第209話:天空の守護者
「シュラララ……女が三匹集まったところで、このオレ様に敵うと思っているのか?」
「思っていないわ……私たちは、愛するラムダの為に『勝つ』と決めているだけよ!」
「ほぅ……“愛”ゆえに戦うか……! 素晴らしいな、羨ましすぎて蹂躙したくなってきたぞ、シュラララララ!!」
「リリエット=ルージュ、ヘキサグラム卿、援護を! 私があの傲慢不遜な竜を討ちます!」
「オッケー、ツヴァイ卿! でも……トドメはあたしが刺すから!!」
「半年前の決戦の地で因縁の宿敵と共闘、なんの因果かしら? ふふっ……御主人様に付いて来て良かったわッ!!」
――――祭壇の地【アウターレ】上空、獣たちでは到達出来ぬ場所での死闘は苛烈さを増していた。
魔王軍最高幹部であるネビュラ=リンドヴルムを囲むのはリリエット=ルージュ、ツヴァイ=エンシェント、そして増援として現れたルチア=ヘキサグラムの三名。
「ねぇ、尻軽淫魔さん? 右腕は使いものになるかしら? 足手まといになるなら地上に降りてても良いのよー?」
「お気遣いどうも、右腕が折れたぐらいで役立たずになるような安い女じゃ無いから大丈夫よ……尻軽魔女さん?」
「ふぅん、平気そうね。後で殺すわ!」
「それはどうも……あんたは今すぐ死になさい!」
「二人とも喧嘩は後! 今はリンドヴルムの討伐を優先しなさい!!」
「チッ、あたしの足を引っ張ったらラムダ卿に密告って解雇させるわよ!」
「それは私の台詞よ! 病み上がりで調子が出ないとか言ったら“魅了”でそこら辺のチンピラの女に格下げするからね!」
連携と言う割りにはリリィとルチアのチームワークが多少険悪そうだが、様子を見ていたツヴァイ姉さんに一喝されて二人は本来の目的であるリンドヴルムとの戦闘に素早く意識を切り替えていった。
リンドヴルムを三方から囲むツヴァイ姉さんたち、いずれも【王の剣】や【大罪】に数えられた歴戦の猛者だ。魔王軍でも五本の指に入るであろうリンドヴルムにも決して引けを取らないだろう。
だが、それでもリンドヴルムの顔から不気味な笑みが消える事は無く。むしろ嬉々とした表情で舌先をチロチロとさせながら『誰から殺すか』物色するように視線を動かしていた。
「あなたが御主人様相手にやった“三対一”よ? 『狩る側』から『狩られる側』に回った気分はどうかしら?」
「シュラララララ!! 数で優位に立てば、このオレ様に勝てると思っているなど片腹痛いわ!」
「あなたは高い実力がありながら卑怯上等な戦法を好むと聞いているわ! 下手な小細工はもう通じないと思うことね!!」
「ハッ……“正々堂々”に拘る愚か者共が! これは戦争だ、勝った者こそが『正義』だ、どんな手段を使ってでも最後まで立っていた奴が正しいんだよ!!」
「ネビュラ=リンドヴルム……あなたの主張は正しい。これは戦争……『勝てば官軍、負ければ賊軍』と言いますものね……! 故に、我々も卑怯上等であなたを討つ……全騎、突撃ーーーーッ!!」
「シュララララ!! 心が躍る、血肉が湧き踊る、我が魂は歓喜する!! 戦争だ、これが戦争だ、シューラララララ!!」
そして、リンドヴルムの歓喜の声と共に暗雲は立ち込めて、嵐は巻き起こり、上空から無数の竜巻が降り注いで戦場を地獄へと塗り替えていく。
その中でツヴァイ姉さんたちも竜巻を縫うように突撃を開始、リンドヴルムとの第二回戦へと突入するのだった。
「固有スキル【抜刀術:一閃】! 抜刀……一閃!!」
「神速の抜刀術か……! “竜の鱗鎧”……硬化!!」
最初に仕掛けたのはツヴァイ姉さんだ。
ツヴァイ姉さんは腰に据えた剣を抜刀すると同時に相棒である飛竜の背から消え、瞬きの間にリンドヴルムの後方へと移動して斬撃を見舞った。
だが、リンドヴルムも姉さんの固有スキルを事前に知っていたのか、姉さんが消える寸前に全身の皮膚を硬化させて防御力を高めて首筋を狙った斬撃を防いでみせた。
「くっ、私の斬撃を……!! まだ斬れ味が足りていない……!?」
「シュラララ……流石だな、首の薄皮が少し斬られたぞ! だが……迂闊にも隙を晒したな!!」
次はリンドヴルムの返しの一手だ。
ツヴァイ姉さんの抜刀術には『抜刀終了時に僅かに硬直する』と言う弱点がある。無論、その弱点を承知の上で姉さんは一撃必殺の抜刀を行うか、飛竜に回収してもらっての高速離脱を心掛けてはいるのだが、今回ばかりはリンドヴルムの動きが速かった。
姉さんの斬撃を皮膚で受け止めたリンドヴルムは即座に右手に魔力を集束させて、自分の背後に出現した姉さんに向けて反撃を構える。
「シュラララ……先ずは一人目だ! 唸れ……“|竜の《ディア――――」
「今だワサビくん! リンドヴルムに顔面に蹴りを見舞え!!」
「――――ッ、なんだと、グオッ!?」
だが、『ツヴァイ=エンシェントを始末する』事を優先したリンドヴルムは手痛い第二撃を喰らう羽目になってしまった。
本来は抜刀した姉さんを素早く回収するために動く飛竜がそのままリンドヴルムを背後から強襲。反応を僅かに遅らせたリンドヴルムは飛竜の強靭な脚に顔面を蹴りつけられるのだった。
「グオォォォ……!? 下位の竜種であるワイバーン風情がァァ……!?」
「ふふふっ、いい気味ね! あたしのラムダ卿の顔に傷を付けた報いよ……“緋ノ焔光”!!」
「図に乗るな、メスガキィィ!! “竜巻”!!」
右側頭部を傷付けられて痛みに悶えるリンドヴルム。その隙を突いて両手から熱線攻撃を発射したルチアだったが、リンドヴルムはすかさず反撃の“竜巻”を左手から発射して応戦する。
上空で繰り広げられる竜巻と熱線の応襲。激しい発光と暴風を発生させながらぶつかり合うルチアとリンドヴルムの攻撃。
威力は拮抗、だが前回の事件での消耗が回復しきっていないのか、ルチアの熱線は徐々にリンドヴルムの竜巻に圧され始めていた。
「くぅぅ……あたしが負けるもんか! あたしはラムダ卿に似合う『強者』よ、たかが竜があたし相手に粋がるなァァ!!」
「シュララ……シュララララ!! 風よ、奴の首を斬り落とせ……“鎌風”!!」
そんな中でもリンドヴルムはルチアを押し切ろうとはせずに不意打ちを試みていた。
残った右手の指を細かく動かしてルチアの背後に魔法陣を展開したリンドヴルムはニヤリと口元を歪ませる。数秒後にルチアが死ぬ姿を想像しているのだろう。
「させるか、リンドヴルム!! 魔天砲……“菊一文字”!!」
「くっ……リリエット=ルージュか!?」
しかし、リンドヴルムの想像が現実になることは無かった。
ルチアとは反対側にいたリリィからの攻撃――――角・翼・尻尾に集束させた魔力を身体の前方に精製した魔法陣で束ねて放った極太の光線。
リンドヴルムは間一髪で右腕をリリィの攻撃に向けて差し出して眩いピンク色の光を受け止めるが、そこでようやく自分が陥った状況に気付かされるのだった。
「う、動けない……!? このままでは……オレ様は……!?」
「そう……もう次の一手は打たせない! 次の抜刀で終わらせてやる!!」
「ツヴァイ、私たちでリンドヴルムを抑える! さっさとトドメを刺しなさい!」
「ありがとう……感謝します……リリィ!!」
ルチアとリリィによる挟撃を防いだものの、リンドヴルムは二つの光線に挟まれて身動きが取れなくなってしまっていた。
自身の魔力を二分割された以上、撃ち返すのは困難。防御を固めて負傷の軽減を試みても、不利になるほどの傷を負う可能性が高い。下手に回避したもリリィとルチアの攻撃がぶつかった衝撃に襲われる。
いずれにせよ、リンドヴルムがここから無傷で巻き返す事は難しい。そして、どうにかこの場面を覆そうと思案した時間のせいで、リンドヴルムの『敗北』は確定してしまった。
リンドヴルムが気付いて見上げた時には、ツヴァイ姉さんは遥か上空から飛竜に乗って急降下を始めていたからだ。
「このオレ様を……舐めるなァ!! 轟け、竜の炉心――――【邪竜顕現】!!」
「ゲッ……あいつ口からビームを撃つ気なの!?」
「ツヴァイ、リンドヴルムの攻撃が来るわ! 躱しなさい!!」
「覇山竜撃……死海竜墜……天廻竜滅……祖は悪しき竜を討つ、英雄の一閃なり……!!」
だがリンドヴルムも臆する事なくツヴァイ姉さんへの迎撃に移り、大きく口を開けて魔力を集束させていく。
その光景にリリィは姉さんに回避を促すが、ツヴァイ姉さんは怯むことなく突撃を続行。飛竜から身体を投げ出して宙に舞うと瞳を閉じて静かに抜刀の体勢へと移行した。
剣を納めた鞘の中から溢れる白銀の光、セブンスコード卿が贈った新たな剣が生み出したツヴァイ姉さんの新たな必殺技。
「死ね……“蹂躙逆鱗砲”!!」
「抜刀――――“竜殺しの剣”……!!」
そして、抜刀と共に一筋の白銀の閃光は輝き、リンドヴルムが口から撃ち出した砲撃を真っ二つに斬り裂いて勝敗は付いた。
「馬鹿な……このオレ様……が……!?」
「仲間を謀り、己の快楽の為に他者を蹂躙し続けた報いです……!!」
ツヴァイ姉さんの繰り出した一閃はリンドヴルムの胴体を寸断し、蹂躙の竜は右腕と下半身を失った。
そして、力尽きて魔力の放出を途切れさせてしまったリンドヴルムはそのままルチアとリリィの攻撃の衝突で起きた大爆発に巻き込まれるだった。
「シュララ……シュララララ……!! もっと……オレ様に戦争を愉しませろ……シュララ……ゴフッ……ア゛ッ……シュララララララ!!」
「リンドヴルム……あんた本当に最低のクズね……!! 死んでガンドルフに謝ってきなさい!!」
ツヴァイ姉さんの斬撃で胴体を斬り落とされ、リリィとルチアの攻撃で全身を黒焦げにされても尚、リンドヴルムは高らかに笑う。
だが、もうリンドヴルムは終わりだ。
ボロボロになった竜人にはもはや空を飛ぶことすら叶わず、力尽きて落下したリンドヴルムはそのままダモクレス騎士団と獣国軍が激しくぶつかり合う戦場へと消え去っていった。
「魔王軍最高幹部【大罪】……【蹂躙】のネビュラ=リンドヴルム……討伐完了!」
そして、ツヴァイ姉さんの静かな宣言と共に、上空の戦いは一旦の終幕を迎えるのであった。




