしても、機械天使ティタノマキナであるルシファーには“隙”なんて生易しいものは存在していなかった。



「さぁて、ノア様が何処に居るか教えてくれるかな~、ラムダ=エンシェント? もしかして……廃都アレーシェットに居残っているとか?」

「…………さぁな、自分テメェで想像しろ……!」


「表情解析――――『緊迫を装った平静』ね。なるほど、廃都には居ないか……! バアル、ゼブル、主砲【星間十字砲グランドクロス】発射準備! 目標――――廃都アレーシェット!」

「空中要塞『メサイア』に高魔力反応なのだ……!」



 そして、俺の表情、仮面バイザーから僅かに覗いた口元から感情を読み取ったルシファーによって、遂に『メサイア』が隠していた“牙”は顕わになった。


 巨大な機体の中央部分、“十字架”の交差部分から姿を現したのは黄金のさかずきを模した巨大な砲塔。ちょっとした城ぐらいなら難なく入りそうな巨大な砲口ほうこうには禍々しく溢れる白い魔素マナが集束している。



「さぁ、ダモクレス騎士団の犬どもよ、刮目なさい! 空中要塞『メサイア』の主砲の威力を“予行演習デモンストレーション”として拝ませてあげるわ! そして――――自分たちが如何に矮小わいしょうな存在であるかを思い知るが良い!!」



 大気は震え、地面は揺れ、空が歪む程の高密度の魔素マナの弾丸が精錬されたなら、もたらされるものは一つ……破壊のみだ。



「――――放て!」



 そして、ルシファーの号令と共に『メサイア』の主砲【星間十字砲グランドクロス】より白く眩い光は放たれ……その数秒後には【廃都アレーシェット】は地図から姿を消した。


 ついさっきまで居た廃墟から上がったのは白き十字架の光。


 大地を巻き上げて、あらゆるものを消し去って、立ち昇った“光”は途中で枝分かれして『十字架』を再現しながら、廃都アレーシェットとその周囲一帯をまるごと消し飛ばして見せたのだった。

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