第197話:七天の戴冠
「あれは……レティシアが胸に取り付けた白い宝石から溢れた光が、レティシアの身体を覆っているのか?」
「ガンドルフ、姫騎士だからって油断すんなよ! そいつは第二王女レティシア、アインス=エンシェントから剣技の手解きを受けた優等生だ!!」
「ほう……純白の鎧を脱ぎ捨てて、光り輝く純白のドレス
で着飾ったのか……! 我は舞踏会は好みでは無いぞ?」
「この『七天聖装』はレイチェルお姉様が“祝福の糸”で編んでくれたわたくしの正当な『決戦装束』……!! 舞踏会は舞踏会でも……これはお互いの“覇”を競う『舞闘会』と知りなさい!!」
俺とルリ、リリィとリンドヴルムが睨み合う中で最初に動きを見せたのはレティシアだった。
懐から白い宝石をあしらったブローチを取り出してそれを胸にあてがった瞬間、宝石から溢れた白い光の膜のようなものがレティシアの全身を包むように広がっていく。
それまで身に着けていた純白の騎士甲冑は溶けるように消えていき、露わになった彼女の美しい肉体美を飾るように光は綺羅びやかなドレスへとその姿を変える。大きく切込みが入り右脚が露わにされたスカートが印象的なその衣装はまさに“王女”が着る衣装、それがレティシアの新たな『覚悟』の象徴。
そして彼女の頭部に浮かび上がったのは白く発光する紋章、さながら“王冠”を模したような光円を戴き、姫騎士は死地にて美しく舞踏を演じる準備を整えた。
「わざわざ甲冑を脱ぎ捨ててドレスに着替えたのだ、今さら『相手を侮った行為』などとは思わぬぞ!! 魔頭解放、詠唱破棄――――氷属性上級魔法“氷結地獄”!!」
「――――炎よ、纏え! “聖装:業火”!!」
それは閃光のような刹那の出来事――――ガンドルフが右腕の魔頭から撃ち出した凍てつく吹雪が当たる間際、レティシアの頭上の王冠は赤く輝き始め、彼女が纏っていた『聖装』は炎を帯びながら赤く輝いていく。
そして、吹雪を断ち切るように赤い剣閃が鋭く横一閃を描き、風に攫われるように消えた氷の霧の向こうから炎のドレスを纏ったレティシアが姿を現した。
「これぞレイチェル=エトワール=グランティアーゼの“祝福の糸”によって編まれた我が『聖装』の極意――――“七天継承”!! 一つの属性を極め、その出力を最大限に引き出す秘術!」
「なるほど……その煌めくドレスは自らの属性を強化する『増幅器』の役割を果たしている訳か!」
「その通り! 故に今のわたくしは全てを灼き尽くす灼熱の化身と心得なさい!!」
「――――笑止! 所詮は付け焼き刃な強化にすぎん!」
レティシアの固有スキル【七天の王冠】による七属性の行使。
今まではどの属性も中途半端な出力でしか扱えなかった故にレティシアは“器用貧乏”の負い目があっただろうが、その二流の素養を『聖装』によって底上げして一流の座に手を伸ばしているのだろう。
「それに……代償も大きいな……!」
「――――ゲフッ! えぇ……もちろん……“魂喰い・自壊”……この『聖装』に組み込んだ術式で、不足する出力をわたくし自身の“魂”を以って補っていますわ……!!」
当然、代償は大きい――――【魂喰い・自壊】と呼ばれる『自身の“魂”を魔力に変換する』禁忌の術式を組み込み、レティシアは無理やり『強者』の領域に喰らいつこうとしていた。
吐血によって彼女の口から溢れた鮮血、徐々に血の気が無くなっていく凛々しい顔、それでもレティシアは誇らしげに笑う。
「やめろ、レティシア!! そのドレスに喰い殺されるぞ!!」
「止めませんわ……ラムダ卿……! これはわたくしの“意地”なのです……!!」
「俺が頑張るから、頼むから無茶はしないでくれ!!」
「いいえ……貴方が真っ先に無茶をするから……わたくしはそれが嫌なのです!!」
「レティシア……!!」
「わたくしは……もっと貴方と一緒に居たい……!! だから……少しでも貴方の足下に届きたいのです!!」
自らの自壊すら厭わない行動、それを俺は罵ることが出来なかった。
以前、【享楽の都】でアズラエルと、【逆光時間神殿】でジブリールと戦った際、俺も『ノアの為』と自壊を厭わずに【オーバードライヴ】に踏み切った経験があったからだ。
レティシアはあの時の俺と同じ、彼女は他ならぬ『俺の為に』と自らの命を賭けたのだ。
「信じられん魔力の放出量だ……! まさか自滅にも臆さんとは……見事と言うしかあるまいな!!」
「わたくしの名はレティシア=エトワール=グランティアーゼ……! その“魂”に我が名を刻め、ガンドルフ=ヴォルクワーゲン!!」
「良かろう……グランティアーゼの姫騎士よ! そなたを誇りある『騎士』と認め、全力で叩き潰してくれるわッ!!」
「レティシア……死ぬな!!」
「フッ……当然ですわッ!! 嵐よ吹き荒べ――――“聖装:大嵐”!!」
自らの命よりも護りたいものを見つけた時、レティシアの薄っぺらな『正義』は『真の正義』へと昇華する。
一迅の旋風と共に燃えるドレスは風を纏ったエメラルド色の装衣へと姿を変えて、右脚で大きく地面を蹴ったレティシアは暴風と共に姿を消してガンドルフの眼前へと一瞬で移動した。
「固有スキル発動――――【獅子咆哮】!!」
「一式……“疾風”!!」
前方に向けて全力で“突き”を放ったレティシア、それを迎え撃つべく左手で握った大斧に空気を凝縮して振り下ろしたガンドルフ、お互いの武器は火花と暴風を巻き起こしてぶつかり周囲の建物を粉々に吹き飛ばしていく。
しかし、暴風と暴風の威力は互角でも、人間と獅子の獣人では“腕力”に決定的な差がある。このまま打ち合いをしてもレティシアが圧されるだけだ。
「雷鳴よ轟け――――“聖装:雷鳴”!! 電送強化……“放電駆動”!!」
「これは……姫騎士の腕力が強化され――――グアッ!?」
だが、それしきのことで彼女はもう臆しなかった。
自身が圧されるのを感じるやいなや、レティシアは稲妻が迸る紫色のドレスを纏い、右腕が白く発光するまで電撃を流し込んで“筋力”を強化して、大斧を打ち壊しながらガンドルフの左頬をぶん殴って無理やり窮地を切り抜けた。
その殴打の威力や凄まじく、ガンドルフは錐揉み状に回転しながら吹き飛び、後方の家屋へと吹き飛ばされていった。
「ハァ……ハァ……ゲホッゲホッ……! もう少し……もう少しだけ耐えてください……わたくしの“魂”よ……!!」
「レティシア、もういい充分だ! もうやめてくれ!!」
「いいや……そのまま気合を入れ続けろ……姫騎士レティシア!! 我が名誉ある死をくれてやる……!!」
「ガンドルフ……まだ立つのか……!?」
「これ以上……“魂喰い・自壊”を許せば……わたくしの“魂”は自己再生できずに……そのまま死に至る……! もう少し鍛錬が必要なようですわね……!」
「我を相手に『獅子奮迅』の活躍、見事なり!! では……我が全力を以ってお相手いたそう!!」
崩れた家屋の残骸を吹き飛ばし、レティシアに称賛を贈りつつも全身から魔力を放出させて全力の攻撃へと繋いでいくガンドルフ。
レティシアに向けて突き出された右腕の山羊の魔頭の前に展開されていく何重もの魔法陣、そして大きく開かれた山羊の口の中に集束していくピンク色の魔力の塊。
響き渡る地響き、“バリバリ”と音を鳴らす黒い放電、吸い上げられるように砕けては浮かんでいく大地――――間違いない、ガンドルフは全力の一撃を放つ気だ。
レティシアを『騎士』と認め、礼節を以って討ち倒す為に。
「さらばだ、グランティアーゼの姫騎士レティシアよッ!! 最終奥義――――“魔獣咆哮”!!」
「…………“七天戴冠”!!」
そして、レティシアの戴いた王冠が七色に輝き、ガンドルフの右腕から眩い魔力の咆哮が放たれ、お互いの死力は振り絞られた。
いつか見た勇者クラヴィスの聖剣の輝きにも匹敵するガンドルフの一撃。それをレティシアは魔力で作り出した白くか細い剣で一薙ぎに打ち払い、そしてそのままガンドルフの右腕を鋭い斬り上げで寸断した。
「“焔”……“水面”……“風月”……“地鎮”……!!」
「グォ……グォォ……グォォォ……!?」
「“迅雷”……“光明”……“暗鬼”……!!」
「馬鹿な……この我がぁぁ……!!」
獅子の周囲を舞うように踊り、纏ったドレスを色とりどりに着替えながら、七つの属性を駆使した斬撃や体術を繰り出していくレティシア。
一撃一撃がガンドルフの屈強な肉体を確実に再起不能にしていく必殺技。それを止まることなく叩き込んで、七連撃の後にレティシアは白いドレスを纏ってガンドルフの前で深々と一礼をした。
それが決着の合図。
「最終奥義……“戴冠式”……!!」
「――――ガハッ……!?」
レティシアの頭上の王冠は砕け散り、それと同時にガンドルフは七属性の攻撃で受けたダメージに耐えきれずに口から血を吹き出してその場に崩れ落ちた。
かつて出逢った未熟な姫騎士が完成され、真に護りたいものを見つけ、己のが為すべき『正義』をレティシアが見つけた瞬間、それが今だった。
「ラムダ卿……共に地獄の果てまで征きましょう……! 貴女と共に生きることこそ……わたくしの『正義』なのです……!!」




