第178話:遠い『未来』に別れを告げて
「ラムダ様、良かったのですか?」
「どうしたんだ、オリビア?」
「その……トリニティさんとストルマリアさんのお墓を造らなくても……」
――――“嫉妬の魔王”の討伐、幻影未来都市【カル・テンポリス】及び其処に住む全てのエルフの消滅から数時間後、エルフの里【アマレ】跡。
当初の目的であったアーティファクトの回収、そして魔王軍最高幹部【大罪】の二角であるレイズ=ネクロヅマとエイダ=ストルマリアを打ち破る快挙を成した俺たち王立ダモクレス騎士団は、無人の廃墟に逆戻りした此処を後にして王都へと帰還する準備を進めていた。
そんな折、オリビアは憂いた表情で俺にトリニティ卿たちの弔いをしなくて良いのかと問うてきていた。
「あぁ……それなら必要ないよ、オリビア」
「…………? 何故ですか、ラムダ様?」
「実は……せめて二人の遺品を回収しようと思って、残されていた大太刀と聖槍を拾ったんだけど……スキルが発動しなくってね……!」
「それって……!?」
「俺の固有スキルで他人の所有物を取得する条件は、『所有者が自らの意思で遺棄したもの』か『所有者が死亡して所有権を失った』かのどちらかだ」
「つまり……トリニティさんとストルマリアさんは……!」
「あぁ……また会えるってことさ、オリビア……!」
「…………いい感じに締めてますけど、もしかしてお二人の武器を寝取るつもりだったのですか?」
「…………いや…………その…………」
「目が泳いでいますね……」
けれどオリビアの心配はただの杞憂だ。
俺の固有スキルが発動せず、二人の武器が取得出来なかった以上、トリニティ卿もストルマリアも死んではいないのだろう。五体満足であるかどうかの保証も無いが……きっと大丈夫だと思っている。
だから、二人の墓なんて要らなくて、世界樹の苗を護るように刺さった大太刀と聖槍は、いつか正当な所有者が再び手にすると信じている。
「まぁ……トリニティ卿とストルマリアには仲直りの時間が必要だから……今はそっとしておこう……」
「ラムダ様…………そうですね……!」
300年続いた軋轢を埋めるための時間、二人が睦まじい姉妹に戻るための時間――――それが終われば彼女たちは再び俺たちの前に姿を現すだろう。
その時を、俺たちはただ待つだけで良い。
まぁ、トリニティ卿は『消息不明』扱いでフレイムヘイズ卿に報告しなければならないのだが……早く帰って来て欲しいものだ。
「ノア、回収した【時の歯車“来”】は?」
「はいは~い、私がしっかりと管理しているので大丈夫ですよ~♪」
「そっか……ふぅ、これで任務達成だな! きっと国王陛下から賞与が出るぞ……!」
「アーティファクトの回収、魔王軍最高幹部の撃破、“嫉妬の魔王”の討伐……お疲れ様でした、ラムダさん♪」
そして、回収したアーティファクトの検査をしていたノアに声を掛ける。
彼女に訊きたいのは『とある事項』について――――今回の一件、『アスハ=アウリオン』の存在についての疑問を確認したかったから。
「それで……ノア……アスハの存在についてなんだけど……」
「聞きたいですか? いい返事はしませんよ?」
「――――構わない! アスハ……彼女の存在は、『俺の未来』を決定付ける要因にはなり得るか?」
「…………なり得ません。アスハ=アウリオン……彼女がラムダさんとアウラちゃんの“未来の娘”であったとしても、それが“現在のラムダさん”の将来を保証する要因にはなりません……!」
アスハが俺とアウラの娘だったとして、なら俺は将来『確実にアウラとの間に娘を授かれる』のかどうか――――ノアの答えは『否定』だった。
「アスハちゃんの存在は……あくまでも無数に枝分かれした未来の中で、『ラムダさんとアウラちゃんの間に娘ができる』可能性が存在していると言う事象の観測ができただけにすぎません!」
「つまり……??」
「この先のラムダさんの人生次第で、『二人の間に子どもは授からなかった』もしくは『ラムダさんかアウラちゃんのどちらかが、もしくは双方が道半ばで死亡する』可能性もあると言うことです!」
「そっか……」
「ですので、アスハちゃんの存在だけで『俺はアウラに子どもを産ませたんだ』とか『この先の人生も安泰なんだ』と勘違いしないようにお願いしますね? あくまでも、『そんな未来もあり得る』だけですから!」
「…………」
どうもアスハの存在は『俺の未来を確定させる』要因にはならないらしい。
彼女が居る『未来』は、俺が歩む数ある『未来』の内の一つ。つまり、アスハの言った通り――――彼女に再会するには俺の強い“願望”が必要になるのだろう。
「もう一度……会いたいな……」
「なら、早くこの戦争を終わらせてぇ〜、さっさとアウラちゃんに子どもを仕込むことですね~♪」
「いや……まだ俺には“父親”になる資格なんて無いよ。まだ……大人になったばかりなんだから……」
「ふ~ん……本能の赴くままに女の子は抱く癖に、変なところで律儀なんですね……」
「あはは……一応、避妊はしてるから……」
「あっそう…………でもそれじゃあ私が間に合わない……」
「ノア……? 何が間に合わないんだ?」
「…………どうせ女の子の避妊魔法だよりなんでしょ? 事故っても知りませんよ〜? ノアちゃん特製の避妊薬が間に合わなくなっても知りません、と言う意味です!」
「…………肝に銘じておくよ」
「ぬっふっふ〜♪ さぁ~て、誰が最初にラムダさんの子どもを身籠るのかな〜♪」
もう一度、彼女に会いたい――――そんな微かな望みを口にすれば、ノアは俺を咎めるように誂ってニヤリと笑う。
アスハの正体を俺が伝えても、『やっぱり……』と苦笑いするだけで、特に拗ねるわけでも“嫉妬”するわけでも無かった。
「アスハちゃんと……もう一度会えたらいいですね、ラムダさん♪」
「そうだな……今度はちゃんと胸を張って会えるように努力するよ……!」
「子作りの努力を……!? ラムダさんのエッチ……///」
「違う違う! ちゃんとした大人になるって意味だよ///」
ただ、また会えたら良いねと励まして……少し誂われたけど。
また会いたいと思える、再開するまで生きたいと思える理由がまた一つ見つかっただけでも、アスハと過ごした時間には意味があったのだろう。
アスハ=アウリオンは確かに『現在』に居たのだと、俺の“魂”に痕跡をしっかりと残してくれて。
「ラムダ卿……ラ〜ムダ卿♡♡♡」
「う゛っ……!? ル、ルチア卿……」
「お喋りは終わった~♡ ねぇねぇ、ラムダ卿〜♡ あたしともお喋りして欲しいなぁ〜♡」
「あの……今はノアと今後の予定を……」
「あーっ!? アウラちゃん、その梟どこで見つけてきたの〜!? 私にも見せてーー(棒読み)」
「逃げた……あいつぅ……俺を見捨てやがってぇ……!!」
アスハの事には自分なりの『答え』を得たが、問題はまだ山積みだ。
その内の一つが、ルチアについて。
「ルチア卿……インヴィディアの刻んだ“魔女の烙印”が消失して不調な筈では……? シスター=ラナは担架で運ばれていますよ……?」
「う、う~ん……右眼がくらくらするぅぅぅ……」
「さあ、我が親衛隊! シスター=ラナをせっせと運びますわよ!」
「承知しました、お嬢様!」
「ラナの貧弱者と一緒にしちゃダメ〜♡ あたしは【王の剣】に選定された選ばれし強者なのよ〜♡」
「知ってます……知ってますから左腕に抱きつくのはやめていただきたい……」
「くすくす……言ったでしょ? あたしは強い雄が大好きなの……! 特に……あたしを屈服させるラムダ卿みたいな最強の雄が……♡♡♡」
どうも今回の一件でルチアの俺に対する評価が完全に変わってしまったらしい。
王都に居た時は俺を屈服させると豪語していた筈のルチアだったが、俺が母親である聖女ティオの仇を討ち、“魔女の烙印”に操られていた彼女を救ったことで、『ラムダ卿はあたしに気がある』と認識したらしい。
ルチアを救ったのはあくまで結果論であり、彼女を救うために戦った訳では無いのだが、当の本人からすれば些細なことなのかも知れない。
「強くて、優しくて、いざって時には『覚悟』を決める……ラムダ卿こそ、あたしが求めた『理想の雄』……♡」
「その想い、理解りますわ……! わたくしもラムダ卿を『理想の騎士』とお慕いしていますので……」
「あはは……どうもありがとうございます……(汗)」
「ハァ~……また女を誑したよ、あの団長……同僚も遠慮なく手籠めにするとか呆れるわぁ……」
「もっと言ってやってください、アンジュ様〜! はぁ~……このままではコレットは【保育士】にされそうです〜(泣)」
「うぅ……見てる、ティオ? あなたの娘にも恋人ができたよ……」
「エリスちゃん、違うわよ〜(笑) ルチアちゃん、ラムダ団長に言い寄ってるただの尻軽なだけよ〜(笑)」
「オリビアさん……ラムダさんが大変なことになってるけど良いの?」
「何がですか、アリアさん? いくら有象無象の女がラムダ様に群がっても、わたしの“正妻”の地位が揺らぐことは無いので何の問題もありませんが?」
「…………強い…………」
「そもそも、ラムダ様の部屋で色っぽく喘いでいたアリアさんが言えた立場で……?」
「…………すみません/// 何が防音仕様の部屋だよ……バレてるじゃないか……///」
「はぁ~……ラムダ様ったら、本当に節操の無いNTRTNP野郎なんですから……」
「オリビアさん……口が悪いよぉ……この人のどこが『聖女』なんだよぉ……」
各々に思いの丈を言い合う女性陣――――事の真相を伏せているからトリニティ卿は『消息不明』扱いの筈なのに、彼女たちはまるで気にして無さそうだ。
喪失を紛らわす為の強がりか。
はたまた、『また会える』と感じているのか。
それは俺には分からないが、少なくともトリニティ卿の進退が把握できている以上、俺がとやかく言っても仕方ないことだろう。
それに、まだ魔王軍との戦争は始まったばかりだ。アスハへと繋がる『未来』を勝ち取る為にも、俺にはまだ立ち止まる事は許されない。
「お兄ちゃーん! そろそろ王都に帰るのだ!」
「アウラ……その腕に乗っけった梟は……??」
「んっ、この子か? 何処からともなく飛んで来てあたしに懐いちゃったのだ♪」
「ホー!」
「この子が【サン・シルヴァーエ大森林】の外まで案内してくれるそうなのだ! なっ……ミネルヴァ♪」
「ミネルヴァ……! そっか……じゃあ案内よろしくな……ミネルヴァ……!」
「因みに、『ミネルヴァ』の名前を引き出したのは、このコレットでーす! ラムダ様、褒めてくださっても良いのですよ~♪」
まだ見ぬ『未来』へ向けて、再び“時の歯車”は廻りだす。行く末は暗雲、俺に待ち構える運命は“破滅”か“幸福”か――――その先に『彼女』はいるかも分からない。
けれど俺は、前を向いて『未来』へと歩んで征く。
再び『彼女』に会った時に、胸を張って“父親”と名乗れるように。
「お兄ちゃん……ノアお姉ちゃんの冒険が終わったら、あたしの『夢』に付き合って欲しいのだ!」
「アウラの『夢』……? どんな『夢』なの?」
「それはね……このエルフの故郷に街を築くこと……! エルフたちの眠らぬ不夜城――――“幻影未来都市”【カル・テンポリス】を創り上げたいのだ!」
「…………良いね♪ なら、先ずはアウラの名前を冠した図書館から創ろうか!」
グランティアーゼ王国から来た騎士たちはそれぞれの決意を胸に、“時紡ぎの巫女”の新たな愛梟『ミネルヴァ』に導かれて迷いの森を駆け抜ける。
それは俺たちが観た“幻”、俺たちの人生を隠した“影”、俺たちが歩むかも知れない“未来”、俺たちがいつか築き上げる“都市”――――不思議な少女、“刻の幻影”アウラ=アウリオンが観せた“幻影”。
幻影未来都市【カル・テンポリス】での戦い――――通称『刻の幻影事変』、これにて閉幕。




