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第177話:あなたが進む『明日』の彼方で


「トリニティ卿……ストルマリア……」



 “嫉妬の魔王”インヴィディアは世界樹【ルタ・アムリタ】と共に消え去って、幻影未来都市【カル・テンポリス】に新たな一日を告げる夜明けの“光”が差し込む。


 そして、“光の鉄槌ルミナリオン・クラッシャー”を打ち付けられて出来た大きなクレーターに降り立った俺が見たのは、使い手を失って地面に刺さったまま残された大太刀と折れた聖槍だった。


 トトリ=トリニティ、エイダ=ストルマリア――――魔王と化したインヴィーズに寄り添って運命を共にした美しき姉妹たち。そんな彼女たちの献身を嘆くように、大太刀と聖槍は寄り添うように墓標となって、其処そこに残されていた。


 その二人の墓標の後ろには、今しがた芽生えたであろう苗木が一本。



「この苗木は……一体……?」

「再生した世界樹ですよ、Mr.ラムダ。レイズ=ネクロヅマを取り込んだ事で“不死性”を獲得した世界樹が自力で再生果たしたのです……」


「――――アスハ!」

「“嫉妬の魔王”に汚染されていた古き世界樹【ルタ・アムリタ】は死して、新たに生まれ変わったその世界樹の名は――――【レイジング・サン】……! 何度でも登る“太陽”が如き不滅の大樹!」

「レイジング……サン……!」



 その苗木を不思議そうに眺めていれば、後ろからアスハが語り掛けてくる。


 彼女(いわ)く、世界樹は“不死者イモータル”であったレイズ=ネクロヅマを取り込んで“不死”の特性を獲得していたらしい。


 その新たな名を【レイジング・サン】――――“復活レイズ”の名を冠したエルフ達の新たなる“希望”となりし世界樹。



「ありがとうございます、Mr.ラムダ。あなたのお陰で……私たちの故郷は護られました……」

「アスハが協力してくれたお陰さ! 君が俺たちを導いてくれたから、“嫉妬の魔王”を倒すことが出来たんだ……本当に……ありがとう……!」


「そう言って頂けるのなら……頑張った甲斐がありましたね。これで……安心して()()()()が出来ます……」

「アスハ……身体が……!」



 “嫉妬の魔王”は倒されて、新たな世界樹は生まれて、そして……過去での役目を全て終えた『彼女』との別れの時が訪れた。


 足下から徐々に光の粒子となって霧散し始めていくアスハ。それに呼応するように消え始める幻影未来都市【カル・テンポリス】の街並み。


 消えていく摩天楼、消えていく天蓋、消えていく未来都市――――俺たちが戦った【カル・テンポリス】の全てが泡沫うたかたの“幻影”のように消え去ろうとしていた。



「この未来都市はディアナ=インヴィーズが【時の歯車(クロノギア)】を悪用して召喚した実体なき“幻影”。術者であるMs.インヴィーズが消え、アーティファクトがあなたの手に渡った以上、召喚は効力を失い、私たちが消え去るのは道理……」


「知ってて……言わなかったのか!? インヴィディアを倒したら自分が消えるって知ってて……俺たちに協力したのか……?」


「ええ、知っていて、承知の上であなたに協力しました。安心してください……Ms.インヴィーズによって築かれたこの幻影の街は、所詮は魔素マナで人為的に再現された紛い物に過ぎません……」


「それって……?」

「本来の時間軸……この街が本当に在る千年後の『未来』にはさした影響は無いと言う意味ですよ、Mr.ラムダ……」



 消えゆくのが“運命さだめ”だとアスハは笑って、俺たちの戦いをねぎらって、自分が消えることを誇らしそうにしてくれた。


 ディアナ=インヴィーズが【時の歯車(クロノギア)】で召喚したのは千年後の未来を再現シミュレートした幻影の都市であり、この街が消えても“実際の【カル・テンポリス】”には何の影響も無いらしい。


 それでも、アスハと紡いだ“絆”が、共に戦った“時間”が夢幻ゆめまぼろしのように消えてなくなるのは……辛いと思ってしまう。



「だから……そんな寂しそうな表情かおをしなくても良いんですよ? あなたは『騎士』として為すべき事を為した……ただそれだけの話です……」

「でも……せっかく逢えたのに……もうお別れなんて……」

「Mr.ラムダ……ええ、そうですね……私も()()()()()()()()()()()のは辛いです……」

「もう一度……?」



 それはアスハも同じで――――母さんのような美しい蒼玉サファイア色の瞳から一筋の涙を流しながら、彼女も俺との離別を惜しんでくれた。


 こちらへと歩み寄って来るアスハだったが、既に脚は無く、手も消え始めていて、アスハと言う存在は間もなく『現在いま』から退去しようとしていて。


 それでも彼女は歩みを止めず、俺の目の前に立って、恥ずかしそうに微笑む。



「最後に……少しだけ私の我儘わがままに付き合ってください……」

「アスハ……?」

「強く抱きしめて……『私』と言う存在を、その感触を、確かに“現在ここ”に居たのだと、あなたと共に居たのだと……その“魂”に刻み付けてください……! それが……私の最後の願いです……」



 抱きしめて、と懇願して。


 その願いに言われるがまま俺は鎧を脱ぎ捨てて、目の前で消えゆく少女をそっと抱きしめて、彼女の最後の願いに応えてみせた。


 黒い肌着インナー越しに伝わってくるアスハの温もり、肌の感触を忘れないように、“魂”に刻み付けるように、両手で彼女を目一杯に抱きしめて。



「アスハ……ありがとう……君に逢えて良かった……!」

「そうですか……それは良かった……」

「もう会えなくなるなんて……」

「いいえ……また会えますよ……あなたが望むのなら……」



 永遠の別れ、『未来』へと還るアスハとの離別――――けれど、彼女は嬉しそうに甘えるように俺の胸へともたれ掛かって、ほとんど消えた細い腕で俺を包んで、『また会える』とそっと俺に囁いた。


 その真意は……きっと俺がアスハに抱いた『名前も分からない感情』に由来するのだろう。



「最後に教えますね……私の名前……」

「アスハの……名前……?」

「私の名前は……アスハ=アウリオン……」

「アウリオン……まさか……!?」

「私のお母さんの名前は……アウラ=アウリオン……後はみなまで言わなくても分かりますよね?」



 そして、俺は彼女に抱いていた『感情』の名前をようやく理解した。


 それは俺がまだ知るはずも無い『感情』――――いつか、俺に芽生えるであろう『感情』だった。



「もし、あなたが私との再会を望むのなら……あなたが歩む人生みちの先に……私は居ます……!」

「アスハ……君は……!」

「だから……またね――――」



 だから、俺たちはまた会えるのだろう。


 再会を望めばまた会える……そう言ってアスハはニコリと笑い掛けて――――


「――――()()()()


 ――――俺のことをそう呼んで、泡のように腕の中で消えていった。



 光の粒子となって消えていった未来都市、消えていった未来のエルフ達、消えていった俺の家族。


 アーティファクト【時の歯車“来”(クロノギア・カミング)】が観せた淡い“幻影”――――その全てが、気付けば消え去って、俺の目の前には小さな世界樹の苗と焼け焦げた【アマレ】の残骸だけが広がっていた。



「お兄ちゃーん、ラムダお兄ちゃーーん! 無事なのかーーっ!?」

「…………アウラ…………」



 アスハを見送って呆けていた俺に掛けられた少女の呼び声。


 その声を聴いてハッと我に返れば、すぐ後ろには息を切らしながらこちらに向けて走ってくるアウラの姿が。



「お兄ちゃん……アスハを知らない? お兄ちゃんの所に行ったと思ったら……急に魔力に反応が消えちゃったのだ!」

「アスハは……その……」

「お兄ちゃん……なんで泣いているの……? アスハはどうなったの……!?」



 どうやら『彼女』を探しているらしい。


 けど、アウラの探し人はもう見つからない。

 彼女は今しがた、俺の目の前で消えていったのだから。



「アスハは……居るべき場所に帰ったよ……」

「そんな……もう会えないの……?」



 彼女と会えない事を伝えれば、悲しげにアウラはうつむいて、泣きそうな表情かおをしながら両手で服の裾を握り締める。


 同じエルフとして、()()()()()()()()として、彼女に思うところがあったのだろう。


 もう会えないことを嘆くぐらいには。

 けれど、俺たちはきっとまた会える。


 俺が道を誤らない限り、使命を全うし続ける限り、その人生みちの彼方に、その『明日アス』の彼方に……きっとアスハは居るのだから。



「大丈夫……また会えるよ……」

「お兄ちゃん……?」

「また一緒に会いに行こう……アスハに……二人揃って!」

「…………うん! 一緒に会いに行こうね……お兄ちゃん……」



 アウラの小さな身体を抱き上げて、再会を契り合う。


 いつか産まれるであろう、俺とアウラの『愛の結晶』――――彼女の名はアスハ=アウリオン。


 何年後になるかは分からない。

 けど、きっとまた会いに行く。


 だから、その時を楽しみに待っていて欲しい。

 またね……いつか生まれる、愛しき我が娘よ。


 いつか、君が『母親アウラ』に“嫉妬”したくなるような立派な『騎士』になって、本当の父親になってみせるよ。

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