第176話:日の出とともに、火は没む
『禁忌級遺物――――認識。時間跳躍装置【時の歯車“来”】――――認識。スキル【ゴミ拾……あっ、スキル名称が追加されてる!? 誰ですか、私が授けたスキルに勝手に上書きしたのは……! え~っと……スキル【ゴミ拾い】効果発動―――所有者をラムダ=エンシェントに設定――――完了。スキル効果による拾得物と術者の同調率最適化――――完全適合。拾得物に記憶された技量熟練度及び技能の継承――――完了。禁忌スキル【時間逆行者】追加覚醒――――完了』
「なんだ……今の違和感……?」
――――エルフの聖地【サン・シルヴァーエ大森林】上空、既に東の空は薄明かりに包まれて、間もなく夜明けを迎える『明日』の手前。
インヴィディアから【時の歯車“来”】を奪取した俺は、そのまま【カル・テンポリス】の天蓋を突き破って都市の遥か上空に居た。
「ノア、インヴィディアの様子はどうなっている!? トリニティ卿とストルマリアの反応は!?」
《インヴィディア、未だ活動止まらず! トトリ=トリニティ、エイダ=ストルマリア……生命反応……消失しました……》
「…………分かった、ありがとう……! ノアたちは街の外縁部まで避難を……世界樹ごとインヴィディアを押し潰す!!」
《ラムダさん……トリニティさんとストルマリアさんの想いに……応えてあげて……!》
アーティファクトを奪われても未だに抵抗を続けるインヴィディア、その燃え盛った巨躯に乗り込んで消息を絶ったトリニティ卿とストルマリア――――三人のエルフの姉妹たちが溶け落ちた世界樹の炎上、その嘆きを鎮める為に俺は左腕に決戦のアーティファクトを呼び出す。
「来い……【ルミナリオン・クラッシャー】!!」
手にしたのは“光”を纏った鉄槌型の武装――――俺が今まで拾い集めたアーティファクトの中で、現状“最大火力”を誇る決戦兵器の一つ。
あらゆる物質を“光”へと還す神の鉄槌。
古代文明においても一度しか使われなかった最終兵器。
その鉄槌を左手に掴み、心臓から左腕を通じて魔力を惜しみなく投入して纏う“光”を増幅させていく。
「世界樹の魔力反応、更に増幅! インヴィディア……来ます!!」
「オォォ……オォォォオオオオオオ!!」
「天蓋を越えて更に巨大化したのか、インヴィディア……! どこまで“嫉妬”を振りまけば気が済むんだ!!」
相手は“嫉妬の魔王”インヴィディア――――幻影未来都市【カル・テンポリス】の天蓋を破り、広大な森林の倍近い巨躯を顕現させた魔女に今度こそトドメを刺す為に。
迫る脅威に対抗するために巨大化していく“光の鉄槌”――――既にその規格は世界樹の直径面積をゆうに超え、中規模の都市程度なら一撃で叩き潰せる程に強化された。
だが、インヴィディアもそれに劣るまいと肥大化している。森林に焔を延焼させながら膨れ上がった魔女の全長は世界樹の二倍、あの【光の化身】と同等に至っていた。
「返せ……私のアーティファクトをォォ……!! それは……その“時の歯車”は……私の栄光の『未来』を紡ぐ“希望”なんだァァ……!!」
「“嫉妬”に塗れ、『過去』の因縁に執着した亡霊め! お前に――――アスハの『明日』は奪わせはしない!!」
「私の『未来』を……返せェェエエエ!!」
「トリニティ卿の……ストルマリアの……里のエルフ達の……聖女ティオの……ルチア達の……みんなの『未来』を踏み潰した……お前が言うなぁぁあああああ!!」
遥か上空にいる俺へと伸ばされる魔女の右腕――――俺が奪った【時の歯車“来”】を取り戻さんと抵抗するインヴィディアの醜態、その最後の足掻き。
エルフの聖地に焔を撒き散らしながら、上空に灼熱の熱波を飛ばしながら、身勝手な願望を宣うインヴィディア。散々に他人の人生を壊してきた魔女の聞くに堪えない妄言を一喝して、俺は“光の鉄槌”を空高く掲げて、その鉄槌に二つの【時の歯車】を組み込んでいく。
「アーティファクト【時の歯車“古”】【時の歯車“来”】……駆動開始……!! 運命の歯車よ、廻り続けろ……!!」
「ご主人様!? 魔力が急激に減少しています! 無茶はお止めください!!」
「止めるな、e.l.f.……!! 俺が……魔王を討つんだ……アスハの為にも……!!」
「あ〜ッ! 全然止まる気配が無いよ、この頑固者〜〜! この……【GSアーマー】――――緊急生命維持装置、起動!!」
鉄槌の両の平に展開される白き光の時計盤、その時計盤の針を廻すように回転する【時の歯車】。
俺の心臓で精製される速度よりも疾く、尋常じゃない量の魔力を消費して発動させた必殺の一撃――――起こり得るあらゆる“事象”を発生と同時に相殺して、必ず相手を仕留めきる大技。
名を『事象切断』――――対グラトニス用にノアと共に考案した決戦術式。
「我が心臓よ……我が“魂”よ……限界を超えろ!!」
「させる――――かァァーーーーッッ!!」
空を明るく照らす“光の鉄槌”、その白き光を覆さんと伸ばされた焔の腕から放たれた紫色の焔光――――そして、インヴィディアの“嫉妬の焔”から俺を護るように現れた機械の梟。
ミネルヴァ――――アスハの相棒が俺を追って空へと舞い上がって、俺の目の前で翼を広げて白き時計盤を展開して、インヴィディアが撃ち出した焔を防いでいたのだ。
「ミネルヴァ……!? どうして上空に……!?」
《私が付いています、Mr.ラムダ! 私があなたを護ります!》
「アスハ……!」
《勝って……そして必ず生きて帰って来て!》
機械の装甲を目一杯に広げたミネルヴァから聴こえてくるのは地上に居るアスハの声――――遥か上空に居る俺に唯一、手を差し伸べることが出来たハーフエルフの司書。
彼女の最後の支援に阻まれて、インヴィディアの猛攻は俺に届くことは無く、“光の鉄槌”の輝きが最高潮に達した瞬間――――地上で燃え続けていた“嫉妬の魔王”に向けて、俺は流星のように落ち始めた。
巨大な鉄槌を左腕の腕力で強引に引っ張って、急激な加速で圧縮されて紅く発火した空気を斬り裂き、鉄槌から溢れた白い光の量子を尾のように引きながら、夜空を駆ける流れ星となって落ちていく。
「最大出力……突撃開始ッ!!」
「やめろ……来るな……来るなァァアアアアア!!」
「光に還れ……インヴィディアァァーーーーッ!!」
振り下ろされた“光の鉄槌”、それを受け止めた焔の腕、光と焔の間で弾ける魔力の衝撃――――大森林の木々は衝撃で大きく撓り、光と火の粉と木の葉が戦場を舞う。
インヴィディアの最後の抵抗、両腕を鉄槌に押し当てて“嫉妬の魔王”は倒されまいと死物狂いで力を振り絞り続ける。
「私はまだ死なない……! 死んでたまるかァァアアアアア!!」
「ぐっ……ゲボッ……身体が……! インヴィディア……まだ抵抗を……!!」
徐々に沈んでいく魔王の巨躯、ひび割れていく焔の身体、それでもインヴィディアの執念の“火”は消えることなく燃え続け、隕石のような鉄槌を押し戻し続ける。
そして、時間が掛かれば掛かるほど、俺の心臓は悲鳴をあげて、夥しい量の吐血を伴いながら俺の意識を削いでくる。
このまま抵抗されれば、俺が先に力尽きてしまう。
徐々に弱まっていく“光の鉄槌”の光の放出に焦りに駆られていく。この一撃を凌がれれば、俺にインヴィディアを倒す手段は無くなってしまう。
そう思って、決死の一撃を仕掛けようとした刹那――――
『もう止めて……ディアナ……!』
『私たちが悪かった……だからもう……泣かないで……!』
「何だ……インヴィディアに纏わりつくように……白い焔の女性が……まさか!?」
――――彼女たちが顕れたのは。
燃え盛る焔の怪物、見上げるような巨人の魔女に絡みつくように出現した白い焔の女性――――長い髪を揺蕩せて、“嫉妬の魔王”を鎮めるように、その銅と腰に絡みついた二人の女性の輪郭。
「トリニティ卿……ストルマリア……!」
「ガァァ……! 放せ、放せェェーーーーッ!!」
『ディアナ……私たちが一緒に地獄に墜ちるから……』
『ラムダ卿を……明日に向けて羽ばたかせてあげて……』
インヴィディアの巨躯の中に消えた二人のエルフ、トリニティ卿とストルマリア。
二人を模した白き焔の巨人がインヴィディアの腕を優しく掴み、“嫉妬”に狂った魔王の身体を包み込むように抱きしめていく。
些細な感情の縺れですれ違った三姉妹が寄り添いあった瞬間。たったひとり、魔王にまで堕ちた妹に今度こそ寄り添い続けると『覚悟』した姉たちの愛が結実した瞬間。
「私の“嫉妬”なんて理解できない癖に……今さら謝ったって遅いのよ!!」
『あぁ、手遅れだ……! だから、責任は私たちが一緒に取ってやる!』
『あなたの苦しみに……気付いてあげれなくて……ごめんなさい……』
インヴィディアの肩に、燃える魔女の腹部に、自分たちの頬を当てて懺悔するトリニティ卿とストルマリア――――自分たちは『姉』だからしっかりしないと、そう言って“弱み”を見せなかった為にインヴィーズの“嫉妬”を招いてしまった二人の後悔。
今さら遅い……確かにそうかもしれない。
それでも、今が最後の機会なのだろう。
ディアナ=インヴィーズの心に巣食った“嫉妬”を癒やして、彼女の因縁を断ち切ることが出来るのは。
「私は……ただ……お姉様たちに勝ちたかった……! 少しでも……誇れる自信が欲しかっただけなのに……!!」
『勝ちたかった……それならディアナが憂いる必要は無かった……』
『だって……わたし達……ディアナに“嫉妬”していたもの……』
「――――え……っ?」
『私たちの中で最初に“母親”になったあなたに……私とトトリは“嫉妬”していたんだ……』
『わたし達が使命に追われている間に……いつの間にか“お母さん”になったあなたが……憎らしいほど羨ましかった……!』
「…………お姉様たちが…………私に…………??」
そして、二人の“嫉妬”は明かされた。
トトリ=トリニティとエイダ=ストルマリアが抱いた些細な“嫉妬”――――ふたりが望んでも手にできなかった『母親』としての幸福。
それを誰よりも早くに掴んでいたインヴィーズに、二人は“嫉妬”していたのだ。
『羨ましかった……! でも、わたし達はお姉さんとして、あなたの幸せを祝ってあげようって……何とも無いように振る舞って……』
『本当は……羨ましいって、素直に言えば良かったんだな……ディアナ……』
「なんで……そんなの……もっと……はやく言ってよ……お姉様……!! そしたら……満足して……ティオを……愛せたのにぃぃ……!!」
薄れていく“嫉妬”、鉄槌を押し返していた両腕から抜けていく力、ふたりの姉の『愛』に絆されるように弱まっていく憎悪の焔。
インヴィーズが心から望んでいた二人の姉を上回った『証』は証明されて、“嫉妬の魔王”の狂気は完全に行き場を失った。
『ラムダ卿……お願い……ディアナを……解放してあげて!』
「トリニティ卿、駄目だ! 一緒にグランティアーゼ王国に帰ろう!!」
『ううん……ディアナと一緒に逝かせて……! わたし達が招いた悲劇に……死んで逝った同胞たちに……会わせて欲しいの……お願い……!』
「あぁ……うぅぅ……うぁぁーーーーッ!!」
涙が溢れた――――トリニティ卿の『覚悟』が伝わってしまったから。
きっと、ここで攻撃を止めてもインヴィディアの“嫉妬”は再び膨れ上がって、彼女はまた暴れだすだろう。だから、狂気が鎮まったこの一瞬を突いて完全に討ち果たすしか無い。
それを分かっていて、トリニティ卿は俺を諭して……そして聖女のように優しく微笑んでくれた。
「…………っ! さようなら……トトリ=トリニティ……エイダ=ストルマリア……ディアナ=インヴィーズ……!! 俺たちは――――『未来』に行きます!!」
『ラムダ=エンシェント……あなたの人生に……光あれ……!!』
「ルミナリオン……クラッシャァァアアアアアア!!」
そして、“光の鉄槌”は世界樹ごと、寄り添いあったエルフの三姉妹を押し潰して地面を叩き、その衝撃で噴き上がった光の柱は雲を突き抜けて宇宙へと上がって行った。
その光景は、世界の何処かにあると言う“天を穿く巨塔”のように、美しき光の大樹となりて夜明けを讃えて。
日の出と共に、“嫉妬の魔王”インヴィディアの火は沈んだのだった。




