第184話:蹂躙の竜
「シュラララ……シューラララララ!! ようやく到着か、待ちくたびれたぞ“アーティファクトの騎士”!!」
「竜人……! 貴様がリンドヴルムか!!」
「シュラララ……如何にも、オレ様こそ魔王軍最高幹部【大罪】が一角、荒れ狂う【蹂躙】の竜――――名をネビュラ=リンドヴルム! 以後、お見知りおきを……シューラララララ!!」
「変な笑い方しやがって!」
「いきなり竜の個性を貶しやがった!? シュララ……ふ、ふはふは……シュララララ……」
「笑い方変えようとして諦めた……」
――――【スルクス渓谷林】王立騎士団野営地、時刻は深夜。吊り橋の主塔の尖端でしゃがみながら此方に嫌味ったらしく礼をした竜人の男に歓迎されて、俺は空から地面に降り立った。
ルリと別れ、アウラの愛梟の鳴き声に導かれて帰還した俺を待っていたのは三つ巴の激戦――――無数の飛竜を従えた竜人の男・ネビュラ率いる魔王軍、先ほど目撃したのと同じ黄金の焔で形作られた狐の怪物『亡獣』、そしてその二つに挟撃された王立騎士団。
状況としては劣勢――――地上を素早く動き回り騎士たちを辻切りのように襲っていく亡獣、隙を見せれば頭上から飛竜の発達した脚から繰り出される爪が襲いかかる。
そして極めつけは――――
「しばらくぶりだな、“アーティファクトの騎士”よ……!」
「ガンドルフ=ヴォルクワーゲン……!」
――――俺の背後を退路を塞ぐように立つ獅子の獣人。
ガンドルフ=ヴォルクワーゲン――――王都に魔王グラトニスの宣戦布告の使者として訪れ、俺と決闘をした男。リリィに敗れ【大罪】にこそ名を連ねてはいないがその実力は一級品の強者だ。
「その右腕……山羊の頭部か……? 悪趣味だな……!」
「フフフ……貴殿に雪辱を果たす為にグラトニス様に見繕って貰った新たな腕だ……! まぁ、グラトニス様には『お主アホなのか?』と怪訝な表情をされたが……」
「シュララララ……そりゃするだろう……腕に山羊の頭引っ付けるとか常人じゃ考えないっての……」
「味方にまで苦言を呈されている……」
以前の決闘で失った右腕を山羊の頭部を手の代わりに付けた奇っ怪なものに換装して、俺へのリベンジを誓う獅子。
ただ腕を復元した訳で無く、より強靭な腕を付けたのでも無く、魔王グラトニスが正気を疑うような腕を見繕った。なら、あの山羊の頭部を模した腕は恐ろしい何かを隠しているのだろう。
そこまでの暴挙に出るほどに俺が憎いのか、あの決闘で自身の“矜持”がズタボロにされたのが気に食わないのか、いずれにせよガンドルフが以前よりも手強くなっていることは容易に想像できる。
「ラムダ卿、何処に行っていたんだ!?」
「此方は窮地ですよ!」
「申し訳ございません、セブンスコード卿、メインクーン卿、森の外れに湧いた『亡獣』の駆除を行っていました!」
「ホロウ……ビースト……? さっきから僕たちを襲っている黄金の狐みたいな魔物の事だな?」
「半年前の『エピファネイア事変』以降に獣国各地で出現するようになった魔物ですにゃ!」
「ヒィィィ……! 食べるならオリビアさんの方が良いですよー!」
「ちょっとノアさん、わたしを盾にしないでくださーい!」
そして、暗い森の中を縦横無尽に飛び回る黄金の獣、『亡獣』も問題だ。
既に『狩り』に入った獣は騎士たちに次々と襲いかかる。幸いなのは、オリビアの祝福とアウラが展開した時間神殿による逆行で護られて、騎士たちに死者が出ていないことだった。
だが、魔王軍と亡獣を退かせないといずれは被害が出始めるだろう。故に問題には手早く対処しなければならない。
「さて、魔王軍には早々にお帰り願おうか!」
「シュラララ! そうはいかんな……オレ様の目的はそこな“アーティファクトの少女”だからなァ!!」
「ヒェェェ……!? 捕食されちゃうぅぅ……(泣)」
「それは――――俺が『ノアの騎士』と知った上での発言だろうな、ネビュラ=リンドヴルム!!」
「シュララララ! 吹けば消し飛ぶ『人間』風情が、『竜』たるオレ様から人形を守り切れるかな? シューラララララ!!」
「無視されてるぅぅ……私ヒロインなのにぃぃ……!!」
オリビアの後ろに隠れてヒロインぶっている余命数年の阿呆のリアクション芸は兎も角、魔王グラトニスやその手先には好き勝手にされたくは無い。
獣国の使者との約束の時間も間もなく……一気に片を付けてやる。
「私がリンドヴルムを相手します! セブンスコード卿とメインクーン卿はガンドルフを!!」
「ラムダ卿め、美味しい所を……!」
「しかし、禄に空中を飛べない我らではリンドヴルムを相手出来ないのも事実……! ここはラムダ卿の案に乗るしかないですね!!」
「シュララララ……! リリエット、ネクロヅマ、ストルマリアを撃ち破った“アーティファクトの騎士”……相手にとって不足なしッ!!」
「フン、我の獲物も“アーティファクトの騎士”だと言うに……! まぁ良い、木っ端な【王の剣】の死体で我が無聊を慰めるとするか……!!」
「わたくし達は『亡獣』なる魔物を討ちます! コレット、全員に“強化”の焔を!!」
「あの獣……何……? 観ていると苛々してくる……!!」
「コレット……どうしたのだ……?」
俺が空中に飛び出して左腕を空に向ければ、リンドヴルムは吊り橋から飛び降りて強靭な右脚で俺が広げた掌を蹴りつける。
そして、ガンドルフが左腕で振り下ろした斧を後方跳躍で躱して、セブンスコード卿は自身の目の前に“銀”で精製された球体を召喚して、メインクーン卿は腰にぶら下げていた細剣を手にとって臨戦態勢へ。
残る騎士たちはレティシアの指揮の下、『亡獣』を討つべく体勢を整える。
「空中の飛竜どもを蹴散らすわ! ジブリール、手伝いなさい!!」
「やれやれ……弊機に命令しないでください、リリエット=ルージュ……! 今からしようと思っていた所ですぅ……!」
「あんた子どもか!?」
「聖剣【リーヴスラシル】解放……って、この獣さっきから僕たちを執拗に狙うよ〜!?」
「この動き方……あたし達に掛けられたコレットお姉ちゃんの焔に釣られているのだ!!」
「なんですって!? くっ……ならば【七天の王冠】――――“火炎剣”!! これでわたくしの方へ誘き寄せますわ!!」
「コレットさんの焔を食べているの……!?」
「違うよ、オリビアさん……! あの獣、コレットちゃんの焔に同調している……!!」
「わ、私の焔に……!? な、何故……?」
しかし、地上での動きはやや不穏。
どうやら『亡獣』はコレットがスキルで放出した焔に過敏に反応を示しているらしい。
仲間達を攻撃してコレットが付与した焔を掠め取るように奪って、自らの形を形成する焔に加えこんでいく獣。すでに相当量の【狐火】を喰ったのか、『亡獣』の躯体は俺が斃した個体よりもさらに膨れ上がり、“狐”と言うよりは“象”と形容するほうが良いほどに巨大化していた。
「――――Grrrrrr!!」
「何だよコイツ……!! さっきからコレットさんの焔ばっかり喰いやがって……さては偏食家だな!?」
「わたくしの炎には目もくれないとは……致し方なし……! コレット、わたくし達への支援を解除! オリビア、代わりにあなたの加護をわたくし達に回して!」
「分かりました、レティシアさん!」
「私が……これでは『無能』に……! 違う……違うッ!! 私はラムダ様の為にも役に立たなくてはならない……私の邪魔をするな……邪魔をするなァァーーーーッ!!」
「コレットさん……何を……キャア!?」
そして、その盤面を打破しようとした瞬間に『事件』は起きた。
焔を喰らう性質を理解してレティシアがコレットを後ろに下げようとした時だった、コレットの何かが弾けたのは。
声を荒らげて、獰猛な『獣』のように吠え立てて、身体から黄金の焔を放出して、近くにいたノアを巻き添えにしてまであらん限りの“怒り”を吐き出したコレット。
その黄金の焔は……彼女の目の前で牙を剥いた『亡獣』を形作った黄金の焔と同じように輝いて、深夜の森を目が眩むほどの金色で包んでいった。
「シュラララ……! 見つけたぞ……あの狐が失われた幼体か……!! ガンドルフ、その狐を奪え!!」
「――――承知!!」
「ガァァ……アァァ……ガァァァアアアアアア!!」
「ノア様! 弊機の後ろに……!!」
「コレットちゃん……何が……!?」
「あの黄金の焔……半年前の『エピファネイア事変』で大地を灼いた“憤怒の魔王”の焔……!」
「コレット……コレット、駄目だ!! 俺との『約束』を忘れるな!!」
自身を制御出来なくなって、おどろおどろしい怪物のような雄叫びをあげて焔を振り撒いて燃え盛るコレット――――その姿は以前戦った“嫉妬の魔王”を彷彿とさせる程に苛烈で、彼女の近くで何故かジッと佇んだ『亡獣』よりも勢いよく燃えていた。
そんなコレットに何かを察したように金色の瞳を輝かせて標的を『ノア』から『コレット』へと移し替えたリンドヴルムとガンドルフ。
リンドヴルムはコレットに気を取られた俺をすり抜けて、ガンドルフはセブンスコード卿とメインクーン卿の動揺を突いて二人を突き飛ばして、一斉にコレットへと魔の手を伸ばす。
だが、二人がコレットに手を出すよりも早く、事態は動いた。
『――――“氷の棺”……!』
「ガァァアア、アッ―――――」
「コレットが凍らされた……!? この氷……まさかヴァナルガンド……!!」
深い森の何処かから飛んできた白い吹雪のような突風、そしてコレットの足下に着弾した魔力の弾が炸裂した瞬間だった……コレットが氷の棺のような物体に閉じ込められて動きを止めたのは。
全身を氷漬けにされて完全に停止したコレット、その氷の棺を認識した瞬間に動きを止めたリンドヴルムとガンドルフ、そして何かを察したように姿を暗ました『亡獣』。
一触即発の事態こそ避けられたが、戦いに横槍を入れた『第三者』が居ることが露呈し、そして俺はコレットを凍らせた者が誰かを察してしまった。
『いい加減にしろ、ネビュラ、ガンドルフ! “狼王”の機嫌を損ねたらどう責任を取るつもりだ!?』
「シュラララ……残念だがここで手打ちのようだな、【破壊】のヴァナルガンド様がお怒りだ……!」
「だが……これで『獣国の公現祭』の続きが出来るとフェンリル殿にお伝え出来そうだな……!」
「この声……嘘だ……」
「シュラララ……挨拶はこの程度で終わらせろとお達しが来た……では今回はそろそろお暇させてもらおうか……シュラララララ!!」
「“アーティファクトの騎士”、今宵はその首を預けておこう……!!」
リンドヴルムとガンドルフを諌めるように響き渡った少女の怒号、その声に『ヴァナルガンド』の名を出して苦虫を噛み潰したような表情をした二人の男。
だがその顔には不気味な笑顔を貼り付けて、そのまま二人は配下を引き連れて夜の闇の中へと紛れて消えていった。
追おうと思えば追えた……けど、俺にはリンドヴルムとガンドルフの行方にも、響いた『友達』の声にも関心が向かなかった。それ以上に、冷たい氷に閉じ込められたコレットが心配だったから。
「コレット……しっかりしろコレット!!」
「離れてマスター……! 弊機とレティシアで氷を溶かしてみせます……!!」
「ラムダ様、氷から手を離してください! レティシアさんとジブリールさんの炎に巻き込まれますよ!」
「なんだ……ラムダ卿のメイドに何が……!?」
「黄金の焔……私の祖国、獣国ベスティアに伝わる伝承の……“憤怒の焔”……!」
「メインクーン卿、それはどういう意味かな……?」
「コレット=エピファネイア……事と場合によっては、我々は彼女を殺すことになるでしょう……!!」
「ミネルヴァ……逃げた敵の反応をこっそり追跡するのだ……! もちろん、見つかっちゃ駄目だからね……」
「リンドヴルム……ヴォルクワーゲン……そしてヴァナルガンド……!! グラトニス様……まさか、また『公現祭』を催すつもりなの……!?」
波乱に次ぐ波乱、獣国ベスティアに潜んだ魔獣の胎動、近づいた『獣国の公現祭』――――邪悪なる陰謀は夜明けと共に始まる。




