第221話:選んだ道
「お願いですー、イラ様ー! いや、コレット様ー! どうかあなたが獣国の新しい王になってくださいーーッ!!」
「ええい、しつこいです〜! コレットは獣王には興味が無いと何度も言っているでしょー! いい加減に弁えろです、ライラプスーー!!」
「そこをなんとかー! お願いしますー! そして私を重宝して『いい子、いい子♪』してくださいーー!!」
「コイツ動機が不純すぎます〜(泣) ええい、足下にしがみつくな〜〜(泣)」
――――獣国ベスティア首都【ヴィル・フォルテス】大通り、時刻は明け方。
ようやく様態の安定した俺たちは獣国ベスティアを離れ、次の目的地へと向かう事となった。見送りに駆け付けたのはライラプスとテウメッサ、二人は獣国の為政者としてダモクレス騎士団を送り出す義務があるのだろう。
コレットの足下に縋り付いて尻尾を振っているライラプスが果たして“見送り”と呼ばるのかは怪しいが……。
「“狼王”フェンリルは何処かに失踪……。ともなれば、“憤怒の魔王”であらせられるコレット様こそが獣国ベスティアの王に相応しい! あなた様はこの“忠犬”ライラプスが守りますので、どうか考え直してくださいー!!」
「あらあら……コレットさんったら人気者ですね♡ うふふ……安心してください、ラムダ様はこの“雌犬”オリビアが独せ――――しっかりと面倒を見ますので♡」
「ほらー! あそこの“珍獣”オリビアさんもああ言ってるじゃないですかー!」
「なっ……わたしが……珍……獣……!?」
「――――ブフゥ!? ち……珍獣……ッッッ(笑)」
「…………ラムダ様? いま……なぜ笑ったのですか? 愛する妻が“珍獣”扱いされてなに笑っているんですか!? この……バカバカバカァーー!!」
どうやら“狼王”ルル=フェンリルは何処かに失踪したらしい。だからライラプスは“憤怒の魔王”であるコレットを新しい獣国の王に迎えたいのだろう。
が、コレットは断固として要求を拒否。ライラプスの頬を何度も尻尾で殴っていた……ライラプスが殴られて心なしか嬉しそうなのが若干怖い。
「私は……エンシェント家に仕えるメイドです! そして今は……ラムダ様の忠実な下僕……! だから、獣国の王にはなりません……!!」
「コレット……」
「何故ですか? 獣国の王になればあなたが国の“頂点”ですよ!? もう給仕なんて雑務をしなくとも、お付きの者が身の回りの世話を全部して、気の済むままに贅沢な生活ができるんですよ!? 何故……断るのですか……?」
どんなに条件を突き付けてもコレットは首を縦には振らなかった。
何一つ不自由の無い贅沢な生活も、国中のイケメンを侍らせたハーレム生活も、何もしなくても良い怠惰な日常も、コレットは欲しはしなかった……まぁ、ケモ耳イケメン軍団にコレット含めた女性陣が一斉に興奮した光景は面白かったけど。
ノアとオリビアがうんともすんとも反応しなかったのは逆に怖い……二人は俺しか見てないのか?
「ともかく! コレットはラムダ様に仕えると決めたのですー! だから、もう諦めてください、ライラプス!」
「コレット様……」
胸に手を当てて、身に纏ったメイド服を誇示するように、コレットは自身を『メイド』だと主張する。
そう……彼女は一度は脱ぎ捨てたメイド服にもう一度袖を通したのだ。
たとえ、尻尾が三本に増えたとしても、耳の側から黄金に煌めく“角”が生えたとしても、“憤怒の魔王”として覚醒したとしても、自分はエンシェント家に仕える者だと言ってくれたのだ。
「私は……ラムダ様と一緒に居ると心が安らぐ……この胸に巣食った“憤怒”の感情を忘れられるのです……。だから、この先もラムダ様と一緒に居たいと思うのです……」
彼女にとって『ラムダ=エンシェント』と言う存在は、“憤怒”と言う灼熱の感情が照りつける砂漠のオアシス。
だから、俺の側に居続けたいと、メイドとしてあり続けると決意したのだろう。
「それに……ラムダ様はすぐに無茶をするし、女性には節操ありません。優秀なメイドである私がしっかりと監視しないと!」
「…………」
「ラムダさんがバツの悪そうな顔をしている……自業自得だと僕は思うな……」
「あの人、コレットちゃんにも手を出したらしいですよ〜、ミリアちゃんどう思います〜?」
「最低、僕たちの純情をもて遊ぶ鬼畜ー、下半身正直者ー、股間の魔剣で悪さする獣ー、種馬ー、コレットさんに首輪を嵌められて鎖に繋がれちゃえー!」
「…………くぅぅ、アリアが辛辣すぎるぅぅぅ……(泣)」
どうやら、俺は『放ってはおけない問題児』扱いらしい。
コレットが俺の事を『無茶をする節操なしな男』だと言った瞬間に、女性陣の冷ややかな視線が俺に突き刺さった……完全に“事実”だからコレットのラムダ評を否定できない自分が憎い。
けど、コレットが『一国の主』よりも『エンシェント家のメイド』である事を選んでくれた事は素直に嬉しく思う。
「私は『コレット=エピファネイア』の仮面を被り続け、最期まで演じ続けます。それが……私の選んだ“路”です……!」
「もう諦めたら、ライラプス? イラ様の決意は固い。これ以上、縋りついても彼女に不興を買うだけよ……!」
「ライラプスさん、テウメッサさん、ご期待に添えれず申し訳ございません。私は……王にはなれません。だって……ラムダ様のお世話を焼いている方が楽しいので!」
「はぁ……仕方ありませんね、折れました……! コレット様、あなた様の本意を蔑ろにして“憤怒の魔王”として祭り上げようとして申し訳ございませんでした……! この不敬の代償は如何様にでも!」
そして、コレットの熱意にライラプスとテウメッサもようやく諦めが付いたようだ。
苦虫を噛み潰したような表情のテウメッサに諭され、ライラプスは観念したような表情をして、そのまま地面に頭を付けてコレットへの非礼を深く謝罪し始める。
曰く、“憤怒の魔王”を覚醒させた方が獣国ベスティアのナンバー2になると、二人は争い合っていたらしい。
「獣国ベスティアの未来の為にコレット様の覚醒が必要だったのは紛れもない事実! ですが、そこに我らの私欲が紛れていたのもまた事実……! 大変申し訳ありません!!」
「私も……『コレット=エピファネイア』様の意志を蔑ろにしました……申し訳ございません……」
セブンスコード卿とメインクーン卿に倒されて二人も少し頭が冷えたのだろう。
頭に包帯を巻いたライラプスはともかく、メインクーン卿に怯えて視線を逸らすテウメッサはこれ以上ダモクレス騎士団には関わりたくなさそうな表情をしているように見える。
「エスカフローネ=テウメッサ……これ以上、我らの行動には干渉しない。それで良いですね?」
「ヒッ……! わ、分かっています、二度とコレット様に手出しはしません、貴女にも偉そうな態度は取りません……! ですのであの“棺”だけはご勘弁を〜〜(泣)」
「ふっふーんにゃ♪ これで理解できましたか、あなたは“負け犬”で、わたしこそが“勝ち猫”だと!」
「メインクーン卿……そこは“勝ち馬”では?」
「この眼鏡、マジレスでつまんねーにゃ……!」
どうも二日ほどメインクーン卿の『闇柩』に閉じ込められたのが相当堪えたらしい。
メインクーン卿本人の話では自分の姿も認識できない程の“闇”に永遠に囚われるらしい……俺もメインクーン卿には逆らわないようにしておこう。
「今回の一件はお互いに落ち度があったと言うことで、賠償に関する正式な書面はヴィンセント国王陛下に認めて、後日、第一王女であらせられるレイチェル様より送らせて頂きます」
「承知しました、ウィンター=セブンスコード卿。こちらもグランティアーゼ王国への今後の対応を評議会で討議し、正式な書面に認めます……」
「今回の一件でのルリ=ヴァナルガンドとネビュラ=リンドヴルムの狼藉で、評議会の魔王グラトニスへの不信感も募っています。まぁ……だからといってグランティアーゼ王国にいきなり肩入れすることも無いでしょうが、コレット様のご機嫌取りはしたいでしょうね……」
「迷惑な話です〜……はぁ~……」
それはさておき、今回の一件ではライラプスとテウメッサがコレットの“憤怒の魔王”への覚醒を画策し、俺の怒りを買ってしまったのを失策と判断したらしい。その結果、ライラプスとテウメッサは階級を剥奪されたようだ。
そして獣国評議会はグランティアーゼ王国側、強いて言うならメイドを拐かされた俺への非礼を詫び、今回の戦いを“無かったこと”にした。そこに獣国側の保身の思惑があるのは否めないが、俺たちも散々に暴れた以上、お互いの“粗”を探さずに水に流すのも仕方のないことかも知れない。
それに魔王軍との『アーティファクト戦争』は未だに継続中。これ以上、隣国とのトラブルは避けるべきだろう。
「コレット、お帰りなさい……!」
「ツヴァイ様……あの……お怪我をさせてしまい……申し訳ありませんでした……!!」
「怪我……何のこと? うふふ……そんなこと、忘れたわ!」
「うぅ……ヅヴァイ゛様〜〜(泣)」
ツヴァイ姉さんとコレットを取り返せたんだ、俺は文句は無い。
泣きじゃくるコレットの頭を優しく撫でるツヴァイ姉さんの穏やかな笑顔を見て、俺はそう思ったのだ。
「ところで……この黄金の“角”、キレイね……」ジュッ!!
「あっ……その“角”は……あぁぁ……」
「あっっっっつぅぅぅうううううう!?」
「うわーーっ!? コレットの“角”を鷲掴みにしたツヴァイ姉さんが聴いたことも無い絶叫を上げて倒れたーーッ!?」
「ツ、ツヴァイ卿ーーーーッ!? 僕のツヴァイ卿がーーーーッ!!」
「コレットの“角”は憤怒の焔が結晶化したものなのです……熱いのですぅ……」
そして、コレットの“角”に不用意に触れて手を火傷し、地面を転がり回ったツヴァイ姉さんを見て……いつもの少しだけ変化した日常にまた笑うのだった。
「ラムダさん……ルリさんの事は良いんですか? 心配してそうでしたけど……」
「あぁ、大丈夫だよ、ノア。ずっとウジウジしていたらアンジュさんたちに示しがつかないからね……みんなの前に居る時は『強者の仮面』を被り続けるよ……」
「ラムダさん……もし、どうしても我慢出来なかったら、いつでも私の胸を借りてくださいね!」
「ありがとう……ノア……」
ルリ……もし、君が生きているのなら、きっとまた会おう。
その時までに戦争を終わらせて、今度こそただの『友達』として……君に会いに行くよ。
「王立ダモクレス騎士団、出立ッ!! 目的地は、不毛地帯【テラ・ステリリス】――――このまま我々も戦線に合流するぞ!!」
「魔王軍最高幹部は残すところ後二名だ! 大勢を立て直される前に一気に魔王軍を叩く!! 私が先陣を切る!!」
「第七師団、僕たちも第十一師団に続くぞ!!」
「第九師団、我らも突撃だ! 魔王軍に飲まされた煮え湯、倍にして返してやるぞ!!」
友との再会の誓いを胸に、ダモクレス騎士団は獣国ベスティアを後にして進軍を開始する。
向かう先は不毛地帯【テラ・ステリリス】――――魔王軍とグランティアーゼ王国軍が覇を競い合う屍山血河の舞台。
七名いた魔王軍最高幹部【大罪】は既に壊滅的状況だ。リリエット=ルージュ、レイズ=ネクロヅマ、エイダ=ストルマリア、ルリ=ヴァナルガンド、ネビュラ=リンドヴルム……曲者揃いの五名は魔王グラトニスの元から去って行った。
残りは【堕天】ルシファー、【怠惰】アケディアス=ルージュ、そして魔王グラトニスだ……叩くなら今しか無い。
「残りの幹部を倒して、魔界にある魔王城に雪崩込んでやる……! 待っていろ、グラトニス……!! この前の食事代をキッチリ請求してやるからなァーーッ!!」
「ラムダ様……動機がショボいです〜〜……」
遥か彼方に座す魔王グラトニスとの再戦を堅く誓い、俺たちは不毛地帯へ向けて進みゆく。
――――戦争終結を目指して。




