幕間:舞台袖の“次の”役者たち
「ふぅ……アロガンティア帝国との交渉は疲れましたね、ウィルおじさま♪」
「その割りには元気だね~、レイチェルちゃん。おじさんアラフォーだから、もうヘトヘトなんだけど……」
「わたしたちは貴女のお守りで疲れてんのよ、能天気姫様……! ったく……ウィルも甘やかさないでビシッと言いなさいよ!」
「おじさんはレイチェルちゃんの『護衛』だから素行に関しては我関せずだよ〜! あぁ〜……そんな恨めしそうな表情で睨まないでよ、キルマリアちゃん……」
――――グランティアーゼ王国と獣国ベスティアの国境沿い、【スルクス渓谷林】にて。
ラムダ=エンシェントたちが獣国ベスティアを後にした頃、夕日が木々の間から薄っすらと射し込むこの場所をさすらう三名の男女の姿があった。
「やれやれ……久しぶりに【帝都ゲヘナ】に帰郷して、あんな目に遭うなんておじさん思ってもみなかったよ……。まさかおじさんを解雇にして、代わりに導入した防衛兵器に襲われるなんて……」
少し疲れた表情で愛想笑いを浮かべるのは、黒と赤を基調とした軍服に身を包み、大の大人ほどもある大型の狙撃銃を背負った、灰がかった髪とくすんだ銀色の瞳が特徴的な中年男性――――彼の名は『ウィル=サジタリウス』。
元アロガンティア帝国軍人にして、グランティアーゼ王国第一王女の“護衛”を務める【狙撃手】。
「まったく……世にも美しき“吸血姫”であるこの私がどうしてこんなドサ回りをしないとイケないのよ〜〜!」
地団駄を踏んで苛立ちを露わにするのは、白い拘束具に白銀の鎖に繋がった首輪を身に付けた、純白の長髪と金色の瞳が印象的な、純白に輝く“角”を額から生やした“吸血鬼”の少女――――彼女の名は『“レディ”キルマリア=ルージュ』。
魔族たちから恐れられた純血の吸血鬼。
「キルマリアさんのお陰でアロガンティア帝国との交渉も上手くいったし、新しい衣装のデザインも決まったし、終わり良ければ全て良しってね♡」
にこやかな笑顔を二人に振りまくは、白と金を基調とした女性用のスーツを纏った金髪と緑柱石のような瞳の気品ある少女――――彼女の名は『レイチェル=エトワール=グランティアーゼ』。
グランティアーゼ王国の第一王女にして、ここ数年で一大ブランドを築き上げた新進気鋭の衣装家具デザイナー。
いずれも一癖も二癖もある、国王であるヴィンセントですら手に余らした者たち。
「クソぅ……なんでわたしが人間のお守りを……! あぁ……早く『ルージュ城』に帰りたいよぉ……」
「そもそもキルマリアちゃんがレイチェルちゃんを襲ったのが原因でしょ? 自業自得じゃ無いかな〜?」
「あんたみたいな冴えないおっさんがわたしの“魂”をぶっ壊すなんて想像してなかったのよ! 咄嗟にあんたの“魂”と契約を結んで消滅は免れたけど、常にウィルに引っ付かないといけなくなったし……最悪!」
「おじさんは高いお給料でレイチェルちゃんに雇われているからね〜! まっ、キルマリアちゃんを倒せたのは運が良かっただけだーよ!」
「ふん、ここ数百年『聖女』を喰ってなかったせいでわたしも随分と落ちぶれたものだわ! わたしの獲物を掠め取った“嫉妬の魔王”め……見つけたらギッタギタにしてやるんだから!」
「はいはい、キルマリアちゃんの今の仕事はおじさんと一緒にレイチェルちゃんの護衛! キリキリ働かないと『契約』を打ち切っちゃうよ?」
自身の境遇に納得がいかないと拗ねるキルマリア、そんな彼女に軽口を叩くウィル、二人の他愛もない会話に笑みを零すレイチェル。
ラムダ=エンシェントが華やかな快進撃を続ける舞台の裏で、彼等は近隣諸国との細やかな対話を続けていた。
「そう言えば……アロガンティア帝国元老院も魔王グラトニスには手を焼いているみたいだったわね、ウィル?」
「……だね。魔王軍の侵攻を防ぐために導入された新兵器に職を奪われたおじさんもいい迷惑だよ……! まぁ、帝都ゲヘナを追い出されて、そこでレイチェルちゃんと巡り会えたのは幸運だったけど!」
「まぁ、ありがとうございます、ウィルおじさま♪ そう言って頂けるのなら、私も雇い主として鼻が高いです♪」
「魔王グラトニス……数年前まで“愛玩の化身”って言われていた魔女……。まったく、低級魔族の間に生まれた雑種風情が世界征服なんて随分と図に乗っているわね……」
第一王女レイチェルの使命は近隣諸国が魔王グラトニスの侵攻に乗じてグランティアーゼ王国に攻め入らないように、親書を届けて“牽制”を行うこと。
先んじて訪れたウィルの故郷、世界最大の軍事帝国【アロガンティア帝国】との長い協議を終えたレイチェルは『魔王グラトニスを討伐するまで、両国の軍事的な睨み合いを控える』事で同意を得ていた。
「帝都ゲヘナの防衛をたった一人で二十年も続けていた“凄腕の狙撃手”をうっかり解雇にしたせいで、帝国元老院も魔王軍への脅威に怯えているようね……! 誰の事かしら、ウィルさぁん?」
「さぁ? おじさんは万年一兵卒だったからねぇ……誰の事かさっぱり?」
「コイツ……自覚ないのか……!? そりゃ解雇になるわね、我欲も自己顕示欲もなさ過ぎる……」
「うふふ……ウィルおじさまったら謙虚なんですから……」
魔王グラトニスによる世界征服、グランティアーゼ王国に“暴食の魔王”が遂に進攻を開始した事でアロガンティア帝国も対策を考せざるを得なかった。
その為、レイチェルによる和平交渉は比較的スムーズに進み、十数年前に勃発した『偽聖戦争』以来睨み合っていた両国はようやく国交正常化に向けて一歩を踏み出した。
「――――で、いまわたし達は何処に向かっている訳、レイチェル?」
「次の目的地は獣国ベスティアですね。どうも妹のレティシアが所属している第十一師団【ベルヴェルク】が彼の国で大暴れしたみたいで、先ほど伝書ワイバーンで送られて来たお父様の信書を獣国を治める“狼王”様に届けないといけないの……」
「第十一師団【ベルヴェルク】……たしか、あの【死の商人】を倒したって言う“アーティファクトの騎士”ラムダ=エンシェントが居るって噂の……! わたしの姪のリリエットもそこに居たわね!」
「ふ~ん……“アーティファクトの騎士”か……。若いのに騎士団の長を任されるなんて、そのラムダ君って子は凄いね……おじさんも見習わないと……」
そして、レイチェル一行の次の目的地は『獣国ベスティア』――――ダモクレス騎士団、魔王軍、獣国軍によるアーティファクト『黙示録の獣』と“憤怒の魔王”の争奪戦が行われたばかりの場所だ。
ウィンター=セブンスコード卿からの報告を元に親書を認めた国王ヴィンセントは書をレイチェルへと転送。そのまま彼女たちは国境に架かる橋を越えて獣国へと入国しようとしていた。
「ねぇ……おじさま……下の渓流に……女の人が流れています……!」
「ハァ? わたしには見えないんですけど……?」
「…………本当だ、誰かが流されている……!! キルマリアちゃん、急いで引き上げるよ!」
「えっ、えっ? 見えないんだけど……あんた等どんだけ視力良いのよ!?」
そんな中、橋の下を流れる渓流に誰かが流されている事に気付いたレイチェルによって一行の足取りは止まってしまい、ウィルたちは大慌てで渓流の下へと下っていくのだった。
〜〜〜〜
「引き上げたは良いけど……この子、大丈夫かな?」
「狼の亜人種……随分とボロボロね? 誰かに暴行を受けたのかしら?」
「………………うぅ………………」
「まだ息があります! 待っててください、いま私が“魔法の糸”で傷を癒やしますからね!」
しばらくして、流されていた人物を救助した一行は森の中で焚き火に当たりながら、救助の際に濡れた衣服と身体を乾かしながら助け出した少女の回復を待っていた。
白銀の髪をした傷だらけの狼少女。
微かに息があるのか、時折弱々しく吐息を漏らす彼女をレイチェルは懸命に介助し、ウィルとキルマリアは少女が万が一“危険人物”だった場合に即座に始末できるように武器を構えながら様子を窺っていた。
「あの狼少女、魔王軍最高幹部のルリ=ヴァナルガンドね。前にリリエットから聞いた特徴に酷似しているわ……」
「魔王グラトニスの配下かい? となると……獣国内でダモクレス騎士団の誰かと戦って敗北して、何処かから此処に流されて来たってことかい?」
「多分ね……今のわたし達の立場を考えたら生かす価値無いけど、どうする?」
「う~ん……とは言え、もうレイチェルちゃんが治療に当たっているし、様子見だね。もし、危害を加えそうになったら即座に撃ち殺すから安心していて」
「あー、おっかな〜……! そうやっていきなり殺しに掛かるのあんたの悪い癖よ、ウィル?」
「生憎と、レイチェルちゃんの安全を護るのがおじさんの使命でね。レイチェルちゃんが優しい分、おじさんは非情にならなきゃいけないんだ……」
その少女、魔王軍最高幹部であるルリ=ヴァナルガンドは一命を取り留めていた。
“憤怒の魔王”の攻撃で重傷を負った彼女はそのまま地面の裂け目に落ちたが、幸運にも地下水脈へと落下。溺死する事もなく流されて、偶然通りかかったレイチェル達によって救助されたのだ。
ただし、身の安全が保証されている訳では無い。
レイチェルたち三名はグランティアーゼ王国に席を置く者、魔王軍に属するルリとは敵対関係にある。平穏無事に保護される可能性は極めて低く、よくて捕虜、最悪その場で射殺される未来しかルリが選べる選択肢は無かった。
「おーおー、『ⅩⅠ』の言った通りだな、例の四名を発見したぜー!」
「――――ッ、誰だ!!」
だが、そこに“希望”は現れる。
木々をかき分けてレイチェルたちの前に姿を現したのは金髪朱眼の“人形”。
「オレはホープ=エンゲージ、見ての通りの美少女だ!」
「ふぅん……ホープちゃんねぇ。おじさん達に何か用かい?」
「先ずはその狙撃銃をこっちに向けんの止めろ。オレは非戦闘員だぜ?」
「遠方の木の上からおじさん達を狙っているエルフとダークエルフに武装解除を指示してくれたらね……!」
「…………!? わたしじゃ気配を感じられなかった。相変わらず鋭い“眼”ね、ウィル……!」
「なんだ、バレてんのか? チッ、しゃあねぇな……二人共、武装解除だ! このおっさん隙がねぇわ」
ホープに向けて大型銃口の狙撃銃を向けたウィル、ルリの介護に当たる一行を何処かから狙うエルフとダークエルフ、一握りの『強者』だけが醸し出せる覇気が緊張の糸を強く引く。
事態は一触即発、ピリピリとした緊迫感が周囲の空気を張り詰めさせ、吹き荒んだ風に靡いた木々のざわめきだけが音を鳴らす。
「…………二人共、武器を下ろしたようだね。じゃあ、おじさんも武器を下ろそうかな……」
「物分りが良いな、流石は『ⅩⅠ』のご推薦のあった男だ!」
「推薦……? ちょっとそこの“人形”、わたしのウィルに何の用よ? こいつの“魂”はわたしが予約してんのよ!」
「あぁ? 安心しろよ吸血鬼、てめぇも推薦状付きだ」
「…………??」
静寂の中で最初に口を開いたのはウィル。
数キロメートル離れた遠方に居た二人のエルフが武器を下ろした事を目視で確認したウィルは、構えていた狙撃銃の銃口を地面に向けると、代わりにホープに少しはにかんだ笑顔を向けた。
そして、ウィルが武器を下ろし、引き金から指を離した事を確認したホープは意気揚々と語りを始めだす。
「グランティアーゼ王国の第一王女レイチェル=エトワール=グランティアーゼ……、数百年前に『聖女狩り』で悪名を轟かせた“吸血姫”レディ・キルマリア……、『偽聖戦争』で当時の【王の剣】五名を射殺したアロガンティア帝国兵の“魔弾の射手”ウィル=サジタリウス……、そして魔王軍最高幹部ルリ=ヴァナルガンド……!」
「おじさん達の経歴は把握済みかい? 参ったな……」
「あんた、何者? わたしの素性も知っているなんて、ただ者じゃ無いわね?」
「オレはあんた等を雇いに来たのさ……! もちろん、そこで伸びている魔王軍の狼も合わせてな!!」
「私たちを……? でも、私たちはグランティアーゼ王国の使節です、軽率な行動は……」
ホープの目的はレイチェル達の勧誘だった。
一行の素性を完璧に言い当ててウィル達に『彼女はただ者じゃ無い』と印象付けた上で、ホープは気を失っているルリごと彼等を取り込もうとしていたのだ。
「あんたらの今の身分も、性格も、全部『ⅩⅠ』から聞いててな! 悪いが断らせはしねぇよ?」
「おじさん達を勧誘してどうする気だい? グランティアーゼ王国に敵対する気なら断るけど……」
「くっくっく、安心しなよ、オレに付いて来る事は……グランティアーゼ王国の存亡に関わる事だからな……!!」
「グランティアーゼ王国の存亡……!? どういう意味でしょうか? この『アーティファクト戦争』に関わりのあることですか?」
事はグランティアーゼ王国の存亡に関わる。
そう断言したホープに喰らいついたのはレイチェル、祖国の危機に彼女は反応せざるを得なかった。
けれど、グランティアーゼ王国と魔王軍による『アーティファクト戦争』にホープが反応を示すことは無かった。
「いやぁ……この『アーティファクト戦争』って言う“茶番”が終わってからの話さ!」
「戦争が終わってからの……話……? おじさん達に分かるように言ってくれるかな?」
「いいぜ……ただし、この話を聞いた以上、あんた達に拒否権は無ぇ! 先に雇ったトリニティとストルマリア同様にキリキリと働いてもらうぜ……我ら『ラストアーク騎士団』の元でな!!」
「ラストアーク……騎士団……?」
運命は歯車は廻り続ける、ラムダ=エンシェントの預かり知らぬ所でも。
凄惨な戦争の果てに待つ未曾有の出来事――――それを知るのは“希望”の名を冠した少女と、その背後に存在する正体不明の人物のみ。
そんな大きな世界のうねりに、レイチェル、ウィル、キルマリア、そしてルリも否応がなく巻き込まれようとしていたのだった。




