第206話:獣国ベスティアの戦い 〜The Beast Wars〜
「獣国ベスティアに住む全ての獣たちよ! “狼王”ルル=フェンリルの名において、これより『獣国の公現祭』の開始を宣言する!」
「間もなく憤怒の焔と共に“獣神”は蘇り、我ら獣国ベスティアが世界の覇者、常勝不敗の『絶対強者』になります! さぁ、共に素晴らしき祝祭を祝いましょう!!」
「シュラララ……あの祭壇に設置された巨大な黒い箱の中身こそがオレ様が求めたアーティファクト『マスターテリオン』……ナノマシンを用いた“機械生命体”と呼ばれる超兵器か……!!」
「獣戦士部隊、警戒を怠るな! ダモクレス騎士団は必ず此処にやって来る! 魔王軍の配下と連携し、“憤怒の魔王”イラ様を守り抜け!!」
――――獣国ベスティア国境沿いの地【アウターレ】、時刻は夕刻。
獣国首都【ヴィル・フォルテス】から丸二日ほど進軍をした俺たちは大きな妨害に遭うことも無く、不毛なる“死の大地”と化した平原の一角に築かれた神殿の近くへと到着し、近くにあった巨大な岩の後ろに隠れながら様子を窺っていた。
石造りの巨大な台座の上に組み立てられた祭壇、その近くには不気味に鎮座する巨大な黒い箱、そして祭壇の前には“狼王”フェンリルを筆頭とした獣国の為政者たちと民衆の姿があった。
「間違いありません……あの黒い箱がアーティファクト『マスターテリオン』です! 今は“休止中”みたいですね……!」
「なるほど……! で、こんな不毛な地になんであんなに国民が集まっているんだ?」
「そりゃ、この祝祭を以って獣国に“獣神”が現れるんだ! みんな楽しみにしてんのさ……アタシだって半年前は楽しむ側だったからな……」
「ルリ……」
即席で造ったような簡素な神殿だったが、其処には数十万にも及ぶ獣国の民が集まっており、商人や料理人たちが用意した屋台や見世物で人々は活気付いていた。
国を上げての祝祭、それが『獣国の公現祭』――――“獣神”と呼ばれたアーティファクトの降臨を祝う宴なのだろう。
「“獣神”マスターテリオンを復活させる“器”が現れる度に行われる祝祭……それが『獣国の公現祭』と言う訳か……! 通りで開催が不定期な訳だ……!」
「その通りですね、セブンスコード卿。どうやら“憤怒の魔王”の覚醒はそれほどまでに期待が高いと言うことなのでしょう……! 私が獣国で盗賊稼業に手を染めていた頃は『獣国の公現祭』は成功した例が無いと言われていましたからねぇ……」
ルリ曰く、“獣神”マスターテリオンを降臨させるには強大な魔力炉心を心臓とする『強者』が“獣神”の『核』と融合する必要があるらしい。
通例では【緋金】の“階級”を有する獣国の王がマスターテリオンの『核』となっていたが、15年前に“彼女”が生まれて事情が変わったらしい。
「怒りに燃える黄金の焔を操る“憤怒の魔王”……イラの誕生か……!」
「腕っぷしでのし上がった歴代の王やルル兄とは違う、生まれながらの獣国の王……それが『コレット』って女の正体だ! そんな怪物が生まれたんだ……みんな『獣国の公現祭』の成就を期待するだろ?」
「けど……半年前は時期が早すぎた……!」
「そー言うこと! マスターテリオンと融合しかけた“憤怒の魔王”の幼体は自身の力を制御出来ずに暴走、この辺り一帯は焼け野原になっちまったってのが『エピファネイア事変』の顛末さ!」
「警備に協力していたダモクレス騎士団に責任を擦り付けた当時の獣王のせいで国交は断絶……! 私たち第二師団の騎士たちは冷や飯を食う羽目になったわ!」
「そして『獣国の公現祭』に秘密裏に技術提供をしていたグラトニス様は私を通じて獣国との友好を結んだ……!」
半年前の『獣国の公現祭』は“憤怒の魔王”イラが『神授の儀』を終えてから間を置かずに強行したらしい。
そして心身が未成熟だったイラは自身の力を制御出来ずに平原を灰燼に帰す大惨事を引き起こしてしまい、その後遺症で記憶を失った“憤怒の魔王”は人知れずツヴァイ姉さんに拾われて『コレット』となった。
それが『エピファネイア事変』の真相だった。
「だけど半年間、『コレット=エピファネイア』として知識や修練を積んだ以上、今の“憤怒の魔王”イラはおそらくは心身共に完成されている筈……! アタシの“勘”が正しければ、今回の『獣国の公現祭』は間違いなく成功する……!」
「そうなれば“大量破壊兵器”が復活する訳か……!」
「グラトニス様とルシファーの密談を盗み聞きして愕然としたよ……子どもの頃、アタシが信じていた獣国の救世主がただの兵器だったなんてさ……」
「マスターテリオンは艦隊至上主義と化した当時の古代文明の戦争を根底から覆す『敵陣営の主要都市に単騎で襲撃を掛けて一切を殲滅する』と言う戦法の為に、当時の『ラストアーク博士』の指揮の元で造られました……!」
そして、件のアーティファクト『黙示録の獣』を作製したのはノアだったことも判明した。
ノア的には自身の正体が『ノア=ラストアーク』である事を俺たちがまだ把握していないと思い込んでいるからだろうが、彼女は『ラストアーク博士が造った』と言葉を濁しながらマスターテリオンの来歴を語ってくれた。
だから後ろめたいのだろう、ノアは祭壇の奥に安置されている黒い箱をキッと睨み付けていた。あの箱に納められた『獣』は自分の“罪”だと怒りを露わにして。
「で、作戦はどうすンだ? 銀髪の“女道化師”さんよぉ?」
「ルリ=ヴァナルガンド、次に私を『女道化師』扱いしたら貴女を“狼”から“猫”に遺伝子を改造しますよ?」
「やめてにゃ、私とキャラが被ってしまうにゃ!」
「メインクーン卿……気にするとこそこなんだ……」
「と・も・か・く! 現在の休止中の様子から察するに今のマスターテリオンは動力炉が欠損している状態だと見受けれます! だから“憤怒の魔王”イラ……コレットちゃんを動力にしようとしていると判断できます……!」
「つまり……コレットがあのアーティファクトと融合するのを阻止すればいい訳だな!」
「ご明察です、ラムダさん。ただし……相手側もそれは警戒しているものと考えてください」
「パッと見ただけでも護衛の獣戦士の数は軽く一万……それに“狼王”と側近のライラプスとテウメッサ……魔王軍もリンドヴルムと飛竜に獣人部隊合わせて三千……そして“憤怒の魔王”イラか……やれやれ、僕たちを随分と警戒しているみたいだね……」
マスターテリオンの設計に詳しいノアの分析によれば、あの兵器は動力炉を失っている状態らしい。そして、その欠落した動力の代わりに強大な魔力を持つ“憤怒の魔王”を充てがおうとしているらしい。
つまり、“憤怒の魔王”と化したコレットを取り戻せば“狼王”の目論見自体は阻止出来る。
問題は獣国と魔王軍が『ダモクレス騎士団によるコレットの奪還』を見越して軍を展開している事だ。祭壇を中心に彼方此方に戦士たちが配置されており、遠くの荒野にリンドヴルム配下の飛竜が待機しているのも見える。コレット奪還の為には戦闘は避けられそうに無い。
ダモクレス騎士団の全員にハンドサインで抜刀を指示、いつでも突撃できるように準備と心構えをさせていく。
「そろそろ頃合いだな……狼煙を上げろ、テウメッサ!」
「承知致しました、“狼王”……! さぁ、宴の始まりですよ!」
「聞け、獣国に住む全ての同胞よ! 祝祭の時は来たれり、此処に“獣神”は目覚めれり! “憤怒の魔王”イラよ、金色の輝く焔と共に世界を灼く獣と成れ!!」
「妾に命令するな、狼風情が……! まぁいい……“獣神”マスターテリオン、今度こそ妾は彼の獣と一つとなりて真の“獣国の王”となる……アハハ……アッハハハハハハ!!」
「これより『獣国の公現祭』は幕開ける! ライラプス――――巨石の裏に隠れている人間どもを歓迎してやれ!!」
「承知ッ……固有スキル【外れじの牙】発動! 月墜の猟犬よ、魔を穿て――――“月光牙”!!」
「――――ッ!! 全員、後方に飛び退け! “時限停止干渉波”!!」
そして、“狼王”による『獣国の公現祭』開幕の宣誓、テウメッサが起こした狼煙、ライラプスが放った“矢”によって戦いの火蓋は切って落とされた。
ライラプスの矢は離れた位置にあった俺たちが隠れていた巨大な岩の中心を正確に射抜き、硬い岩石を木っ端微塵に破壊。
間一髪で気付き、時間の流れを遅延する“時限停止干渉波”を使用したお陰で損害こそ免れたが、巨石はゆっくりと四散していきダモクレス騎士団の姿は“狼王”たちの目に映ってしまうのだった。
「しまった……気付かれて……!?」
「犬科の“嗅覚”を甘く見たな? それに……その岩石はテウメッサが用意した物だ……!」
「…………まんまと誘導された訳か…………!」
「その通り……テウメッサ、ライラプス、始末しろ!」
「「――――承知! 全軍、迎え撃て!!」」
「仕方ない……ダモクレス騎士団、突撃! “獣神”マスターテリオンの覚醒を阻止し、コレット=エピファネイアを奪還せよ!!」
どうやら俺たちは“狼王”の思う通りに動かされたらしい。祭壇を守る戦士たちは既に俺たちを包囲するように布陣を敷き始め、ダモクレス騎士団は数千を超える軍勢にあっという間に包囲されてしまった。
無論、ここまで敵対行為をお互いに見せた以上、もはや『友好』も『中立』も無いだろう。
“狼王”の無慈悲な殲滅命令に従ってライラプスとテウメッサは武器を片手に進軍を指揮、包囲網を敷いていた戦士たちは“狩り”に興じる獣のように雄叫びを上げて一気に突っ込んで来始めた。
その地響きのするような遠吠えに負けないようにダモクレス騎士団の騎士たちも雄叫びを上げて武器を掲げ、四方八方から迫りくる獣人たちに向けて剣を構えて相対する。
「シュラララ……ではオレ様も宴に交じるとするか!」
「ラムダ=エンシェント……妾の邪魔をするか……!」
向かう先は祭壇で『マスターテリオン』を納めた箱に手をかざす“憤怒の魔王”。立ち塞がるは“狼王”率いる獣国の戦士たちとリンドヴルム率いる魔王軍。
こうして、獣国ベスティアの厄災、アーティファクト『マスターテリオン』を巡る祝祭の戦いが始まるのだった。




