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第232話:死中にこそ、活路は在る


「急げ急げーッ!! 戦闘要員以外は急いでグランティアーゼ領に避難するんやーーッ!!」

「荷物は置いて行くのだ!! もう一刻の猶予も無いのだ!!」


「オクタビアス卿、まだ兵舎に砲弾が……!」

「もう時間が無い、積めれない分は捨て置け! それに……()()()()()()に砲弾が通用するとは思えん!!」



 魔王軍最終兵器『メサイア』の出現から数分後、廃都アレーシェットはこの世の終わりのような様相ようそうを呈していた。


 遥か彼方の上空からゆっくりと此方に飛来しつつある空中要塞に対してダモクレス騎士団が下した決断は『廃都アレーシェットの放棄』と『ダモクレス騎士団による魔王軍への一斉攻撃の強行』であり、拠点では各々が退避や戦闘準備に追われていた。


 商人たち非戦闘員は商売道具や身銭を手に慌ただしくグランティアーゼ領に退避を始めて、ダモクレス騎士団は捨て身の突貫作戦の為に兵装の準備を進めている。


 そして、俺も出撃の用意に奔走する一人だ。


 コレットが用意した朝食を泣く泣く見送りつつ、ノアたちと共にダモクレス騎士団の集合場所へと急いでいた。



「おい、アインス卿! これは一体全体何事だ!? あの空に浮かぶ城みたいなのは一体なんなんだ……!?」

「ヴィクター第一王子、事態が急変しました。これよりダモクレス騎士団は玉砕覚悟の突撃を開始します……!」


「ぎ、玉砕覚悟だと……!? わ、私が名誉の負傷で寝込んでいる間に何があったのだ!?」

「ヴィクター王子、残念やけど頭部に石が当たった()()()()()なんて軽々しいこともう言ってられへんで! このままやと、うち等どころかグランティアーゼ王国があっという間に滅亡や!!」



 廃都アレーシェットの外れに鎮座していた第四師団とっておきの多脚型の『絡繰機動要塞』。空間鎮座する山をも越える巨大な要塞を見た後だと可愛く見えるちょっとしたお屋敷程度の大きさしかない移動要塞が俺たちの集合位置だ。


 そこでアインス兄さんの胸ぐらを掴みながら大声をあげるのは一人の青年。


 名をヴィクター=エトワール=グランティアーゼ――――ヴィンセント国王陛下の第一子にしてレティシアの実の兄である第一王子だ。


 俺たちエンシェント兄弟よりも淡い金色の髪を荒ぶらせ、レティシアに似た緑柱石モルガナイトの瞳を見開き、着込んだ白と金を基調とした甲冑をガチャガチャと鳴らしながら彼は遥か彼方に見える『メサイア』の詳細をアインス兄さんに問うている。



「いや~、魔王軍の“切り札(ジョーカー)”だとはアケディアス=ルージュから聴いていたんだけど、まさかあそこまで驚天動地きょうてんどうち代物しろものが出てくるなんて思ってなかったよ〜、あっはっは〜!」

「笑っている場合か!? くそ、聴いていないぞ、戦争は我々の有利では無かったのか!?」


「ヴィクター兄様、アインス卿を責めても何も始まりませんよ! いま、わたくし達にできる事は速やかな非戦闘員の退避と騎士団の出撃です!」

「なっ……レティシア……!? 戦場には来るなと言い付けただろう!! 戦場ここで旗を振るのは私の責務だ! お前はレイチェルと王都で我々の帰還を待っていなさい!!」



 見る限り、ヴィクター王子は完全にパニックに陥っている。いや、俺どころかノアもパニックになっているのだ、彼がそうなるのも仕方が無い。


 それでも、姿を見せたレティシアに『危ないから戦場には来るな』と言っているあたり、ヴィクター王子ももう覚悟は決まりつつあるのだろう。


 なにせこの状況で逃げようとは微塵にも思っていないのだ。たとえ臆病風に吹かれて、アインス兄さんの胸ぐらを掴む手が震えていたとしてもだ。



「ヴィクター様、レティシアは自分が責任を持ってお守りします! 王子はどうか私たちダモクレス騎士団を導いてください!」

「ラムダ卿か……! 言われなくともそのつもりだ、私を甘く見るな! 昨日は……頭のぶつけどころが悪かっただけだ……!!」



 意地か虚勢か、ヴィクター王子は俺の進言に『言われるまでもない』と強気に返事を返すと、アインス兄さんから手を離して騎士団の前へと歩いていく。


 何かを決心した男の表情かおだった。



「アンジュさん、第十一師団の準備は整っている!?」

「あぁ、もちろんだ……もぐもぐ……いつでも出陣できるぞ……もぐもぐ!!」


「めっちゃパンかじっている……!」

「もぐもぐ……これが最後の晩餐かも知れないだろ! 飯ぐらい食わせろ!!」

「ご、ごめんなさい……!?」



 既に第十一師団の全員も配備に就いている。数名、名残惜しそうに朝食を頬張っているのが気になるが、これが最後の晩餐になるかも知れないと思うと、確かに引き止めるのは気の毒そうだ。



「シャルロット、魔王軍の侵攻状況は!?」

「此処から二十里にじゅうりほど先、各ルートの手前で停止していますわ!」


「待ち伏せされているな……! アインス兄さん、魔王軍は慌てて出てきた僕たちを叩く気だ!」

「ん〜〜、ならノアちゃんの()()()()、“パターン・ロンギヌス”で攻めるしか無さそうだね……!」



 魔王軍は『メサイア』に釣られた俺たちを狩る気でいる。それを分かった上で突撃しなければならないのは業腹ごうはらだが、今さらグランティアーゼ王国に逃げ帰っても、今度は王都が戦場に変わるだけだ。


 そして、そうなれば『メサイア』によって王都は呆気なく陥落して、俺たちは確実に負ける。


 もうダモクレス騎士団に逃げ場所は無い。


 それは承知した【王の剣】たちは沈痛な面持ちで『メサイア』を睨み付け、配下の騎士たちも女神アーカーシャに祈りを捧げながら出陣の時を待っている。



「ラムダさん……どうして逃げないの?」

「此処で逃げたって、グラトニスはあの『メサイア』で地の果てまで君を追ってくる……! だから、あんなデカ物は俺が今日この場で叩き落としてやる……!!」


「私の為に……?」

「俺はグランティアーゼ王国の騎士である前に、ノアの騎士だ! だから……君の為なら俺はどんな困難にも立ち向かう、絶対に諦めない!!」



 俺の右手を握ったノアは不安げな表情をしている。


 彼女は半ば諦めかけている。いや、昨日の話を聞く限りでは、ノアは『俺が生き延びる』事を優先して撤退を促しているんだろう。


 俺はノアが臆病だとは思わない、むしろ俺の身を案じてくれた事に喜びすら感じている。だからこそ、俺はノアを最後まで護りたいと思うのだ。



「聞け、勇敢なるグランティアーゼのつるぎ達よ!! 我が名はヴィクター=エトワール=グランティアーゼ、貴殿らの命を預かる将である!!」



 肩を震わせたノアの手を優しく握り返して、彼女の不安を除ききった時、遂にヴィクター王子による宣言が始まった。


 待ち構える魔王軍へ、こちらへと照準を向けつつある『メサイア』へ、死を覚悟して立ち向かう騎士たちの“御旗”となる為に。



「これより我らは廃都アレーシェットを放棄して突撃を開始する!! 目標は死都シーティエンの奪取と魔王軍の撃退、そして……あの彼方に浮かぶ要塞『メサイア』の攻略だ!!」



 空に浮かぶ黒鉄くろがねの城、世界規模の厄災を討つために造られた“救世主”たるアーティファクト。その強大な敵に俺たちは臨む事となる。


 誰もが勝てないと感じている、誰もが無謀だと思っている。だけど、逃げ出す者は誰ひとりとしていない。



「あぁ、無謀だろう! あの巨大な“怪物モンスター”を相手に勝てる保証も、生きて帰れる保証も何処にも無い!! だが、我々に撤退の選択は無い!!」



 白馬に騎乗したヴィクター王子が掲げた御旗にえがかれたグランティアーゼ王国の紋章エンブレムが騎士たちの目に焼き付き、脳裏に思い出が蘇ってくる。


 父さんと狩りに出た思い出、シータさんと剣の鍛錬をした思い出、オリビアと食事をした思い出、あの雪の日の思い出、コレットと始めて出会った思い出、故郷を追い出されてノアと出会った思い出、苦難を乗り越えた冒険者の思い出、【王の剣】として戦った思い出。


 その全てが今まさに奪われようとしている。



「我らの背中にはグランティアーゼの全てがる! 我々が護らねば、誰が護る!? グランティアーゼ王国の騎士達よ、愛する者を護るために今こそ立ち上がれ―――――全騎、抜刀ッ!!」

「「「――――抜刀ッ!!」」」



 勝つか負けるか、生か死か、暗い絶望の中で微かに光る“希望”を信じて騎士たちは剣を掲げて雄叫びをあげる。


 魔王グラトニスの喉元に“牙”を突き立てる為の世紀の一戦が間もなく始まろうとしている。



「魔王軍を蹴散らせ! 突撃……開始ィィーーーーッッ!!」



 そして、ヴィクター王子が御旗を振り下ろした瞬間、俺たちは一斉に大地を蹴って駆け出し始めた。


 大地より迫るは魔王軍の軍勢、空より迫るは“救世主”たる巨大要塞、蟻が如き騎士たちが挑むは難攻不落の“暴食の晩餐”。


 アーティファクト戦争最大の戦い『メサイアのソラ』――――開戦。


 

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