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第224話:血溜まり踏み付けて


「ラムダさん、前方敵部隊、勢力数100、種族は妖精種ゴブリン! 不毛地帯【テラ・ステリリス】外周部を哨戒しょうかいする斥候せっこう部隊と思われます!」

「分かった! キャレット、一番槍任せた!!」


「かしこまりー! さぁ、あーしのいかずちで開戦の狼煙を上げてくよーーっ!!」

「第十一師団、キャレットが道を開ける!! 怯まずに突っ込めッ!!」



 夕焼けに染まる不毛なる大地、其処へと向かって脇目もふらずに斜面を駆け降りていく【ベルヴェルク】の騎士たち。


 俺たちの存在に気付いた魔王軍の兵士たちは各々に弓や剣、盾を構えて接敵エンゲージへと備える。相手は妖精種の魔族ゴブリン、魔王軍の尖兵たる存在、そして目の前の連中は周囲を警戒する偵察部隊なのだろう。


 ゴブリンたちの周りには第三師団と思わしき騎士たちの亡骸が無造作に転がっている。カイル=レディテル卿の部下たちだ。


 この辺りを偵察している彼等はきっと、姿を暗ましたレディテル卿の行方を探していたに違いない。



「聴こえるか魔王軍! 死にたくなければ道を開けろ、さもなくば……斬る!!」

「道を開けろだぁ? 我らを随分と舐め腐ったな、“アーティファクトの騎士”!! 我ら一兵卒とて魔王グラトニス様の『夢』に殉じる覚悟を持った“牙”と知れ!! 弓兵アーチャー、撃ち方用意ーーッ!!」



 声高に撤退を促してもゴブリンたちは聞く耳を持たず

、リーダーとおぼしき鎧を身に着けた騎士ナイトゴブリンの号令と共に弓兵アーチャーゴブリンたちは一斉に弓矢をつがい始める。


 彼等にも命を賭けるだけの理由がある。

 故に俺たちは和解できず、殺し合う事しか出来ない。


 ゴブリンたちが誰ひとり背中を見せないように、俺たちも止まることなく戦場へと駆けていく。お互いが矜持を譲らず、戦い奪い合う以外に道が無いのなら、俺はお前たちを殺してでも先に行く。



退く気は無いか……なら容赦はしない! 警告はしたぞ!!」

「ほざけ青二才が!! 魔王グラトニス様の目指す『理想郷ユートピア』の為に、貴様に殺された同胞の無念に応える為に、我らは屈さぬと思え!! 撃てーーッ!!」



 弓兵アーチャーゴブリン、総勢二十名から放たれた矢の雨……実に千本。恐らくは弓兵アーチャーたちが有するスキルで増幅された物だろう。


 嵐の日の雨のような密度で迫りくるやじり、喰らえばただでは済まないだろう。亡くなったカイル=レディテル卿の走馬灯の中に『魔王軍の矢に毒が盛られていた』という独白があった。


 つまり、目の前の矢にも毒が盛られている可能性が高く、被弾は許されないと言う事だ。



「キャレット、頼む!!」

「オッケー! ちょう電磁(でんじ)領域(フィールド)展開――――“大・放・電(メガロ・スパーク)”!!」


「弓矢が弾かれた……!? 突撃部隊、距離を取れ! “アーティファクトの騎士”の反撃が来るぞ!!」

「よくやった、キャレット!! 後は俺の出番だ……ブースト全開!!」



 敵の先手は打たれた、次は俺が返しの一手を打つ番だ。


 迫りくる無数の弓矢に対して、先陣を切っていたキャレットが応戦を開始。彼女が跨った白馬はいななきと共に前脚を大きく振り上げて地面を踏み付けて、その瞬間に馬蹄ばていに蓄電された電撃が弾けてキャレットの周囲に放電が発生する。


 その放電による魔力障壁は迫りくる弓矢をことごとく失速させて無力化させる事に成功した。


 それを確認した俺は【ルミナス・ウィング(ツー)】を展開して一気に加速、瞬きよりも疾く弓兵アーチャーゴブリンたちを飛び越えて敵部隊の中央に陣取った。


 後は一息で斬り伏せるだけだ。



「この……化物がぁ……!!」

「御免……“風車かざぐるま”!!」

「お許しを、グラトニス様――――グゲッ!!」



 右手に聖剣を握り、左手に魔剣を握り、その場で大きく回転をして斬撃を放って背後の弓兵アーチャーゴブリンごと、リーダー格の騎士ナイトゴブリンを一刀両断にして斬り殺す。



『我ら弱小魔族であるゴブリンに知恵を与え、重用してくださったグラトニス様の恩義に報いる為にも、華々しく戦って、そして散ろうぞ……勇敢なる同胞はらから共よ!! 乾杯ーーッ!!』

『乾杯ーーッ!! 魔王グラトニス様に栄光あれーーっ!!』



 脳裏に焼き付いたのは……いくさを前に、逃れられぬ“死”を前に、友と笑い合ってさかずきを交わし合ったゴブリンたちの愉快な光景。


 その走馬灯を観た瞬間、彼等が魔王グラトニスの為に命を捨てる事もさない“覚悟”を宿している事を知った。


 そして、俺は彼等の矜持を踏みにじった。


 切断された胴体から噴き出した鮮血で全身を汚しながら、足下に出来た血溜まりを踏み付けて、彼等が築き上げた『人生』の積み重ねを崩して壊して、俺は自分の『夢』を護り通したんだ。



「よくも我が同胞を……!! 覚悟ーーッ!!」

「後方に飛び退いて俺の攻撃範囲から逃れた連中か!」



 だが、その死を嘆く暇は俺には無い。


 俺が剣を振り抜くと同時に飛び掛かってきたのは、先ほど騎士ナイトゴブリンの指示で後方に飛び退いていた大柄な重戦士ヘヴィ・ウォーリーゴブリン三十名。


 俺の攻撃で弓兵アーチャー諸共殺されると覚悟した騎士ナイトゴブリンが反撃の一手として仕込んだのだろう。敵ながら天晴だと言うしか無い。


 既に相手は巨大な戦斧バトルアックスを振り下ろさんとしている、両手に握った聖剣と魔剣を再び振るのは間に合わない。



「【光の羽根(ルミナス・フェザー)】――――発射!!」

「なっ……グォォオオオオ!?」



 なら使うのは『剣』以外の武装だ。


 加速の際に展開していたウィングから光弾を無数に発射して、迫りくる大柄なゴブリンたちを一網打尽にして殺していく。


 そう……死んでいくのだ。彼等は呆気なく、意味もなく。



『リリエット=ルージュの勇者抹殺作戦に同行したオラの兄弟は“アーティファクトの騎士”に殺された……! オラ……“アーティファクトの騎士”を殺して兄弟の仇を討つだ……!!』



 俺に殺された兄弟の仇を討てぬまま、死んでいった。


 最期の最期まで、俺を睨み付けていたゴブリンたちの怨嗟えんさが手に取るように分かってしまう。それの何て不快なことだろうか。


 けど、許して欲しい……俺にも退けない理由が有るんだ。



「仲間たちの死を無駄にするな!! 拘束魔法発動!!」

「地面に魔法陣が……! これはスキルを封じ込める拘束魔法か!!」


「“アーティファクトの騎士”よ、貴様は何としてでも此処で殺す……!! 魔王グラトニス様の為にも……死んでいった仲間の為にも!!」

「くっ……!!」



 次に仕掛けてきたのは魔道士ソーサラーゴブリンたち二十名。


 魔道士ソーサラーたちによって俺の足下に仕掛けられた魔法陣は起動し、出現した六本の光の輪が俺の身体を縛り上げていく。


 魔法使いたちが対象を拘束する際に用いる拘束魔法、縛り上げられた者の筋力と魔力、スキル発動を封じ込めるものだ。これで俺の動きを封じて、さらなる魔法で俺に致命打を与えるつもりなのだろう。



「今だ! 岩石魔法――――“隕石落下弾メテオ・ストライク”!!」



 そして、俺の読みどおりに魔道士ソーサラーゴブリンたちは詠唱を重ね合い、一つの強大な魔法を繰り出す。


 俺を縛り上げた魔法陣に重ねて発動させた土色の魔法陣、それと同時に俺の頭上に出現した燃え盛る隕石。土属性の魔法の中でも上位に位置する『隕石メテオ』の魔法だ。


 これで俺を上から押し潰して圧殺するのが狙いか。



「奴は動けない! このまま押し潰せ!!」

「対魔法反射装甲【アンチ・ユグドラシル】――――最大出力!!」


「何だと!? 何重にも重ねて発動した拘束を……!?」

駆動斬撃刃セイバービット――――斬り刻め!!」

「我らの努力が……ヒッ、ギャアアアア!?」



 だけど、魔道士ソーサラーゴブリンたちの決死の一撃も俺には届かなかった。


 白銀の騎士甲冑【GSアーマー】に備え付けられていた対魔法反射装甲を利用して拘束魔法を打ち消した俺はそのまま駆動斬撃刃セイバービットを駆って魔道士ソーサラーゴブリンを皆殺しにして、そのまま魔剣を振り上げて隕石を斬撃で木っ端微塵に吹き飛ばした。



『ストルマリア様に教えてもらったんだ! 我々で魔法の詠唱を少しずつ紡ぎ合えば、上級魔法を私たちでも行使できると!!』

『おぉ~! 我らゴブリンにも上級魔法に手が届くのか……! 早速、皆を誘って練習しようじゃないか!』



 今しがた俺に見せた連携の様子を走馬灯のように映しながら、彼等もまた死んでいった。



「残りは……二十九人……!!」

「“アーティファクトの騎士”……お命頂戴ッ!!」



 魔道士ソーサラーたちを殺めて、一息ついた俺に最後に迫りくるは、崩れ落ちた隕石の破片が巻き上げた土煙と共に現れた暗殺者アサシンゴブリンと戦士ウォーリーゴブリン合わせて二十八名。


 周囲をぐるりと囲み、ゴブリンたちは手にした短剣ダガー片手剣ショートソードを向けながら俺へと一気に距離を詰めてくる。



「脚部電磁パルス展開……!!」

「うっ……ぎゃあああああ!?」


「その健闘、見事! 魔剣一閃――――“破界片はかいへん”!!」

「なっ……カハッ……!?」



 そして……彼等は全滅した。


 俺の脚部装甲から放たれた電磁攻撃でゴブリンたちは動きを止め、俺が振り回した魔剣によって彼等の胴体は消し飛び……果敢にも俺に挑んだゴブリンたちは全滅していった。



『儂の野望に賛同し、命を預けたこと……誇りに思う! お主たちの覚悟、儂が最果てへと導こう……!!』

『ありがとう御座います、魔王グラトニス様! 必ずやご期待に応えてみせます!!』



 魔王グラトニスへのあらん限りの忠誠を俺に見せつけて。


 死の覚悟を決め込んだゴブリンたちは呆気なく死んで、俺の目の前で不毛の大地で朽ちていくだけの『ゴミ』になっていった。



「ハァ……ハァ……ハァ……! たかが魔物モンスターだと思っていたのに……ゴブリンたちの人生が俺に喰いこんで来る……!! ウッ……ウゥゥ……」

「団長ちゃん、無事なの!? あーしたちが到着する前に全員倒しちゃったの!?」



 流れ込んできた走馬灯に頭を抱えていた時に掛けられたのはキャレットの心配そうな声。


 ふと見上げれば其処には第十一師団の面々が既に集結していた。どうやら、少し走馬灯を振り払うのに時間が掛かったみたいだ。



「ラムダ様……『魔王権能ネガ・ギフト』のせいで苦しいのでしたら、少し休まれた方が良いのでは?」

「まだ休めないよ、コレット……! ゴブリンを一人を討ち漏らした……多分、俺たちの到着を魔王軍全体に伝えに行った伝令メッセンジャーだろう……!!」


「ちょっとお待ちを…………居ましたわ! 西の方向に向かうゴブリンが一匹……その先には魔王軍の大群と第八師団の姿が視えますわ!!」

「オクタビアス卿と交戦している部隊と合流する気か! 俺たちも伝令メッセンジャーゴブリンの後を追うぞ、道案内を頼む、シャルロット!」



 だけど、まだ感傷に浸っている時間は無い。


 ゴブリン部隊からこっそり姿を消していた一人のゴブリン。魔王軍に俺たちの存在を知らせる伝令メッセンジャーが俺たちの攻撃を逃れて不毛地帯を駆けている。


 急いで後を追わないと俺たちに向かって魔王軍の大軍が押し寄せて来るだろう。



「第十一師団、進撃開始!! 魔王軍を蹴散らして第八師団との合流を目指すぞ!!」



 一瞬にして奪われた九十九の命、失われたゴブリンたちの人生、それを“呪い”のように魂に刻み付けられながら俺は再び大地を駆けていく。


 少しずつ、少しずつ、心が死んでいくのが分かる。


 悲しみに暮れ、後悔を感じて、後ろめたさに『仮面』を被せて精神ココロを閉ざしていく。あぁ……怖い、怖い、怖い。愛する人を護るために、俺と同じ覚悟を決めた人たちを殺すのが心苦しい。


 ねぇ……オリビア。俺は、こんな事をしたくて『騎士』になりたかった訳じゃ無かったんだ。だから……少し辛いよ。

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