第195話:獣狩りの夜
「ひぃ……ふぅ……みぃ……全部で九匹、随分と『亡獣』の数が多い……! 猟犬部隊、手筈どおり村を囲め……!」
「承知しました、ライラプス様!」
「ダモクレス騎士団第七、第九師団は避難した住民の警護を! 第十一師団は私、セブンスコード卿、メインクーン卿について『亡獣』を討伐、シャルロット親衛隊は散開して取り残された住民がいないか確認を!」
「承知しましたわ、ラムダ卿! 第十一師団、セブンスコード卿、メインクーン卿、わたくし、アンジュを先頭に分かれて行動、ラムダ卿は単独よ!」
「なんで!? 俺にも誰か付けてよ!!」
――――獣国ベスティア、首都近隣の小さな農村【フローレム】、時刻は夜。ライラプス率いる『亡獣狩り』の部隊に連れられて殺風景な荒野を進んだ俺たちは村に溢れかえった『亡獣』の群れを見ながら作戦を立てていた。
「うぅ……うげぇぇ……あの獣を観ると胸焼けが……!」
「大丈夫ですか、コレット嬢? 気分が優れないなら避難した住民の手当てをされてはいかがでしょうか? 護衛なら私の部下もお付けしますよ?」
「コレットはオリビアとラナと一緒に村の外で負傷者の手当てをして欲しい。大丈夫、俺たちならあんな猛獣、すぐに退治できるよ!」
「あぅぅ……しれっと救護係に回されましたぁ……(泣) わたしもラムダ様と一緒に居たいですぅ……この愛妻な雌犬も連れて行って〜〜(泣)」
「はいはい……オリビア師匠はわたしと一緒に此処に残りますよ〜」
「…………分かりました、コレットは此処でラムダ様の勝利をお待ちしています」
作戦は至極単純、俺たちダモクレス騎士団が村に突入して『亡獣』を殲滅する、それだけだ。
ライラプス率いる獣戦士部隊は俺たちの働きの査定係。ダモクレス騎士団が『亡獣』を駆逐したと言う実績を“狼王”に届けてもらう役を担っている。
だが、ライラプスが腹に一物を隠している疑惑は否定できない。念の為にオリビアとシスター=ラナを監視に付けたが、果たしてそれが上手く機能するかが心配だ。
特にライラプスはコレットに何かを観ている。俺の杞憂であれば良いが、彼女が『亡獣』に関与があるのならライラプスはこの『亡獣狩り』で確実に行動を起こすだろう。
だが今はライラプスの提案に乗って『亡獣』を狩っていくしか無い。それに彼の言う通り、“狼王”にも何らかの心変わりがあるかもしれない。
「では……ダモクレス騎士団のお手並み拝見といきましょうか! 因みに……『亡獣』一匹討伐するごとに獣国宰相であるテウメッサから2万ティアの報酬が支払われますよー!」
「「「オッシャーーッ! 村に乗り込めーーッ!!」」」
「全員目の色変えて飛び出したーーッ!? ええいままよ……俺も突撃だーーッ!!」
そして、ライラプスの急な報酬宣言で陣形も何もなく全員が村に飛び込んで『亡獣狩り』が始まってしまった。
村を徘徊する『亡獣』の数は九匹――――皆が金銭に血相を変えている以上、獲物の取り合いになるだろう。それこそ、『弱肉強食』を是とする野生の世界のように。
「まったく……金銭に目が眩むとはラムダ卿の部下もまだまだ青いですね……!」
「同感です、セブンスコード卿! 我ら誇りある王立ダモクレス騎士団が金銭で理性を失うなど……!」
「僕は報酬の2万ティアを貰ってツヴァイ卿にドレスをプレゼントするとしよう……きっと喜んでもらえるぞ///」
「この前、王都の『メメントアンテナショップ』で見つけた東国の着物を買うにゃーー!!」
「二人とも金に目が眩んでいる……」
家屋は約三十、村の中央には井戸代わりの巨大な貯水槽、その貯水槽を中心に形成されたのか近くには小さな教会や商店が軒を並べていて、其処を我が物顔で徘徊する黄金の焔が垣間見える。
テウメッサの説明によれば『亡獣』は“魂喰い”で獲物を喰い漁る特性を持ち、各個体は何らかの“思念伝達”で情報を共有し、一度見た攻撃を瞬時に理解する高い知性を有している。
高い攻撃力も相まって並の冒険者では歯が立たない、獣国でも上位の『強者』しか挑まない怪物と恐れられた魔物、それが『亡獣』らしい。
迅速に処理しなければ俺たちも無傷ではいられない。
「来たれ……退魔の銀! 固有スキル発動――――【不死殺しの銀の弾丸】……!!」
「夜よ、闇よ、我が衣となれ! 固有スキル発動――――【闇縫】」
いの一番に仕掛けたのは【王の剣】たるセブンスコード卿とメインクーン卿。
セブンスコード卿は足下に展開した魔法陣から大量の液体状の“銀”を召喚し、メインクーン卿は全身から黒い魔力を放出しながら夜の闇へと徐々に溶け込んでいく。
ウィンター=セブンスコードの固有スキル【不死殺しの銀の弾丸】――――魔性を帯びた者への強い特攻を有した“銀”を自在に使役するスキルで、魔力によって固体・液体と形を変え、彼の意のままに動く退魔の守護者。
ノナ=メインクーンの固有スキル【闇縫】――――自身の身体を“闇”と一体化させ、影への同化や闇属性の魔法を操ることが出来るスキル。
ともに攻守万能なスキルであり、まだ若い二人を【王の剣】にまで押し上げた強力な性能を有している。あぁ、羨ましい。
「さて……黄金の焔で形成された怪物相手にどこまで通用するか……【雪原の歌姫】精錬……! 見てみてラムダ卿〜♪ 僕の歌姫の造形、ツヴァイ卿にそっくりでしょ〜〜♡」
「あんたキモいよ!? うちの姉さんの肖像権を侵害しないで!」
「さぁ、美しき銀の輝きを見せなさい、我が歌姫よ! “銀の弾丸”――――発射ッ!!」
「Lalala〜〜♪」
「――――Gr!?」
セブンスコード卿が大量の銀を精錬して作り出したのはドレスを着た銀色の歌姫……どことなくどころかツヴァイ姉さんに完全にそっくりなのが逆に気味が悪い、王都に帰ったらフレイムヘイズ卿に苦情を出してやる。
だがセブンスコード卿の悪趣味な歌姫の性能は折り紙付き―――美しき音色を歌うように奏でながら歌姫は右腕を貯水槽の側にいる『亡獣』に向けて突き出すと、掌に凝縮した“銀の弾丸”を撃ち出した。
一瞬で音の壁を越えて加速した弾丸は斜線上の『亡獣』の頭部を精確に射抜き、“銀の弾丸”が有する退魔の効力を持つ猛毒に侵された獣は炎が消えるように小さくなって消滅していったのだった。
「まずは一匹……これで2万ティアは僕が頂きだね!」
「むっ……セブンスコード卿に遅れを取ったにゃ……! では、次は私が……“闇溶”!!」
次に行動を起こしたのはメインクーン卿。固有スキルの効果で夜の闇に溶け込み姿を暗まし、彼女は音もなく教会の近くに居た『亡獣』へと目標を定める。
近付く殺気に勘付いたのか黄金の焔を荒ぶらせながら獣は周囲をキョロキョロと見回して警戒を強めるが、視覚や聴覚、嗅覚でメインクーン卿を発見することは困難。
「Grr……?」
「――――後ろですよ、“闇喰”!」
「――――Gar!?」
「突き刺した相手の体組織を“闇”に溶かす暗殺剣です…………さようなら……!」
そして、メインクーン卿をついぞ発見出来なかった『亡獣』の命運は尽きた。
獣の背後の暗がりに金色に輝く二つの眼光が浮かぶ上がり、次の瞬間には獣は闇から突然現れた細剣によって刺突を受けて、黄金の焔はみるみる間に黒ずんでそのまま獣は闇に溶けていったのだった。
「一撃……! 流石はグランティアーゼ王国最高位の騎士たちだ、素晴らしい……!!」
「やりますわね、セブンスコード卿もメインクーン卿も……! これはわたくしも『聖装』を纏って全力を出したほうが良さそうですわね……!」
「あぁ!? あんなにあっさりと獲物を倒されたら私たちの取り分が奪われる……! エリス、シエラ、陣形を組んで一気に叩くぞ!!」
「り、了解ですアンジュさん……! 目が血走ってるぅ……」
「むむっ……やっぱり【王の剣】は強いな……! リリィ、僕たちも負けてられないね!」
「フンッ……今の私は全盛期状態……【王の剣】にも引けを取らないっての!」
ライラプスやレティシアから感嘆の声が上がり、第十一師団は『獲物を取られまい』とさらにやる気を漲らせていく。
これがレティシアの言っていた『強者の仮面』なのだろう。セブンスコード卿とメインクーン卿の圧倒的な強さにある者は感銘を受け、ある者は羨望を抱き、彼等の居る“高み”を目指して闘志を燃やしていく。
同じ【王の剣】である俺もまた、誰かの“目標”となる『強者』であり続けなければならないのだろう。
「グラトニスにやられて少しに弱気になっていたな……! よし、俺もササッと『亡獣』を倒して小遣いでも頂くとするか!」
「生憎だが……貴様はオレ様たちの小遣いになってもらうぞ……シュララララ!!」
「――――なッ!?」
そして、俺が少し自身を失っていた自分に活を入れて【王の剣】としての姿を見せようとした矢先だった――――奴らが姿を現したのは。
上空から猛スピードで接近し、俺に蹴りをかましてきた竜人による強襲。それを【行動予測】で見切り既での所で左腕で受け止めたが、凄まじい蹴りの威力を相殺しきれずに俺はそのまま空中から地面へと落下してしまった。
「しまった……! 狙われていたのか……!?」
「シュラララ……また逢えたな“アーティファクトの騎士”!」
「お前は……シュララ=シュララララ……!!」
「ネビュラ=リンドヴルムだ!! 名前を忘れたんならちゃんと『忘れた』って言え!! うろ覚えで印象に残っている笑い方を引用してんじゃねーッ!!」
俺を地面に引き摺りおろして空中から喋りかけるのはネビュラ=リンドヴルム、魔王軍最高幹部の一人。
「他の者は『亡獣』とリンドヴルム殿が連れてきた飛竜の挟撃で手助けできまい……さぁ、雪辱を果たさせてもらおうか!」
「ガンドルフ……!」
さらに俺の背後、退路を断つように現れたのはガンドルフ=ヴォルクワーゲン、【大罪】の候補にも選ばれた獅子の獣人。
「魔王様からの命令だ……悪いけど、ここで倒されてもらうぜ……ラムダ……!」
「…………ルリ…………」
「言ったな……戦場で遭ったら『敵』だって……! アタシはあんたを倒す覚悟を決めた……ラムダも覚悟を決めやがれ!!」
「…………残念だ……!」
そして、俺の目の前から歩いてきたのは狼の亜人種であるルリ=ヴァナルガンド、奇しくも『友達』になってしまった魔王軍の最高幹部のひとり。
前後と上空を抑えられた“三対一”、それも最高幹部級三名による連携だ。どうやら魔王グラトニスを怒らせてしまったらしいな。
「シュラララ……魔王グラトニスは大層ご立腹! ダモクレス騎士団の殲滅命令を下してくれたぞ……シューラララララ!!」
「と言うわけで……これより我らは『人間狩り』を始める! 貴殿と“アーティファクトの少女”以外は皆殺しにせよと指令を受けているのでな……!」
「これも女神なき『理想郷』の為だ……! ラムダ、仲間を失っても文句は言うなよ!!」
「上等だ……! 三人まとめてグラトニスに送り返してやる!!」
怒りの魔王から下された『ダモクレス騎士団壊滅命令』、戦場の中で決裂したルリとの“友情”、孤立した状態での戦闘、それが俺に降り掛かった試練。
だが、負けるわけにはいかない。
今度こそ魔王グラトニスに一矢報いる為にも、この試練を乗り越えてみせる。
「シュラララ……魔王軍最高幹部【大罪】が一角……【蹂躙】ネビュラ=リンドヴルム!!」
「同じく魔王軍最高幹部【大罪】が一角、【破壊】のルリ=ヴァナルガンド!!」
「魔王軍大幹部、【暴虐】のガンドルフ=ヴォルクワーゲン!!」
「王立ダモクレス騎士団【王の剣】……ラムダ=エンシェント……!!」
「「「「いざ尋常に――――勝負ッ!!」」」」




