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第227話:魔王戦線、動きあり


「ルドルフ様、お気を確かにルドルフ様!」

「ガッ……ゲフッ…………」


「駄目だ、完全に意識が飛んでいる……! おのれぇ“アーティファクトの騎士”め、ガンドルフ様のご子息であるルドルフ様を……!!」



 一連隊を率いていた将軍である“若獅子”ルドルフ=ヴォルクワーゲンは俺の鉄拳を顔面に受けて沈黙した。口と鼻から血をダラダラと流したまま失神した獅子は部下に揺すられてもピクリとも動かない。


 ああなった以上、しばらく寝かせないと意識は回復しないだろう。



「次はその“若獅子”を殺す……! 将軍を失いたく無ければ早々に退け!!」

「何をしているラムダ卿!? さっさと“若獅子”にトドメを刺すんだ!! 相手は最高幹部とは言わずとも、魔王軍の将校なのだぞ!」



 俺の隣までやって来たオクタビアス卿が『ルドルフにトドメを刺せ』と怒鳴っている。


 彼の言い分は正しい。ここでルドルフを倒せば高位の将校がひとり落ち、魔王軍の指揮系統は悪化するだろう。



「ここで悪戯いたずらに“若獅子”を殺せば、指揮官を失って統率の乱れた魔王軍が暴れ始める可能性があります……!」

「うっ……それは……その可能性は無くはないが……!」



 だが、ここでルドルフを始末してしまえば将軍を失った魔王軍は各々の独断で動かざるを得なくなり、戦場はより混沌カオスへと突入してしまうだろう。


 オクタビアス卿率いる第八師団は戦死者も多く、残った騎士たちもみな手負いだ。戦局が激化すれば彼等が巻き込まれて命を落とす危険性がある。


 魔王軍を見逃して傷付いた味方を救うか。

 魔王軍に追撃を掛けて味方を巻き添えにするか。


 味方の救助を優先するか、魔王軍の殲滅を優先するか――――二つを“天秤”に掛けて、選べるのはどちらか一つのみ。


 なら、俺は迷わず味方の救助を選ぶ。


 傷付いた騎士たち一人ひとりに人生があり、帰りを待つ人たちがいる。無駄死にだけはさせたくない。



「気絶したとは言え“若獅子”は今だ連中の指揮を統一する『御旗みはた』……ここは一つ、あいつの命を担保に魔王軍に撤退を促すべきです……!」

「私の部下の安全を優先するか……相変わらず甘いな。いや……しばらく見ない内に腹をくくったのか……?」


我儘わがままは承知しています! ですが、私が理想とする『騎士』とは――――」

「“護る者”……だろう? 私も新人時代にアハト卿の背中を見てきたからな、ラムダ卿の意志は分かるよ……」



 ここで魔王軍の撤退をさせれればこれ以上の犠牲は一旦抑えられる。


 仮にここで退いたルドルフ率いる連隊が再び“牙”を剥いたとしても、その時までにはこちら側の陣形も立て直せる筈だ。



「さぁ、どうする? “若獅子”をいた状態で俺と渡り合うか、それとも潔く撤退してルシファーかアケディアスにでも泣きつくか? 好きな方を選べ!」

「馬鹿にしおって……!! だが、ルドルフ様の御身おんみの安全を確保するのが最優先か……仕方がない! 第12連隊、戦線を放棄、至急【死都シーティエン】に撤退するぞ!!」



 そして、どうやら魔王軍も無駄死には避けたいようだ。ルドルフを抱き抱えた副官と思わしき“角”付きの魔族の男によって魔王軍に撤退指令が出され、魔族や魔物モンスターたちは渋々と後退を始めた。


 追撃を警戒してジリジリと後退する魔王軍だったが、全員が俺の顔を恨めしそうに睨んでいる。まぁ、魔王グラトニスの世界征服の野望の一番の障害が俺だろうから、恨まれるのも仕方はないか。


 冷たい視線が槍のように突き刺さる。それでも視線を逸らせずに、“憎悪”を一心に受け止めないといけないのは少し心苦しい。



「ガフッ……ラ、ラムダ=エンシェントォォ……!! これで……オレに勝ったと思うなよ……!!」

「ルドルフ……」



 最後に、俺に渾身の捨て台詞を吐いたのは意識を取り戻したルドルフだった。


 副官の肩に担がれたルドルフは血反吐を吐きながらも俺を睨み続け、朦朧もうろうとしている意識の中で獅子は叫び続ける。



「我が父を殺して……のうのうと生きている貴様を……オレは許さん!! 必ず殺す……必ず殺してやるからな……!!」

「…………」


「覚悟しろ……次は貴様が死ぬ番だ……グルルル!!」

「次に会う時は容赦はしない! 俺の得物を蹴り飛ばして()()()()()()その命、せいぜい大事にしておけ……!!」



 喉まで出かかった『ガンドルフはリンドヴルムの卑怯な策略に巻き込まれて命を落とした』と言う言葉を呑み込んで、ルドルフの憎悪を受け止める。


 俺がどんな言葉を言おうともそれは『言い訳』にしかならない。


 それに、俺とリンドヴルムの戦闘に巻き込まれてガンドルフが命を落としたのは事実だ。たとえ、俺の意思ではない不可抗力だったとしても、『ガンドルフがラムダを倒す為に自爆の道を選んだ』ことが事実な以上、ルドルフにとって俺は“親の仇”も同然だ。


 俺だって、間接的に母さんを死に追いやった【死の商人】に恨みを抱いて、彼女を殺害して復讐を果たしたのだから、ルドルフの気持ちは痛いほどよく分かる。


 だから俺は彼を殺せなかったのかもしれない。


 若くして名を上げて魔王軍の将軍を任されて、亡き父の無念に足元を絡め取られた青年。彼の在り方は今の俺によく似ていたから。



「俺は……みんなを護って、みんなに感謝されたかったのに……! どうしてこんな事になったんだろう……」

「ラムダ卿……若い君に苦しい想いをさせてすまない……! 不甲斐ない私たち大人を許してくれ……」


「いいんです、オクタビアス卿……これも自分で選んだ『みち』、どんな“十字架”も背負って征きます……!! 俺には……剣を振って、敵を斬ることしか出来ないのだから……」

「たったの15歳でこの覚悟か……ラムダ卿はどれほど壮絶な経験をしたのだ……」



 撤退する魔王軍を見送る最中さなか、つい漏れてしまった愚痴。それに反応して申し訳なさそうな表情をしたオクタビアス卿に気付いて、俺は我に帰って言葉を取り繕ってしまった。


 オクタビアス卿だって好きこのんで戦争をしている訳では無い、辛いのは俺だけでは無い。


 それに、『騎士』をこころざしていた子どもの頃から父さんには口酸っぱく言われていた。剣を握って誰かを護りたいなら、その刃で命を奪うことを覚悟せよと。


 だからこそ、俺は覚悟を持ち続けなければならない。大切な人を護る為に、敵の命すら奪うことを。ルドルフや魔王軍を見逃したのは俺の甘さが原因だ、手痛いしっぺ返しが来なければいいがと、そう思うしかない。


 オクタビアス卿は俺の心情を察したのか、俺の行動を叱責する事は無かった。ただ、黄金の篭手こてを外して、血豆ちまめまみれの硬い手のひらで俺の頭を黙って撫でるだけ。


 オクタビアス卿には俺と歳の近い娘が二人居る。その娘たちと俺を比べて、俺の方を不憫に思ったのだろう。返り血で汚れた俺の髪をかすオクタビアス卿の手は同志としてではなく、一人の“父親”としての優しさがあったからだ。



「やーっと追い付いたし! 団長ちゃん、馬に乗ったあーしより速いとか、あーしの立場が無くなるんですけど!」

「キャレット、みんなは?」


「もうすぐ合流するよ! 最後尾の貧弱ノアノアちゃんが天使ちゃんにお尻を叩かれて泣きながら走ってるけど……」

「あぁ……そう。まぁいいや、報告ありがとうキャレット! こっちも少し落ち着いた所だよ」



 魔王軍の最後尾が不毛地帯の小高い丘に隠れて見えなくなった頃、地面を鳴らす軽快な馬の足音と共にキャレットが現れた。 


 どうやら俺は少し飛ばし過ぎていたようだ。置いていった第十一師団が合流する前に魔王軍を撤退させてしまったのだから。


 だけど、そのお陰でオクタビアス卿の救援は間に合った。それはそれで成果はあったのだと思う。



「ラムダ卿の所の“ギャル騎士”キャレット=テスラノーツだな? エルフの里、獣国ベスティアの任務ご苦労だったな!」

「成金おじさん、ありーっす♪ もうすぐヘキサグラム卿、セブンスコード卿、メインクーン卿も合流するよー!」


「成……金……!? 失礼な、私は代々続くオクタビアス男爵家の人間だぞ! 先々代が土地転がしで大儲けして当時の国王陛下から爵位をいただいたのだからな!」

「先々代て……まぁまぁ歴史の浅い成金じゃないですか……」



 軽口を叩くキャレットに少々間の抜けた応答をするオクタビアス卿を見て、ひとまずとうげは越えたのだと安堵はできた。


 だが、安心して気が抜けたのか、疲れがドッと出てきて視界が眩んできてしまった。まだ魔王権能ネガ・ギフト【アンチ・ヒュムリティ】の負荷に耐えれていない証拠だ。


 獣国ベスティアで任務に就いていた時よりも身体能力が向上しているのは確かで、“若獅子”ルドルフとの一戦では特に魔王権能ネガ・ギフトの恩恵が顕著に出ていた。音速以上の速度で突っ込んできたルドルフの攻撃を魔剣で受け止めるだけで簡単に()()()()のだから。


 だが、驚異的な身体能力を得た代わりに精神面はズタズタにされてしまった。今も脳裏に誰かの走馬灯が洪水のように流れ込んでいる。一刻も早く何処かで横になって眠りたい気分だ。



「団長ちゃん、顔色悪いよ? 仮面バイザーしてても分かるぐらい顔色が悪いよ!」

「平気……じゃないな。早く休まないと気が狂いそう……」


「いかんな、少し熱もあるようだ……! 急いで我々の拠点である【廃都アレーシェット】に退避するべきだな!」

「オッケー! 遅れてくるみんなにも拠点に向かうように伝えるねーー!」



 いつしか夕日は落ちて、ソラには満天の星々が輝き始める。


 戦争の舞台【テラ・ステリリス】での最初の戦いは終わり、俺たちはグランティアーゼ王国軍の拠点である【廃都アレーシェット】へと向かうことになった。


 戦争への参陣から数時間、既に俺が手に掛けた命は三桁にも及んでいた。それだけの数の『人生』を俺が奪ったと言う事実が重くのし掛かる。


 それでも、戦争が終わらない。


 どちらかが負けを認めるまで、ヴィンセント国王陛下か魔王グラトニスの首が落とされるまで……決して。

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