第219話:“神殺しの剣”
「シュラララ!! 死に損ないの“アーティファクトの騎士”とイラの魔王の幼体風情が、至高の“龍”になったオレ様に敵うと思うなよ!! 今度こそ消し炭にしてくれる!!」
「もうお前には何も奪わせない!! お前の裏切られて、それでも己のが信念を貫いたガンドルフの名誉の為にも……相応の報いを受けてもらうぞ、ネビュラ=リンドヴルム!!」
「“暴食の魔王”の影に隠れて散々好き勝手にしてきた清算をする時です、リンドヴルム!!」
「ハッ、“傲慢の魔王”に尻尾を振る駄狐が……! 貴様にはこの兵器は荷が重かったのだ、オレ様が有効に使ってやろう!!」
死の淵より帰還した“憤怒の魔王”コレットと共に挑むは『黙示録の獣』と化したリンドヴルム。
空を支配する“龍”は獣国中に響き渡るような咆哮を上げて、周囲にこの世の終わりのような嵐を巻き起こし始める。
《あわわわ……!? まともに立っていられない〜〜!? 吹き飛ばされちゃう〜〜!!》
「ノア、大丈夫か!? クソ……急がないとノアたちが……」
「シュララララ! 無駄だ、この嵐は天変地異にも等しい規模だ! 直に貴様の仲間は暴風に巻き上げられて、そのまま地面に叩きつけられて死ぬ!」
「この……この期に及んでまだ卑怯な手段を……!! どこまで姑息なんですか、貴方は!!」
「どこまでも姑息さ!! オレ様が仕留める標的は小生意気な魔王グラトニスと、天空大陸を支配する『四大』の“風”のみ……!! 貴様ら“踏み台”なんぞに時間なぞ割くわけなかろう!!」
「俺たちはただの“通過点”ってか……? 貴様……自身の野望の為にどれだけ他人を喰い物にすれば気が済むんだ!?」
暴風雨の只中に居るような強烈な風が吹き荒れる荒野、雷鳴が鳴り響き大地が空へと吸い込まれるように巻き上げられていく惨状のような光景。
俺とコレットも空中で姿勢を保つだけで精一杯だ。そして地上ではノアたちが突風に飛ばされようとしている。
もし、地上のみんなが風に攫われて空中に飛ばされて、そのまま地面に叩きつけられれば大怪我では済まないだろう。
なんとしても阻止しなければ。
そう思って、ノアたちの救助を優先して動こうとした時だった――――
《あぁ……もう駄目……吹き飛ばされ……って、あれ?》
「ノア、どうしたんだ!?」
《身体に黄金の鎖が巻き付いて……コレって……!》
「黄金の鎖……? まさか……!」
――――暴風にも負けない力強い狼の遠吠えと共に、“狼”の頭部を模した装飾が施された鎖がノアたちの身体に巻き付いたのは。
「何をしている、“アーティファクトの騎士”! さっさとその目障りな『蛇』を絞め殺せ! 俺の妹が何の為に身体を張ったと思っている!?」
「シュラララ……駄犬が……! オレ様の邪魔を……!!」
真っ暗な嵐の空に何処からともなく響く怒りの声。血を分けた妹の為に『黙示録の獣』の復活を目論んだ獣国の王のものだ。
ついさっきまで『獣国の公現祭』を巡って対立していた筈の彼からの援護……どうやら彼も、リンドヴルムが『黙示録の獣』を使役するのは気に食わないらしい。
だけど、そのお陰でノアたちの危機は幾分かマシになった。なら……思う存分、リンドヴルムに怒りの丈をぶつけるだけだ。
「ラムダ様……私から、親愛なる“主様”であられます貴方様に捧げるものが御座います……! “暴食”めに折られた剣を掲げて下さいませ……!!」
「流星剣を……? 分かった、来い――――“流星剣”!!」
リンドヴルムとの因縁に決着を付ける為に用意したのはアーティファクト【残光流星撃墜剣】――――魔王グラトニスにへし折られて役目を終えたはずの剣。
無惨に刀身は砕かれて、柄と僅かな刃だけが残った死んだ剣。それをコレットに促されるままに呼び出して、両手で強く握りしめる。
勇者クラヴィスと斬り結び、“光の化身”を打ち破り、魔王グラトニスの前に砕かれた……思い入れのある、どうしても捨てれなかった剣だ。
「シュラララ! 血迷ったか? 折れた剣を握って何をするつもりだ?」
「こうするつもりです! 我が“憤怒”よ……燃え上がる“恋”よ……我が生涯の主に相応しき剣となるが良い!!」
「これは……コレットの焔が……折れた刀身の代わりになっていってるのか……!?」
「シュララ……このまばゆい光は……!? 嫌な気配だ……今すぐに撃ち落としてやる……“王冠”……展開!!」
俺の目の目で小さく両手を合わせて、何かに祈るように瞳を閉じたコレット。
その直後、彼女の身体から溢れた黄金の焔は吸い込まれるように折れた“流星剣”の刀身へと集束していく。
「厄災は地の底より這い出ずり……神々は黄金の焔に呑まれて死して……やがて世界に黄昏の刻来たる……!!」
《この魔力反応……聖剣じゃない……魔剣の反応だ……!》
黄金の焔は集束し、一振りの黄金の剣へと変化していく。
勇者クラヴィスから譲り受けた【破邪の聖剣】とも、ミリアリアの【再世の聖剣】とも違う、禍々しい気配を纏った黄金の剣。
妖しく輝く金色の刀身、柄と刀身の接合部分で不気味に輝く黄金の目玉、荒々しく吹き荒れる赤黒い魔力の奔流。
折れた剣は生まれ変わり、新たなるラムダ=エンシェントの剣となる。だが、その剣は英雄を讃える『聖剣』では無かった。
それは、人々を恐怖の坩堝に叩き落し、世界を敵に回し、世界の果てに座す“女神”に喰らいつかんとする獰猛な獣の牙そのもの――――“傲慢の魔王”と慄れられた男に相応しき厄災の具現。
「神々に死の安寧たる黄昏を齎せ……“神殺しの剣”よ……!!」
「我が命に従い目覚めよ! “神殺しの剣”【ラグナロク】!!」
その名は【ラグナロク】――――“神々の黄昏”と銘打たれたラムダ=エンシェントの剣。女神を殺す為の魔剣。
憤怒の如き怒りと共に蘇ったアーティファクトの剣。
「魔剣……ラグナロク……!? そうか……そうかそうか……ラムダ=エンシェント……貴様は、真なる“魔王”の器であったか!」
「ネビュラ=リンドヴルム、貴様は俺たちを“踏み台”だと言ったな? 俺も同じだ……俺が狙うは女神アーカーシャの首級、貴様みたいな姑息な『蛇』なんてお呼びじゃないんだよ!!」
「お互い、眼中に無しか……! シュラララ、なら……弱肉強食の“理”に則って決着を付け、打ち勝った“強者”のみが次の領域に進むとしようか……!!」
「これで終いだ、リンドヴルム! 混沌よ、目覚めよ――――“神殺しの剣”【ラグナロク】……起動ッ!!」
リンドヴルムは『黙示録の獣』を最大限に駆動させ、俺は【神殺しの剣】を解放して、雌雄を決する為に高らかに声を上げる。
リンドヴルムの前で輝く“王冠”の魔法陣、空を黄昏が如き薄明かりに染め上げて輝く“神殺しの剣”、お互いの矜持を賭けた最後の一戦は幕を開ける。
既にリンドヴルムの砲撃の充填は終わっている。後は口部に集束させた魔力を俺と地上に向けて撃ち出せば、それで奴の勝利は確定するだろう。
だが、そうはさせない。
俺が……ノアたちを、コレットを、最後まで護るんだ。
「シュラララ! 死ね――――“十ノ王冠”――――」
「堕ちろ――――“空絶”!!」
リンドヴルムの口から死の光が放たれる直前、斬り上げるように振り抜いた神殺しの刃。刀身は虚空を斬り、空を薙ぎ、金色の剣閃は弧を描く。
切っ先などリンドヴルムにはまるで届かない、地上にいた誰もが俺の不可解な行動に固唾を呑んだ、ただ……俺の行動が齎す結果を知るは“憤怒の魔王”だけ。
「――――ガッ!? グッ、オォォオオオオオ!?」
《ラムダさんの斬撃がリンドヴルムの胴体ごと……天を斬り裂いたの……!?》
天の彼方まで届いて、夜の帳の降りた空を引き裂くように走った巨大な黄金の斬撃。
その剣閃に胴体を切断されて、リンドヴルムは苦痛の声を上げる。白き巨躯は黄金の灼熱に焼き切られて溶断し、リンドヴルムの身体は頭部と僅かな胴を残して崩れて落ちた。
「おッ……おのれェ……!! このオレ様が……無敵の“龍”になったオレ様がぁぁ……!!」
「終わりだ、リンドヴルム……!! この俺に負けると言う『残酷な現実』の前に咽び泣いて……死ね!!」
「シュ……シュララ……シュララララ……!! オレ様を……舐めるな!! “十ノ――――」
「ラムダ様! リンドヴルムごと『黙示録の獣』を破壊してください!!」
それでも、ネビュラ=リンドヴルムは屈すること無く、再び必殺の一撃を撃ち出す体勢へと移行する。
これ以上の逃走は不可能と判断したのだろうか、まだ勝てると過信しているのだろうか、それともアーティファクト『黙示録の獣』に最後まで固執したからだろうか、それは俺には分からないしどうでもいい。
だが、もうリンドヴルムの顔を見るのも、癖の強い笑い声を聴くのももうウンザリだ。
「――――“天獄”……!!」
「――――カッ!? オレ様の……本体ごと……『黙示録の獣』を……!?」
返す刀で空を横一閃に斬るように【神殺しの剣】は振るわれて、“龍”へと変生したリンドヴルムの命運は尽きた。
縦に両断された『黙示録の獣』の躯体は二度目の斬撃を受けて瓦解。“龍”の頭部は灼熱の斬撃を受けて、その内部に居たリンドヴルムも黄金の焔に灼かれて果てた。
「ラムダ……エンシェントォォ……!!」
「じゃあな、クソ野郎。あの世でガンドルフに謝ってこい……!!」
「オォ……ォォ……――――」
コレットが灯した“憤怒の焔”に灼かれて塵一つ残さずに、魔王軍最高幹部【大罪】が一角であるネビュラ=リンドヴルムは消滅。獣国ベスティアに潜り込んだ魔王軍の幹部たちはこうして全滅したのだった。
そして、アーティファクト『黙示録の獣』もリンドヴルムと命運を共にするように灰燼に帰して、獣国ベスティアを取り巻いた『獣国の公現祭』も終焉を迎える。
けれど、戦いの終わりは“公現祭”の失敗を告げるものでは無い。
「終わったよ……ルリ……ありがとう……!」
「ラムダ様……」
「コレット……おかえり……!」
「はい……! ただいま戻りました……ラムダ様……」
獣国ベスティアに呪いと生まれ落ちた『獣』は憤怒と共に“魔王”へと覚醒し、そして自らの意志で生き方を選んだ。
俺に寄り添って、求めるように唇を重ね合わせた彼女の名は『コレット=エピファネイア』――――“憤怒の魔王”にして、エンシェント家に仕える優秀なメイドで……俺の自慢の仲間。
彼女の新たな門出を祝うように黄金の焔の火の粉は降り注ぎ、コレットの覚醒を以って『獣国の公現祭』は果たされた。
おかえり……我が愛しきメイドよ。




