第230話:転換期 〜Turning Point〜
「第十一師団団長ラムダ=エンシェント、リリエット=ルージュと共にただいま推参しました!」
「到着しましたか、ラムダ卿。それでは……只今より作戦会議を始めます!!」
――――廃都アレーシェット、その朽ちた教会の一室、時刻は明朝。
部屋へと入った俺とリリィを待っていたのはテーブルに着席した【王の剣】たちの姿だった。壇上には先の戦いで負傷したツェーネル卿の姿も見える。
右眼に眼帯を付けたツェーネル卿の現在の役割は騎士団の支援役。相棒である飛竜を失い、大怪我を負わされても尚、ダモクレス騎士団に助力したいと志願したらしい。
そして、そんな彼女の司会進行の元、会議は始まろうとしていた。
「ラムダ卿〜♡ あたしの隣が空いているわよ〜♡」
「あ、あぁ……ありがとう、ルチア卿……」
「あの生意気なヘキサグラム卿がラムダ卿に蕩けた表情をしているだと……!? いかんぞラムダ卿、そのメスガキとの交際は教育に悪い! 今すぐに考え直せ!」
「あんたは黙ってろ成金親父! 誰と誰が付き合おうがそれは当人たちの勝手でしょ? 今さら父親面してんじゃねーっての!」
一触即発のルチアとオクタビアス卿のいがみ合いに愛想笑いを浮かべながら席に座った俺を待っていたのは『あいつ、ヘキサグラム卿に手を出したのかぁ……』と言う【王の剣】たちの冷ややかな視線だった。
公開処刑にされている気分だ、すごく居たたまれない。さっさと会議を終わらせて持ち場に戻りたい。
「コホンっ、ヘキサグラム卿、オクタビアス卿、喧嘩はそこまでです! ここからは大事な会議の時間です!」
「うっ……申し訳ない、バハムート卿……」
「チッ、うっせーな……はいはい、あたしが悪かった!」
会議の進行役を任されているツェーネル卿にピシャリと注意を言われたオクタビアス卿とルチアがバツの悪そうな表情で口をつむげば、会議場に厳粛な雰囲気がし始める。
今回の議題は魔王軍への一転攻勢に出ると言う過去最大規模の衝突が予想される。さしものアインス兄さんまでもが真剣な面持ちをしているあたり、事の重大さが伺える。
「先ずは現状確認から始めます。第二師団による偵察の結果、魔王軍拠点【死都シーティエン】から魔物の軍勢の出陣を確認……その勢力数約100万! 恐らくは全軍を投入したものと思われます……!」
「相手方もいよいよ痺れを切らしたと言う訳じゃのう……! こちらの戦力は残った義勇軍を含めても約5000、圧倒的に不利じゃ……」
「一人ひとりの“質”は僕たちが勝るが、“量”は魔王軍が遥かに上だ。それに、魔王軍にも上位の実力者はわんさかいる……素人目に見ても絶望的な状況だと言わざるを得ないな……!」
「目先の利益に釣られた冒険者たちは早々に逃げ出してしまい、残った義勇軍は各地の騎士団から集った者たちだけですね……」
俺たちが置かれた状況は“最悪”と言わざるを得ない。
敵陣からこちらへと向かう魔王軍の戦力は100万を超え、対してグランティアーゼ王国軍の戦力は残り5000、数だけで言えば既に大敗を喫していると断言できる。
「唯一の救いは第十一師団の活躍のお陰で最高幹部【大罪】がほとんど退場した事だね」
「兄様の言う通りですね。【冒涜】のネクロヅマ、【凌辱】のストルマリア、【破壊】のヴァナルガンド、【蹂躙】のリンドヴルム、この連中が残っていたら今頃ダモクレス騎士団も壊滅していたでしょうね……」
「ちょっと、私を省くのは失礼じゃないかしら、ツヴァイ? グランティアーゼ王国への侵攻を請け負っていたのはこのリリエット=ルージュよ!」
「失礼、リリィ。そう言えばあなたも魔王軍でしたね……」
「ムッ……仲間認識されて嬉しいけど、ちょっと複雑///」
ただ、魔王軍は最高幹部を七名の内の五名を失っており、ダモクレス騎士団【王の剣】で欠けたのは第三師団のトリニティ卿の一名のみ。
最高戦力の数だけならこちら側が有利だ。
その影響もあってか【王の剣】たちの面構えは闘志に溢れている。もう後が無いせいで無理やりにでも強情を張っているだけかも知れないが、後ろ向きになるよりかはマシな筈だ。
「ここ【廃都アレーシェット】と魔王軍拠点【死都シーティエン】を結ぶルートは三つ! 北側にある【ルーペス峡谷】、南側にある【フォラメン洞窟】、そして中央を通る【プロスペリータス街道跡】……最高幹部二名で三ルートを掌握する事は不可能な筈や!」
「つ、つまり……こ、ここで一気に戦線を押し上げて……ま、魔王軍の拠点を制圧するのが……こ、今回の作戦なのですね……!」
「敵の指揮系統が瓦解した今こそ、最大の好機じゃな! トリニティ卿の仇、此処で晴らしてやろう……!!」
「なるほど、つまりはあたし達の手で魔王軍を死都から撤退させればいいのね! キャハハハ、今度こそ連中に一泡吹かせてやるわ!!」
魔王軍軍事拠点へ至る道筋は三つ――――足場の不安定な峡谷を抜ける道、入り組んだ洞窟を走破する道、そして廃れた街道を突っ切る道だ。
報告ではいずれのルートでも魔王軍との衝突は発生している。リリィの予想通り、魔王グラトニスの指示で魔王軍が深く入り込んで来ないお陰で侵攻こそされていないが、今回の総動員では最早“様子見”なんて悠長な事をする事は無いだろう。
ダモクレス騎士団も残された戦力を総動員して戦線を突破して【死都シーティエン】を陥落する必要がある。
「こちらで火力を出せる部隊は第一師団、第三師団、第六師団、第十一師団……ですが第一、第三師団はほぼ壊滅状態です……!」
「アインス兄さんの第一師団が……壊滅状態……!?」
「いや~……アケディアス=ルージュに強襲されて部下が殆ど殺されちゃったんだ。仕返しに彼の部下を根こそぎ倒したんだけどねぇ……」
「怠惰なディアス兄が“やる気”を出すなんて珍しいわね……いつも寝てばかりの癖に……」
アインス兄さん率いる第一師団【聖処女】がほぼ壊滅している。その情報に俺は息を呑んでしまった。
ダモクレス騎士団で最高の部隊を以ってしても歯が立たない相手、“吸血王”アケディアス=ルージュ。リリエット=ルージュの異母兄にして、魔王軍序列第二位の純血の吸血鬼。
怠惰で不真面目と実の妹に苦言を呈される男が遂に動き出す。それだけの戦いが始まろうとしているのだと、嫌でも痛感させられる。
「うむむ……二十年前の『偽聖戦争』を思う出すのう……」
「帝都ゲヘナ攻防戦で当時の第一、第四、第六、第七、第九師団の【王の剣】が何者かに瞬く間に撃ち殺された、ダモクレス騎士団最大の汚点か……! 確かに……総力戦と言う意味では似ているな、この状況は……!」
「て、帝都ゲヘナの防壁から……お、【王の剣】たちの心臓と脳と“魂”を……せ、精密に撃ち抜いた誰かのせいで……て、撤退せざるを得なかった戦い……! い、いま思い出しても寒気がします……!」
「あーあー、年寄りども、その話は無しや! 若い連中が萎縮してまうやろ!」
どうやら、古株であるサンクチュアリ卿やオクタビアス卿にも想う所があるようだ。アロガンティア帝国との戦争で起きた『ダモクレス騎士団の敗走』、彼等はその事を思い出しているらしい。
その戦いを生き残った父さん曰く――――帝国の首都まで攻め込んだ当時のダモクレス騎士団は、合戦場から遠く離れた帝都ゲヘナから撃たれた弾丸によって【王の剣】を半数も失い、撤退を余儀なくされた。
常勝不敗だったダモクレス騎士団の威信を失墜させた事件。自分たちが“最強”だと信じて疑わずに増長していた騎士たちの鼻っ柱をへし折った出来事に、当時を知る者たちは不安を募らせていた。
自分たちは再び土を付けられるのでは無いか、あっさりと命を落とすのでは無いかと。
無論、自身の死を恐れている訳では無い。自身の死が祖国の崩壊を、愛する人たちの死を意味しているからこそ、最悪の未来を危惧しているのだ。
俺だってその内のひとりだ、魔王グラトニスに再び遅れを取ってノアを奪われるのが恐ろしい。けれど、ノアと約束したんだ、一緒に居ようって。
「確かに……我々は“無敵”なんかじゃ無い、あっさりと死ぬかも知れない……! けど、この先の出来事なんて誰にも……女神アーカーシャにだって分かりはしない! だから……俺は最後まで戦います……!!」
「御主人様……!」
だから俺は剣を握る。
もう大切なものを奪われたく無いから、護り抜く為に戦う道を選ぶんだ。
それが……我が騎士道。
「未来は創るのは『女神』でも『運命』でもない! 今を生きる者たちの『意志』です! そして……俺は愛する人と笑い合って生きる“明日”が欲しい……!!」
「ラムダ卿……そこまであたしの事を♡」
「いや……ルチアの事じゃ……」
「じゃあ……私の事ね♡」
「ラムダ、普段の素行のせいで格好良さが台無しよ?」
「はい……ツヴァイ姉さんの言う通りです……」
意気込んで発破をかけたのは良いが、いまいち締まらなかった。
ルチアとリリィに誂われて、ツヴァイ姉さんの突き放したような苦言のせいで大恥をかいてしまった。部屋の中に騎士たちの笑い声が木霊して、先ほどまでの陰鬱とした雰囲気はどこかへと去っていく。
「ふふふっ……ラムダ卿に叱咤激励されるとは、我々もまだまだ青いですな?」
「オクタビアス卿の言う通りじゃのう……やれやれ、歳を取るとどうにも思考が凝り固まってしまうのぅ……!」
「いいこと言うなー、ラムダ卿! うち、ちょっと感動したで……!」
「ラ、ラムダ卿……じ、情熱的……か、格好いい……///」
勢いに任せて熱く語ってしまったが、どうやら俺の言葉はみんなに届いたみたいだ。
全員の眼に闘志が灯っていくのが分かる。
「よぉーし、では私たちもいよいよ出陣の時にゃーーっ!」
「私たち第二師団が上空から戦局を見張り、制空権を抑えます! 地上は兄様たちに託します……!!」
「中央ルートに火力を集中して、敵の意識を集中させるのが得策だね……! ラムダ……共に道を切り開こうか……!!」
「アインス兄さん……! はい、任せて下さい!!」
「中央突破ならうちの『絡繰機動要塞』の出番やな!! 魔王軍の阿呆どもの度肝を抜いたるわ!」
「防御は我が第八師団が請け負おう……!」
「後衛が必要じゃな? 儂ら第五師団もラムダ卿の後詰めに回ろうかの……!」
「“アーティファクトの騎士”と“聖騎士”を軸にした大部隊だ、ルシファーとアケディアス=ルージュも無視は出来ないだろうね……!!」
そして、遂に出陣の時は来たる。
中央ルートを進行するのは俺たち第十一師団【ベルヴェルク】に加え、第一師団【聖処女】、第四師団【絡繰機巧戦隊】、第五師団【禁書目録】、第八師団【黄金の盾】による大部隊。
「足場の不安定な峡谷は僕たち第七師団の出番だね!」
「付き合うわ、クソ眼鏡……! ラムダ卿と一緒じゃ無いのは業腹だけど……」
「なら我ら第九師団は洞窟から進行を! 暗所なら得意ですので……!!」
「わ、私たちも……ど、洞窟から……!」
第六師団【魔女の夜会】と第七師団【白銀歌劇団】は北の峡谷から、第九師団【暗夜夜光】と第十師団【死せる巨人】は南の洞窟から、そして第二師団【竜の牙】は上空から進攻する事になった。
ダモクレス騎士団総動員の作戦、アロガンティア帝国との戦争以来久しく無かった【王の剣】たちが一同に介する戦いが始まろうとしている。
そんな歴史の“転換期”に参加できること、子どもの頃から憧れていた騎士団で名を馳せれること、その喜びが手足を鈍らせていた不安をかき消していく。
「話は纏まりましたね? では……これより二時間後、ダモクレス騎士団は【廃都アレーシェット】より出立、三つのルートより迫る魔王軍を撃退し【死都シーティエン】を落とします! それまでに各自、出陣の支度を!」
「二時間後……いよいよ魔王軍と全面抗争か……! リリィ、大丈夫か……?」
「平気……戦場に出張ってくるであろうルシファーとディアス兄さえ倒せれば、魔王城に居るグラトニス様は全ての手足をもがれた状態になるわ……! そうなれば、きっとグラトニス様も諦めてくれるはず……!!」
「かつての仲間と争わせてごめん……! リリィのお兄さんは死なさずに捕虜にしてみせる……必ず!」
「作戦名――――『グランティアーゼの剣』! これより我らはグランティアーゼ王国すべての民を護る剣となりて、魔王軍を迎え撃ちます!!」
ツェーネル卿によって宣言された作戦名は『グランティアーゼの剣』――――ダモクレス騎士団最大の作戦、魔王軍との雌雄を決する戦いの狼煙。
旅立ちの日から続いた魔王グラトニスとの因縁に大きな区切りを付ける時だ。
「ラムダ……ちょっといいかい?」
「んっ……どうしたんですか、アインス兄さん?」
作戦決行が決まり【王の剣】たちが会議室から立ち去っていく中、俺はアインス兄さんに小声で呼び止められた。
兄さんはいつも通り薄っすらと微笑んだ表情をしているが、か細い声をする事はあまり無い。何か重要な話があるのだろう……それも、かなり深刻な内容の話を。
「みんなの気勢を削ぎたくなかったからさっきは黙っていたんだけど、どうやら魔王軍には『メサイア』と言う“切り札”があるらしい……」
「メサイア……? アーティファクトでしょうか?」
「恐らくね……。だからノアちゃんに確認をとって、もしアーティファクトだった場合は彼女から然るべき対処法を聞き出して欲しいんだ……」
「分かりました、僕の方からノアに確認を取ります……」
どうも魔王軍には『メサイア』と言うアーティファクトと思しき何かを握っているらしい。
それが何かは分からないが、能天気なアインス兄さんが場の空気を読んで発言を控える程には危険な香りのするもののようだ。
願わくば、それが大したものでは無い事を祈るばかりだが、どうなるだろうか。
※一人新キャラクターを出し忘れていた……(´・ω・`)




