第211話:【銀の錬金術師】ウィンター=セブンスコード 〜Silverion Alchemist〜
「私はあなた方に敬意を抱いています、ダモクレスの騎士たちよ。囚われた味方の為に心血を注ぎ、どんなに傷付いても決して諦めない、自然の摂理に従って生きている我々とは違う意地汚い生き方……とても敬服しています……!」
「そうかい……その敬意は残念ながら意味ないよ? 人間は欲深い……ツヴァイ卿を取り戻しても満足出来ずに、こうしてコレット嬢すら掠め盗ろうとしている……こんな欲深い生き物はそうそう居ないと思うな……!」
「だからこそ素晴らしいのです、ウィンター=セブンスコード卿……! 欲望は『原動力』となり、“大罪”と言われた感情こそが人間を『人間』たらしめる……その欲深さこそがあなた方が“霊長の支配者”と呼ばれる所以なのですよ……!」
「その欲深さ故に古代文明は破滅を迎えた……! 薬も過ぎれば毒となり、欲望も度が過ぎれば“悪”へと変生する……その憧れは破滅を呼ぶぞ、ガル=ライラプス卿?」
「…………心に留めておきましょう。ウィンター=セブンスコード卿……グランティアーゼが誇る“銀の錬金術師”よ……!」
――――時は少々巻き戻り、メインクーン卿とテウメッサが死闘をまだ演じていた頃。もう一方の戦闘も激化を見せ始めていた。
槍を手に戦場を縦横無尽に駆け回るのは獣国の戦士・ガル=ライラプス。白銀の歌姫を従えて相対するのはダモクレス騎士団の錬金術師・ウィンター=セブンスコード。
ライラプスの『人間』への深い羨望をセブンスコード卿が諭すように否定しつつも、二人はお互いの武器を振るって戦い続けていた。
「あなた方は確かに賢い……だが、『野生の勝負』においてはまだ我々の方が上だ!!」
「その差を埋める“要素”が人間の『知恵』だ! 歌姫、弾丸装填――――“銀の弾丸”発射!!」
「ガルル……甘い!! 魔性を撃ち殺す“銀の弾丸”も、当たらなければ無力!!」
「槍で弾丸を弾いたのか……!? 反応速度が異常すぎる……これが獣国ベスティア最高峰の勇士か……!!」
ガル=ライラプス、獣国ベスティアが誇る至高の戦士。
その実力はまさに一騎当千、セブンスコード卿の歌姫が右手から撃ち出した弾丸を槍で軽々と弾き飛ばして、ライラプスは油断も慢心も無く槍を構えて次の攻撃へと備える。
テウメッサが聡明ゆえに他者を見下す者であるなら、ライラプスは実直ゆえに他者を常に尊敬する者である。自身の実力を過信する事なく、常に相手への警戒を最大に抱く、それ故にセブンスコード卿はライラプスへの決め手を欠いていた。
「何度でも言います、獣国ベスティアから速やかに撤退して下さい! 私は……あなた方を殺したくはありません……!!」
「ならコレット嬢を速やかに引き渡すんですね……! そうすれば我々も大手を振って祖国に帰ろう……!!」
「そうはいきません、“憤怒の魔王”イラ様こそが我々の『明けの明星』……獣国ベスティアを繁栄へと導く存在なのです……渡すわけにはいきません!!」
「なら、君は僕たちを殺すしかあるまい……! でなければ、人間は何処までも獣狩りを止めはしないぞ!」
「残念だ……あなた方に振る舞われた『パルフェグラッセ』……また頂きたかったのですが!!」
「それを作ったのは他ならぬ『コレット=エピファネイア』だ! また食べたいのなら彼女を速やかに解放しろ!!」
だが、“狼王”やテウメッサとは違い、ライラプスには僅かではあるが“葛藤”が見えていた。
獣国ベスティアとグランティアーゼ王国との衝突に心を痛め、なんとか俺たちを無事に祖国へと彼は帰そうと苦心していたのだ。
真摯であるがゆえに、真面目であるがゆえに、俺たちが下心から馳走した菓子にも恩義を感じて、ライラプスと言う男は最後まで説得を試みていた。
「私は……この獣国ベスティアを列強諸国にも負けない豊かな国にする! その邪魔をするなら致し方ありません……あなた方には死んでいただきます……!!」
「…………雰囲気が変わった……! 来るな……!!」
しかし、説得が無駄骨だと悟った瞬間、ライラプスから殺気は放たれ、空気がピリピリ震え始めた。
もう彼は“遠慮”を捨て去るのだろう。ライラプスの赤い瞳は狩りに臨む鋭い瞳へと変わり、ただの威圧感だけで地面はヒビ割れていく。
殺気……ライラプスにとってセブンスコード卿が『友好を示す相手』から『仕留めるべき獲物』へと変わった事を意味するものだ。
「我が名はガル=ライラプス、獣国を護る“牙”なり! いざ……お覚悟を……ウォォーーーーン!!」
「我が名はウィンター=セブンスコード、ダモクレス騎士団の“銀の錬金術師”! いざ尋常に……勝負!!」
そして、戦士としての前口上を高らかに叫び、戦場に響く遠吠えを響かせて、ガル=ライラプスは消えたと錯覚するような速度でセブンスコード卿へと突撃を開始した。
「『雪原の歌姫』……迎撃体勢!! 乱れ撃て――――“白銀掃射連装砲”!!」
「遅い……!! 獣の脚力を甘く見るな!!」
ライラプスの突撃を警戒したセブンスコード卿は歌姫の両腕を機関銃を模した形状へと変化させ、両腕計四門の銃身から銀の弾丸を発射する。
しかし、歌姫の攻撃を見切ったライラプスは左右に素早く動いて弾幕を難なく回避、一気にセブンスコード卿の元へと距離を詰めてきた。
そして脚で地面が刳れる程の勢いでブレーキをかけながら背負っていた弓矢を手にしたライラプスは、歌姫越しにセブンスコード卿に向けて矢を番える。
「固有スキル【外れじの牙】――――“墜牙”!!」
「弓矢か……打ち払え、歌姫よ!!」
先手を打ったのはライラプス――――獣人の腕力で弦は限界まで張り詰め、ギリギリと音を立てて撓った弓に番われた矢は歌姫越しにセブンスコード卿に狙いを定める。
そして、ライラプスの叫びと共に矢は風を割いて撃ち出されたが、セブンスコード卿の指示で動いた歌姫が高速で振り抜いた右腕の砲身に弾かれて明後日の方向に吹き飛ばされた。
「魔導人形が矢を弾いたか……だが無意味だ!!」
「なっ……弾かれた矢が軌道を変えた!? くっ……ぐあッ!?」
だが、弾かれて威力を失った筈のライラプスの矢は不自然な挙動と共に再び鏃を標的に向けて加速して、反応が遅れたセブンスコード卿はそのまま矢に右肩を射抜かれてしまった。
「ぐっ……これは……“必中”のスキルか……!!」
「如何にも……私の固有スキル【外れじの牙】は『絶対命中』の効果を攻撃に乗せるもの! たとえ弾いたとしても我が攻撃は標的に命中するまで何度でも復活する!!」
「地の果てまで獲物を追う猟犬の鑑のようなスキルだね……感心するよ……!! 歌姫が弾いて威力を減衰しなかったら、僕の肩は抉れていただろうね……!!」
「お褒めの言葉、恐悦至極! ですが、もう手心は加えません!」
肩を射抜かれれ激痛に片膝を付いたセブンスコード卿、奏者が負傷した事で動きを止めてしまった歌姫を蹴り飛ばしたライラプス。
両者の間には阻むものは無く、手傷を負ったセブンスコード卿はゆっくりと近付いてくるライラプスを眉間に皺を寄せて睨みつけるしか出来なかった。
「よくも僕の歌姫を……! どうやら君は“美”の何たるかを理解していないようだね?」
「私に芸術などは無用の長物です! 戦士に必要な物は“覚悟”のみ!」
「そうかい……厳格な事で……!」
「次は心臓を狙います……! 此処で名誉ある死を遂げたく無ければ降伏を! 私が“牙”を放てばあなたの心臓は間違いなく穿たれ、あなたは確実に死に至る!」
もはやセブンスコード卿が自身に勝る事は無いと判断したのだろう。ライラプスは『次は心臓を狙い、必ず殺す』と前置きした上で降伏を促していた。
これ以上の抵抗は無意味だ、自分はあなたを殺したくない、だからどうか諦めて欲しい、そう切実に祈りながら。
「だからどうした? 僕が死を恐れるとでも?」
「…………なっ…………馬鹿かあなたは! 私は降伏すれば見逃すと言っているのだ!! なぜ分からない!?」
「僕にとっての“恐怖”は……ツヴァイ卿の悲しむ顔を見ることだ! コレット嬢はツヴァイ卿の大切な家族だ、彼女が居なくなればツヴァイ卿はきっと悲しむだろう……だから僕は命を懸けて戦うのさ、ツヴァイ卿の笑顔の為に!!」
「この……!! なんという頑固者なのだ、あなたは!!」
だが、セブンスコード卿が諦める事など無かった。
ツヴァイ姉さんの笑顔の為なら命を懸けれると誇らしげに笑って、錬金術師は大地を強く踏み締めて再び立ち上がる。
その光景にライラプスは畏怖を抱いて一歩だけ後退りした。愛しき人の為に死力を尽くさんとするセブンスコード卿の屈強な意志に、彼は僅かながらの劣等感を感じてしまったのだろう。
「僕の望みはツヴァイ卿の幸せのみ! その為にも、コレット=エピファネイアは返してもらうぞ!!」
「ぐっ……良いだろう……! なら、この槍であなたの心臓を貫いて……それで終わりにして差し上げましょう!!」
両者は譲らず、錬金術師は愛する人の為に“拳銃”の形にして突き出した右手に銀の弾丸を装填して、犬の戦士は大きく跳躍して槍の投擲する体勢になって、決着の一撃を構える。
そして――――
「魔を射抜け――――“銀の弾丸”!!」
「魔を喰らえ――――“喰牙”!!」
――――撃ち出された白銀の閃光と投げ飛ばされた赤い魔槍は眩い光と共に衝突して、勝負の命運を分かった。
「グッ……脚を……! だが、我が槍は外れず……!!」
「くそ……ガッ!?」
「必ずやあなたの心臓を穿つ!! 私の勝ちだ!!」
銀の弾丸はライラプスの脚を射抜き、投擲されたセブンスコード卿の心臓に命中した。
誰もがライラプスの勝利を確信し、誰もがセブンスコード卿の死を覚悟しただろう。脚から血を流しながら地面へと落下したライラプス本人さえも。
赤い槍はセブンスコード卿の胸元に刺さり、槍の柄を弱々しく掴んだままセブンスコード卿は両膝を付いて動かくなくなってしまった。
「ハァ……ハァ……警告はしましたよ? 残念だ……あなた程の錬金術師が……たかが女の笑顔の為に無駄死にを選ぶなどと……」
心臓を穿たれた以上、セブンスコード卿は既に死亡している。
その事実に胸を痛めながら、ライラプスは立ち上がるとゆっくりとセブンスコード卿へと歩み寄っていく。
「ウィンター=セブンスコード卿……あなたの勇姿は私がしかと……んっ? 槍が……貫通していない……!?」
「…………ガフッ…………“魔を縛る銀の鎖”……!」
「なっ……まだ生きて……!?」
「相手の心音はちゃんと聴くべきだよ、ライラプス卿?」
それが自身の敗北に繋がるとも知らず。
ライラプスがセブンスコード卿の違和感、心臓に刺さった筈の槍が背中側から突き出ていない事に気付いた瞬間、セブンスコード卿は動き出して魔法を発動。
地面に描かれた魔法陣から現れた七本の銀鎖にライラプスは手足・首・胴体・頭部を拘束され、身動きを封じられてしまった。
「グォォ……馬鹿な……力が出ない……スキルも発動が出来ないだとぉぉ……!?」
「魔性を封じる退魔銀の鎖さ……君はもう抵抗出来ないよ……!!」
「そんな……心臓を穿った筈なのに……なぜ……!?」
「あぁ……君の槍は確かに僕の心臓に命中した……けど、心臓を貫くだけの攻撃力が無かった……それだけの話しさ……」
「…………? どういう意味だ……?」
「分からないかい? 心臓の表面を予め“白銀”でコーティングしていただけさ!」
「なん……だって……!?」
「君の固有スキルは『標的に攻撃を必ず命中させる』ものだ。故に……命中させた上で防御してしまえばそれで君の“牙”は僕の命にまでは届かなくなる……!!」
セブンスコード卿の命運を分けたのも、それは心臓に纏った白銀の鎧だった。
ライラプスの槍は確かにセブンスコード卿の心臓には“命中”したが、槍の矛先は鎧に阻まれて心臓に傷を負わすことは出来なかった。
その為、セブンスコード卿は死ぬことなく、ライラプスの拘束の為の一手に移れたのだ。
「私の必殺の“牙”が……アッサリと攻略された……?」
「安心しなよ……僕の持てる最高の素材を使わなきゃ確実に心臓は持っていかれていたさ……! ガル=ライラプス、貴殿の強さに敬意を払おう……!!」
「こんな……筈では……!!」
「そして……次は僕の攻撃が“必中”する番だ……! 『雪原の歌姫』……“白銀の拳”……準備!」
そして、セブンスコード卿の反撃は始まった。
拘束されたライラプスの背後に立ったのはセブンスコード卿の『雪原の歌姫』。銀の魔導人形は右腕に銀を纏って肥大化させて、それをライラプスに向けて大きく振り上げる。
「動け……動けッ! 避けられない……うわ、うわぁぁーーーーッ!!」
「振り下ろせ、歌姫よ! “白銀加撃弾”!!」
「――――キャンッ!?」
ライラプスの懸命の抵抗も虚しく歌姫の拳は振り下ろされて、頭部を殴打された犬の戦士は情けない鳴き声を上げながら顔を地面にめり込ませて失神した。
お尻を突き上げた無様な姿で動かなくなったライラプス。その姿を見ながらセブンスコード卿はズレた眼鏡を整えながら、胸に突き刺さった槍を引き抜いて銀で傷口を塞ぐ処置を施していく。
「僕のツヴァイ卿への愛が……勝った……!」
などと気色の悪い事を言っているが、セブンスコード卿がライラプスを下したのは紛れもない事実だ。
こうして、エスカフローネ=テウメッサとガル=ライラプスは倒され、残す獣国の『強者』は“狼王”を残すのみとなった。




