第228話:戦場に咲く花、戦場で枯れた花
「ネオン〜〜! 無事やったんやな〜! うちは心配しとったで〜〜(泣)」
「オカン〜〜! 無事やったで~~! なんせエルフの里でも獣国でも大して活躍してへんかったしな〜〜(泣)」
「そりゃ、あんたは技術職やからな〜! 活躍しとったらおかしいやろ〜〜(泣)」
「ホンマやな〜〜(泣)」
「あの関西弁ドワーフ母娘、喧しいですね、マスター?」
「カンサイベン……? 商人訛りじゃ無くて……?? ううん……ジブリールの言う『関西弁』って何だ? そもそも『関西』って何だ??」
――――不毛地帯【テラ・ステリリス】、グランティアーゼ王国軍拠点【廃都アレーシェット】、時刻は日付が変わった頃。
獣国ベスティアへと遠征していた俺たちは第八師団に案内されて朽ち果てた街の跡へと足を運んでいた。抱き合って再会の喜びを分かち合うテトラ=エトセトラ卿とその娘・ネオンの様子を他所に辺りを見回せば、其処にはかつて栄華を誇った都市の成れの果てとも言うべき光景が広がっていた。
不毛地帯の一都市、その残骸【廃都アレーシェット】――――元はこの地方にかつて栄えた国家の都市としてはあった街であり、地脈から供給される魔素が枯渇した事で遺棄された忘れ去られた場所だ。
石造りで建てられた建物はすっかり風化して所々が崩れ、ひたすらに乾いた砂の匂いだけが鼻腔を刺激する無味乾燥な地となっている。
「まっ、建物はまだ使えるものがあるし、物資さえ運び込めれば“拠点”としては機能できるのが救いよね……殺風景で退屈だけど……」
「まぁまぁ、文句を言っちゃ駄目だよ、ツヴァイ。一応、ちょっとした嗜好品を持ち込んでいるし、【享楽の都】から出稼ぎに来た娼婦たちも居るし、まだマシだと割り切るしかないんじゃないかな?」
「アインス兄さん、ツヴァイ姉さん!」
「やぁ、ラムダ、エルフの里と獣国ベスティアでの任務ご苦労さま。獣国では酷い目にあったそうだね、気分は大丈夫かい?」
第十一師団の到着を聞きつけて出迎えに現れたアインス兄さんとツヴァイ姉さんに連れられて、俺たちは廃都の奥へと歩いていく。
廃都に居る人種は大きく分けて二種類――――魔王軍と剣を交えて戦うダモクレス騎士団や地方騎士団の騎士たちと冒険者ギルドで募った冒険者たちで構成されたグランティアーゼ王国軍、物資を運び込むキャラバン隊や兵士たちの慰安を目的とした娼婦などの商売人たちだ。
「え、えへへ……ど、どうも〜……『メメントアンテナショップ』……し、新オーナーのテレシアです〜……ひ、非合法な商いを排除した……け、健全な組織として生まれ変わったので……ア、アイテムを買って下さい〜……えへへ〜……ざ、在庫が捌けないよ〜(泣)」
「露店に安物の回復薬を並べて何をやっているんだ、デスサイズ卿は……?」
「ふぅむ……精力剤はあるかの、デスサイズ卿や?」
「あぁ〜……も、もちろん取り揃えていますよ~……サ、サンクチュアリ卿……! な、何をする気かは訊かないでおきますね〜……ま、毎度あり〜♪」
拠点には次の戦いに備えてアイテムを買い漁る者、血糊が付着した剣を研ぎ直す者、英気を養う為に娼婦と共に建物の中に消えていく者と、思い思いの方法で夜を過ごす者の姿が見受けられる……精力剤を買ったサンクチュアリ卿は別の戦いに赴くつもりなのだろうなぁ……。
だけど、それはまだ希望を持ち合わせている者の姿に過ぎない。
ふと、視線を大通りから脇道に逸らせば、其処にこそ『戦争』の凄惨さを物語った光景が転がっている。
「おい、なに寝てるんだ! 病気の妹の薬代を稼ぐ為に戦争で一攫千金を狙うって言ってただろ!? お前が死んだら故郷の妹はどうする気なんだ! おい……死んだのか……嘘だろ……!?」
「毒が全身に回って……もう……駄目だ……! か、母さん……いま……そっちに…………逝く……からね……――――」
「腕が……俺の腕が無いんだ……! 誰か……俺の右腕を知らないか……?」
「目の前で……お姉ちゃんが巨人に踏み付けられて……プチャって潰された……あはは……あはははは……人ってあんなに簡単に死ぬんだ……うっ、おぇぇ……!」
傷付いて死を待つばかりの者、親友を失って呆然とする者、力尽きて物言わぬ肉塊に変わっていく者、袋に包まれて粗雑に並べられた死体、死体、死体。
戦争で傷付いた者たちが屯する地獄が其処にはあった。
「ラムダ……顔色が悪いわよ? いったいどうしたの?」
「死体や負傷者を見るのが辛いのかい? 父上に血に慣れるように訓練されているだろう?」
「あ、あの……これには深い事情があるんです、アインスさん、ツヴァイさん……」
「オリビアちゃん、それは一体どういう意味かな?」
無論、傷つき死んでいった者の亡骸が転がっている以上、俺の【アンチ・ヒュムリティ】はその無念を拾ってしまう。
目的を果たせず、大義名分の旗の下に命を落とし、無意味に死んで肉塊になっていった者たちの無念の怨嗟が俺の精神を蝕んでいく。
『お父ちゃーん、頑張ってねー! あたし、お家でいい子にしてお留守番してるからねー!』
『ちゃんとお母さんの言うことを聞くんだぞー!』
『魔王軍に殺されたオーキスの仇……! 私が討つんだ……大丈夫、私だってエンシェント騎士団の端くれ……できる筈だ!!』
『キーラ、あなた本当に“怠惰の魔王”の根城であるルージュ城に乗り込む気なの? 絶対に返り討ちに遭うわよ?』
『えっへっへ……かもな! もしあたしが“吸血姫”の討伐に失敗して帰って来なかったら、あんたが仇を討ってくれよな! えっ……嫌だ? そんなこと言うなよ〜、親友だろ?』
死んでいった者たちの無念が流れ込んでくる、私たちの想いを連れて行って欲しいと足下に絡み付いてくる。
彼方此方に転がった死体たちの『人生』が強制的に脳裏に流されていく。目を閉じても、耳を塞いでもお構いなしに流れ続ける……まるで拷問のようだ。
「ぐぅぅ……! 頭が割れそうだ……!!」
「ラムダ様、しっかりしてください! わたしが付いていますから、どうか自分をしっかりとお保ちください!」
頭痛が酷い、まるで脳みそを乱暴に鷲掴みにされているようだ。獣国ベスティアからまともに休まずに激戦を続けて、肉体も精神も疲弊しきっているのもあるのだろう。
戦闘で肉体はボロボロになって、魔王権能によって精神は切り刻まれ続ける。心を無にすることも許されない。
これが魔王としての宿痾――――コレットも【アンチ・パティエンティア】の影響を受けているらしい。“角”の発熱によってまともに睡眠を取る事は許されず、極度のストレスから常に鬱憤を内部に溜め込んでいるらしい。
正常な人格を保つのが困難になる魔王の呪い。アワリティアやインヴィディアも同等の状態だったのなら、二人の狂気に満ちた言動にも得心がいく。形はどうあれ、常に何かに精神を蝕まれ続ければ精神は耐えれず崩壊するだろう。
逆に言えば、同じく魔王権能に罹っている筈なのに平静を装っているグラトニスには不気味さを感じてしまう。彼女は俺やコレットが感じているようなストレスにも眉一つ動かしていないのだろうか、それとも……すでにグラトニスの精神も壊れてしまっているか。
「ラムダ様、もうお休みになりましょう! 休むこともお務めの一つですよ……!」
「オリビアちゃんの言う通りだね。この先にダモクレス騎士団で使っている古い宿屋がある、そこでゆっくりと休みなさい……良いね?」
「ありがとうございます……アインス兄さん……」
「早朝に【王の剣】たちで作戦会議を行なう予定だ、リリエット=ルージュを連れて出席するように。私とツヴァイはこれから夜間警戒の為に哨戒に出るから、何か分からない事があったら支援活動に回っているバハムート卿を頼りなさい」
いずれにせよ、今日は十分に働いた。もう休んでもいいだろう。
魔王軍の夜襲に備える為の警戒に出るアインス兄さんとツヴァイ姉さんを見送りつつ、俺はダモクレス騎士団の宿舎に向かう事にした。
暗く凄惨な戦いはまだ続く。




