第186話:野生の掟
「さぁ、到着しましたよ、此処が獣国ベスティアの首都【ヴィル・フォルテス】です……!」
「此処が獣国の首都……!」
――――賢者テウメッサに案内され獣国ベスティアへと入国してから三日後の正午、俺たちグランティアーゼ王国の使節団は獣国ベスティアの首都へと到着した。
獣国首都【ヴィル・フォルテス】――――広大な荒野のど真ん中に築かれた都市で、一帯で唯一の水源を中心に建てられた生物たちの憩いの場。
豊富な水源によって街には緑が溢れ、高度な建築技法で建てられた住居には綺羅びやかな装束と豪華な装飾品で着飾った獣人や亜人の姿が見える。
一見すれば王都や幻影未来都市のような華やかな場所に見える……が、それは街に住む『強者』だけに許された『特権』だった。
「オラオラァ、弱者の分際でなに『疲れたから休ませてください』とか寝言かましてんだ!? さっさと俺たち家族の夕飯を獲ってくるんだよ、この【鉄】の雑魚がッ!!」
「ヒィ……!? い、行きます、今日の夕飯をもっと獲ってきます! だから殴らないで……!!」
「あなた……【銅】の身分で【金】の私に意見するの? 生意気ね……うちのペットの餌にしてあげる……この小娘を拘束しなさい!」
「待って……り、理不尽です!! あ、あたしはただ……お給料が突然減らされた理由を知りたいだけで……!」
「あんたたち【銅】の雑魚な雄が、この【白金】のあたしに勝てる訳ないじゃ~ん♪ さっさとひれ伏せ、このザ〜コ♡」
「ぐっ……申し訳……ございません……!!」
街を歩く俺たちが見たのは完全なる『弱肉強食』の差別社会、強者が弱者を食い物にする“獣”のしきたりで成り立った世界だった。
弱者を殴る者、弱者を理不尽に貶める者、弱者をいたぶる嗜虐心を満たす者、強者たちは各々の“本能”の赴くままに弱者を蹂躙する。
その光景に異を唱える強者は居らず、ただ当たり前の風景として認識しているだけ。率直な感想で言うと、俺には理解し難い。
「相変わらず“強さ”で身分が決まる世界なんですね、獣国は……反吐が出る!」
「くすくす……私に敗れて国を追われた貴方が凄んでも『負け犬の遠吠え』にしか聞こえませんよ……メインクーンさん?」
「昔の話よ……! 今の私はグランティアーゼ王国最高位の騎士である【王の剣】だ! 見くびらないことね、テウメッサ……!!」
「この獣国で『奴隷』になりたくなくて、メソメソと泣きながらグランティアーゼに逃げて行った無様な子猫ちゃんを見くびるな? くすくす……無理な相談ねぇ……?」
「賢者テウメッサ殿……僕の同志であるメインクーン卿を辱めるのは止めて頂けますか? 彼女はもう貴殿の記憶に残る『弱者』ではない……!!」
「くすくす……これは失礼を、錬金術師様。無謀にも私に勝負を挑み、返り討ちにあって、私の足に縋って命乞いをした子猫ちゃんが今でも鮮明に記憶に残っていたので……」
そして、過去の因縁から口論に発展したメインクーン卿とテウメッサの喧騒を見て、俺はこの獣国の『仕組み』を理解した。
完全実力主義の社会、それが獣国ベスティアの在り方。
この国では個々人の実力……率直な言い方をすれば『戦闘力』に応じて『階級』が設定され、高い身分の者は低い身分の者に対して何をしても許されるらしい。
暴力、強奪、強姦、隷属、果ては殺人まで。それが獣国ベスティアの実態、まさしく『弱肉強食』の縮図と言える。
「――――この獣国で与えられる階級は下から順に【鉄】【銅】【銀】【金】【白金】【真鍮】【白銀】……そして、王のみに許された【緋金】の八階級……! あっ、もちろん私の階級は【白銀】ですよ♪」
「冒険者ギルドのランク分けみたいですね、ラムダさん?」
「確かに……人間も『同じ穴のムジナ』ってか……」
とは言え、それは人間社会も同じこと。グランティアーゼ王国でも『平民』や『貴族』など身分が分かれているし、冒険者ギルドでも細かく『階級』分けがなされていた。
流石に殺しまで許されている訳では無いが、高い身分の者が下に優位性をひけらかせたりしている。そう言った生命体故の“性質”を極限まで許したのがこの獣国ベスティアなのだろう。
コレットやメインクーン卿が帰国を嫌がる理由がそこにあったのだ。
「階級が高ければ高いほど、下の身分を馬車馬のようにこき使って財を成せ、多くの番を囲める……」
「つまり……一夫多妻も一妻多夫も認められると……?」
「ええ、そうですよ聖女オリビア……! 現に私には二十人の【真鍮】階級の“夫”がいますので……」
「ラムダ様……獣国に引っ越しましょう!!」
「落ち着け!」
「聖女オリビア……この獣国では『人間』はもれなく【鉄】の下の特別階級で、所謂“人権”は一切認められませんが……?」
「――――ぺっ、引っ越しませんわこんな国……!」
「オリビア……後で説教な……!!」
強者は全てを手に入れ、弱者は全てを奪われる。
とてもじゃないが俺は住みたいとは思えない、あまりにも過酷すぎる。それに、テウメッサの言葉が正しいなら、メインクーン卿はこの国の仕組みを忌避して逃げたことになる。
そも、『強者』側ならともかく、『弱者』にこの獣国に住む利点がないのではとも思える。
「そんなむちゃくちゃな法整備で国が成り立つのですか、賢者テウメッサ? 仮に僕が【鉄】なら早々に国から脱出を図るが……」
「法……? 無意味な疑問ですね、錬金術師様? 大型魚の“餌”になるしかない小魚が陸に逃げ込んだ事象を観たことがありますか? 肉食獣の“餌”にしかなれない小動物が住処から離れる事がありましょうか?」
「無いな……」
「我ら獣の因子を持つ者は“理性”では無く“本能”に従ってこの獣国で生きている。理解しているのです、『弱肉強食』たる“野生の掟”を……!」
脳裏によぎった疑問を口にしてテウメッサを問い詰めるセブンスコード卿だったが、狐の獣人はくすりと笑うと彼の言葉に異を唱えた。
獣国の人々は“野生の掟”に従っていると。
「喰われるのが嫌なら下剋上すればいい、『強者』になることを諦めたのなら『弱者』として尻尾を振ればいい……稀なのですよ、この獣国から無様に尻尾を巻いて逃げる腰抜けの存在なんて……ねぇ、メインクーンさん?」
「………………ッ!!」
「この獣国の者は殆どが“掟”に従って生きて、日々己を鍛え上げ、虎視眈々と下剋上を狙い、いつかは獣国の王へと至らんと考えているわ。そんな向上心も野心も無く、おめおめとグランティアーゼへと退散した『負け犬』のメインクーンさんには“野生”が無いのかしら?」
「この……私は……私は……!!」
テウメッサ曰く、この獣国では“下剋上”が認められていると。仮に『階級』が低くても、己を磨き上げて『強者』を下したのなら、より高い身分へと昇格できると。
そう言われて周りを見渡せば、『強者』に殴られている低階級であろう獣人の姿が。どんなに殴られ、どんなに蹴られても、逃げることなくその暴力を受け止めて、でもその瞳には“怒り”を灯している。
まだ諦めていないのだろう、喰われるだけの存在に成り下がるのを良しとしないのだろう。厳しい環境で生きているからこその“生存本能”、それこそが獣人亜人に備わった“獣の因子”なのだろう。
テウメッサに連れられて【ヴィル・フォルテス】の大通りを歩く俺たちが見る獣国ベスティアの“掟”、全てが暴力に委ねられた獣の世界。
「さぁ、見えてきましたよ……獣国ベスティア最強の獣、“狼王”フェンリルが待つ城が!」
そして俺たちは間もなく出逢う、この獣国で最強の王と。




