第210話:【闇の帳】ノナ=メインクーン 〜Dance in the Dark〜
「獲物を喰らえ、地を這う闇よ――――“闇獣”!!」
「いい加減、私に楯突くのは諦めたら? はい反射♡」
――――上空での決戦が終わり、ツヴァイ姉さんたちが祭壇に居る“憤怒の魔王”の元へと向かう最中、地上でも激戦が終局に向けて動きつつあった。
獣国の賢人・エスカフローネ=テウメッサと死闘を演じるのは第九師団の長・ノナ=メインクーン。
メインクーン卿は細剣を地面を抉るように振り抜いて闇の魔力で成型した獣の頭部のような弾丸を発射、それをテウメッサは羽衣で受け止めてメインクーン卿に向けて反射をしていた。
「あらゆる攻撃を反射する絶対回避の反撃スキル【当たらずの羽衣】……相変わらずウザったらしい!!」
「くすくす……この羽衣がある限り私に貴女の拙い刃が届くことは無い……! さぁ、どこまで魔力と体力は持つかしら? 動けなくなった瞬間が貴女の最期と知りなさい……うっふっふっふ……!!」
エスカフローネ=テウメッサの固有スキル【当たらずの羽衣】――――テウメッサを取り巻くように召喚された羽衣が彼女を狙った攻撃を自動的に跳ね返す防御・回避系のスキルでも最高峰の性能を誇るもの。
このスキルがある限りテウメッサを傷付ける事は何人も叶わず、その無敵性から彼女は獣国ベスティアでも有数の“無傷の妖狐”と畏れられているらしい。
獣国ベスティアで盗賊をしていた当時のメインクーン卿もテウメッサのスキルに翻弄されて敗北、身ぐるみを剥がされてグランティアーゼ王国に逃げ延びるしか無かったと言う。
「まだだ! あなたの魔力だって有限では無い、どちらの魔力が先に尽きるか根比べといきましょうか! 獲物はあそこだ、狩って来い――――“闇猫”!!」
「アッハハハハ! うす汚い野盗風情が、私よりも魔力が持続するとでも思っているの? やっぱり学の無い盗人は馬鹿で苛々しますわ!!」
円を描くように走りながら、何度も地面を斬り裂いては“闇”で形成した獣をテウメッサに向けて撃ち出すメインクーン卿。
その俊敏な動きに苛立ちを見せたテウメッサは、メインクーン卿の攻撃を羽衣で反射しつつ杖から魔力の弾丸を撃ち出して攻撃を加え続けていく。
「ハァ……ハァ……良いんですか、そんなに無駄玉をバンバン撃って? 所詮、あなたは魔法に特化しただけの獣人……真の賢人であるエルフの足元にも及ばない魔力しか無いでしょうに?」
「はぁ……それで? エルフには及ばなくても、貴女には勝っています、なんの問題もありません……!」
「フッ……考えが甘い……! 今の私は光を喰らう“闇”……胡座をかいていると足下からガブリと喰らいますよ?」
「貴女なぞ恐れるに足らず! 私の前にもう一度、ひれ伏させてあげましょう!!」
素早い身のこなしで反射された攻撃やテウメッサ自身の攻撃を躱しつつ、言葉巧みに挑発を重ねていくメインクーン卿。メインクーン卿の言葉に『格上』と言う“面子”を刺激されて攻撃を激化させていくテウメッサ。
二人の戦闘は激化し、周囲には跳ね返されたメインクーン卿の攻撃やテウメッサの攻撃で爆発が起こり、周囲には視界を遮る粉塵が広がっていく。
「くっ……視界が……!?」
「隙あり――――“闇獣”!!」
「フン……この羽衣による反射は全自動! 視界を遮った所で意味は無いわ!!」
土埃に視界を奪われてメインクーン卿を見失ったテウメッサに四方八方から撃ち込まれていく闇の弾丸。
だが、テウメッサの固有スキルは『攻撃を自動的に反射する』性質を持っている。たとえ視認出来なくてもメインクーン卿の攻撃は反射されてしまう。
故に、土埃の中に撃ち込まれたメインクーンはテウメッサによって無慈悲に反射されて次々と周囲に散らばっていっていた。
「無駄なのよ……無駄、無駄、無駄ァ!! 貴女の“爪”は一生掛かっても私には届かない! いい加減に鬱陶しいのよ、野良猫がァァ!!」
「高魔力反応……!? テウメッサ、仕掛ける気ね……!!」
「屍山血河……死屍累々……我が命に従い、獲物を喰い尽くせ――――“飯綱落とし”!!」
「これは……前に私が叩きのめされた大技……!!」
そして、激昂したテウメッサが天高く掲げた杖からさらなる攻撃が撃ち出される。
粉塵よりも高く舞い上がったのは白い光球。そこから無数の狐を模した弾丸が発射されて、広範囲の地面を爆撃し始めたのだ。
ダモクレス騎士団の騎士たちも、獣国の戦士たちも問答無用で巻き込んでいく無差別爆撃。一発被弾した獣国の戦士があっという間に意識を失ってしまう威力を誇る弾丸が雨あられと降り注ぐ。
「さぁ、避けれるもんなら避けてみなさい、野良猫!!」
「前よりも数と威力が増している……!? キャア!?」
始めの内は持ち前の機動力で交わし続けていたメインクーン卿だったがテウメッサの攻撃で崩壊した地面に次第に足を取られて動きを鈍らせていく。
そして近くに着弾した攻撃の爆風に巻き込まれて吹き飛ばされ、メインクーン卿もとうとう地面に倒れ込んでしまった。
「ぐっ……あと少しなのに……!」
「ハァ……ハァ……手こずらせてくれましたね、野良猫……!! ですが……私の勝ちです!」
メインクーン卿が倒れたのを認識したのか、爆撃攻撃を中断したテウメッサ。
激しい攻撃は止み、やがて視界を遮っていた土埃は風に運ばれて消え去って、地面に倒れたメインクーン卿の前にテウメッサが姿を現す。
「いい様ね、野良猫……! 今度は身ぐるみを剥ぐだけじゃ済まさないわ……もう私の顔を視たくなくなるぐらいに辱めてあげる……!!」
「くそ……走れ、“闇爪”!!」
「最後の最後まで猪口才ね……反射ァ!!」
「うっ……キャアァァアアア!?」
盤面はテウメッサの有利――――それでもメインクーン卿は諦める事なく、右手の爪を地面を抉るように振って闇の斬撃を撃ち出す。
だが、テウメッサによって斬撃は反射されて、逆にメインクーン卿は肩を自分の攻撃で斬り裂かれてしまった。
そのまま地面に仰向けに倒れこんでしまったメインクーン卿。もう誰が見ても勝敗は明らかで、勝利を確信したテウメッサは笑みを抑える事も出来ずに高笑いを始め出した。
「ぐっ……くそ……! けど、やっと……出来た……! 九重魔法陣、開放!!」
「なにっ……!? 私の周囲に巨大な魔法陣が……九つも……!?」
「全てを闇に還せ……“闇柩”……!!」
「まさか……さっきまでの攻撃は……全て魔法陣を描くための……!?」
その慢心こそが、テウメッサ自身の敗北に繋がるとも気付かずに。
力尽きたメインクーン卿だったが、彼女は死力を振り絞って先程の攻撃で地面に描かれた魔力痕に額から流れた血をたらして魔法を発動させた。
テウメッサを取り囲むように輝く魔法陣、その数は九つ。そう……メインクーン卿はテウメッサに攻撃しつつ地面に魔法陣を少しずつ刻んでいき、勝敗を決する一撃の仕込みをずっと行っていたのだ。
そして、魔法陣から噴き上がるように出現した黒い壁がテウメッサを覆い始める、まるで『棺』のように。
「これは……一体……? 私を襲って来ない……!?」
「これは……魔法陣内の全てを空間ごと『闇』に葬る大魔法……!! グランティアーゼ王国に流れ着いた私が、サンクチュアリ卿の書斎からくすねた禁書から覚えた決戦術式よ……!!」
「くっ……“飯綱落とし”!! あっ……そんな……私の魔法が……黒い壁に阻まれて……消えた?」
「もう無駄ですよ……! あなたは逃れられない、そのまま『闇』に落ちなさい……!!」
「ひっ……は、反射!! 反射!! な……なんで反射出来ないの!? これは立派な攻撃の筈なのにぃぃ……!?」
「この“闇柩”はあなたを直接狙った攻撃ではありません……! あくまでも空間を隔絶するための壁にですからね……!!」
徐々に黒さを増していく壁に恐怖心を抱いたテウメッサは脱出を図るが、既に完成したメインクーン卿の決戦術式【闇柩】は彼女の抵抗を尽く喰い尽くしていた。
そして、テウメッサの固有スキルによる反射もただ反り立っているだけの壁には効力を発揮できず、憐れ狐の賢人は完全に脱出の手段を奪われてしまったのだった。
「攻撃さえ当たらなければ、無傷だったら勝てる……そう勘違いしていたあなたの負けですよ、エスカフローネ=テウメッサ……!! 攻撃を当てなくとも、あなたには勝てるんです……」
「いや……暗い……怖い……! 出して……此処から出して……私を此処から出して!!」
「永遠の闇の中で反省しなさい……埋葬ッ!!」
「いや……いや……こんな最期、いやァァーーーーッ!!」
そして、テウメッサの命乞いも虚しくメインクーン卿が握った拳と共に棺は閉じられて、獣国ベスティアの賢人は闇の中へと消えていった。
残されたのは黒くそびえる棺。
何人も触れること叶わぬ漆黒の棺桶が、テウメッサの無様な結末を物語っていたのだった。
「安心しなさい……事が済めば解放してあげますよ……」
こうして、メインクーン卿とテウメッサの因縁に決着は付き、また一人『強者』は舞台から退場したのだった。




