第213話:黙示録の獣
「コレットォォーーーーッ!!」
「ラムダ=エンシェントか……妾に何用だ? もうすぐ『マスターテリオン』と妾の融合が終わる……それまで暫し待て!」
「コレット、帰って来てくれ! 俺には……俺たちの旅にはコレットの力が必要なんだ!」
「…………諄い。妾はもはや『コレット』などに非ず、“憤怒の魔王”イラである! 何時までも女々しく騒ぐ子犬風情が……!!」
――――祭壇に置かれた『黙示録の獣』を収めた巨大な黒箱。そこに手を翳す“憤怒の魔王”と俺は遂に相対していた。
既にテウメッサ、ライラプス、“狼王”フェンリルは敗北し、獣国軍は機能不全に陥った。魔王軍最高幹部であるリンドヴルムも討たれ、魔王グラトニスはこの場には居ない。
コレットを連れ戻すにはこれ以上ない最大の機会だ。ここで彼女の正気を取り戻さなければ、俺たちは二度と“憤怒の魔王”を『コレット』には出来ないだろう。
「エンシェント邸で一緒に過ごした日々を、一緒に歩いて来た旅路を、全部忘れたのか!?」
「しつこい……! 貴様との思い出など忘れたわ! 何時まで妾の“飼い主”を気取っている……いちいち癪に障る奴よ!!」
呼びかけて、呼びかけて、呼びかけて。
次第に俺への怒りを露わにした“憤怒の魔王”は掌に黄金の火球を作り出しては、目障りな羽虫を打ち払うように俺へと投げつけてくる。
攻撃は烈火の如く、激しい“憤怒”を具現化した焔が俺の行く手を阻む。
「コレット、もう止めて! あなたは誰彼かまわずに危害を加えるような子じゃ無かったでしょ!」
「ツヴァイ=エンシェント……死に損ないの羽虫が……!! 貴様に妾の何が分かる!?」
「分からない……私にはあなたの本心は分からない! けど、今のあなたのままいて欲しくない……!! お願い……元に戻って!!」
「笑止! 今の妾こそが真の姿! 貴様が望む『コレット』なぞ、妾が一時観た『夢』だと知るが良い!!」
無論、コレットに呼びかけ続けるのは俺だけじゃ無い。
彼女を見出したツヴァイ姉さんや共に旅したリリィたちも上空から呼び掛け続け、ノアたちも迫りくる『亡獣』を押し退けつつ祭壇へと近付きつつあった。
「世界に焼き付いた、蹂躙されて死んでいった獣たちの『怒り』の具現……それがあなたね……!」
「リリエット=ルージュ、それは“暴食”の入れ知恵か? なら理解るだろう、これが『妾』だ!」
「そうね……それがあなたの“本当の姿”なのかもね……! けど、私は『コレット』って言うあなたの“偽りの姿”の方が好きよ……ただ怒りをまき散らす今のあなたよりもね!!」
「ほざけ……! 野生という“素顔”を隠して、理性と言う名の“仮面”を被り続けろと言うのか!? この身に宿る“憤怒”を忘れた方が良いと吐かすか!!」
「それはあなた次第よ、コレット!! あなたが……本当に望んでいる姿を選びなさい!!」
「そうやって貴様は“復讐”を忘れて、人間どもと馴れ合う事を良しとしたか……! フン、下らん……妾は“憤怒の魔王”……今さら引くことなぞ出来るか!!」
彼女を知る誰もが、“憤怒の魔王”のことを『コレット』と呼び、戻って来てと叫び続ける。
けれど、“憤怒の魔王”は耳を塞いでその声を遮って、『コレットなど忘れろ』と怒りを焔にして吐き出していく。
「ラムダ、相手は“憤怒の魔王”だ! 気ぃ抜くとあんたが殺されるぞ! 殺すつもりでやれ!!」
「けど、ルリ……俺には……コレットを殺すことなんて出来ない……! ルリとの約束なのに……俺は……!!」
「ラムダ…………チッ、甘ちゃんが! あーったよ、アタシの馬鹿兄貴に手加減してくれた恩だ、あの狐は殺さずにふん縛るぞ!!」
「――――ッ! ルリ……」
「その代わり、あんたが自分の意志で助けンだ! 最後まで手前で面倒見ろよ、良いな!」
「あの時の……コレットを助けた時のゼクス兄さんと同じことを……! あぁ……分かっているよ、ルリ! どんな事があっても、俺はコレットを見捨てたりはしないさ!」
たとえ、“憤怒の魔王”『イラ』が彼女の本当の姿で、彼女自身がその在り方を望んでいたとしても、俺が望むものは『コレット=エピファネイア』と言う少女なのだから。
俺は俺の我儘を貫き通して、ルリの約束を果たして、俺は『コレット』を取り戻す。
「一緒にグランティアーゼ王国に帰ろう、コレット!」
「黙れ……黙れ、黙れ、黙れ! 良いだろう……その諦めの悪さを認めて、妾が直々に焼き殺してくれる……この『マスターテリオン』でな!!」
「動力炉反応向上……! ラムダさん、アーティファクト『黙示録の獣』……起動開始します!!」
「上等だ! お前の憤怒の“牙”と“角”……全部へし折ってから連れて帰ってやる!」
「やれるものなら、やってみせよ!! ガルル……ゴアァァァーーーーーーッ!!!」
「全騎、祭壇から距離を取れ! これよりダモクレス騎士団はアーティファクト『黙示録の獣』を討つ! 戦闘職は魔法障壁を展開しつつ前へ! 支援職はオリビアを中心に後方に布陣、避難者や負傷した獣国兵の手当てを!!」
獣国ベスティアの戦いの最終戦を彩るのは“憤怒”の焔。
黒い箱から伸びたナノマシンの触手に巻き取られながら“憤怒の魔王”は『マスターテリオン』の内部へと消え、それと同時に黒い箱は黄金の焔になって燃え上がる。
「厄災は“憤怒”の化身と共に目覚めけり、黙示録の獣よ黄金の焔と共に顕現せよ、降臨の刻来たれり、これなるは獣たちの王を迎える公現祭なり……!!」
「ルリ……その言葉は……?」
「この獣国ベスティアに伝わるおとぎ話さ! いつの日にか、獣国に“憤怒”の化身が生まれ落ちて、そいつと共に“獣神”は蘇るって……! その為に獣国はずっと『獣国の公現祭』を催してきた……!」
「じゃあ……これが……獣国が望んだ獣……!!」
燃え上がった黄金の焔は巨大な炎の竜巻となりて大地を燃やし、大地を震わせる獣の咆哮が獣国中に響き渡る。
「推定全高100メートル、全長250メートル、アーティファクト『黙示録の獣』……起動確認しました、ノア様!」
「生体ナノマシンによって“搭乗者”と融合し、姿形を自在に変える強襲型兵器。どうやら随分と魔力を蒐集していたようですね……!」
「グルルル……グオォォオオオオオオ!!」
「コレット……!! それがお前の望みなのか!?」
そして、焔の渦の中より現れしは一匹の黄金の狐。
見上げるような黄金の巨躯、禍々しく輝く九本の尾、天を衝くように伸びた黄金の“角”、地に触れた箇所から大地が焦げていく程の灼熱、生きとし生けるもの全てを“憤怒”で塗り潰さんと目覚めし怪物。
“憤怒の魔王”イラ、『獣国の公現祭』と共に顕現した獣。
「コォォ……大地ヨ、焔ニ沈メ……!!」
「――――なっ、地面の彼方此方から火柱が!?」
「黙示録の獣から『亡獣』も次々と排出されています! ラムダさん……もう逃げれませんよ!」
「マスターテリオンにこれ以上、獣国の地を焼かせるな! なんとしてでも此処で喰い止めるぞ!!」
マスターテリオンが力強く大地を前足で踏みつけた瞬間に【アウターレ】全域の至る所から噴き上がった黄金の焔、そしてマスターテリオンの玉体から産み落とされるように出現する『亡獣』の大群。
ただの“地ならし”だけで広大な土地を焔の海に出来る力。それを目の当たりにした今、もう俺に逃げる選択肢は残っていなかった。
マスターテリオンの“憤怒の焔”に焼かれてダモクレス騎士団もろとも灰燼に帰すか、獣を討ち果たして『コレット』を取り戻すか、そのどちらかしか道は無い。
「妾ノ前カラ消エ失セロ……ラムダ=エンシェント!!」
「断る! そんな物騒な機械から今すぐに叩きおろしてやる、覚悟しろコレット!!」
復活した“憤怒の魔王”イラと『黙示録の獣』との最後の戦い――――開戦。




