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第229話:魔女と魔王


「う、う~ん……?? ラムダさんの言う『魔王権能ネガ・ギフト』なるスキル、私が調べてもまったく解析できません……ごめんなさい……」

「いや、謝らなくていいよ、ノア。そんな簡単に解析できたら苦労なんてしないさ……あはは……!」


「肉体的な異常ならすぐにわかるのに、“人間性”を構築する『精神ココロ』は解明できない……。私と言う“人形マキナ”の欠点ですね……所詮、私には()()()()()()しか出来ないと言う事でしょうね……」

「そんな落ち込まないでよ……『魔王権能ネガ・ギフト』は自力でなんとかするから!」



 ――――グランティアーゼ王国軍拠点【廃都アレーシェット】、ある朽ちた宿屋の一部屋、時刻は丑三うしみつ時。


 明日の作戦会議ブリーフィングに備えて休むことにした俺はベットに腰掛けながら、いつもの日課であるノアの検診を受けていた。


 ノア曰く、俺に発現した魔王権能ネガ・ギフト【アンチ・ヒュムリティ】は彼女の解析をってしても原理は分からなかったらしい。判明しているのは俺の精神に根ざしたスキルであり、物理的に解決する手段が皆無なことぐらいだ。



「コレットちゃんの“角”の発熱自体は、テレシアさんの胡散うさん(くさ)い露店から最安値で巻き上げた材料で造った『ひんやり角カバー』で対処は出来たのですが……」

「そんな軽いネーミングの発明でなんとかなるのか……?」


「一応……まぁ、コレットちゃんが『これで枕を燃やさずに寝れます〜♪』って喜んでくれるぐらいには……」

「うう~ん……でも本質の解決には至っていないし、まぁそんなもんかぁ……」



 同じく魔王権能ネガ・ギフトを発症して不眠にさいなまれていたコレットは物理的な手段で()()()()、症状が改善したらしい。


 では、俺はどうだろうか?


 果てして観たくもない他人の走馬灯から目を逸らせる事は出来るのか、あるいは何を観ても動じない精神ココロを得ることは出来るのか。



「貴方は一生、その呪縛が観せる悪夢を克服は出来ません。だって……ラムダさんは“人の死”をいたむことが出来る優しい人なんですから……」



 ノアの答えはハッキリとした『不可能』だった。


 自分でも薄々分かっていた、そもそも……他人の死なんて『どうでもいい』と掃き捨てれるなら苦痛なんて味わう事なんて無い。


 死の喪失の“痛み”を思い知らされた日から胸に巣食った苦痛、それこそが【アンチ・ヒュムリティ】の正体なのだろう。



「本当は殺したくないんでしょう? 誰も死なないなら素敵だって甘ったるい“妄想ユメ”を観ているんでしょう?」

「ノア……顔が怖い……」


「私はラムダさんほど、他人の生き死にに執着はありません。()()()()()()()()()()()()()()()と思っています……オリビアさんも、ミリアちゃんも、コレットちゃんも、実は『どうでもいい』存在でしか無いのです……」

「そんな……」



 その感情はノアには無いものらしい。


 彼女は顔を俺に近付けて、ささやくように自身の“欠陥”を挙げ連ねた。ノアは俺にしか関心が無く、オリビアたちが仮に死んだとしても動じる事は無いと。


 瞳から光沢ハイライトが消えたノアの朱い眼は不気味に俺を囚えて魅了する。まるで、男を喰い物にする悪い魔女に捕まったような気分だ。



「だから……私には貴方の苦悩は理解できません。嫌なら心を凍てつかせて、死んでいった者に唾を吐きかけて傲慢に見下せばいいんです……」

「嫌だ……そんなことしたくない……! そんなのは俺じゃ無い!」


「なら……感情の働きを抑制する注射でも射ちましょうか? すぐに精神ココロが死んで楽になれますよ?」

「ノア……止めろ、止めてくれ!!」



 出会ってから始めて、ノアに恐怖の感情を抱いてしまった。俺の顔を胸元に押し付けて、頭を撫でながら俺を安心させるような事を言っているのに、感情の籠もっていない言葉に臓腑ぞうふちぢこまる。


 俺の感情を殺すとささやく彼女の一挙手一投足がただただ怖い。なんで怖いかは分からない。



精神ココロが死ぬのは怖いんですね? そう思うのなら、ラムダさんはまだ大丈夫です」

「ハァ……ハァ……! 俺は……」


「何もかも諦めて、死者の無念に圧し潰されて、心を閉ざしたのなら貴方はきっと『闇』から這い上がれなくなる」

「ノア……」


「諦めないで……! 貴方には、暗い絶望の中でも手を差し伸べてくれるヒトがまだ居ます……だから、最後まで『悪夢』にあらがい続けて……!!」

「俺に……逃げる道は無いのか……」



 ノアの騎士になると決めたあの日から、俺はとっくに道を踏み外していた。


 古代文明から蘇った『ノア=ラストアーク』と言う名の“魔女”に魅入られた瞬間から、俺は“魔王”になるしか無かったのだろう。


 だから、俺はノアを恐れたのだろう。


 騎士の名家に生まれた出来損ないの『ゴミ』の人生を壊しに壊した“魔女”に……始めて恐怖を抱いたんだ。



「ラムダさんのその呪いは、私が必ず治してみせます! だから、もう少しだけ頑張って……!!」

「ノア……でもそんな方法なんて……!」


「今はありません、手立ても見つかりません。けど……()()()()()()()()()()()()! 私の一番得意な分野ですよ♪」

「ノア……君は、俺と同じことを……!」



 されど、“魔女”は優しく微笑み、俺の恐怖をそよ風に舞う花びらのように取り除いてくれた。


 必ず俺を蝕む呪いを解いてみせる……そうノアは約束してくれた。それは、迫りくるノアの“寿命リミット”に抗おうとしている俺と同じ決意の現れだった。



「他の誰が死のうとも、貴方だけは死なせません! だから……手を繋いで、唇を重ねて、何処どこまでも堕ちていきましょう……ふたりなら、きっとどんな地獄でもヘッチャラです……!」

「俺が……身も心も“傲慢の魔王”に堕ちたとしても、俺を愛してくれる?」


「どんな醜い姿になっても、どんなに心が壊れても、貴方が『ラムダ=エンシェント』である限り……私は貴方を永久とわに愛しています……!!」

「ノアのお陰で、もう少しだけ頑張れそうだ……ありがとう……!!」



 俺は精神ココロを蝕まれ、ノアは寿命を削られて、それでも必死に生きている。


 愉快な旅路も、苦しい戦場でも、険しい旅の果てでも、彼女と一緒ならきっと乗り越えていける。そう思えた時、ずっと苦痛だった頭痛が少しだけ治まったような気がした。


 極度のストレスから解放されたからだろうか。


 あぁ……少なくとも、ノアと言う存在は俺にとっては『毒にして薬』だと言わざるをえない。接し方を間違えれば俺はいとも容易く堕ちて、正しく接すれば……きっと俺は救われる。



「ラムダさん……」

「ノア……」



 極限の戦場の中で昂ぶった想いは止められず、お互いの唇にむさぼり付きながら、俺たちはお互いを深く深く求めていく。


 衣服ははだけ、壊れそうな身体カラダ精神ココロの隙間を埋めるように肌を重ねていく。


 俺はどこまで正気を保てるだろうか?

 ノアはどこまで生きられるだろうか?


 先行きは分からない、自分で選んだ『人生みち』はたったの一歩すら先が観えない深い闇、けれど……ノアが一緒に居ると思うだけで不思議と怖くはない。


 天使のように美しい君、悪魔のように悪辣な君、魔女のように蠱惑こわく的な君、俺はきっと君に身も心も魅了されていたんだろう。


 でも、不思議に思うことがある。ずっと指摘するのが怖くて、二人の関係性に重篤な欠陥エラーを起こしかねない大事な事が。


 ノア……君はいつ、どうして俺に惚れたんだ?



「ラムダさん……♡ オリビアさんは負傷者の手当てで大忙しです、二人でしっぽりと愉しみましょう♡」

「うぅ……抜け目の無い奴だ……」



 とろけるような少女の匂いの中で思考がほうけていく、苦痛で固くなった精神ココロがゆっくりと解されていく、ノアと言う“鞘”に収まった事で行き場を失っていた“剣”は安息を得ていく。


 戦場の中で育まれる情愛、魔王と恐れられた騎士と魔女と囁かれた人形の泡沫うたかたの夢。


 それが、辛い戦争に活路を見い出す希望にならんことを。

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