ケモノの記憶①:黄金の荒野で『私』は目覚める
「…………此処は何処? 妾……私は誰……?」
――――目が覚めた時、私は黄金の焔が燃え盛る大地の上に立っていた。
夕陽に照らされた小麦のような金色に光る焔、焼け焦げた死肉の臭い、どこまでも続く“死”の光景。
そんな地獄のような場所に私は何故か居た。
なんで居たかは思い出せない、思い出したくない。
焼けて消失したであろう衣服、煤で汚れた身体、黄金に輝く狐尾――――私と言う“獣”の目覚め。
名前を忘れた、家族を忘れた、感情を忘れた、目の前の大地を灼き尽くす程の“憤怒”を忘れた……忘れて、思い出せなくなった。
「ドラグーン7、先行するな!! 聴こえているのか、ツヴァイ=エンシェント!!」
「リリエット=ルージューーーーッ!!」
「よくも私の従僕を殺したわね……この蚊蜻蛉が!!」
ふと、上を見上げれば、空中で刃を振りながら死闘を演じる“羽虫”が数匹――――飛竜に跨った人間の女が二匹、四枚の翼で空を舞う淫魔らしき女が一匹。
バラバラに刻まれて墜落する女型の魔物の死骸の奥、黄金の焔に灼かれた死地とは真逆の『自由』な空で舞う女、怒りを覚える程に邪魔で、見惚れる程に美しい。
「固有スキル発動――――【抜刀術:一閃】!!」
「――――ハッ! もう見切ったっての、そんな攻撃!!」
「――――ッ、躱された!?」
「ドラグーン7! あなたの攻撃は既に見切られているわ、退きなさい!!」
「止めないでください、ツェーネル先輩!! 団長に重傷を負わせたこの淫魔は、私が仕留めてみせます!!」
「威勢だけは最高ね、ツヴァイ=エンシェント……!! 鬱陶しくて敵わないわ!!」
目にも止まらぬ速さの抜刀術で攻撃を仕掛ける【竜騎士】の女、攻撃範囲を見極め大きく左に避けて抜刀術をいなした【淫魔】、ピンク髪の女を叱責する黒髪の【竜騎士】。
三人の女の奏でる美しき空中戦、地を這う獣である私には届かない場所での攻防を、私はただジッと見つめる事しか出来なかった。
それの……なんて苛立たしい事だろうか。
忘却の彼方へと消え去った“憤怒”の代わりに湧いて来た“激情”――――空へと至れない自分への怒り、上空で舞う女どもへと抱いた怒り、その美しい光景を私に観せた女神への怒り、そんな感情が尻尾から溢れては大地を再び黄金に染めていく。
「固有スキル【吸血搾精】!! 死になさい……“蜉蝣”」
「ツヴァイの周囲に血の球体……!? ドラグーン7、回避を!!」
「私は……逃げないッ!! 唸れ……竜の息吹……!!」
竜騎士の女を取り囲んだ無数の“血”の球体――――恐らくは“針”に変化して獲物を串刺しにする“吸血鬼”の技だろう。
それを察した黒髪の女は『回避』を促しているが、ピンク髪の女は聞き入れる事なく抜刀の姿勢へと入る。
理解が出来ない――――そのまま突っ込めば死ぬと“本能”は警告を発していないのか?
私なら黒髪の女の忠告通り一旦距離を取って攻撃に備えるだろう。それが『野生』で生き残る秘訣、五感では無く“本能”に従って生きる『獣』の流儀だ。
なのに、あの【竜騎士】は“死”を目前にしても怯むことなく刃を構えている。
「なんて……美しいのだろうか……私も……空に行きたい……!」
手を伸ばしても届かない『空』、其処で輝く“魂”の焔、生まれて始めて観た純然たる『想い』に突き動かされた人間の“心”。
野生に生きる私が、『理性』を持ち得た瞬間。
人間に近付こうと思った瞬間。
胸に燃えていた“憤怒”は小さく陰って、私に芽生えたのはささやかな“憧れ”の感情。名も忘れた“獣”が見つけた『理想の生き方』。
「抜刀――――ハァァアアアアア!!」
「私の部下を皆殺しにした大技か!? だめ、躱しきれ――――キャアッ!?」
飛竜から身体を投げ出して抜刀と共に瞬間移動した竜騎士、その直後に淫魔の周囲に発生した無数の斬撃、轟いたのは竜の息吹のような空気の斬り裂かれる音。
強い『意志』が“死”を警告する本能すら乗り越えて、輝く瞬間――――私の『心』は奪われた。
「必殺……ツヴァイ☆すぺしゃる……」
「ガァ……グゥゥ……!! わ、私の肌に傷が……!!」
「血の鎧で防御したのか……!? ツ、ツヴァイ、すぐに逃げなさい!!」
そして、私の見ている中で戦いは一応の終幕を迎えた。
疲弊して落下した竜騎士、彼女を受け止めた飛竜、血の鎧で致命傷は避けたが全身血まみれになった淫魔、敵への追撃を試みる黒髪の竜騎士。
「ぐぅ……この怪我じゃこれ以上戦えないか……! 王立ダモクレス騎士団の団長をひとり再起不能にしたけど……“憤怒の魔王”の覚醒には失敗……」
「逃がすか、【吸血淫魔】!!」
「――――逃げるわ!! でも、私の部下を殺して、私の自慢の肌に傷を付けたあなたは……次に遭ったら殺すわ、ツヴァイ=エンシェント!!」
「リリエット……ルージュ……!」
血反吐を吐きながら、二人の竜騎士に捨て台詞を吐いて何処かへと去っていく淫魔。その脅威が去るまで剣を構え続けて、最後まで油断しなかった二人の竜騎士。
黄金の焔が煌めく死地の上空で繰り広げられた女の戦い、雄を巡る生存を賭けた戦いでは無く、お互いの“誇り”を賭けたその気高き戦いは私の心を強く揺さぶった。
「ツヴァイ、しっかり! あなた、なんて無茶をするの!?」
「ツ、ツェーネル先輩……ごめんなさい……」
「ほら、回復薬を飲みなさい! リリエット=ルージュは去ったわ、彼女の部下も全滅させれたし……お手柄よ、ツヴァイ……!」
「えへへ……観ていてくれていますか、シータさん? 私……頑張ったよ……!」
「さぁ、急いで生存者を探さないと! まさか『獣国の公現祭』がこんな大惨事になるなんて……!!」
「これじゃあ……【獣国ベスティア】とグランティアーゼ王国との友好にも亀裂が……!」
手渡された回復薬を飲み干して疲弊した身体を癒やしたピンク髪の女は、黒髪の女と共に飛竜を駆って死地と化した大地を飛び回る。生存者を探し出す為に。
けれど、彼女たちの頑張りは徒労に終わる。
この大地の獣は全て『■』が殺したのだから。
彼女たちも薄々は分かっている筈だ、生存者が居ないことなんて。黄金のように燃え盛った“憤怒の焔”に灼かれて皆死んでいった。
だからお願い……私を見つけないで。
「ツェーネル先輩! あそこに誰か居ます!」
「生存者か……!? 狐の亜人種……間違い無い、生存者が居たぞ!!」
けれど、そんな私の懇願も虚しく、二人は私を見つけてしまい、彼女たちは血相を変えて此方へと近づいて来た。
ボロボロの身体を引き摺りながら、見ず知らずの私を助けようとする女――――獣の私には理解できない感情、理解できない意志、私の知らない“何か”に突き動かされた人間が私の目の前にやって来る。
「あなた、大丈夫!? 酷い火傷だわ……! ツェーネル先輩、急いで手当てをしないと!!」
「分かっている! 少し待っていて!」
「あなた、名前は? 家族は居ないの? 私が探すから、知っている事があったら教えて!」
「私の名前……私の家族……? 覚えていない……忘れた……」
「あなた……記憶が……!?」
「私は……ただの“獣”……私は……」
「…………大丈夫。私が付いていてあげるから、泣かないで……!!」
灼熱の地獄と化した大地、黄金の焔が麦畑のように大地を彩った死地、後に『エピファネイア事変』と呼ばれた惨劇の地で私は彼女と出会った。
私を抱きしめて、仮面の奥から雫を流しながら、『もう大丈夫だよ』と囁く人間の女性。
彼女の名はツヴァイ=エンシェント――――私が出会った最初の人間、私に新しい世界を教えてくれた恩人。
私……コレット=エピファネイアの目覚めの記憶。
第七章『獣国の公現祭』始まりましたー♪
よろしくお願い致します(^o^)ノシ




