第20話:穏やかな時間
「まったく〜ノア様は節操がありませんー! コレットの尻尾は気安く触らないで欲しいです〜」
「ごめんなさいー、悪気は無かったの。そんなに怒らないで……ねっ、“公現祭”ちゃん?」
「はいはい、ふたりともお喋りしない。今回の依頼は採集クエストなんだから下を見る、下を!」
新たな仲間であるコレットと出会ってから5時間後、俺たちはオトゥールから離れ、再びロクウルスの森へと足を運んでいた。
冒険者ギルドで受けたランクEの採集依頼『火炎茸二十本の納品』を達成するためだ。
「ノア、コレット、いまどれぐらいキノコ集まったー?」
「まだ二本です〜ラムダ様〜」
「私は一本……ねぇ、全然見つからないんですけど〜?」
「う〜ん、この辺りは狩られ尽くしたのかな?」
火炎茸――――燃ゆる様な赤い模様が特徴の食用キノコ。
一件、凄く辛そうな名称とは裏腹に味としてはピリッと僅かに刺激がある程度で、主に肉料理の添え物として出される。温暖な気候であるこのロクウルスの森に自生している事が多い。
今回はオトゥールにある小さな道具屋の店主からの依頼であり、一応、魔物が生息する森での収穫になる為に俺たちの様な冒険者が出向く事となったのだ。
しかし、成果はイマイチ。かれこれ三時間ほど探し回っているが、見つけれた火炎茸の数はたったの五本。まだ1/4程しか集まっていない状況だった。
「近くでキノコの匂いもしませんし〜、場所を変えませんか~ラムダ様〜?」
「そうだな……もう少し遠出して、ラジアータの近くまで行ってみようか?」
「ラジアータ? それってどんなところなんですか、ラムダさん?」
茸の匂いがコレットの嗅覚にも反応していない状態となると今現在、捜索範囲では火炎茸の収穫は困難。
そこで俺たちは、ロクウルスの森をサートゥス側に向かった先にある小さな農村・ラジアータに向かうことにした。
「ラジアータはエンシェント辺境伯が治める領地の一画にある小さな農村で、そこで小麦の栽培なんかをしているんだ」
「へぇ~、なるほどなるほど。ラムダさんはそのラジアータの村には行ったことがあるんですか?」
「いや……実は無くてね。あー……たしか、同じ学校に通っていたオリビアって子が見習いの【神官】としてラジアータに配属されるって一昨日、俺が『神授の儀』を受ける前に言っていたような……」
「『ツヴァイ様、またしてもラムダ様に唾を付けようとする悪い虫の気配あり。至急、処されたり。コレット=エピファネイア』……っと」
「やめなさい、コレット……」
道中、新たに見つけた火炎茸は一本だけ、時刻は既にお昼過ぎ。街道から逸れて歩いていた俺たちは少し広々とした空間に出たので、そこで昼食を摂ろうと考えていた。
「そろそろ昼食にしよっか? コレット、お昼ご飯を出してくれる?」
「昼餉のお時間ですね~お任せ下さいー!」
「わぁ~、いよ、待ってましたー!」
そして、俺の昼食の相槌と共にノアは眼をキラキラと輝かせ初め、コレットは『待ってました』と言わんばかりの勢いでお得意の収納魔法で格納していた昼食や地面に敷くシート等をいそいそと用意し始める。
「森の中でご飯だなんて、なんだかピクニックみたいですね、ラムダさん」
「まぁ、魔物も彷徨いているから、絶対安全とは言えないけどね……」
「それではお待たせしました〜! 本日の昼食は、『火炎茸とワイバーン肉のサンドイッチ』になります~!」
「今回の依頼で収穫する火炎茸を使った料理を食うのか……」
流石はメイドと言うか何と言うか、コレットは手際良く料理を配膳し、あっという間に俺とノアの目の前にはサンドイッチと紅茶が用意されていた。
料理から漂ってくる甘美な香りは鼻孔を突き抜けて俺の食欲を刺激し、さっきまで意識もしていなかった筈の空腹感が腹の中に一気に押し寄せてくる。
「今回のお料理は市販の出来合えなので、コレットの手作りをご用意出来なくて申し訳ないです~。次回はしっかりと手作りをご用意させていただきますね~、ラムダ様ー」
「楽しみにしてるよ、コレット。じゃあ……いただきまーす!」
「いっただっきまーす♪」
俺の合掌と共に一斉に食事にありつく3人。一時の安息、一時の羽休め、栄誉たっぷりの食事を摂って俺たちはこの後の依頼に向けて英気を養う。
「…………! 美味しい〜♡ 初めて『サンドイッチ』って食べたけど……こんなに美味しいなんて知らなかった〜!」
「こら、ノア! はしたないから口いっぱいに頬張らないの!」
「ところでー、ノア様はいったい何方からこの地方にいらしたのでしょうかー? その服装はこの辺りのものでは無さそうなので〜、どこか遠くからいらしたのですか~?」
「――ッ! そ、それはだな……」
サンドイッチを頬張りながらコレットはノアに『どこの出身か?』を尋ねる。そう言えば、俺もノアは『過去から来た』ぐらいにしか認識していなかった。
だが、もしノアがどこか知っている土地から来たというのなら、もしかしたら故郷の土を踏ませてあげれるかも知れない…………と、ふと考えてしまう。
「私の故郷……? え〜っと、無いような……あるような……?」
「生まれが分からないのですか〜?」
「まぁ、そんなところ。物心付いた頃には研究所に籠もりっぱなしだったから……」
しかし、ノアは故郷の話になった途端、口籠って歯切れが悪そうに『故郷は分からない』としか答えなかった。
故郷は分からず、気付いた時から研究所に籠もっていた。以前、ノアは自らの職業を【科学者】と自称していた。
きっと、若くして様々な研究開発を行う優れた技師だったのであろう。
「研究にお熱で、故郷については考えもしなかったってこと?」
「まぁ、そんなところですね。当時の私には『故郷を想う』なんて感情は芽生えていなかったので……」
「はえ〜、ノア様も大変な人生を歩んでらしたのですね~。それはそうとー、結局の所、ノア様にとっての故郷……思い入れのある場所はあるのでしょうか〜?」
各々、サンドイッチを食べ、紅茶を喉に流し込みながら会話を弾ませる。思えば、エンシェント家に居た頃はこんな気軽な食事なんてしたことが無かったと考えてしまう。
作法に厳しく、会話も無く、ただ黙々と料理を口に運び、栄養を摂取するだけの行為。それが『貴族の食事』と言うのなら、『エンシェント』の“柵”から解放された今の生活はどことなく俺の性に合っている様な気がする。
「……ふふっ」
「どうしたんですか、ラムダさん? 嬉しそうに笑って?」
「いや……なんだか楽しいなって思って……」
「ふえぇ~、ラムダ様は貴族生活がお嫌いだったのですか〜?」
「楽しい……そっか、ラムダさんも私と同じ……」
穏やかな時間、細やかな幸福。
あの日、家を追放された時は随分と悲観的になっていたが、ノアとコレットのお陰で随分と肩の荷が下りた様な気がしていた。
しかし、俺は『気を抜きすぎていた』――――すぐ近くまで、脅威が近付いていることに、俺はギリギリまで気付くことが出来なかった。
「それで〜結局、ノア様の故郷はいず……ッ!!」
「どうしたんだ? コレッ……ッ!」
他愛ない会話の中で、最初に異変に勘付いたのはコレット。彼女の有する危機察知スキル【野生の勘(狐)】の賜物だろう。
コレットの尻尾は毛が逆立って大きく膨らんでおり、彼女の瞳孔は臨戦態勢が如く鋭く細まっていた。
次に異変に気付いたのは俺――――感じるのは木々のざわめき、地面の僅かな振動、何処からともなく聴こえる小枝を踏み潰す様な音。そして、鼻腔を付く血の匂い。
「…………? どうしたんですか、ふたりとも? おトイレですか? もぐもぐ……もぐもぐ……」
なんでノアは呑気に飯を続行しているんだ?
「ラムダ様……凄く、嫌な気配がします……」
「奇遇だな、俺もだよ……!」
「もぐもぐ……もぐもぐ……あっ、私のサンドイッチがもうない……」
臨戦態勢に入る俺とコレット、その傍らでなおもサンドイッチに手を付けるノア……待て、そのサンドイッチは他人のじゃないか?
それはさて置き、ピリピリと張り詰めた空気、固唾を呑んで“驚異”が現れるのを待つ俺たち。
徐々に大きくなる気配を前に、高鳴る鼓動、滴る汗、耳に聴こえるは紅茶を啜るノアの嚥下音。
そして、“バキバキッ!”と大木を踏み潰したかの様な一際大きな音を響かせて、『ソレ』は現れた。
浅黒い肌、人間の背丈の三倍はありそうな巨体、額から生えた小さな二本の角、手にした人の背丈と同じ大きさはありそうな鉄の棍棒。
「――――オークか!」
そこに居たのは『オーク』と呼ばれ魔人種に分類される魔物。
一昨日のガルムと同じく、本来ならこのロクウルスの森には生息しない筈の怪物――――招かれざる客人。
この魔物との邂逅が後に重要な“運命の分岐点”になるとは、この時の俺は想像もしていなかった。
「サンドイッチ、美味し〜♡」
「お労しや、ノア様……。完全にサンドイッチの虜になっていますの~」
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