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【第四部】忘れじのデウス・エクス・マキナ 〜外れ職業【ゴミ漁り】と外れスキル【ゴミ拾い】のせいで追放された名門貴族の少年、古代超文明のアーティファクト(ゴミ)を拾い最強の存在へと覚醒する〜  作者: アパッチ
第七章:獣国の公現祭《エピファネイア》

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ケモノの記憶③:その傷から滴る血はほろ苦く


「いい加減にしなさい、コレット! まだ洗濯一つまともにこなせないのですか!?」

「申し訳……ありません……」


「まったく……いくらツヴァイ様のご紹介で雇ったメイドとは言え、このような無惨なざまではエンシェント家に仕えるメイドの品位が疑われます!」

「…………」


「ツヴァイ様のお顔にも泥を塗る事になるのですよ? 理解しているのですか、コレット=エピファネイア?」

「はい……重々承知しております……申し訳ございませんでした……」



 エンシェント辺境伯に仕えるメイドになって早一ヶ月、私は順調に()()()()()()()()()()()()


 理由は単純に私が『無能』だったから。


 獣国ベスティアとグランティアーゼ王国の国境沿いで発生した『エピファネイア事変』の折に心神喪失状態で発見された、過去の記憶の全てを失っていた私には決定的に『生きる理由』が欠落していた。


 仕事は一向に身に付かず、他のメイド達とも禄にコミュニケーションも取れない、器物破損は日常茶飯事。



「ほんと……せっかく役立たずのシータが居なくなったと思ったのに、また役立たずが追加とか嫌になるわ〜(笑)」

「生まれ変わりかもよ、あのシータの……(笑)」


「くすくす……ラムダ様に媚を売ってなんとか解雇クビにされずに済んで、気が付いたら死んでいた無能の再来……」

「そのうち死ぬんじゃ無いかしら、あのコレットとか言う狐……くすくす……」



 メイド長に叱責されている私に周囲から投げ掛けられる嘲笑ちょうしょうの言葉――――シータ=カミングの再来、四年前にある事件に巻き込まれて命を落としたエンシェント家の従者の侮辱。


 どうやら、ラムダ様の心に深い傷を残したメスと同じ立場に私はあったらしい。



「もういいです、洗濯の残りは私が片付けて置きますので……! あなたはラムダ様の寝室の片付けをしてきなさい!」

「はい……承知致しました……」



 今日もまた言い付けられていた洗濯を時間までにこなせずに私は怒られて、いつものラムダ様の部屋の清掃へと向かわされた。


 四年前までは別のメイドが率先して行っていたラムダ様の給仕、今は当のラムダ様がメイドを部屋に入れたがらず、万が一ラムダ様の逆鱗に触れても良いように新参である“無能な私”が清掃に係るようになっていた。


 無論、嫌がらせのつもりなのだろう――――以前、別のメイドがラムダ様の部屋に入った際に彼は怪訝な表情かおをしたと聞いた。


 無能な私なら怒られても良いのだろう、あわよくばラムダ様に追い出されれば良いと思っているのだろう。



「…………苛つく…………」

「何か言いましたか、コレット?」

「いいえ……すぐにラムダ様のお部屋に向かいます……」

「虚ろな目の癖に態度は反抗的なようですね? まったく……シータと言いあなたと言い、役立たずなんていい迷惑ですよ……」



 苛立つ感情、逆立つ尻尾の毛、精神ココロに燻った怒りの焔を『こんなこと取るに足らない些事さじだ』と割り切って、私はラムダ様の部屋へと向かう。


 苛つく、苛つく、苛つく――――なぜこんなにも苛つくの?


 私の立場の悪さが原因か、メイド達が見ず知らずの『シータ』と私を重ねているのが原因か、ラムダ様が私と距離を取っているのが原因か。考えれば考える程に頭痛がして、胸が苦しくなって、忘れていた“憤怒”が込み上げてくる。


 正直な話、私が『本気』を出せばこんなチンケな屋敷、街ごと消し炭に出来る。それだけの『力』が私には備わっている……筈だ。



「違う……違う、違う、違う……!! 私はそんな乱暴な事はしない……もう忘れたの……『ケモノ』の記憶は……!!」



 駄目、思い出すな。

 

 私はもう『■■』じゃ無い。

 ツヴァイ様から名を与えられた『コレット』だ。


 怒りも、激情も、“憤怒”も、全てあの死地に置いて来た筈だ。だから……思い出すな、一生忘れていろ。



「ねー、コレットちゃん……ちょっといい?」

「…………何でしょうか、先輩…………?」



 そんな事を考えながら歩いて、あと少しでラムダ様の部屋に辿り着こうとした時、私は二人のメイドに道を塞がれてしまった。


 二人は私をやっかむ先輩メイド。私の事を悪く言っていた集団のリーダー格だ。



「あんたさぁ、生意気なんだよ! 禄に仕事も出来ない無能の分際でさぁ!」

「同じ給料貰ってるとかわたし達に失礼じゃ無い、エピファネイアちゃん?」


「…………それはエンシェント辺境伯に談判されては如何ですか?」

「わたし達に意見する気なの、エピファネイアちゃん? 本当にありえない……!!」

「しかも新入りの癖にうち等を差し置いてラムダ様の給仕をさせて貰えるとか生意気!! 立場をわきまえなよ犬畜生が!」



 これでもかと浴びせられる罵詈雑言……正直、不愉快だ。今すぐにでもこの二人を焼き殺したい。


 けれど私は此処ではしがないメイドだ。

 問題を起こしてツヴァイ様に迷惑を掛けたくない。



 だから、二人の耳障りな暴言を無視してラムダ様の部屋に向かおうとして、二人の側を横切ろうとした瞬間だった――――


「ねぇ……無視すんなや狐ェ!!」

「――――グッ……!? な、何を……!?」


 ――――ひとりのメイドが私の鳩尾みぞおちに膝蹴りを仕掛けてきたのは。



 鈍く身体を貫く激痛、ただのメイドでは出しようのないダメージに私の意識は揺らいで、そのままうずくまるように廊下に倒れ込んでしまう。



「あたし……これでも元冒険者なの……! つまり……腕っぷしには自身ある訳よ!」

「ゲホッ……ゲホッ……こんな事して……エンシェント辺境伯が黙っては……」


「そうね、このままじゃ処罰を受けるのはわたしたち……でも、『死人に口無し』って言うじゃ無い?」

「…………ッ! 頭上にシャンデリア……まさか……!?」



 そして、倒れた私の頭上には廊下を彩る大きなシャンデリア。


 膝蹴りをかましたメイドとは別のもう片方が、そのシャンデリアを吊らしていた紐に風の魔法を掛けていくのが見えた。



()()()()()()みたいにラムダ様に取り入ろうとするとか最悪……! マジでウザいのよ、あんた!」

「くすくす……だからね、あなたには『不慮の事故』で死んで貰うわ……! 大丈夫、あなた『無能』だもの……うっかりシャンデリアを落下させて死ぬなんて仕方のない事よね?」


「ぐっ……この外道が……! 恥を知れ……愚か者がァァーーーーッ!!」

「――――キャ!? 何この金色の焔は!?」

「コイツまずい! 今すぐに死になさい!!」



 怒りのあまり身体から溢れた“憤怒の焔”、それを見て怯えたようにシャンデリアの紐を切り落としたメイド、重力に引かれて私へと真っ逆さまに落ちてくるシャンデリア。


 私の本能が告げている――――これは避けれない、私は死んだと。


 ケモノの“生死”に関わる勘はよく当たる。

 大丈夫な時は大丈夫、死ぬ時は死ぬ、そんなものだ。


 だから、もう無駄な抵抗はしなかった。


 むしろ楽になれるのだ。

 身を焦がすような“憤怒”に怯えなくて良い。


 そう思って、全部諦めて、私は短い生涯を終えようとした。この世界は『弱肉強食』――――私は弱くて、強者に喰い殺されたと考えればまだ納得出来ると思っていた。



「コレットォォーーーーッ!!」

「…………ラムダ……様……!?」



 彼が身を挺して私を助けるまでは。


 廊下を全速力で駆けて、シャンデリアに潰される直前で飛び込んで、私を抱きかかえて転がるように“死”を躱してみせたのはラムダ様。


 本来、私たちメイドが命を賭して守らねばならぬ貴族のご子息に、私は助けられてしまったのだ。



「ラ、ラムダ様……これは……その……」

「何のつもりだ……お前たちッ!! コレットを殺す気だったのか!?」

「じ、事故です! うち等はただ……!」


「言い訳は結構……テメェ等、屋敷の裏に来いや……!」

「ヒッ……ゼ、ゼクス様……!?」

「屋敷の備品を故意に壊して、メイドを殺そうとした。それ相応の覚悟が出来てんだろうなぁ、ア゛ァ!?」



 犯行の決定的瞬間を目撃され、怒り心頭のラムダ様と遅れて現れたゼクス様に詰問された二人のメイド――――後に彼女たちはエンシェント家のメイドから解雇されたらしい。



「ラムダちゃん、コレットの傷を手当てしてやんな……! テメェが助けたんだ、最後まで面倒見ろ、良いな?」

「分かっています。俺の部屋に、コレット……」



 痛みで動けなくなった私を抱きかかえて自室へと連れて行こうと歩き始めたラムダ様。思えば、人間ニンゲンに、それも男性に身体を許したのは初めての経験だった。


 彼の鍛えられた腕は熱く熱を帯びて、訓練用の道着越しに私の肌に触れた彼の胸板はとても硬く、けれどその精神ココロにはぽっかりと孔が空いているような気がして。



「ラムダ様……頬から血が……!」

「――――掠り傷だよ、気にしないで」



 シャンデリアが落ちた拍子に散った破片で切った頬から流れた彼の血が私の唇に滴って、その血はほろ苦く私の心を揺さぶった。


 私の“死”の直感を『意志』の力で覆したラムダ様。


 その時からだった――――私が彼を特別な存在だと意識し始めたのは。

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