第218話:公現祭
「グッ……リンドヴルム……!! 遠距離からチクチクとぉ……!!」
「シュラララ! 先刻の“憤怒の魔王”のように大技の隙を突かれたくないのでな……先ずは小手先の技で消耗してもらうぞ……喰らえ、“逆鱗弾”!!」
《ラムダさん、これ以上は貴方の身体が保ちません! 重篤な後遺症を負うかも知れないんですよ!?》
「俺は逃げない! ルリとの約束を果たして、コレットの仇を討つんだ……! 俺が……俺がやるんだ!!」
――――獣国ベスティア【アウターレ】上空、夜の帳が降りた暗い寒空の下で俺は『黙示録の獣』と化したリンドヴルムと最後の決戦に臨んでいた。
遥か上空に陣取ったリンドヴルムは躯体を覆う“鱗”を弾丸のように連射して攻撃、俺を極限まで消耗させようとしていた。
リンドヴルムの目論見は上手く嵌っている。一発一発の威力こそ大したことは無いが、際限なく降りかかる弾丸を聖剣で弾く俺の体力は着実に減らされている。
連戦に次ぐ連戦、負傷に次ぐ負傷、さらに【オーバードライヴ】の連続使用で俺の身体は既にズタボロで、リンドヴルムの圧倒的な物量攻撃の前に屈するのは時間の問題であった。
「ラムダ! 一人で行っちゃ駄目!」
「御主人様……!! くそ……邪魔をするな、リンドヴルム!!」
俺を追って空中に飛び出したツヴァイ姉さんもリリィもリンドヴルムの攻撃を凌ぐだけで精一杯だ。長くは保たないだろう。
追い詰められると言う焦燥は迂闊な行動を誘発してしまう。丁度、今の俺のように。
「一気に片を付けないと……! 胸部装甲開放、相転移砲【アイン・ソフ・アウル】――――」
《駄目です、ラムダさん!! 胸部相転移砲はまだ修理が出来ていません!!》
「――――発射……あっ!?」
雨のようなリンドヴルムの攻撃を一気に蹴散らそうとして、装甲の胸部に格納された相転移砲を射出しようとした。
けれど、胸部に展開された砲撃機構は“ギギギッ”と金属が擦れるような不協和音だけを虚しく奏でるだけだった。
「不発……しまった……!」
「シュララ……隙あり! “王冠”展開……主砲【十ノ王冠】……準備……!!」
そして、俺が晒した隙をリンドヴルムは見逃さず、天を支配する“龍”は必殺の一撃を構え始める。
巨大な蛇の頭部を囲むように現れた九つの方陣、口部に集束した極大の魔力、そしてリンドヴルムの眼前に現れた“王冠”を模した魔法陣。
間違いない、“憤怒の魔王”が見せた【十ノ王冠】――――大破壊を齎す獣の怒りだ。
「シュララ……避ければ地上の仲間が吹き飛ぶぞ! さぁ、身を挺して仲間の盾になるが良い……!!」
《ラムダさん……逃げて!!》
「俺は……みんなを護って死ねるなら……本望だ!!」
「シュラララ……その蛮勇、称賛に値する……!! では……望み通り死ね!! 主砲発射――――“十ノ王冠”!!」
上空から地上に向けて撃ち出された死の光、避ければ地上に居るノアたちは消滅して死ぬ。俺に出来ることは身を挺して光を受け止めて、盾になって地上を護ることぐらいだろう。
心臓に組み込まれたアーティファクト【λドライヴ】――――コイツを臨界させて障壁を張れば、きっと地上への爆風を抑えられる。俺の身体はきっと朽ちて無くなるけれど、みんなを死なせるよりはずっと良い。
だから……俺は両手を広げて、迫りくる光の前に立ち塞がった。いつかの母さんのように、魔王への“忠誠”よりも“友情”を選んだルリのように、大切な人を護る為に。
「相変わらず自分を粗末にしますね、まったく持って腹立たしい……! それで私の主とは……嘆かわしくて魔性の“角”も生えましょう……!!」
「――――えっ?」
その時だった、聞き慣れた声が聴こえたのは。
「固有スキル発動――――【玖色焔狐・煉獄焔尾】!! 憤怒に燃え上がりし“黄金”の焔……“狐火・憤怒”!!」
「これはまさか……“憤怒の魔王”の!?」
地上で眩く煌めいた黄金の焔。
その巨大な火柱から撃ち出された九つの金色の火焔は俺の周囲を通り抜けて舞い上がり、そのままリンドヴルムが放った光を包み込んで消滅させていった。
弾けて消えた二つの光は小さな粒子になって夜の天を照らす。まるで、獣国に現れた“救世主”を祝う『公現祭』を彩る花火のように。
「馬鹿な……貴様は死んだ筈では……!?」
「確かに、私は一度死にました。けど……我が“魂”には約束が刻まれている……絶対に『死なない』と言う大切な約束が……!! だから……私まだ死ぬことは許されないのです!!」
そして、“憤怒の魔王”が倒れていた場所に煌々と燃える黄金の火柱は一際大きく燃え上がってから消えて、其処から一人の少女が姿を現した。
淡い光で輝いた狐色の髪、三本に増えた狐の尾っぽ、力強く輝いた金色の瞳、生命力を漲らせた珠のような素肌、そして……狐耳のすぐ側から生えた煌めく黄金の“角”。
彼女の姿を知っている、その名は“憤怒の魔王”イラ。
「“憤怒の魔王”……イラ……! 蘇ったのか……シュラララ……!!」
「そう……妾の名は“憤怒の魔王”『イラ』……! そして、もう一つの名を『コレット=エピファネイア』――――私は、ラムダ=エンシェント様に仕えるメイドです!!」
「コレット……あぁ……コレット……!!」
「ラムダ様……コレット=エピファネイア、ただいま推参致しました! お待たせしてしまい申し訳ございません!」
そして、コレット=エピファネイア――――半年前からエンシェント家に仕える狐の亜人種たるメイドの少女だ。
見た目こそ“憤怒の魔王”と違わないが、その笑顔は紛れもなく俺の知る『コレット』のもので、一度は俺の手から溢れた筈の彼女は……笑顔で其処に立っていた。
「シュラララ……そのまま死んでおけば苦しまずに済んだものを!」
「ネビュラ=リンドヴルム……私は今、怒っています……!!」
「ハァ? 何を言って――――」
「よくも……よくも……ラムダ様を傷付けたな!! 生きて帰れると思うな、ネビュラ=リンドヴルム……!!」
だが、ただ復活した訳でも無さそうだ。
全身から黄金の焔を放出させて、大気を震わせる程の咆哮を上げて、あらん限りの“憤怒”を露わにしたコレットの姿は魔王そのもの。
彼女はきっと自らの“正体”と向き合って、そして受け入れたのだろう。“憤怒の魔王”として、エンシェント家のメイドとして、ラムダ=エンシェントの従者として、いくつもの“仮面”を被って生きていく事を。
それでも、たとえ在り方が変わったのだとしても、コレットは帰ってきてくれた。それだけで、俺の心は救われた。
「魔王権能【アンチ・パティエンティア】――――発動! 我が憤怒は理性を薪に焚べ、滾る野生を燃え上がらせる!!」
「これは……コレットの体温が上昇しているのか……!? それに……この反応は……!」
「シュラララ……“魔王”として完全に覚醒したか……! 生命としての当たり前……“理”を犠牲に尋常ならざる力を得ると言う『呪い』……【魔王権能】……!!」
「もはや私の在り方に一切の迷いなし! 私は、この“憤怒の魔王”の権能を持って主をお守り致します!!」
彼女は“憤怒の魔王”である自らを受け入れて、それでも尚『コレット=エピファネイア』としての在り方を選んだ。
その代償を払うのだろう――――【魔王権能】と呼ばれた未知なる権能を発動させたコレットは一際大きな発火と共に地上から姿を消して、次の瞬間には俺の居る空中に姿を現したのだ。
「これは……瞬間移動か……!?」
「ラムダ様……積もる話が御座います、謝りたい事が御座います。けれど……少しだけ、私の不始末の後片付けにお付き合いくださいませ……!」
俺の目の前で、背中を向けながら申し訳なさそうな声で懺悔をするコレット。
俺が受けた傷、ツヴァイ姉さんに加えた危害、『黙示録の獣』を駆って暴れたこと、その全てに罪悪感を抱いている声だ。
けれど、そんな罪悪感に押し潰されそうになりながらも、コレットは俺の前に気丈に振る舞う姿を見せた。彼女が潰れそうな本心を『強者の仮面』で隠して“憤怒の魔王”として振る舞うのなら……それに応えるのが俺の使命だ。
「分かった……! 一緒にリンドヴルムを倒して、『黙示録の獣』を喰い止めて、二人でみんなの所に戻ろう……!!」
「はい……ラムダ様!!」
獣国ベスティアで催された『獣国の公現祭』はいよいよ最高潮へ。
“憤怒の魔王”、“黙示録の獣”を経て生まれ変わった少女の門出を祝う祝祭。それは、夜空を照らす黄金の焔と共に。




