第207話:強者たちの世界
「獣国軍よ、進め! グランティアーゼを決してイラ様に近付けるな!!」
「ダモクレス騎士団、進撃せよ! コレットを奪還し、マスターテリオンの復活をなんとしてでも阻止するんだ!!」
――――獣国ベスティア、不毛の地の祭壇【アウターレ】。太陽は大地へと沈み、空が黄昏の黄金に染まる刻限。獣たちの遠吠えと共に獣国・魔王連合軍とダモクレス騎士団の決戦は幕を落とした。
巨大な岩石を設置して獣国軍は俺たちの動きをコントロール、ダモクレス騎士団を囲むように陣を広げて包囲網を展開。対するダモクレス騎士団は後手に回ってしまったが、ノアによる指揮の元、俺たちも打開の為の一手を打っていく。
「尾翼、アンジュ小隊、常に弾幕で『壁』を形成して敵の足止めを!」
「承知した! ありったけの“火力”を叩き込んでやる!!」
「右翼、レティシア小隊、第七師団と協力して交戦しつつ敵陣を祭壇へと誘導! シャルロット親衛隊はベスティア国民の避難を促して!」
「承知ですわ! さぁ、グランティアーゼ王国の第二王女、復活のレティシアがまかり通りますわーーッ!!」
「左翼、ミリアリア小隊、キャレットを先頭に第九師団と共に突貫して敵陣系の瓦解を! 本陣形の“要”と心得なさい!」
「了解! 聖剣開放……“彼岸の勇者”ミリアリア=リリーレッド、推して参る!!」
「主翼、“王の剣”、ラムダ=エンシェントを軸に突撃、私の差配通りに敵幹部と接敵を!!」
「承知ッ! ラムダ=エンシェント……突撃開始ッ!!」
敵勢力一万超に対してダモクレス騎士団の現勢力はたったの百五十名――――数で見れば圧倒的に不利、戦場は開けた平原、さらにこちらは敵に包囲された状態だ。
前後左右をミリアリアたちに守らせているとは言え敵兵も獣国が誇る精鋭たち、短期決戦を目指さなければ数の暴力に圧されてしまう。
「かのスパルタ王、レオニダス一世が『テルモピュライの戦い』での圧倒的な戦力差を“知恵”と“勇気”で見事覆したように……私もこの戦局をひっくり返して見せましょう!」
「シュラララ……飛竜どもよ、空からダモクレス騎士団を蹂躙しろ!」
「玉体、マスターテリオン起動開始……!! 自動魔素蒐集機構『ホロウ・ビースト』……展開!」
それでもノアは不敵に笑う、恐れなど無いと誇らしげに声を張り上げて。
頭上を覆う飛竜の大群にも、地上を埋め尽くした獣人の戦士たちにも、祭壇の黒い箱から溢れ出した『亡獣』にも臆すること無く、彼女は勝利を掴み取る為の一手を躊躇わずに打っていく。
「あの銀髪の女……あいつが例の“アーティファクトの少女”か! ライラプス、テウメッサ、あの女から始末しろ!」
「「――――承知!」」
「エスカフローネ=テウメッサ、ガル=ライラプス、跳躍による出陣を確認! セブンスコード卿、メインクーン卿、敵幹部到着座標“c3”と“f3”!」
「「――――承知!!」」
そして盤面は第一の局面を迎える。
“狼王”の指示の元、ノアを狙って動き出したのはテウメッサとライラプス。二人は祭壇から大きく跳躍、俺たちの前方で隊列を組んでいる獣戦士たちの最前列に姿を現した。
だが、二人がノアに近付く事は叶わなかった。
テウメッサが降り立った地点にはメインクーン卿が、ライラプスの降り立った地点にはセブンスコード卿が既に待ち構えていたのだから。
「我らの動きを精確に見抜いたのか……!?」
「その通りだ、ライラプス殿……! さぁ、貴方の相手はこの僕、ウィンター=セブンスコードだ!」
「…………“憤怒の魔王”を連れて来て頂いた礼としてツヴァイ=エンシェント卿と共に祖国にお帰りいただきたかったが……こうなれば致し方無し! お覚悟を……ガルルルル………!!」
「いくよ……『雪原の歌姫』……! 僕とツェーネル卿の“推し”であるツヴァイ卿に傷を負わせたその罪……たっぷりとお返ししてやる!!」
好意を寄せるツヴァイ姉さんに対しての仕打ちに怒りを露わにするセブンスコード卿は“銀”で精錬した人形『雪原の歌姫』を召喚。
対するライラプスは獰猛な唸り声を上げつつ槍を構えて戦闘体勢を取り突撃、猛犬の槍を“歌姫”が腕を薙いで受け止めて二人の戦闘は開始する。
「あらあら……私の相手は貴女なの、“負け犬”のメインクーンちゃ〜ぁん?」
「エスカフローネ=テウメッサ……次はあなたが“負け犬”になる番ですよ――――覚悟ッ!」
「くすくす……固有スキル【当たらずの羽衣】……!! さて……今度は私に攻撃を当てれると良いわねぇ?」
「心配御無用……あなたのご期待に是非とも沿うてみせましょう! シャーーーーッ!!」
そして、テウメッサとメインクーン卿、過去の因縁のある二人も互いに敵対心を見せて対立の姿勢を見せていた。
テウメッサは固有スキルを発動し、自身の背後に薄紫色の帯のような“羽衣”を三枚召喚してメインクーン卿を威圧。対するメインクーン卿は腰に携えた細剣を手にして、髪の毛や尻尾の毛が逆立つような激しい威嚇音を発してテウメッサを刺激していく。
「ラムダ卿、ライラプスたちは僕たちが抑える! 君はコレット嬢を迎えに行くんだ!」
「ありがとうございます、セブンスコード卿!」
「固有スキル【貪食縛鎖】!! 貴様の相手はこの俺だ、“アーティファクトの騎士”……!!」
「これは……鎖……! “狼王”の固有スキルか……!!」
テウメッサとライラプスは二人の【王の剣】に抑えられ、セブンスコード卿に促された俺は飛翔しつつ一気にコレットの元へと距離を詰めようとした。
だが、上空へと舞い上がった俺の右脚に一本の鎖が絡み付いてきた。先端に“狼”の頭部を模した装飾の施された金色の鎖、“狼王”ルル=フェンリルの固有スキル【貪食縛鎖】による攻撃だ。
“狼王”の左手首から撃ち出された鎖は獰猛な狼のように俺の脚に喰らいつき、こちらの動きを完全に止めていた。
「邪魔をするな……フェンリル! コレットは俺のメイドだ……返してもらうぞ!!」
「そうはいかんな! あれは“憤怒の魔王”イラ……この獣国ベスティアを世界一の強国へと導くと言う俺の『夢』を叶える為の道具だ!」
「コレットはお前の“道具”じゃ無い……この世にただ一人の俺のメイドだ!!」
「呆れる程の“傲慢”だな、ラムダ=エンシェント! 良いだろう……俺の“貪欲”と貴様の“傲慢”、どちらが強いか比べようでは無いか……ウォォーーーーーーン!!!」
ただ一人の少女、“憤怒の魔王”であり“エンシェント家のメイド”である『イラ/コレット』を巡った戦い。
一際大きな遠吠えを響かせて“狼王”フェンリルは鎖を引き始め、俺を地面へと引きずり降ろそうとする。それに対して俺は“巨人の腕”を装備してフェンリルとの接敵に備える。
「アタシも混ぜさせて貰うぜ、ラムダ!!」
「――――ルリ!?」
「お前はそっちに付くのか……妹よ?」
「あぁ、悪いがあんたには獣国の王を降りてもらうぜ……ルル兄!!」
そして、間もなくフェンリルと接敵すると言う瞬間に、俺たちに間に割って入ってきたのは狼の少女。
ルリはセブンスコード卿による拘束を物ともせずにフェンリルへと飛びかかり強烈な蹴りを炸裂させ、それに対して防御姿勢を“狼王”が取ったお陰で俺は鎖の拘束から解かれた。
「俺たち獣国の民は長く雌伏の時を過ごしてきた……! だが、“獣神”マスターテリオンさえ目覚めれば我らは世界最強の『強者』になれる……もうお前を飢えに苦しませずに済むんだ!」
「あの『黙示録の獣』はアタシたちを幸せにはしない! 何もかもブッ壊して、それで終わりにするだけだ!!」
「その為に俺が居る! 俺は……“憤怒の魔王”を統べ、『マスターテリオン』を支配し、世界を握り、獣国に住む全ての『弱者』が笑い合える世界を創る!! 邪魔をするな、ルリ!!」
「あの時の……夕飯を求めて一緒に森で狩りをした日のままなんだな……お兄ちゃん……!! 分かった……あんたの野望は……アタシが破壊する!!」
遂に対峙した“大狼”の兄妹――――獣国に住む『弱者』の為に立ち上がった兄と、その兄の果てなき野望を壊す為に立ち上がった妹。
決別した二人は大気をピリピリと震わせながら闘志を燃やしていく。
「眼鏡ェ! アタシの拘束を解け! 一緒に闘うぞ、ラムダ!!」
「分かった! セブンスコード卿、俺が保証します、ルリの拘束を解除してください!!」
「ラムダ卿……良いだろう、だがもしもの時は反省書を書いてもらうからな! ルリ=ヴァナルガンド……拘束解除!!」
「――――首輪が外れた! これで全力が出せるぜ!!」
「二人纏めて掛かって来い! 誰が真の『強者』か教えてやろう!」
「行くぜ……ルル=フェンリル! アタシの名はルリ……魔王軍最高幹部【大罪】が一角、【破壊】のルリ=ヴァナルガンドだ! 覚悟しな……アォォーーーーン!!!」
「王立ダモクレス騎士団【王の剣】、ラムダ=エンシェント……いざ尋常に勝負!!」
セブンスコード卿の退魔の銀で造られた首輪は外され、“破壊の獣”の咆哮は鳴り響く。
ライラプス、テウメッサ、そしてフェンリル……獣国ベスティアが誇る『最強の獣』たちとの一戦は獣の遠吠えと共に開幕するのだった。
 




