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第231話:降臨節 〜Advent〜


「どう、オリビア? 甲冑はちゃんと装着できてる?」

「えぇ、いつも通り格好良く仕上がっていますよ、ラムダ様。これから“英雄”になられる御方に相応しいお姿です……!」



 グランティアーゼ王国軍による魔王軍との全軍衝突作戦『グランティアーゼのつるぎ』発令から三十分後、ダモクレス騎士団宿舎の一室にて。


 オリビアに装甲アーマーの仕上がりを確認してもらいながら、俺は来たるべき決戦に向けて精神を研ぎ澄ましていた。



「敵将はジブリールさんと同じ機械天使ティタノマキナのルシファー、リリィさんの実兄であるアケディアス=ルージュ……どちらも一筋縄ではいかない相手ですね……」

「そうだね……きっと苦戦すると思う。でも勝つよ……君の為にも……!」



 残す相手はルシファーとアケディアス、共にアインス兄さんやツヴァイ姉さんでも仕留め切れない指折りの強者だ。そんな相手が控えているからだろう、オリビアの表情は珍しく沈んでいる。


 前回の獣国ベスティアで俺が重傷を負った事で、彼女の心の奥底に『ラムダ=エンシェントが戦死するかも知れない』と言う“恐怖”が芽生えているんだろう。


 綺麗な指先は震え、額からは冷汗ひやあせが流れている。それでも尚、オリビアは俺の前では気丈に振る舞おうとしている、それが嬉しくもあり心苦しくもある。



「この【不毛地帯テラ・ステリリス】の魔王軍さえ倒せば、後は魔界マカイに突入して魔王城にいるグラトニスを討つだけだ……! もうすぐ、戦争は終わる……」

「ラムダ様……」


「戦争が終わったら少し長めの休暇を貰おう! オリビアの両親にも挨拶に行きたいからね……!」

「ハイ……そうですね……! 一緒に行きましょう……!」



 オリビアの為にも命は無駄には出来ない。


 もう、俺の命は俺だけのものじゃ無い、ノアやオリビアの人生にも俺の命は食い込んでいる。俺が死ねばきっと、二人は自分の身体をもがれるような苦痛を味わう事になるだろう。


 今の俺はそれが怖い。



「傷つく事はあるかも知れない、けどきっと生き抜いてみせるよ、オリビア……」

「約束ですよ? 傷ついてもわたしが治してあげますから……死なないでくださいね……!」



 生きてさえいれば、まだ困難に抗う余地はある。たとえその困難を乗り越えれずに人生を終えたとしても、途中で諦めめて怠惰に過ごすよりはずっとマシだ。


 だから、俺は最後まで戦う、戦わないといけない。



「あの〜……キスしてる最中さいちゅうにお邪魔して申し訳ございません〜、ラムダさ〜ん……呼ばれて来ましたよ~……」

「あっ……ノア……///」

「お、おはようございます……ノアさん///」



 と、自分を鼓舞しつつオリビアを安心させる為にキスをしていたら、珈琲コーヒーの注がれたマグカップを両手で掴んで、俺たちの情事を申し訳なさそうな表情かおで見つめるノアが現れた。


 昨夜、俺とまぐあった後、そのまま寝ていたのに気付いて慌てて水を浴びて身支度を整えたのか、ノアの衣装は微妙にはだけて髪と素肌はしっとりと濡れていた。それじゃ怪しいだろう。



「はぁ……わたしが負傷兵の手当てで留守にしている間、ノアさんとお愉しみだったみたいですねぇ……ラムダ様?」

「うっ……う、うん……我慢できなくて……」



 ほらバレた。


 眼から光沢ハイライトの消えたオリビアが吐息が俺の頬に掛かる所まで顔を近付けて、耳元でねっとりと問い詰めるように囁いてくる。



「わたしだってムラムラしてたのに……自分だけ他の女の子にうつつを抜かしていたんだぁ……ふ~ん……」

「だって……オリビアが目の届く範囲なら女遊びしても良いって言ったから……」


「それはラムダ様の“意欲モチベーション”の低下を防いで、戦場で常に最高のパフォーマンスを発揮できるように配慮しているだけです! わたしは婚約者が抱いている女に嫉妬を覚えるのを我慢していると言うことを肝に銘じておいてください!」

「ヒッ……わ、分かった……! ごめんよオリビア……」


「あなたに死なれたらわたしも困るんです……! だから、他の女に手を出すのは許可しますので、死ぬことだけは許しません! いいですね……!?」

「約束する、絶対に死なない。迷惑かけてごめん……」



 俺に死なれたら困る、そうオリビアは語気ごきを強めて言い放った。彼女にとって『ラムダ=エンシェント』は人生の一部なんだろう。


 そう確信すれば、俺の中で生きる意欲が湧いてくる。


 この戦いを終わらせて、ノアの旅を見届けて、オリビアと暖かな家庭を築く、そんな見果てぬ『夢』を叶えたいと思える。


 我ながら誰かに依存しないと、孤独では何も出来ないと自虐したくなるが、どうもこれが俺の性分らしい。



「あ〜……それで、私を呼んだ理由は何ですか?」

「あぁ、そうだった……実はアインス兄さんからノアに伝言があってさ……」

「アインスお義兄さんから? はて、何でしょうか?」



 そんな自分の“犬”みたいな性格に苦笑していると、呆れたようなノアの声が聞こえてきた。


 彼女を呼んだのは作戦会議ブリーフィングの時にアインス兄さんから伝えられた『メサイア』の詳細を確認する為だ。


 ノアがその名を聞いてなんの反応も示さなければ大したことは無さそうなのだが、俺はそう()()()()()のかも知れない。



「ノア……『メサイア』って名前に聞き覚えはある?」

「メサ……イア……!? あぁ……あぁぁ……!?」



 だが、俺のささやかな祈りは通じなかった。


 その名を俺が口にした瞬間、ノアの顔色は青ざめて、手にしていたマグカップを落として割ってしまった。あぁ、『メサイア』と言う名前の何かが、ノアが識る()()()()()()である事は理解できた。



「ラムダさん、その名前を何処で……? 何処で聞いたんですか!?」

「えっ……ア、アインス兄さんから……! ま、魔王軍がその名前の何かを“切り札(ジョーカー)”として切るつもりだって……」


「ま、まずい……! メサイアなんて引っ張って来られたら、ダモクレス騎士団なんて吹けば消し飛ぶアリも同然じゃない……! グラトニスめ、()()を握っていたから戦争で『ごっこ遊び』をしていたのね……!!」

「おい、ノア! なに一人で慌てふためいているんだ! 俺たちにも分かるように言え!!」



 ノアをのっぴきならない表情かおで頭を抱えて何かを考えている。


 今しがたのノアの狼狽から読み取れた事実は二つ――――その『メサイア』を手中に収めているからこそグラトニスには余裕があった事、その『メサイア』を前にはダモクレス騎士団は“蟻”が如き小さな存在に過ぎないと言う事だ。



「ラムダさん、既に猶予はありません! もし魔王軍が『メサイア』を動かしているのなら、すぐさまこの【廃都アレーシェット】を放棄して撤退を――――」

《廃都アレーシェットに居る全ての騎士、及び支援者に緊急伝達!! こちらはダモクレス騎士団第二師団団長、ツヴァイ=エンシェントである!! 繰り返す、グランティアーゼ王国軍総員に緊急伝達!!》


「ラ、ラムダ様……この声って……!?」

「拡声魔石を使ったツヴァイ姉さんの緊急伝令だ!」



 そして、機を見計らったように廃都全域に響いたツヴァイ姉さんの声が事態が動き出した事を告げる。


 飛竜ワイバーンに騎乗して広域を監視できる第二師団が手持ちの魔石型の拡声機マイクを用いて行なう緊急伝令。ダモクレス騎士団に緊急事態を告げる為のものだ。


 つまり、火急を要する事態の発生を意味している。



《死地シーティエン方面、魔界【マルム・カイルム】より超巨大飛行物体接近! 繰り返す、魔界マカイより超巨大飛行物体接近ッ!! 総員、直ちに第一種戦闘配備に着け!!》



 ツヴァイ姉さんが告げるのは超巨大飛行物体の接近。魔王軍の居る死都、さらにその奥の魔界マカイソラから脅威が迫っていると言う内容だった。


 その言葉を聴いて、俺たちは慌てて部屋の窓から顔を覗かせて空に彼方かなたに目をみはる。



「なっ……何ですか……アレ……!?」

「そ、空飛ぶ……城塞……!?」



 不毛地帯の遥か彼方の空に浮かぶ巨大な暗雲、その中から現れたのは巨大な飛行物体。


 空を向いたクジラの胴体のような構造体、左右に突き出たひれのような翼、まるで空中に浮かぶ“十字架”のような輪郭シルエット、見る者の戦意を喪失させるような禍々しいデザインをした機械の要塞。



「全高五千メートル、最大搭乗人数三万人……古代文明に於いて、対【終末装置アル・フィーネ】用決戦兵器として建造された空中要塞――――名を“救世主”『メサイア』!!」

「あれが……魔王グラトニスの切り札……!!」



 その名をアーティファクト【メサイア】――――古代文明に於いて、“救世主”と謳われた神の名を冠したソラを駆ける要塞。



「断言しますね、ラムダさん……! 我々があれに対抗する手立ては――――限りなくゼロです!!」



 不毛なる戦争に終止符を告げる“神”が降臨した瞬間であった。

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