第226話:獅子奮迅の若人たち
「特記戦力……“アーティファクトの騎士”ラムダ=エンシェント……確認! 魔王軍第12連隊、標的に向けて攻撃開始!! 魔王グラトニス様の為に奴を必ず打ち倒せ!!」
「「「ウオッ、ウオッ、ウオォォーーーーッ!!」」」
「第八師団、結界を張って負傷兵を回復させよ! ラムダ卿の援護は私が出る!! 未来ある若者をこれ以上殺らせはせんぞ!!」
「承知しました、オクタビアス団長!! 戦線の維持は我々にお任せください!!」
――――不毛なる大地で繰り広げられる不毛なる争い、グランティアーゼ王国と魔界マルム・カイルムによる『ノア=ラストアーク』争奪戦争は続く。
合流した伝令ゴブリンによって“アーティファクトの騎士”の出現を認識した魔王軍は雄叫びを上げ、第八師団と交戦していた部隊を分割して俺の方へと牙を向け始める。
「Grrrr……!!」
「狼の魔物……魔狼か……!」
先陣を切って迫ってきたのは狼の魔物である『魔狼』――――旅立ちの日に俺の右眼と左腕を持っていった怪物。
数は五匹、あの日の個体の仲間達だろう、風に靡く白銀の鬣には見覚えがある。あの時、故郷を飛び出した未熟な『弱者』だった俺に現実を叩き付けた相手だ、今でも悪夢に観るからよく分かる。
大地を疾駆する巨大な狼は牙を剥き出しに、強靭な脚で大地を砕きながら躊躇うことなく突撃してくる。
「喰い殺せ、魔狼!!」
「Garrrrrr!!」
「俺はもう逃げ惑うだけの新人じゃない……!! 魔剣駆動……突き刺せ――――“狼牙撃”!!」
「Garr――――ッ!?」
だが、魔狼に二度も遅れを取るようなヘマはもうしない。狼たちの爪と牙が俺を捕らえるよりも疾く、俺の牙が魔狼たちを仕留めにいく。
魔剣を地面に勢いよく突き刺した瞬間に刀身から地面へと流入した赤黒い魔力。その稲妻のような魔力は瞬く間に前方へと伝播していき、魔狼の足下で爆ぜた瞬間に真紅の茨となって狼たちを串刺しにした。
『じゃあ魔狼ちゃんたち〜、魔王様から許可が下りたからあんた達の長を借りてくね〜♪ 目指すは辺境の村ラジアータ!』
それで五匹の魔狼は即死した。
脳裏に焼き付いたのはリリエット=ルージュに連れられてラジアータ村へと遠征に赴いた魔狼を見送る子狼たちの記憶。
あぁ……あのリリィが連れている一際大きな狼こそが俺を殺した相手だ。因縁の相手を観た瞬間に右眼と左腕がチクリと痛む。
「お前たちの長を殺した俺は憎い仇か?」
「ラムダ卿、感傷に浸るな! 次の敵が来るぞ!!」
「巨大な蛇に囲まれた……!? 多頭の蛇の怪物……ヒュドラ!!」
「Shurrrrrr……!!」
失った筈の左腕と右眼が疼く“幻肢痛”に目眩を感じて立ち眩んだほんのコンマ数秒後、俺は巨大な蛇の胴体に包囲をされていた。
逃げ場が無いように俺の周囲をとぐろを巻くように取り囲んだ蛇の赤い胴体、頭上から俺を見下ろすのは九つの蛇の頭部。
多頭の蛇の魔物『ヒュドラ』だ。
巨躯を活かした蹂躙するような膂力と、注入した相手を一瞬で死に至らしめる極めて危険な猛毒を牙に隠した怪物……メイドだった母さんの身体能力を極限まで削いだ神経毒の出自となった相手。
そんな蛇の怪物が猛毒の牙をチラつかせている。
「いかん……! ラムダ卿、すぐに私がそちらに向かう!! ヒュドラの攻撃を凌ぐんだ!!」
「Shrrrrrrrr!!」
一つ、また一つと俺に向かって突撃してくる蛇の牙。
掠るだけでも命を奪うような猛毒だ。如何にアーティファクトを組み込んだ影響で毒に対する抵抗力を有していても、できれば喰らいたくは無い。
「障壁展開……!!」
「Shaaaaaaa――――ッ!?」
「ラムダ卿……障壁で防いだのか……!」
「固有スキル【煌めきの魂剣】――――“蒼刃開花”!!」
「――――Sha!?」
迫りくる蛇の牙を左腕から展開された障壁で全て受け止めて、そのまま身体の周囲に精錬した蒼い剣を花が開くように扇状に薙いでヒュドラの頭部を斬り落としていく。
切断されて力無く地面に落下したヒュドラの頭部、頭部を失い煙のように霧散して消えていった長い胴体、それを目の当たりにして勇み足が止まる魔王軍の兵卒たち。
上位の魔物たちがかすり傷一つ俺に負わせること無く撃破されたのを見て、闇雲な行動では俺を倒せないと判断したように見える。
頼むから……そのまま撤退してほしい。
「くっ……グラトニス様からお預かりした優秀な魔物たちが次々と……! おのれぇ……!!」
「次はどいつだ? 死にたい奴から掛かって来い!!」
「では……オレがお相手しよう、“アーティファクトの騎士”! お前たちはオクタビアスの足止めに専念しろ、グラトニス様から預かった大切な戦力を無駄に削ぐな!」
「承知しました、ルドルフ様! 露払いは我等にお任せください!」
だが、その足踏みは臆病風に吹かれたからでは決してなかった。
魔王軍に指示を出しながら現れたのは部隊を指揮する“将軍”と思しき獣人族の青年、どうやら最大戦力で俺に対抗するつもりなのだろう。
そして、兵士達に道を開けさせて姿を晒した者の顔に、俺は言いようのない既視感を覚えた。
「オレの名はルドルフ=ヴォルクワーゲン……後はみなまで言わずとも分かるな、“アーティファクトの騎士”……!」
「魔王軍の“若獅子”……リリエット=ルージュから噂は聞いている……! 破竹の勢いで魔王軍の“将軍”の座に就いた新人だとな!」
スラリと伸びる鍛え上げられた躯体、戦風に靡く鬣は雄々しさを讃えた真紅、はだけた上半身には無数の古傷、金色に輝く右の眼には切り傷の痕……数多の死線をくぐり抜けたであろう猛者が其処に居た。
彼の名はルドルフ=ヴォルクワーゲン――――“若獅子”と呼ばれた魔王軍の期待の新星たる獅子の獣人にして、かの【戦闘卿】ガンドルフ=ヴォルクワーゲンの長子。
「“アーティファクトの騎士”ラムダ=エンシェント、我が父・ガンドルフの仇! その首、貰い受ける!!」
「俺の噂は知っているな? 魔王軍最高幹部【大罪】を尽く退けた“傲慢の魔王”を相手に、一介の将でしかない貴殿が敵うとでも?」
「黙れ! 男には……たとえ負けると分かっていても退けぬ時があるのだ!! 魔王グラトニス様の為にも、敬愛する我が父に代わりオレが貴様を討つ……ガルルルル!!」
「そうか……なら、俺が貴殿を無理やりにでも退かせてやる!! 覚悟しろ、ルドルフ!!」
黒く輝く隕鉄の棒を振り回して風を起こしながら、身に纏った武闘家の装束の上半身部分を脱ぎ捨てて、ルドルフは唸り声と共に俺を威圧する。
亡き父の仇討ちに燃える若獅子の気迫は十分。流石は魔王軍の“将軍”として一部隊を任された事はある、彼の見せる覇気はガンドルフの気迫にも負けじ劣らず。
だが、彼我の戦力差は歴然。いくらルドルフが復讐に燃えたとしても、彼が俺に一矢報いる可能性は低い。
ガンドルフ=ヴォルクワーゲンと言う高潔な武人の子どもだ……できれば此処で悪戯に命を落としてほしくない。ガンドルフには負い目があるから。
「脚力強化! その心臓を穿つ――――“獅子烈破”!!」
小さく跳ねたルドルフの右足が地面へと着いた瞬間、爆発のような衝撃と共に姿を消したルドルフ。魔力を流し込んで強化した脚力で思いっ切り地面を踏み込んでの超加速、さながら“弾丸”と言っていいだろう。
音速を越えて、目にも止まらぬ速度で大地を駆けた獅子は手にした黒鉄の棒の先端を俺の心臓に合わせて、一直線に向かってくる。
並の相手ならルドルフの瞬足に反応すら出来ず、瞬きと共に心臓を穿かれて息絶えるであろう。
「【行動予測】――――踏み込みが甘いッ!!」
「なっ――――オレの瞬足を見切っただと!?」
だが、相手が悪い、俺だって数多の死線はくぐり抜けて来た。今さら“疾い”だけでは遅れは取らない。
右眼のアーティファクトによって視界に映し出された朱い幻影、ルドルフによる強襲攻撃を見切って、迫りくる黒鉄の突きを魔剣で受け止める。
俺の魔剣と獅子の隕鉄の衝突で発生した黒い稲妻のような衝撃波は戦場を駆け抜けて、周囲にいた取り巻きたちの足を一瞬停止させる。ルドルフの配下も、俺の援護へと向かうオクタビアス卿も。
「我が“牙”を受け止めたか……だが、まだだッ!!」
「んっ……蹴りで聖剣を弾いただと!?」
そんな衆目の中で二撃目へと移ったのはルドルフの方だ――――渾身の突きを受け止められた事に少しだけ狼狽えた若獅子だったが、彼はすぐさま二撃目へと移行。
魔剣に止められた隕鉄の棒を地面に叩き付けてルドルフは小さく浮かび上がると、そのまま左脚を大きく突き出して俺の右手を蹴りつけて聖剣を弾き飛ばした。
俺が聖剣で反撃に出ると感じての行動だろう、彼は勘が鋭いようだ。咄嗟に蹴りを入れて俺の反撃に備えたのだから。
「“徹甲錘撃右腕部”――――【自動操縦】開始……!!」
「なんだ……右肘の部分から光が噴射している……!?」
だが、ルドルフの攻撃が俺の右腕を大きく弾き飛ばしたせいで、彼は自身の“敗因”を作る事になってしまった。
蹴られて後方に大きく弾かれた右腕をスキル【自動操縦】で操って、肘に備え付けた推進装置を噴射して、俺は反撃の拳を握る。
弾いた右手による反撃を軽視したルドルフの判断ミスだ。
「くっ……殺られる前に殺って――――」
「遅い――――“衝撃鉄鎚”!!」
「――――んなッ!?」
異常に勘付いて再び隕鉄の棒を構えようとしたルドルフだったが時すでに遅し、勢いよく加速した俺の右の拳は獅子の頭部へとめり込んでいった。
そのまま俺はルドルフを地面へと叩き付けるように殴り飛ばし、地面に後頭部を強打しながら大きくバウンドした若獅子は白目を剝いて気を失ったのだった。
「そんな……“若獅子”ルドルフ様が……一撃!?」
「ガンドルフに受けた傷から多くの事を学べた。これはその礼だ、ルドルフ=ヴォルクワーゲン……!!」




