第208話:VS.【蹂躙】ネビュラ=リンドヴルム 〜Trample Tempest〜
「シュラララ! 畜生どもが地べたで争っている様を悠々と眺めるのも乙なものだが……グラトニス様にガンドルフ謀殺の嫌疑を掛けられている以上、“サボタージュ”は出来んよなぁ!」
「――――ッ! ノア、リンドヴルムがそっちに向かった!」
《ネビュラ=リンドヴルムの加速、確認しました! こちらで対処します、ラムダさんは“狼王”との戦闘に備えてください!》
――――死地【アウターレ】で始まった獣国軍とダモクレス騎士団の決戦。選りすぐりの『強者』が鎬を削り、“憤怒の魔王”を奪取せんとする戦場。
両陣営の一騎当千を誇る歴戦の『強者』たちは因縁に手繰り寄せられて激突を始め、残る名もなき猛者たちも各々の信念を懸けて死闘を演じる。既に獣国軍は軍勢の一割を失っていたが、第七、第九師団からも幾名かの死傷者が出始めていた。
そんな激戦の中、上空で悠々と高みの見物を決め込んでいた人物が一人、魔王軍の幹部・リンドヴルムだ。そして、戦場を俯瞰して獲物を物色しながら狡猾な『蛇』のような男は舌をチロチロとさせると、ダモクレス騎士団の陣形の中央に陣取っていたノア目掛けて突撃を開始した。
「シュラララ! 【王の剣】どもは“狼王”たちの相手で動けない、“勇者”ミリアリア=リリーレッドどもも左右に展開中! ならば、今が『ノア』を奪う絶好の機会と言う訳だ……シューラララララ!!」
「ネビュラ=リンドヴルム接近、荷電粒子砲【ソドム】【ゴモラ】準備……完了!」
「狙いは私ね……まぁ、予想通りですが……! こちらノア、聴こえますか? いよいよ貴女の出番ですよ……“朱の魔女”さん……!」
《はいはい、ツヴァイ卿の“相棒”と共にもうすぐ戦場に着くっての! さて……あたしのラムダ卿に傷を負わせたクソ堕竜の翼をもいでやるとするか!!》
蹂躙の竜の動きに即座に反応したジブリールから放たれる荷電粒子砲の光、地上からの攻撃で撃ち落とされて死滅する飛竜、さらなる加速で天使の躱していくリンドヴルム。祭壇の上空も命が無慈悲に散っていく戦場と化していた。
だが、竜たちは死すら恐れず、大きな鳴き声を上げて地上の生物を威嚇しながら地上へと苛烈な攻撃を加え続けていく。
翼をはためかせて風の刃を飛ばす個体、口から火球を吐く個体、地上すれすれを飛行しながら強靭な脚の爪で攻撃を加える個体。その攻撃はダモクレス騎士団も獣国軍も無差別に巻き込んで闇雲に死傷者を増やし、混沌を加速せていく。
「シュラララ! この蹂躙こそが『戦争』のあるべき姿だ! 圧倒的な『強者』が『弱者』を見せしめのように嬲る……実に愉快痛快な喜劇ではないかッ!!」
「リンドヴルム……あんたは本当に最低な野郎ね!」
「リリエット=ルージュ……! 人間を殺戮して自身の快楽を満たしていた貴様には言われたく無いなぁ……!」
「そうね、私も『同じ穴の狢』よ! だけど、仲間も部下も平然と捨て駒にするあんたよりはマシだと自負しているわ!!」
「オレ様に“倫理”でも問うているのか? 笑止……オレ様の信条はな、オレ様が愉しければそれで良いんだよ!! シューラララララ!!」
「あっそ……つくづくクズね! あんたを片腕にしていたディアス兄の怠惰っぷりには呆れるわ!!」
そして、上空で始まる新たな『強者』たちの一戦、リリィとリンドヴルムによる【大罪】同士の死闘が間もなく開幕しようとしていた。
欠損した翼と角を能力開放で取り戻したリリィは飛竜の大群に臆する事なく空へと舞い上がり、ノアへと進路を向けていたリンドヴルムの前に立ちはだかる。
仲間殺しを責められても悪びれる事なく嗤うリンドヴルム、その態度に対して静かに怒りを燃やすリリィ。かつての仲間だった二人は積年の不満を火山のように噴き出して相手への敵意を高めていく。
「あんたが盾にして死なせたガンドルフの仇、討たせてもらうわ!! 血死砲――――“逆椋鳥”!!」
「シュラララ……!! 良いだろう、“主菜”の前の“前菜”として貴様を蹂躙してやろう……シュララララ!!」
開戦の合図はリリィの尻尾から放たれた赤い魔力の光線から。
“吸血淫魔”による血の一閃が夕焼けに染まった空を切り裂き、射線上にいた飛竜たちを薙ぎ倒しながら進んでいく。
「フン……純粋な“吸血鬼”である『“吸血王”アケディアス=ルージュ』や『“吸血姫”レディ・キルマリア』ならまだしも……うす汚い“淫魔”との混血である貴様の攻撃なぞ、オレ様には届かんわァ!!」
「くッ……私の攻撃を素手で受け止めたの!?」
「シュラララ……オレ様を狡猾な『蛇』などと侮るなよ? オレ様は強い上で狡猾なんだよッ!!」
「だから最低なのよ……!!」
しかし、リリィの攻撃はリンドヴルムにかすり傷を負わせる事は無く、血を零したような赤い一閃はリンドヴルムが翳した右手に直撃した瞬間に霧散して消え去ってしまった。
それが二人の間に走る『実力』の差なのだろう。全盛期、かつて俺と死闘を演じたリリエット=ルージュの力をもリンドヴルムは片手で圧倒していた。
「シュラララ……どうだ、オレ様の情婦にでもなるか? 降参してひれ伏すなら命は助けてやるぞ?」
「それは何の冗談かしら、爬虫類? 私が忠誠を捧げた相手はグラトニス様だけ、私が貞操を捧げた相手はラムダ様だけよ!」
「シュラララ……なら、飛竜の“餌”になって死ぬが良い!! “竜の咆哮”!!」
「御主人様の仲間も、『夢』も、あんたには指一本触れさせはしないわ!!」
それでもリリィは諦めること無くリンドヴルムへと喰らいつく。
リンドヴルムの右手に集束されて竜の咆哮のような轟音を響かせて撃ち出された魔力の弾丸を水面を跳ねる跳魚のように華麗に躱し、四枚の翼からピンク色の魔力を放出してリリィはリンドヴルムに向けて加速する。
そして、数秒にも満たない時間の後に二人は腕と腕を組み合わせて、空気を震わすような衝撃波を発生させながら激突する。
「く、ぐぅぅ……!! ネビュラ=リンドヴルム……『今すぐに降伏しな――――」
「おおっと、“魅了”か? 小賢しい……なッ!!」
至近距離で相対した瞬間に放たれるリリィの“魅了”。
しかしリンドヴルムは“魅了”を察するやいなやリリィの腹部に強烈な蹴りを打ち込んで、彼女の意識を逸しながら距離を空ける。
「あぐッ……!?」
「そら、隙ありだ――――“竜刀打尾”!!」
「しまっ……キャアアア!?」
「先ずは右腕……骨が折れた気分はどうだ?」
そのままリンドヴルムは素早く身を翻して、尻尾を“鞭”のようにしならせてリリィの右腕を殴打。
拍子にリリィの右腕は“ベキッ”と鈍い音を響かせながらあり得ない方向へと折れ曲がり、上空にリリィの悲痛な叫び声が響き渡るのだった。
「腕が……つぅ……!」
「シュラララ! オレ様の尻尾による鞭打を受けても身体が真っ二つにならなかったのは褒めてやるが……これで増々不利になったなぁ……?」
「この……固有スキル【吸血搾精】……生き血を啜ってやる!!」
「おっと、そうはいくか! オレ様の盾になれ、我が下僕よ!!」
リリィの右腕からは赤い血が滴り、骨が折れた腕はだらりと動かない。
その絶望的な状況でも逆転を諦めないリリィは不意打ちのように尻尾を伸ばしてリンドヴルムへの“吸血”を試みたが、リリィの行動を予測していたリンドヴルムは近くにいた飛竜の一匹を尻尾で掴んで迫りくる尻尾の前に差し出して、あの時のガンドルフと同じように再び仲間を盾にした。
尻尾をさされた飛竜は悶絶して鳴き声をあげるが、仲間を盾にした事で事なきを得たリンドヴルムは不敵に笑みを浮かべて再び右手に魔力を集束させていく。
「次は至近距離だ、流石に躱せまい? リリエット=ルージュ、愛しい男の前で肉片も残さずに死ね!」
「くっ……私は……まだ諦めない!! グラトニス様に戦争を止めさせる為にも、こんな所では死ねない!!」
「シュラララ……安心しろ、戦争は直に終わる……! 貴様たちグランティアーゼ王国の敗北と言う形でなァ!!」
「御主人様……私……」
稲妻を迸らせて荒ぶる禍々しい赤い竜の魔力、リリィの命に狙いを定めた一撃が竜の唸り声のように響く。
リンドヴルムの攻撃をまともに受ければリリィでもただでは済まない。今すぐにでも助けに行きたかったが、今の俺は“狼王”の相手でまともに動ける状況では無かった。
「――――ねぇ、クソ野郎? あんた、もう戦争に勝った気でいるの? 滑稽すぎて笑えるわ……!」
「――――ッ!?」
「死ね……“緋ノ焔光”!!」
「増援か……“竜の咆哮”!!」
そんな絶望的な状況の中で『彼女』はやって来た。
遠方から放たれたのは二本の緋色の焔の光。扇状に放たれた光は上空覆っていた飛竜の大群を瞬く間に蒸発させて始末すると、そのままリンドヴルムを背中から討たんと一本の閃光へと集束して輝きを増していく。
その攻撃に間一髪で反応したリンドヴルムは背後から迫る焔に向けて右手に溜めていた攻撃をすかさずに発射。その結果、地表をひび割る程の衝撃を巻き起こすような爆発が上空で発生した。
「貴様……第六師団の“朱の魔女”か……!」
「まさか……あんたは前回の『カル・テンポリス幻影事変』の後遺症で寝込んで居た筈じゃ!?」
「よぉく聞け、クソ堕竜! あたしの名はルチア=ヘキサグラム! ダモクレス騎士団第六師団【魔女の夜会】を率いる魔女にして“嫉妬の魔王”の孫娘……そして、ラムダ=エンシェント卿の……“セフレ”よ!!」
「シュラララ……貴様が噂になっていた“嫉妬の……えっ、セフレ? セフレってドヤ顔で言ったのか、今?」
そして爆風の向こうから現れたのは朱いブーツの底から魔力を放出して空に浮かぶ真っ赤なドレスの少女、ルチア=ヘキサグラム。
前回のエルフの里での戦いの後遺症で療養中だった彼女が獣国ベスティアに現れたのだ……俺の『セフレ』だとドヤ顔で豪語しながら。
「おい、ラムダ! あの偉そうな態度の女、お前の“セフレ”って名乗ってんぞ!? 抱いたのか!?」
「…………1回だけ!」
「抱いたんだ……そりゃ“セフレ”だわ……」
王都を発つ前、衰弱したルチアにおねだりされてつい出来心で身体の関係を持ってしまったのだが……今はそんな事は大事じゃない。
なぜ、ルチアが無理を推してまで獣国に現れたのかだ。
「…………で、“アーティファクトの騎士”の愛人が何の用だ?」
「もちろん、ラムダ卿に会いに……と、言いたい所だけど、あたしはノアに頼まれてあるものを運びに来ただけ……!」
「あるものだと……? なんだそれは?」
「教えてあげよっか? 竜を殺す“閃刀騎”の相棒よ!!」
「よく来てくれた、ワサビくん……! お陰で……ようやく私も全力を出せそうだ!!」
「なるほど……そういう奸計だったのか……!」
その理由はすぐに判明した。
リリィ、ルチア、リンドヴルム、その三名の他に空に浮かぶ者が一人。山葵色の飛竜の背部に立ち、腰にぶら下げた新たな愛刀に手を添えながら凛々しく髪を靡かせる騎士。
彼女の名はツヴァイ=エンシェント、ダモクレス騎士団第二師団【竜の牙】を率いる竜騎士にして、敬愛する我が姉。
「シュラララ……生意気にも竜が統べる天空へと舞い上がる畜生共が……!!」
「我が名はツヴァイ=エンシェント! グランティアーゼ王国の“空”を護る騎士なり!」
「此処は獣国ベスティアだぞ?」
「うるさい、黙れーーーーッ!!」
「キレた!?」
獣国に囚えられ、散々に痛めつけられた姉さんの反撃が遂に始まったのだ。




