第19話:従者コレットの災難
「――――様。―――ダ様。ラムダ様、起きてほしいですー、ラムダ様〜」
誰かの声が聴こえる。眠っていた俺の意識は誰かの声で呼び戻されて、瞼の裏に朝の日差しが突き刺さる。
「なんだよ……ノア? まだ早いじゃないか……」
「はい? あのぅ……コレットは『ノア』って名前じゃないのですが……」
「――ハッ!?」
ノアの透き通るような声とはまた違う、少したどたどしい少女の声にぼんやりとしていた意識は冷水を掛けられたように覚醒し、俺は慌てて布団から飛び起きる。
「あ〜ようやく起きてくれたですー! おはようございます、ラムダ様ー」
「お前……コレット!?」
ベットの前に立って俺の目覚めを待っていたのは、エンシェント家から支給されるメイド服に身を包み、大きな狐耳ともふもふした尻尾をふりふりと振るひとりの少女。
コレット=エピファネイア――――エンシェント家に仕えるメイドのひとりで、つい最近、姉であるツヴァイ=エンシェントが連れてきた狐系亜人種の少女だ。
「はいー! 不肖、コレット=エピファネイア、ツヴァイ=エンシェント様の脅……いえ、命を受けてこれよりラムダ様の従者としてお供させていただくですー!」
「脅されたの? ツヴァイ姉さんに……?」
「…………はいですー、ツヴァイ様に脅されてここに来ましたのですー(泣)」
〜〜〜
暫くし、ようやく落ち着きを取り戻したコレットは、一枚の手紙を俺に差し出してきた。
「これ……ツヴァイ姉さんから?」
「はいですー。ツヴァイ様からラムダ様にこの手紙と幾つかの手土産をお預かりしてますー」
手紙の送り主はツヴァイ=エンシェント、俺の姉だ。
そして、コレットの言葉通り、彼女の後ろには両手で持たなければいけない程の大きなトランクが置かれていた。
「どれどれ?」
その大荷物を見て、コレットの言葉を信用した俺は姉さんからの手紙に目を通す。
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――――拝啓、親愛なる我が弟ラムダへ
先日の邸宅での出来事の後、貴方を探してサートゥスを駆け回り、住人から貴方が街から離れたと聴きました。
本来であれば私が同行したいのですが、折り悪く王都より緊急の招集を受けたため、心苦しいですが私はサートゥスを離れなければなりません。
そこで私が見繕ったメイドのコレットを『逆らったら尻尾を斬り落とす』と脅して、貴方の従者として同行させる事にしました。
彼女に私からのお小遣いと幾つかの装備品やアイテムを持参させたので、お姉ちゃんの形見だと思って大切に使って欲しいです。
あと、私の自宅が王都にあるので、いつでも住みにきて良いよ。
――――貴方の愛しのお姉ちゃんより
追伸:コレットへ――――私のかわいいラムダに悪い虫が付いていた場合は速やかに私に報告するように。処します。
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「ふえぇ~、ラムダ様〜(泣)」
「姉さんさぁ……」
ツヴァイ=エンシェントは俺を溺愛している。
理由は簡単、粗暴な弟と手に負えない兄の板挟みにされ、心労の多い姉さんは唯一手のかからない俺を溺愛するようになっていったのだ。
その結果俺が心配なあまりに姉さんはエンシェント家に仕えていたメイドのコレットを脅迫して、俺に仕送りをしてきたのだ。
「ラムダ様~、コレットはどうしたら良いのですか~? このもふもふ狐尾は斬られたくないです~!」
「あ~はいはい……ともかく、俺たちはオトゥールを離れて各地を回る予定だから、コレットも一緒に付いて来るかい?」
「! 良いんですかー、ラムダ様~?」
「まぁ、コレットがツヴァイ姉さんの命令で派遣されたなら、俺も断れないしさ」
あの姉さんに従者として同行するように脅迫されたのなら、立場の弱いコレットには拒否権はない。俺は既に路頭に迷っているぐらいにパニックになっているコレットに旅への同行を促す。
無論、屋敷を飛び出したコレットが俺の誘いを断るはずもなく、エンシェント家に仕えるメイド、コレット=エピファネイアは俺の従者として旅に同行することとなった。
「では、改めまして~、従者・コレット=エピファネイアと申しますー。我が主、ラムダ=エンシェント様~、これから末永くよろしくお願いいたします~!」
メイド服のスカートの裾を両手で摘んで広げながら静々と頭を垂れて改めて俺に対して忠誠を誓うコレットは、自らの身分の証としてスキル【二次元の閲覧者】を表示し俺に能力を開示する。
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名前:コレット=エピファネイア
年齢:15 総合能力ランク:Lv.15
体力:90/90 魔力:200/200
攻撃力:70 防御力:25
筋力:20 耐久:20
知力:130 技量:90
敏捷:80 運:20
冒険者ランク:なし 所属ギルド:なし
職業:【メイド:Lv.1】(MP・魔力・技量に成長ボーナス)
固有スキル:【玖色焔狐・煉獄焔尾:Lv.1】
保有技能:【狐火:Lv.3】【幻術:Lv.1】【超嗅覚(狐):Lv.2】【野生の勘(狐):Lv.2】【収納術(魔法):Lv.2】
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「固有スキルが物々し過ぎる……」
「えへへ~、実はコレットも自分の固有スキルのことはよく分かっていないのです〜。後ほど分かる範囲で説明します~」
画面に表示されたコレットのステータスは、どれも普段からのほほんとした性格の彼女には似つかわしくないほどに優秀であり、ほんの少しだけ羨ましい感じてしまう。
俺の見立てではコレットの能力は十分。恐らく、姉さんは『従者として必要十分な能力を有し』かつ『性格上、落伍者扱いである俺であっても忠誠を誓える』人材としてコレットを選んだのだろう。脅してたけど。
なら、旅の仲間としてはこれ以上にない人材だ。冒険に於いても、彼女の持つスキルはおおいに活躍することだろう。
「ところで〜、ラムダ様〜、先程『俺たち』と仰られていましたが~、誰かと一緒に居られるのですか~?」
「ギクッ! そ、それはだなコレット……!」
迂闊だった、コレットはノアの事を知らない。古代文明人であるノアの事をコレットになんて説明しよう。ましてや、女神アーカーシャの真実を知らせるのももってのほか、何か上手い言い訳は無いものか。
「う、う~ん……もう朝? ラムダさん、あと3時間寝てても良いですか……?」
「ギクギクッ!!」
「っ!!? 誰ですか、ベッドに居るのは〜!?」
そんな事を考えている内にノアは目覚めてしまい、瞼をゴシゴシと擦りながら、布団から身体を起こしてしまった。
同じベット、しかもシングル。そんな狭いベットに男女が一緒に寝ていたのだ。これは誤魔化しようが無い。
「ま、まさか……ラムダ様、もう女性を手籠めにされていたのですか~!?」
「ち、違うんだコレット! こ、これには深い訳が……!!」
「おはようございます、ラムダさ……あーっ!? 狐耳のメイドさんがいるー! すごーい、私、ケモ耳した人って初めて見ましたー!」
「ぴゃあー!? なんですかこの方はー!?」
が、俺たちの関係が疑われるよりも先にコレットに気付いたノアは目を輝かせて彼女に突撃、身体中をもみくちゃにし始めてしまうのだった。
「尻尾もふもふ〜♡ ねぇねぇ、けも耳があるって事は……人間の耳ってやっぱりないの? そのもみあげ捲っていーい?」
「あ、あぁ……止めてほしいです〜! ラムダ様〜助けて〜!」
「はぁ……騒がしくなるなー」
こうして、俺たちは旅の仲間として新たにコレット=エピファネイアを加えるのだった。
「お手紙……『ツヴァイ様、ラムダ様にベタベタする悪い虫を見つけました。早急に処して下さい。コレット=エピファネイアより』……」
「ラムダさん……急に、鋭く切れる鋭利な刃物の様な悪寒が……!?」
「姉さん、まだコレット手紙送ってないよ……」
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