第198話:VS.【破壊】ルリ=ヴァナルガンド 〜Frozen Breath〜
「や……やりました……! わたくし……ガンドルフを倒しましたわ……!!」
「グッ……身体が動かぬ……! よもや……我がグランティアーゼの王女にも遅れを取るなど……なんたる醜態か……」
グランティアーゼ王国第二王女・レティシアと魔王軍幹部・ガンドルフとの一騎打ちは、新たな『聖装』を纏ったレティシアの劇的な勝利で幕を下ろした。
地面に突っ伏して自らの敗北を嘆くガンドルフ。散々にレティシアの攻撃を受けてなお意識を保っている耐久力は流石だと言いたい。
「身体に力が……ラムダ卿の側に……行かないと……!」
「アウラ、レティシアの側に!」
「分かっているのだ! すぐさま治癒魔法で回復させるのだ!」
だがレティシアの消耗も激しい。
魔王軍最高幹部【大罪】に匹敵する程の力を得るために相当な無茶をしたのだろう。ガクリと膝を地面についたレティシアは虚ろな瞳で俺を見つめると、そのまま地面へと倒れ込んでしまった。
魂を削っての過剰な戦闘能力の引き出しの“ツケ”が回ってきたのだろう。レティシアもまた地面に横たわったまま動かなくなっていた。
そのまま放置すれば彼女の身が危ない。本当なら今すぐにでもレティシアの側に行って彼女を労ってあげたい。
けど――――
「なに王女様によそ見してンだ、ラムダァーーッ!!」
「邪魔だ……其処を退け、ルリ!!」
――――それには先ず、立ち塞がった“障害”を跳ね除けないといけない。
拳に冷気を纏い、狼の“牙”のように鋭い尖った殴打を繰り出すルリの攻撃を右腕の手甲で受け止める。
軋む右の手首、どうやら魔王グラトニスは切断した俺の右手首を粗雑に引っ付けたらしい。痛くてしょうがない。
だが、気を緩めれば俺は忽ちにルリの“牙”の餌食にされてしまうだろう。
「アタシは壊す……! グラトニスの『敵』も、獣国の『厄災』も、あんたとの『友情』も……全部、全部ぶっ壊してやる……ガルルルル!!」
「壊させやしない……! 大切な『仲間』も、ノアと言う『夢』も、ルリとの『友情』も……全部だ!!」
歯軋りをして、金色の瞳を光らせて、獰猛な獣のように唸り声を上げて俺を威圧するルリ。
その様はまさに“破壊の獣”と呼ぶに相応しい。
極寒の地の如く凍り付いていく大地、リンドヴルムが起こした嵐に重なるように吹き荒ぶ吹雪、ルリの瞳から溢れては凍てついて“細氷”のように煌めいては飛んでいく。
「お、お兄ちゃん……結界魔法で吹雪を食い止めるので精一杯なのだ……! た、助けて……!!」
「ルリ、やめろ! これ以上、俺の仲間を傷付けるな!!」
「黙れ……黙れッ!! これがアタシのやり方だ!! 何もかも凍って……壊れちまえッ!!」
「やめろ……やめろぉぉーーーーッ!!」
破壊された二人の『友情』を悔いるようにルリは涙を流して、それでも彼女は“破壊衝動”に駆られて吹雪を強めていく。
既に外気温は氷点下を大きく下回っている。そんな環境にレティシアたちを居させ続けるのは危険だ。
「――――“衝撃鉄槌”!!」
「――――“獄狼氷牙”!!」
頭に血が上り、ただ目の前の敵を倒せと“本能”が叫び、憤りと焦燥感に身を任せてルリの鉄拳に自分の鉄拳をぶつける。
二人の拳が纏った“圧力”は冷気と共に圧縮され、“パァン”と大きな衝撃音を響かせながら爆ぜ、俺もルリも大きく後方に飛ばされてしまった。
踵を地面に深く突き立てて勢いを殺しながら、上手く姿勢を保ったまま静止して再び突撃する準備を整える。だが、それは相手も同じだ。
弾かれた拳の痛みを屈強な精神で抑え込み、ルリは白い吐息を口から吐き出しながら鋭く研ぎ澄まされた瞳を此方へと向けている。反面、俺は目の前で前屈姿勢になって尻尾や髪の毛を逆立てているルリに対して少し及び腰になっていた。
「ご主人様、何を戸惑っているんですか!? 相手は貴方を仕留める覚悟を決め込んでいるのですよ!!」
「分かっている……分かっているよ……! けど……」
「アタシは『友達』だってか? つくづく甘ちゃんだな、ラムダ……!」
「自覚している……! でも、『友達』と殺し合うのは初めてなんだ……こんなに心が痛いなんて思ってもいなかった……」
どうしても、目の前の狼の少女を『敵』だと見なしきれない。どうしても、彼女を得難い『友達』だと思いこんでしまう。
悪い癖だ、好意を持ってしまった相手をどこまでも囲い込んでしまいたいと思う“欲望”だ。そんな俺の悪癖が『友と殺し合う』と言う状況に深刻な不具合を起こしていた。
「これは『戦争』だ、友と殺し合うなんて珍しくもなんともねぇよ!」
「だからって……『戦争だから仕方ないって』簡単に割り切る大人になんてなりたくない!」
「なら……此処で死ね!! アタシはグラトニス様を世界の覇者にするために敵対した『友達』を何人も殺ってきた……あんたも今からその一人になっちまいなッ!!」
「お断りだ! 魔王グラトニスの野望は俺が砕く!!」
けれど、その『優しさ』と言う“甘さ”は最後まで捨てない。俺の“甘さ”をノアが愛してくれる限り。
魔王グラトニスを『世界の覇者』にするために友だって殺すとルリは言った。なら、俺が魔王グラトニスを倒して、ルリから『友達と戦う理由』を奪ってやる。
「戦争は俺が終わらせる! だから……その後でもう一度……『友達』になろう!!」
「やれるもんなら……やってみなッ!! 唸れ……『大狼』の炉心――――【災禍顕現】!!」
「オーバードライヴ……! それが……ルリの本気なんだな……!! なら――――【オーバードライヴ】!!」
「いくぜ……ラムダ……もう一度『友達』になりたきゃ、アタシを倒してみな……ウォォーーーーーーン!!!」
響き渡る狼の遠吠え、視界が真っ白に染まる程に吹き荒れた吹雪、そして天に向かって雄叫びを上げながら凄まじい魔力を放出していくルリ。
自らの戦闘能力を限界以上に引き出す【オーバードライヴ】――――俺もルリも心臓を強く活性化させて“本気”を出して、決死の一撃を繰り出す姿勢へと移る。
「アタシは……あんたとの『友情』を壊す!!」
「俺は……ルリとの『友情』を護る!!」
全身を頭部まで装甲で覆い、左腕に“巨人の腕”を装備して、ルリに見舞う大技の為に大きく左腕を振りかぶる。
そして、ルリも両腕を前方へと突き出して手首で重ね合わせ、両手の爪を立たせて『獣の口』を模した構えを取って大技の準備を整える。
死力を尽くした一撃、おそらくはこの激突でルリとの戦いは決着が付くだろう。だから、絶対に負けられない。
俺は背中の翼を展開して加速の為の推力を溜め、ルリは後方の大地が大きく隆起する程に足を踏み込んで、突撃の体勢へと移行する。
そして――――
「喰い殺せ――――“神喰い”!!」
「包み込め――――“至天の鉄槌”!!」
――――ひときわ大きな突風が吹いた瞬間、俺とルリは大地を蹴って飛び出した。
白き光を纏って飛ぶ俺と、全身を冷気で覆い荒ぶる『大狼』の頭部と化したルリ、二人の跳躍は加速し続けて、一秒にも満たない『覚悟』を決める時間だけを俺たちに与えて、そして激突した。
俺を喰らわんと上下の牙を突き立ててきた大狼と、その牙を食い止めたまま拳を前に突き出した俺。
両者の衝突が生んだ衝撃波は大地を壊して砕き、僅かに残っていた村の残骸も吹き飛んで周囲が更地になっていく。
その中で俺が見たのは、大狼の瞳から流れていった一粒の雫。
「あんたなんかと……出逢うんじゃ無かった! あんたと出逢ったせいで……アタシの気持ちはぐしゃぐしゃだ!!」
「俺は……ルリと出逢えて良かったと思っている! 魔王軍にも……ルリみたいに『友達』になれる人がいるって分かったから……君に逢えて良かった!!」
「この……甘ちゃんがぁ……!」
「だから……戦争が終わったら……また俺を『友達』って呼んでくれ、ルリ!!」
ルリ=ヴァナルガンド、あらゆるものを破壊する狼の少女が流した涙。それは、何を壊すのを惜しんで流した涙だったのか、それは俺には分からない。
けれど、ルリに芽生えた僅かな“迷い”は牙を弱めて、そして俺たちの戦いに決着はついた。
白い光が貫通して上顎と下顎が引き裂かれるように消滅した大狼の頭部、俺が放った拳を腹部に受けて吐血したルリ、そして、ルリが白目を剥いて気を失った瞬間に止んだ吹雪。
凍てつく“冬”のような寒さは去り、竜が巻き起こした嵐の中を狼の少女は吹っ飛んで、彼女はそのまま遠くで建っていた教会の壁を壊しながら建物の中へと消えていった。
「魔王グラトニスが言っていたよ、ルリは頑丈だって……! しばらく教会で頭を冷やしておくんだな……!」
教会からルリが戻ってくる気配は無かった。
こうして、魔王軍最高幹部【大罪】の一角、【破壊】のルリ=ヴァナルガンドが俺に敗れたのだった。




