第200話:最強への道
「団長ちゃん、意識ある!? しっかりしてってば、団長ちゃん!!」
「うっ……? 俺は……いったいどうなって……?」
「――――ッ!! 良かった〜〜、気が付いたんだね団長ちゃん! あーし超心配したんだから〜!」
「キャレット……? ぐっ……身体が……動かない……?」
魔王軍最高幹部【大罪】の一角であるルリ=ヴァナルガンドの撃破、そしてもう一人の最高幹部であるネビュラ=リンドヴルムとの死闘、その果てでリンドヴルムの悪辣な行為で盾にされてしまったガンドルフ=ヴォルクワーゲンによる自爆特攻。
その爆発に巻き込まれた筈の俺は、気が付くと白馬に乗せられて何処かに運ばれていた。俺を運んでいるのはキャレット、第十一師団でも随一の機動力を誇る【騎乗兵】だ。
そんな彼女が俺を運んでいるのなら、それは余程の緊急事態なのだろう。
「俺は……ガンドルフの自爆に巻き込まれて……」
「喋んなくて良いよ、てか喋んな! 気をたしかに持ちなよ……団長ちゃん、いま死にかけてっから!」
「俺が……死にかけ……?」
「喋んないで!! 団長ちゃん……死んだらあーしが許さないから!!」
普段陽気なキャレットが語気を荒げる程の事態、どうやら俺は死にかけているらしい。
よく見れば被っていた頭部装甲の左目部分は破損して左目の目尻部分から激痛が走り、首から下も全く感覚が無い。
「アウラは……レティシアは……リリィは……どうなった……?」
「喋ら……ああもう焦れったい! 三人とも爆発に巻き込まれて意識不明の重傷! で、三人の保護はアンジュっち達に任せて、一番ヤバい団長ちゃんをあーしが運んでいんの、分かった!?」
「そんな……俺のせいで……」
「団長ちゃんのせいじゃ無いってば! あの獅子が自爆を仕掛けるなんてノアノアも予想出来てなかった! これ以上、自分を責めたら槍でどつくからね!?」
ガンドルフの自爆はどうやら想像以上に大きな影響を及ぼしたらしい。
リリィ、レティシア、アウラ、あの場に居た三人は意識不明の傷を負い、中でも俺は重篤な……ノアですら想像出来ない程の深手を負ってしまったらしい。その証拠に装甲も機能不全を起こしているのか“バチバチ”と音を鳴らして火花と黒煙を吐き出している。
そして極めつけは俺の胸元に鎧を貫通して刺さった山羊の角――――そう、俺はガンドルフの『弱者の意地』の前に完全に戦闘不能にされてしまった。
「飛竜が……リンドヴルムの手下か……」
「団長ちゃんをオリビーの所に運ぶ邪魔しないで!! 雷槍充電――――“飛雷針”!!」
リンドヴルムが仕向けたと思われる飛竜の軍勢を自身の周囲に展開した雷の槍を飛ばして応戦しつつ、村の外れに待機しているオリビアの元へと馬を駆るキャレット。
その奮闘する姿を間近で見ているのに、俺の身体はピクリとも動かなかった。それが悔しい。
ガンドルフが『自爆』を決行するなんて予想できる筈が無かったのは事実、それも奴は直前に死闘を繰り広げたレティシアの【魂喰い・自壊】を真似して自爆の威力を大幅に引き上げてきていた。
リンドヴルムの狡猾な手口に弄ばれて俺の攻撃で致命傷を負い、それでも『千載一遇の好機』だと笑って自爆した。自ら“死”を選ぶ事も、自身の“魂”も遠慮なく弾丸にした事も、俺には理解出来ないことだ。
だから、ガンドルフと言う男に俺は畏敬の念を感じずにはいられなかった。魔王グラトニスの『夢』の為に彼は臆すること無く殉じたのだから。
「ガンドルフ……貴方の『意地』……しかと受け止めました……!」
「団長ちゃん、もうすぐ村の外に出っからね! しっかり意識を保っててね!!」
「ダモクレス騎士団の者だ、道を開けろ! 怪我人を連れている!!」
「オリビー! 団長ちゃんが本気ヤバーーッ!! 今すぐにこっち来てーーーーッ!!」
そんな亡き獅子への畏敬の念を抱いている内に白馬は村の外へと到達し、村外への『亡獣』の逃亡を防いでいた獣戦士たちの頭上を大きく飛び越えてキャレットは俺を運搬することに成功したのだった。
事態は一刻を争う。キャレットののっぴきならない形相に事態を察したのか、オリビアとラナは急いで俺の元に駆け付けて……地面に寝かされた俺の姿を見て青ざめた表情をした。
「ラ、ラムダ様……いや……いやぁ……!!」
「オリビア師匠、急いで治癒を!!」
「大丈夫ですか、ラムダ=エンシェント卿……ッ!? なんだこの傷は……なぜ彼はまだ生きているんだ!?」
「ライラプス様、村から飛竜の大群が!」
「魔王グラトニスの配下の仕業か! 私が仕留める、お前たちは村を囲みつつ、ラムダ卿の盾となれ! 彼を絶対に死なせるな!!」
「うっ……ハァ……ハァ……! オ、オリビア……ごめん……! 俺は……」
「喋らないで! わたしが絶対に救いますから……だから絶対に死なないで!!」
「あーしがみんなを守るから、オリビーとラナっちは団長ちゃんをお願い!!」
ライラプスの驚愕した表情やオリビアの絶望的な表情から、自分が『相当に酷い状態』なのは想像できた。ライラプス曰く『なぜ生きているのか?』と訝しむほどらしい。
要因はハッキリしている――――俺の心臓に組み込まれた【λドライヴ】と全身を覆った【GSアーマー】のお陰だろう。
この装甲には『生命維持装置』が内蔵されていて、俺はぎりぎりの状態で生き長らえて、心臓に組み込まれたアーティファクトによる魔力の供給で生命活動を維持している。
だから、いま下手に装甲を外せば俺は即死する。そんな大怪我を俺は負っていたのだ。
「ガボッ! アグッ……アァ……!!」
「いけない、頭部装甲の中で吐血している……! オリビア師匠、ラムダ団長を横に寝かせてください!!」
「やだ……やだ……死なないで……死なないで……! あなたが死んだら……わたし……生きる意味が無くなっちゃう……!!」
「オリビア師匠! あなたが狼狽えれば、それだけラムダ団長の死が近付く!! 救いたければ、懸命に手を動かしなさい!!」
ラナに叱責されて震えるオリビア。普段、破天荒な素振りで周囲を困惑させるオリビアらしからぬ様子に、流石の俺も自身の状態の重篤さが伝わってきた。
目の前でめそめそと涙するオリビアの姿は奇しくも四年前の『あの日』の姿と重なってしまう。つまり、俺はあの時の母さんと同じ状態に陥っている訳だ。
「ジブリール、ラムダさんの【GSアーマー】に貴女のエナジーを供給して!」
「で、ですが……それをすると弊機がノア様の護衛を遂行出来なく……」
「これは命令よ!! 装甲に内蔵した生命維持装置をフル稼働させて、ラムダさんが死ぬまでの時間を稼ぐの!!」
「し、承知しました……ノア様……!」
そして、気が付けば俺の傍らにはノアの姿もあった。
彼女も珍しく語気を荒らげてジブリールに指示を飛ばして俺の治療に当たっている。表情は鬼気迫り、その眼には涙を浮かべて、両手に握った工具で俺の装甲を必死に修理しつつ。
「ノア……俺はまだ……死にたくない……! ノアの旅を……見届けるまで……死ねない……!!」
「約束したでしょ? 一緒に旅をしようって……だから、まだ貴方に死なれたら困ります……!」
「俺は……最強じゃないといけない……じゃないとノアを……護れないのに……」
「私がいるから、ラムダさんはもう『最強』です! ただ『無敵』じゃ無いだけ、怪我だってするし、負けたりもする。でも……怪我も敗北も、『最強』じゃ無い証明にはならない!!」
「ノア……」
「もっと生きて……私が行く地獄の果てまで連れ添って……私の最期を見届けて……! それまでは死なせません!!」
ノアだけは、俺の『悔しさ』を完全に理解していた。
負けることなどあってはならない、ましてや死の淵を彷徨うなど言語道断だ。そんな醜態は『最強』には似つかわしくない、俺はそう思い込んでいた。
けれど、ノアはそれは違うとはっきりと口にしてくれた。負けないことだけが『最強』の証では無いと、どんなに強くても傷つくことも負けることもあると、そう笑って言ってくれた。
それだけで、少しだけ心が救われた気がする。
「受けた傷も、晒した敗北も、いつかきっとラムダさんの“糧”になる! だから……その痛みを決して忘れないで……!」
「あぁ……身体中が痛い……これが『生きる』って意味なんだね……母さん……」
ライラプスやキャレットが戦う中で、ノアやオリビアたちが治療をする中で、何もできずただ虚ろにするだけの俺が感じたのは『痛み』。
ガンドルフの自爆で受けた身体の傷、死の淵を彷徨う屈辱的な敗北の傷、そして、その傷を受け入れて成長の“糧”にしなければならない痛み。
その痛みを以って俺はさらに大人になっていくのだろう。だけど、その痛みの前に無力な自分が、今は少しだけ悔しかった。
 




