第225話:廻天の時
「シャルロット、第八師団の様子は!?」
「少しお待ちを! え~っと……まずいですわね、第八師団が魔王軍に圧されていますわ……! 死傷者もかなり……急いだ方がよろしいかと……!」
第十一師団の到着を魔王軍に伝えに走った伝令ゴブリンを追い、俺たちは不毛地帯【テラ・ステリリス】の乾いた荒野を駆け抜ける。
ゴブリンが向かう先には魔王軍の大隊が進軍しており、ゴルディオ=オクタビアス卿率いる第八師団と交戦しているらしい。
千里眼で透視したシャルロット曰く、戦局は第八師団の不利。魔王軍の圧倒的な物量を前に、騎士団随一の守備を誇る第八師団【黄金の盾】も徐々に切り崩されているらしい。
「分かった! 俺が先行して伝令兵ごと群がる敵を蹴散らして第八師団へと合流する! みんなはキャレットを先頭にして俺の後に続いて、うち漏らしがあったら倒しておいて!」
「承知しましたわ、ラムダ卿! お気を付けて……!」
伝令兵を始末しつつ、グランティアーゼ王国側の拠点である【廃都アレーシェット】に向かうのも大切だが、大切な同士を見殺しには出来ない。
オクタビアス卿への加勢を決めた俺は翼と装甲のバーニアを噴射して一気に加速して大地を疾走する。
頭上には無数の飛行型の魔物が飛び交っている。第二師団が機能不全に陥った事で制空権を奪われたからだ。迂闊に戦場の空に飛べば、俺たちの存在はあっという間に伝わってしまうだろう。
だが地上を走れば発見される可能性は低くなり、万が一偵察に見つかっても狙撃して倒せば誤魔化しは効く。後はオクタビアス卿の救援に間に合うかどうかだ。
「向こうから猛スピードで突っ込んで来るのは……“アーティファクトの騎士”か!?」
「どけぇぇえええええええ!!」
前方を徘徊するのは魔王軍の小隊――――魔族であるオークを中心に構成された十名程の部隊。全員が大型の大剣を装備している事から彼等は『突撃部隊』だと予測できる。
恐らくはこの先で交戦している第八師団をさらなる火力で叩き伏せる為の増援だ。ならば、此処で倒さなければならない。
俺の存在に気が付いたオークたちは急いで武器を構えようとしているが、背後から迫っていた俺の発見が遅れた為に攻撃は間に合わない。オークが剣を振る頃には、俺は連中の脇をする抜けているだろう。
「くっ……間に合わん……! だが……ここで退く訳にはいかん!!」
「邪魔をするな――――“死せる翼”!!」
「グッ――――アァ!?」
それでもオークたちは怯むことなく攻撃を続行し、そのまま懐をすり抜けた際に俺が振り抜いた聖剣と魔剣に上半身と下半身を両断されて死んでいった。
断末魔と共に噴き上がる血飛沫、オークたちの絶命と同時に彼等の手から滑り落ちた大剣、そして脳内に流れた走馬灯。
『アケディアス様〜! いい加減に起きてくださいよー! 今日は合同訓練にお付き合い頂く約束だったではないですかー?』
『ふわぁ〜……あと五時間寝かせてぇ……Zzz』
『長……!? まったく、困った御方だ……やれやれ……』
楽しそうに上官と戯れる一幕。
彼等にも心安らぐ一時があり、そんな日常に戻りたかったからこそ、命を賭けて戦いに臨んだのだろう。
けれど、たとえ彼等にも彼等なりの人生があるのだろしても、俺にも譲れないものがある。
「申し訳……ございません……グラトニス……様…………」
「御免……!」
彼等の死に付き合っている暇は無い。
斬り落とされた上半身が地面に落ちるよりも疾く、腰から上を失った下半身が崩れるよりも疾く、手から零れ落ちた大剣が大地に突き刺さるよりも疾く、俺は止まること無く地面を蹴って先へと進んでいく。
「伝令ゴブリンの足が速い……! 移動系のスキルを使っているのか!?」
「“アーティファクトの騎士”……死すべし……!!」
「今度はデーモンか……! 鬱陶しい……退けッ!!」
次に立ち塞がったのは魔族種のデーモン五匹。
伝令兵が追われているのを察して迎撃準備を整えていたのだろう。デーモンたちは両手を前に突きだすと、魔法陣を展開してそこから魔力による光弾を撃ち出してきた。
その攻撃を両手の剣で斬り捌きながら止まることなくかけ続けていく。今は時間が惜しい、一刻も疾くオクタビアス卿の元に駆け付けなければならない。
「聖剣解放……!! 破邪撃滅――――【君臨せよ、偉大なる大帝よ】!!」
「ぬぅ……おっ、ぐおおぉぉおおおおお!?」
勢いよく右手の聖剣を振り抜いて放ったのは虹色に輝く斬撃。
その煌めく光はデーモンたちの放ったのは魔力弾を呑み込みながら飛翔して、そのままデーモンたちを包み込んで消し飛ばしていった。
『リリエット=ルージュ様、我々も貴女様の配下に……!』
『えー、嫌! 私は可愛い魔族しか部下にしたくないー!』
頭痛が酷くなってきた。
魔王軍に居た頃のリリィと親しげに話すデーモンたちの走馬灯を垣間観て、苦痛に顔を顰めてしまう。
リリィがいま死んだデーモンたちの亡骸を見れば、かつて親しげに喋った配下たちが死んだ事に心を痛めるのだろう。
それを思うと、ストレスで胃がキリキリと痛んでくる。
「ご主人様……手が震えていますよ……」
「大丈夫……俺は大丈夫だから……e.l.f.……!」
「あぁ……クラヴィスの姐さん……どうかラムダ様の心を守ってあげてください……! このままでは……ご主人様の精神が保ちません……」
心配そうに俺を見つめるe.l.f.に精一杯の、バレバレの虚勢を張って、俺は無我夢中で走り続ける。
敵を殺すたびに、命を奪うたびに、尊厳を踏み潰すたびに、俺の“魂”に枷が掛けられていく。それでも立ち止まれない、いまここで立ち止まったら、殺した者たちの亡霊に心を連れて行かれそうで……あの死神に手を引かれそうで怖い。
だから、がむしゃらに走り続けるしか無かった。
いま居る地獄が苦痛で、そこから抜け出したくて、さらなる地獄が続くと分かっていながら堕ちていく。
「第八師団の騎士たちよ、決して退くなーーッ!! ここで我らが退いたら【廃都アレーシェット】に魔王軍が雪崩れ込む!! そうなったら……ダモクレス騎士団はグランティアーゼ王国への敗走を余儀なくされるぞ……!!」
「し、しかしオクタビアス団長……もう防御結界を維持できません……!!」
それからしばらく走り続けたら時だった、目の前で戦闘を繰り広げる第八師団の姿が視界に映ったのは。
巨大な黄金の盾を構え、巨大な結界を展開して魔王軍の進攻を食い止めているのは第八師団の長である【王の剣】ゴルディオ=オクタビアス卿だ。
どうやらダモクレス騎士団の拠点となっている【廃都アレーシェット】へと進軍しようとしている魔王軍の一団を食い止めているのだろう。
しかし生き残っている騎士の数は少ない。多くの第八師団の騎士たちは倒れて息絶え、残す勢力は数十名程になっていた。
「ゲギャギャギャ!! 人間しぶとい……しぶとい獲物好き……いっぱい殴れるから好き……ゲギャギャギャ!!」
「クソ……巨人族め……!! 我が黄金の盾を舐めるなよォォーーーーッッ!!」
対する魔王軍の勢力は目算だけでも一万を超える。
デーモン、オーク、サイクロプス、ゴブリン、キメラ、様々な種族が入り乱れた混成部隊。敵の主力部隊の一つだろう。
そして、その軍勢の先頭で十名の巨人族の戦士たちが巨大な鉄槌を振り下ろしてオクタビアス卿の盾を壊そうとしていた。
「私は退けん……愛する妻の為にも……帰りを待つ娘たちの為にも……決して魔王軍なぞに屈する訳にはいかんのだーーーーッ!!」
相当量の魔力を盾に注ぎ込んだのだろう。
オクタビアス卿の口からは血反吐が滴り、展開した魔力障壁にも所々にヒビが入ってきている。
このままでは間もなく盾は破られて、オクタビアス卿は迫りくる魔王軍に蹂躙されてしまうだろう。
そうはさせない。
「ゲギャギャ……とっておきの一撃でその盾を砕―――」
「魔剣抜刀! 地を這え、魔獣の“牙”よ――――“魔喰斬”!!」
「――――ゲギャ!?」
「巨人が……真横から飛んできた衝撃波に喰われた……!? 今のは……まさか……!?」
巨人たちが渾身の一撃を振り下ろそうとした刹那、地面を抉るように振り抜いた魔剣から放たれた獣を模した斬撃が魔王軍の横っ腹に直撃した。
狼に喰われた獲物のように胴体だけを喰われて絶命して倒れていく巨人たち、その光景に目を丸くするオクタビアス卿、そして突然の出来事に第八師団から視線を逸して俺の方を見た魔王軍。
「ラムダ卿……!? 来てくれたのか!!」
「オクタビアス卿、遅くなりました! 第十一師団【ベルヴェルク】――――ただいまより第八師団に加勢します!!」
「遅かったじゃないか……よく無事だった!!」
「オクタビアス卿……共に生き抜きましょう!!」
戦争はさらなる地獄へと続いていく。
第八師団と合流した俺が挑むは魔王軍の大隊、その勢力数は一万。対するこちらの勢力は遅れてくる第十一師団や第七、第九師団を合わせても数百程度……圧倒的に不利だ。
それでも、臆する事は許されない。
「第八師団、我らの援軍に“アーティファクトの騎士”が駆け付けた!! 全騎、奮起せよ! 今こそが、廻天の時である!!」
俺へと迫りくる数千にも及ぶ魔王軍の軍勢、その一人ひとりに俺と同じだけの『人生』の重みがある。
それを理解していても、倒さなければならない。これは――――俺の『夢』を、愛する人を、護るべき戦いなのだから。
「我が姿に恐怖せよ……!! 俺こそが……魔王グラトニスを喰らう“傲慢の魔王”であると知れ!!」




