幕間:復活祭《イースター》
「ディアス! アケディアス=ルージュ!! いつまで寝ている? 当機が来たのよ、さっさと起きなさい、この怠惰な吸血鬼め!!」
「すぅ……すぅ…………んッ、なんだルシファーか? ふわぁ〜……おれを起こすならもっと優しく起こしてくれ……具体的に言うなら『起きて……ダーリン♡』って耳元で囁いて欲しい……Zzz」
「…………コホンっ! すぅ~……起きて……ダーリン♡」
「ええ〜……ほんとに言うんだ。なんか幻滅……」
「死ね、ポンコツイケメン! 恥を忍んで言ったのに///」
――――不毛地帯中央域、魔王軍戦略拠点【死都シーティエン】、時刻は日の出前。
廃棄された古城の謁見の間、そこに鎮座する古びた玉座に腰掛けて惰眠を貪る吸血鬼は不機嫌そうな機械天使の声で目を覚ました。
「まったく、『吸血鬼』が夜間ぐっすりおねんねするなんて信じられないわ! 当機の知る吸血鬼は日光に弱くて、日中に棺桶に籠もって寝て、夜間は起きているものだと記憶しているけど?」
「いや……古代文明人が“串刺し公”ヴラド=ツェペシュから着想を得て描いた空想の生物である『吸血鬼』と、女神アーカーシャが原初の魔人である“四大”の『水』から設計したおれたち吸血種を比較されても困るんだが……」
「ハンッ、この世界の理なんて当機の知ったことじゃ無いわ! 結論としては、あんたは『夜に寝て、日中は起きる』で良いのよね?」
「いや、おれは朝も夜も寝ているが? 具体的には一日に25時間寝ないと気が済まん! 足りないと寝不足……」
「常に寝不足なのね……一日は24時間よ……!」
玉座に腰掛けてふんぞり返る【大罪】の長・アケディアス=ルージュの怠惰っぷりに呆れたようにため息をつくのは“機械天使”ルシファー。
両名とも魔王グラトニスの忠実な配下にして、“暴食の魔王”の両翼となる重要な存在。
「で、おれに何の用だ、堕天使? 心地よい眠りを妨げたんだ、とうぜん有意義な話だろうな?」
「その通りよ、だから殺気を向けるのは止めなさい! こんな所で“やる気”を出していたら、来たる“アーティファクトの騎士”との決戦の時にガス欠になるわよ?」
「あ~……分かった分かった、そう怖い表情をするな。貴様がおれに勝てずに【大罪】の“二番手”に甘んじている事を気にしている事実をすっかり失念していたのだ、許せ……」
「貴様……ノア=ラストアーク様が設計した【大天使】でも名機と名高い当機を侮辱するか!」
共にプライドの高い吸血鬼の王と機械天使の傑作(※自称)、お互いに喧嘩を吹っ掛ける様は魔王軍内部でも風物詩となっていた。
人気の無い謁見の間に響くのは二人の話し声だけ。
「まぁいい、いずれ貴様は始末してあげる。それよりも、先ほど魔王城に御座すグラトニス様から連絡が来たわ……遂に『メサイア』が起動したわ……!」
「ようやくか……まったく、随分とおれを焦らしてくれたな、あの色狂いの小娘は……!」
「既にバアルとゼブルが『メサイア』を此処まで運んでいるわ! そして、魔王グラトニス様から伝令よ、“アーティファクトの騎士”とノア=ラストアーク様を回収しつつ、グランティアーゼ王国を滅ぼせと……!!」
「――――心得た。魔王軍全軍に対グランティアーゼ最終作戦『復活祭』の決行を伝えよう……!」
機械天使が伝えるのは『メサイア』と呼ばれた何かが不毛地帯【テラ・ステリリス】へと近付きつつあること魔王グラトニスによるグランティアーゼ王国の殲滅指令が発令されたこと。
そして、その命令を待ちわびていたが如く、吸血鬼は嬉々とした表情で玉座から立ち上がると魔王グラトニスからの指令を承諾した。
「各連隊を指揮する“将軍”たちを今すぐに此処に招集せよ、堕天使よ!」
「ケッ……承知しましたー、【大罪】の長……“怠惰の魔王”……!!」
「さて……将軍どもが来るまでの間、もうひと眠りするかぁ……Zzz」
「座り直して寝た……ほんまコイツ……!! まぁいい……せいぜい寝ておくがいいわ、アケディアス……!!」
手ぐすねを引いていた魔王軍の一斉発起、その刻限が迫る中でふたりの最高幹部は来たる決戦に意欲を燃やしていく。
吸血鬼はまだ見ぬ強敵との邂逅を心待ちにしながら再び玉座に座り直して惰眠を貪り始め、機械天使はそんな怠惰な男に悪態をつきながら謁見の間を後にして殺風景な廊下を歩き始める。
「…………古びた遺跡の中で長い眠りに就いていた当機を目覚めさせた魔族の少女の果てしない『夢』……その細やかな願いはもうすぐ結実する……!」
地平線照らす薄明かりに“一つ目”を向けながらルシファーは自身の記録に焼き付いた映像を回想する。
『当機を機動させたのは……誰?』
『綺麗……翼の生えた天使様! あなたが私をこの地獄から救ってくれる天使様なのね!!』
薄暗い地の底で眠っていた機械天使を掘り起こした血まみれの少女との邂逅、“暴食の魔王”との出会いの記録。
堕天使と呼ばれた兵器の第二の始まり。
「ノア=ラストアーク、我が創造主よ、当機はあなたが嫌いだ。だから、あなたには我が“所有者”であるルクスリアの『夢』の為の道具になってもらうわ……!!」
その独り言を誰が聴くわけでも無く、ただ自分自身に言い聞かせて己の意思を確固たるものにして、ルシファーは歩き続ける。
ただひとりの少女の『夢』を叶える為に。
「ラムダ=エンシェント……おれやルクスリアと同じ『魔王』に覚醒めた騎士もどきか……! クククッ……久々に狩りがいのある獲物が現れたな……!!」
一方で、玉座に腰掛ける吸血鬼も来たる戦いに高揚を感じて寝付けずにいた。
楽しみにしていた催事を前にした子どものように無邪気に笑いながら、アケディアスは“アーティファクトの騎士”との死闘と言う妄想に耽る。
「リリィ、お前が惚れた男、どんな“欲望”を抱えた人間だ? 復讐に囚われたお前を手懐ける程の“器”を持っているのか? 困難を乗り越えて女神を討たんとする“覚悟”を宿した傑物か? あぁ、愉しみだ……早く殺してみたい……!!」
妹であるリリエット=ルージュの心を射止め、魔王軍最高幹部を尽く蹴散らし、“強欲”、“嫉妬”、“憤怒”の魔王すら下してみせた屈指の強者。
その少年に対して湧き上がる殺人衝動に、“怠惰の魔王”は笑みを零す。
「ラムダ=エンシェントとルクスリア=グラトニス、どちらが女神を討つ真の“神殺し”かおれが裁定してやろう……!! フフフ……フハハハハハハ!!」
間もなく夜は明けて、戦局は加速をし始める。
ラムダ=エンシェントの長い長い一日の幕開け、魔王軍とダモクレス騎士団による世紀の一戦が間もなく始まろうとしていた。
「ふわぁ〜、高笑いしたら眠くなってきた……おやすみぃ…………Zzz」




