第192話: 言葉の刃
「今は大切な『勧誘』の最中じゃ……邪魔をせんでくれんかの?」
「黙りなさい……! ラムダさんは【王の剣】、そして私の『騎士』、決して貴女の部下になんてさせないわ……!!」
「これはそなたにも益のある話じゃぞ? ルシファーもそなたを心配しておる……」
「黙りなさい、黙りなさい、黙りなさい!! 貴女の望みは【ラストアーク】でしょ、この“色欲の魔女”が……!!」
「儂をその忌み名で呼ぶな……小生意気な人形が……!」
激昂して語気を荒らげたノア、拳銃を突き付けられてもなお動じる事なく言葉を紡ぐグラトニス、そして……俺は自分がしでかそうとしていた事実に身体を震わせることしかできなかった。
騒然とする店内、気が動転して固まったうさ耳の店員、鼻腔を擽る美食の匂いだけを残して修羅場と化した空間。其処でノアは強大なグラトニスに単身で挑んでいた。
「ラムダさんを懐柔する為に色欲の権能を惜しみ無く使った分際でよく吠えるわね?」
「むぅ……もう少しで防衛機構を突破できたと言うに……間の悪い女じゃ……!」
「後ろは振り向くな、そのまま両手を上に挙げなさい! 少しでも身体を動かせば、脳天に弾丸を見舞うわ……!!」
「クフフ……儂が脳に銃弾を喰らったぐらいで死ぬとでも……? めっちゃ痛くて悶えるだけじゃぞ?」
「痛いのは痛いんだ……」
両手を上に挙げてノアに従う素振りは見せるが、グラトニスの表情から薄ら笑いは消えていない。ノアが手にした銃では一切動じないと言うことなのだろう。
だが、グラトニスが余裕を見せてもノアが狼狽えることは無い。彼女にも策があるのだろう。
「――――で、要件は何じゃ? 魔王軍への志願なら喜んで歓迎するぞ?」
「今すぐ此処から退きなさい! 無論……手ぶらでね……!」
「儂に上半身裸になって、手でブラジャーをしながら帰れと……? 随分とエッチな要求じゃな///」
「違う違う、ノアはそんなこと言ってない! なんでそっちに話を持っていった!?」
しかめっ面のノア、不敵に笑うグラトニス、二人の少女の膠着は続く。おそらくは、どちらかが行動を起こせばその時点で戦局は一気に終わる。
それが理解っているからこそ、ノアもグラトニスも会話を続けながら相手の隙を窺い続けていた。
俺がノアの為にと余計なことをすれば、かえって彼女が不利を被るだろう。だから今は事の成り行きを見守るしかない……ツッコミは入れるが。
「儂は“アーティファクトの騎士”とそなたを我が臣下に加えたいだけじゃ。ヴィンセントとか言う“道化師”の下で使い捨てにされるよりも、儂の下に居ったほうが利口じゃと思うが?」
「私にとっては貴女もヴィンセント陛下も等しく『無価値』な相手よ。私がこの身を捧げた“所有者”はラムダ=エンシェントのみ……!」
「つれんのぅ……なら、そのラムダが儂を“主”と仰げばそなたも儂に忠を誓うのかの?」
「貴女が『色欲』の権能を使って魅了せずに、後ろから不意打ちで判断を鈍らせず、正々堂々と真正面から我が“所有者”を口説き落とせたら……私も貴女に従いましょう……!!」
「むっ……儂の手癖を見破ったのか……? クッフッフ……ルシファーの報告通り、頭脳は冴えるようじゃな……!」
「相手を侮らず、自身の能力に胡座をかかず、“勝利”の為ならあらゆる努力を惜しまない……そう言う貴女も油断ならない相手のようね?」
お互いの腹の探り合い、相手の“弱点”か“逆鱗”を突き合う一触触発の遊戯、言葉の“爆弾”を打ち返し合う球技――――剣を振るしか能の無い俺では出来そうに無い芸当。それをノアとグラトニスは淡々と続けていく。
見ているだけで気が滅入りそうだ。売り言葉に買い言葉を重ねて、感情を揺さぶる『地雷』を起爆させられた方の負け。
戦闘能力だけで無く、口喧嘩にも秀でていなければ魔王グラトニスには届かない。ノアは『怒り』を露わにしつつも冷笑を浮かべる魔王を追い詰めようと冷静に言の葉を選んでいる。
そうしなければグラトニスには『言葉の刃』は届かない……すぐに良いように言い包められた自分が恥ずかしい。
「クッフッフ……やはりそなたとラムダ=エンシェントはヴィンセントには惜しい逸材じゃ……! そなたの“頭脳”とラムダ=エンシェントの技能があれば儂は必ずや女神アーカーシャを討てる……!」
「女神アーカーシャの解体に貴女は不要よ……! 女神に喧嘩を売りたければ、一人で売っていなさい……!!」
「そう言う訳にもいかんでな。儂が欲している戦艦【ラストアーク】にはそなたと言う『鍵』が必要なのじゃ……! 見返りにそなたの抱えた『問題』を解決してやろう……良い取り引きじゃとは思わんか?」
「不要――――私はもう自分の『末路』は見出したわ……! 甘い誘惑をするには少し遅かったわね?」
ふと……俺は気付いてしまった。
魔王グラトニスが俺とノアを『ラムダ=エンシェント』と『ノア=ラストアーク』として認識して、俺たち個人を欲していたことに。
ヴィンセント国王陛下は俺を『アーティファクトの使い手』と、ノアを『アーティファクトを識る人形』としか認識してくれなかった。俺もノアも『アーティファクトのおまけ』としか映っていなかった。
だが、魔王グラトニスは『アーティファクト』に関わった俺とノアをきちんと“一人の人格を持つ者”として接していたのだ。彼の魔王は決して俺たちを蔑ろにはしなかった。
その事実に気付いて、少しだけ悲しくなってしまった。魔王グラトニスの言うように、俺もノアもグランティアーゼ王国にとっては都合のいい『駒』でしかないのだろう。
「自分の『末路』……? 何を言っているのじゃ……そなた……!?」
「そして……貴女は『隙』を晒した……! これで“王手”ね……!!」
「――――やめろ、ノア!! 何をしている、自殺する気か!?」
そして、“アーティファクトの少女”と“暴食の魔王”の静かな戦いは大きく揺れ動く。
自身の“勝ち”を確信したノアが取った行動は『自死』――――右手に握った拳銃の銃口を自分のこめかみに押し当てて、彼女はにこりと微笑んだ。
魔王グラトニスは俺とノアを欲し、戦艦【ラストアーク】を手中に収めるにはノアが必要と言った。つまり、ノアが死ねば魔王グラトニスの計画は全てが水泡に帰す。
それを把握してノアは『自死』を選んだのだろう。
だが、そんな軽率な行動を俺が許す筈も無い。
思わず『やめろ』と叫んでしまった。ノアが死んで魔王グラトニスの野望を台無しにしたとしても、それは俺の『希望』も失われることを意味している。
そんなのは絶対に駄目だ。
「拳銃で自殺をする気か!? くっ、みすみす優秀な人材を死なせてたまる……か…………ッ!?」
「そして……これが“詰み”よ……!!」
「なっ……拳銃が……二丁じゃと……!?」
「くすくす……後ろに目を付けた方が良いわね?」
ノアは俺のそんな感情すら利用した。
俺が『自殺する気か!?』と言った瞬間にノアは魔王グラトニスの後頭部に押し当てていた銃口を彼女の身体から僅かに後ろに下げて放し、魔王グラトニスに『自分の後頭部に当てていた拳銃を自殺の為に外した』と誤認させて、彼女に自分の自殺を食い止めさせる為に立ち上がらせた上で後ろに振り返らせた。
そして、魔王グラトニスの視界に映ったのはノアの左手に握られた拳銃の銃口と、ノアのこめかみに押し当てられた右手で握った拳銃。
二丁拳銃――――それがノアが取った“切り札”。魔王グラトニスを見事に欺いた一撃だった。
「まんまと騙された気分はどう?」
「貴様……ラムダ=エンシェントの反応まで利用して……!?」
「貴女の知能は私の『領域』にはほど遠い……じゃあね♪」
「貴様――――ガッ!?」
そして、自身の失態を悟ったグラトニスが動くよりも早く、ノアの『怒り』は放たれた。
ニコリと笑って左手の拳銃の引き金を引いたノア、その瞬間に“パァン”と破裂音をさせて銃口から撃ち出されて魔王グラトニスの脳天に直撃した弾丸、そして頭部に出来た傷口から鮮血を撒き散らしながら背後のテーブルへと倒れたグラトニス。
俺すら利用して虚を突いたノアの凶弾に撃たれ、致命傷を負った魔王はテーブルを真っ二つにへし折りながら床へと落ちて、彼女はそのままピクリとも動かなくなってしまった。
それがノアとグラトニスの戦いの末路――――俺を手玉にとった魔王グラトニスを、ノアが軽々と手玉にとった瞬間だった。
「後ろを取られていたせいで、『自身の肌の感触』と『ラムダさんのリアクション』で私が何をしようとしているか判断せざるをえなかった貴女の『負け』よ……ルクスリア=グラトニス……!!」
 




