第212話:VS.【狼王】ルル=フェンリル 〜God Eater〜
「テウメッサとライラプスが倒されたか……! フンッ、弱者どもめ、役に立たん!」
「次はお前の番だ、フェンリル!!」
「図に乗るな、“アーティファクトの騎士”! 最強の狼、大狼たる俺の恐ろしさはまだこんなものでは無いぞ!! 唸れ、『大狼』の炉心――――【災禍顕現】!!」
「それはこっちの台詞だ、俺の恐ろしさを味あわせてやる! 行くぞ――――【オーバードライヴ】!!」
――――テウメッサとライラプス、そしてリンドヴルムが倒され、獣国ベスティアに残る『強者』は“狼王”と“憤怒の魔王”を残すのみとなった。
だが、今だ獣国軍の勢いは衰えず、コレットが『マスターテリオン』から召喚した『亡獣』が勢力に加わったせいでダモクレス騎士団側は徐々に劣勢に追い詰められていた。
負傷者にすかさずオリビアとラナの回復魔法が飛び、騎士たちも命の危機を感じた瞬間に後方へと退避して戦力の摩耗を防いでいたが、圧倒的な戦力差に追い詰められていた。
「ノア、もう少しだけ耐えていてくれ! 必ず俺が戦局を打開する!!」
《大丈夫です、私は大丈夫ですから、ラムダさんは自身の成すべきことに集中してください!!》
「よそ見すンなや、ラムダ!! アタシの兄貴はよそ見して勝てるような雑魚じゃねーぞ!!」
「分かっているさ!」
今すぐにも助けに行きたいが、フェンリルの鎖は俺とルリを執拗に狙って逃がそうとはしない。
大地から、空から、何もない虚空から、まるで次元の狭間の“壁”を喰い破るように出現した金色の鎖は、まるで獲物を狩ろうとする『狼』のように俺たちへと迫りくる。
「我が固有スキルで精錬したこの『幻想狼鎖』はどこまでも貴様たちを追いかけるぞ!! さぁ、腹を空かせた狼に喰われたく無ければ死に物狂いで逃げるがいい!!」
召喚された金色の鎖『幻想狼鎖』の数は数十本。その一本一本がまるで意思を持つように不規則な軌道で迫りくる。
右眼の【行動予測】と翼と装甲の機動力で鎖の隙間を縫うように飛行するが、躱しても躱しても狼と化した鎖は追跡を止めず、俺の回避経路は緩やかに狭まっていく。
「そぅら、狼に包囲されて動きが鈍っているぞ? 大気圧滅――――“魔天狼”!!」
「【行動予測】……って、攻撃範囲が広すぎる!? “巨人の左腕”、エナジーシールド展開!!」
そしてフェンリルの右腕から放たれたのは狼の頭部を模した黄金の衝撃波。
鎖で身動きの取りづらくなった俺そ狙ったのだろう。幸いにも修繕されていた盾のお陰で直撃自体は避けられたが。
「遥か上空の雲が風圧だけで全部吹っ飛んで消えた……!? どんな威力のパンチなんだよ……!」
「ガルルル……! 少し鈍っているな……もう少し動いて身体を温めないと……!」
後方の空に広がっていた雲はフェンリルの放った殴打の風圧だけで一気に消し飛び、上空には日没の晴天だけが残されるだけになっていた。
今の見掛け倒しの装甲を纏っている俺では直撃には耐えられないだろう。そんな攻撃を繰り出しておいて『少し鈍った』とは恐ろしい。
これが獣国の王、獣たちの世界で『最強』に君臨した男の実力か。
「んな隙、与えるかっつーの! 喰らえ――――“追衝牙”!!」
「思いっきりが足りん! どうした、ルリ……魔王グラトニスの所で修行をしたんじゃ無かったのか? 全然足りんぞ!!」
そんな末恐ろしい相手にルリは臆すること無く突撃して、氷の魔力を纏った蹴りを“狼王”の顔面に放つ。
だが、フェンリルは蹴りを目視する事なく片手で受け止めると、そのまま軽々とルリの身体を振り回して彼女を地面へと叩きつけた。
「――――ガハッ!?」
「俺の勧誘を諦めたグラトニスのお情けで【大罪】に入れただけの弱者が、兄である俺に勝とうなどと思い上がるな! お前は大人しく俺の側でのうのうと暮しておけば良かったのだ……!」
「ぐっ……アタシは……自分の『道』は自分で選ぶ……! いつまでもルル兄に守られているだけの弱者なんてまっぴらゴメンだ!」
「生意気な……! 俺が居なければとっくに飢え死にしていたようなお前が、自分で『道』なんぞ選んでも結局は死ぬだけだ!!」
地面に大きな陥没を作るような勢いで叩きつけられて吐血するルリ。だが彼女はそれでも屈すること無く兄に啖呵を切って見せた。
弱い自分はもう嫌だ――――それがルリの本心。弱肉強食の世界で、弱者である事を忌避し、強者になる事を選んだ少女の本音。
目の前で大切な人を失い、己の無力を嘆き、今度こそ愛する人を護ろうと、強くあろうと躍起になった俺によく似ている。だからこそ、似た者同士だったからこそ、俺とルリは『友達』になれたのかも知れない。
「死ぬ時は……それがアタシの限界だったって受け入れるさ! なんにもしないよりもずっとましさ! だからアタシはまだ諦めない!!」
「ほざけ! “アーティファクトの騎士”と二人がかりでも俺に遠く及ばない偉そうに御託を並べるな!!」
「並べるさ! 今はまだラムダと二人じゃなきゃルル兄に勝てなくとも、いつかアタシはあんたを越えて行く!! “氷狼狩猟陣”……さぁ行け、我が眷属よ……アォォーーーーン!!」
「これは……氷で象った狼の使い魔か……!? まさか……俺の『幻想狼鎖』を……!!」
実の兄を越えると宣言して、ルリは遠吠えと共に氷で出来た狼の使い魔を召喚する。
その氷狼たちはルリの指示のもと素早く散開、俺の周囲にひしめき合っていた金色の鎖に噛み付き始めたのだった。
「これでルリ兄の鎖は抑えた! ブチかませ、ラムダ!!」
「【ルミナス・ウィングⅡ】、最大戦速……“音超”!!」
「――――疾い!?」
「衝撃鉄槌!!」
「ぐっ……オォォ……!?」
ルリの氷狼に噛み付かれれ動きの止まったフェンリルの鎖。その狼たちの合間をすり抜けて俺は加速して、右腕の拳をフェンリルの土手っ腹に食らわせてやることに成功できた。
けど、それで“狼王”を倒せたのなら苦労はしない。
フェンリルは苦痛に顔を歪めこそしたが倒れることも無く、俺の攻撃でふっ飛ばされても瞬時に体勢を立て直して何事も無かったかのように立ち尽くしていた。
「おかしいな……今ので気絶ぐらいはすると思っていたのに……!」
「フン……気に食わんな! 俺を相手に手加減か? “狼王”たる俺が随分と舐められたものだ……!」
「おい、ラムダ! 何やってンだ、相手は獣国ベスティア最強の“狼王”だぞ! なんで手加減なんてしてンだ!?」
「獣国最強の王だったとしても……彼は君の兄だ! だから俺は殺さない!!」
フェンリルが倒れずピンピンしているのは、俺の『我儘』のせいだ。
彼がルリの兄である以上、俺には“狼王”を『殺す』と言う選択肢を選ぶ気は無かった。
「家族が死ぬのを看取るのは……哀しいからね……! だからルリ……俺の我儘を許してくれ……!」
「ラムダ……アタシの為に……?」
「くだらんな! 敵を『殺さずに倒す』ことは『殺す』ことよりも難しい事だぞ? 俺を相手にそんな悠長なことが出来るかな?」
「やってやるさ! 俺が目指すのは残酷な“殺戮者”じゃ無い、みんなを護る“騎士”なのだから!!」
ただ殺して勝負に決着を付けたいのなら、超火力を誇るアーティファクトを取り出してただ無慈悲に蹂躙すれば良い。
けれど、それじゃただの殺戮者だ。
古代文明を滅ぼした『兵器』となんら変わりない。
そうじゃ無い、俺が目指す理想は。
倒さなくては、殺さなくてはならない“邪悪”は確かに存在する。けれど、殺さなくとも良い相手だって居る。
それを俺は見極めて、戦っていく。
「“狼王”ルル=フェンリル! 思いっきり叩きのめして、お前の野望は全部砕いてやる! そして……もう一度だけ、ルリの理想の“兄”になってやれ!!」
「クッ……フフフッ……フハハハハハ!! 俺の生き様を否定して、貴様の理想を俺に押し付けるか……何たる傲慢、何たる我儘、何たる甘さだ! ラムダ=エンシェント……俺を舐めるのもいい加減にするがいい!!」
俺は“狼王”を殺さない、ただ倒して、野望を全部砕いて、それでルリの“思い出”に残るかつての兄に戻してやる。
それが、俺の『騎士道精神』だ。
その俺の言葉を聴いて“狼王”は激昂、嵐のような荒々しい魔力を全身から放出しながら遂に全力を見せ始めた。
「俺をその気にさせた褒美だ……最大威力の大技をくれてやる! 都市一つ消し飛ばす一撃だ、避ければ後ろの仲間がこの世から消えるぞ!!」
「やめろ……もう止めてお兄ちゃん! 優しかったあの頃に戻ってよ!!」
「ツヴァイ姉さんも、コレットも、ルリの思い出も、全部返してもらう!! “狼王”ルル=フェンリル、覚悟ッ!!」
「やれるもんなら……やってみろ!! ワォォーーーーーーン!!!」
ルル=フェンリルの構え、それは前にルリが俺に披露した大技“神喰い”と奇しくも同じだった。
前方に突き出した両手を手首で合わせて、獣の“牙”を模した構えをするフェンリル。間違い無い、彼は宣言通り大技を放つ気だ。
そして、先程の殴打の威力を観た以上、『都市一つを消し飛ばす』と言う触れ込みも虚言では無いのだろう。俺の後ろにはダモクレス騎士団が、ノアたちが居る……決して逃げれない。
「ラムダ……アタシも全力を出す! だから、アタシを馬鹿兄貴に向かって思いっきりぶん投げろ!!」
「――――ルリ、無茶だ!」
「ルル兄を生かして倒すために命懸けンだろ? なら、アタシの命も一緒に懸けろ……『友達』だろ?」
「…………分かった! やろう……ルリ!!」
「よし来た、任せな!!」
既にフェンリルの腕には恐ろしい程の魔力が集束しつつあった。
ルリの必殺技とは比較にならない程の強烈な魔力の奔流――――地面は大きく隆起し、獣の唸り声のような地鳴りは響き、晴れ渡った黄昏の空に稲妻が走る。
「ウォォオオオオオオオ……!! これなるは世界を喰らう大狼の“牙”……太陽を噛み喰らい、月を喰み殺す獣の災禍!!」
「“巨人の腕”……準備完了……!! ルリ、いつでもいけるぞ!!」
「おうよ、行くぜ行くぜ行くぜ、行くぜぇぇーーーーッ!!」
そして、フェンリルの必殺技に備えて、俺は左腕を大きく振りかぶって、ルリは俺の目の前でフェンリルと同じ構えを取って小さく跳躍した。
相手は獣国ベスティア最強の王、対するは“破壊の獣”と“アーティファクトの騎士”。
俺の左腕は白く輝き、ルリとフェンリルは白き魔力を全身に纏って真っ白な『狼』へと変生していく。それぞれの“誇り”を賭けた大一番、この戦いを乗り越えて俺はさらなる『高み』へと進んで見せる。
「喰い殺せ――――“狼獄氷夜”!!」
「「合体奥義――――“世界喰らい”!!」」
俺の左腕から繰り出される必殺拳“至天の鉄槌”を発射台にして、ルリを撃ち出す合体奥義【世界喰らい】。
それと呼応するように“狼王”も大地を蹴って飛び出して、瞬きの間に“大狼”の兄妹は激突して周囲の大地を砕いていった。
「ウァァアアアアアア!! アタシは負けない……絶対に負けないィ!!」
「グッ……オォォ……!! 俺は“狼王”……獣国ベスティアで誰よりも強い……強くならなければならないィィ……!!」
「強くなくても良い……アタシには……あの時の、お腹を空かせたアタシにの為に命懸けで獲物を獲ってきてくれた、優しくて格好いいお兄ちゃんが居てくれたら……満足だったのに!!」
「ルリィィ……今さら……そんな事を……!! 俺は……俺は……お前の為に……お前の為に……!!」
決別した兄妹、その胸中を曝け出すように二人は感情を“牙”にして相手の心に喰い込ませていく。
妹の為に『強者』の道を選んだ兄と、そんな兄を引き止めたくて魔王グラトニスの元へと下った妹、その細やかな『すれ違い』は“牙”と“牙”のぶつかり合いと共に交錯する。
そして――――
「お兄ちゃんの……馬鹿ァァーーーーッ!!」
「ルリ……!!」
――――“狼王”の一撃はルリの“牙”の前に砕かれて、妹の懸命の拳が兄の腹部にめり込んだ。
「俺を……超えるか……! だが、まだ弱い!!」
「お兄ちゃん……言ったでしょ? アタシは……今のアタシは……一人じゃないんだ……!!」
それでも尚、口から大量に吐血をして、目の前の妹に返り血を浴びせてもフェンリルは止まることなく闘志を燃やし、あらん限りの力で腕を振り上げてルリに“爪”をギラつかせる。
「フェーンーリールゥゥーーーーッ!!」
「しまった……“アーティファクトの騎士”!?」
けれど、ルリだけの“牙”じゃまだフェンリルには届かなくとも、今の彼女には俺がいる。
大きく跳躍してフェンリルに飛びかかった俺は左腕にあらん限りの力を込める。ルリの覚悟の前に屈して、それでも縋り付くように『強者』であることに拘った男に決着を付ける為に。
「固有スキル【貪食縛鎖】――――」
「包み込め――――“至天の鉄槌”!!」
「――――ガッ!?」
そして、フェンリルが繰り出した金色の鎖が俺を捕らえるよりも疾く、俺の拳はフェンリルの頬を殴り抜いて勝敗を決した。
鋭く尖った犬歯をへし折られながら白目を剥いてフェンリルは吹き飛ばされて祭壇に激突、獣国軍に“狼王”の敗北を告げるのであった。
「“狼王”が負けた……? まさか……獣国史上最強の王が……“アーティファクトの騎士”に……!?」
「テウメッサ様とライラプス様も倒された……もう我々には彼らに勝てる者は居ない……! わ、我々の……敗北?」
棺の中に消えたテウメッサ、地面に突っ伏したライラプス、祭壇に叩きつけられたフェンリル――――その醜態を観た獣国軍は次々に戦意を喪失して手にしていた武器を地面へと落としていく。
事実上の獣国軍の降伏。こうして、ダモクレス騎士団は最初の危機を乗り越えたのだった。
「ラムダ……ありがとう……! あんたのお陰で……やっとルル兄に想い……伝えれた!」
「一つ“貸し”な? 今度、飯でも奢ってくれ!」
力尽きて地面に大の字で倒れたルリと拳を突き合わて再び友情を確かめながら。




