第175話:負け犬の慟哭、轟く
「“廻帰時間神殿”【永久少女・時間矛盾領域】――――発動! これ以上、この街への狼藉は許さないのだ!!」
「ミネルヴァ、最大出力――――“永劫時間神殿”【エテルニタス・ファミリア】発動!! お父さんとお母さんが復興したこの街は……私が護ります!!」
「祝福【輪廻する花弁】――――アウラ様とアスハさんはわたしが守ります! ラムダ様、お願いします……!!」
「頼んだ、オリビア! アーティファクト【ルミナス・ウィングⅡ】最大出力、飛翔開始!!」
「あわわ……私も結界に入れてー、オリビアさん〜!」
都市を覆うように展開されていくアウラとアスハ、ふたりの“時紡ぎの巫女”の結界――――壊された建物は『時間逆行』で瞬時に修復再生され、逃げ惑うエルフと避難誘導する騎士と治安維持部隊を襲う焔は『時間停止』で着弾すること無く空中で静止する。
そして、自身の思惑を邪魔されて怒り狂うインヴィディアがアウラ達を狙って地面から伸ばした焔の触手はオリビアの花が防いでいく。
「焔の触手とは面妖だな……! だがたたっ斬る――――必殺“火炎爆撃斬”!!」
「氷壁よ、死の炎から我らを守れ――――“白銀の氷幕”!!」
「来たれ……死せる巨人……!! 邪魔する触手を全て斬り伏せなさい!!」
「荷電粒子砲【ソドム】【ゴモラ】――――発射ッ!!」
オリビアの花に包まれて動きを止めた焔の触手はアンジュ達やデスサイズ卿に即座に斬り落とされて落下し、火の粉となって霧散していく。
新たに生えてくる触手もジブリールの射撃によってその殆どが出現と同時に撃破されて、着実にインヴィディアの手数を減らしていっていた。
「鬱陶しい小蝿共が……!! 我が焔腕で押し潰してやる……!!」
「させません! 光を斬り裂け――――“哀歌”!!」
「動きが稚拙だな! 闇を斬り裂け――――“迷断”!!」
そして、召喚した焔の触手が次々と撃ち落とされている事実に業を煮やしたインヴィディアが大きく両腕を振り上げれば、その瞬間にトリニティ卿の大太刀とストルマリアの聖槍から放たれた魔力の斬撃が焔の腕を斬り裂いていく。
「動きのキレが良くなりましたね、ストルマリアお姉様!」
「駆け出し勇者に殴られて少しスッキリしたからね……! そう言うお前こそ迷いが無くなったようね、トトリ?」
「えぇ……やっと……胸のつかえが取れましたので!」
「ストルマリア……トリニティ……!! 煩わしい姉が……私の顕現の邪魔をするなぁぁ……!!」
「我が同胞を“魂喰い”で取り込んで、己の能力を強化するつもりなのだろうが――――そんな事は私が許さない!!」
「ディアナ……もうこんな事は止めて……!! どうして優しかったあなたがこんな事を……!?」
「うるさい……うるさい、うるさい、うるさいぃぃ……!! 二人の姉といつも比べられて、『“時紡ぎの巫女”になれなかった落ちこぼれ』って、『ストルマリアとトリニティのおこぼれに与れた落伍者』って……言われ続けた私の惨めな気持ちが……あなた達に分かるの!?」
「ディアナ……私たちの陰でそんな事を言われていたのか……!」
「魔王になって私を蔑んだエルフ共を皆殺しにして……あなた達を踏み越えないと、私の気持ちはもう晴れない……!! 私を“嫉妬の魔王”にしたのは……他ならぬエルフ共の冷酷さだとしるが良い!!」
「そう……この惨劇は……わたしたちエルフの『自業自得』の結果だったのね……」
二人の姉にあらん限りの“嫉妬”をぶつけるインヴィディア――――その怒りも、抱え込んだ劣等感も、その全てがエルフ達の生み出した“業”の結果であり、その『報い』こそがディアナ=インヴィーズであった。
トリニティ卿とストルマリアと比べられて、やがて道を踏み外した三姉妹の妹。そのあり方は、アインス兄さんとツヴァイ姉さんへの劣等感から、【死の商人】に下ったゼクス兄さんを思い出させる。
負けたくない、認められたい、でも届かない。
だから、死神と取引してでも力を欲した。
インヴィーズの気持ちはよく分かる――――俺も兄さんと姉さんに羨望を抱いて、嫉妬を抱いていた記憶がある。
そして、アーティファクトを手にした時、兄さんたちに手が届くと舞い上がった。ツヴァイ姉さんが仕留めきれなかったリリエット=ルージュを倒した事で、自分も『強者』へと足を踏み入れたと喜んだ。
俺はアーティファクトを手にして、ゼクス兄さんは【死の商人】と取引して、インヴィーズは魔王へと変生して、それぞれの抱えた劣等感から逃れようとした。
負け犬になりたく無かったから。
『だが、あのエルフの魔王は道を違えた! なら……諌めてやるのがテメェの役目だ! 暴走する馬鹿を止めてやりな……ラムダちゃん!!』
けれど、劣等感を抱えたから、負け犬だからって、他人を傷付けて良い理由にはならない。
ディアナ=インヴィーズは無関係なエルフ達の犠牲の上でトリニティ卿たちを越えようとしている――――そんな理不尽な破滅をさせてはならない。だから、俺は戦わないとならない。
それが、“アーティファクトの騎士”となった俺の戦いだ。
「インヴィディア!! これ以上、お前の好きにはさせない! アスハの故郷……護らせて貰うぞ!!」
「“アーティファクトの騎士”……!! 私にアーティファクトを献上する『未来』を捻じ曲げて……!! もういい……あなたもここで燃え尽きて死になさい!!」
「残念……死ぬのはアンタだ! もう一度、干からびたミイラにしてやる!! 来い、アーティファクト――――“螺旋突貫推進兵装”【ギガンティック・ブレイカー】!!」
空中に舞い上がり、燃える天蓋に向けて掲げた左腕に纏うは螺旋状の武装――――巨大な敵を穿ち、突き崩す為の決戦兵器。
この回転武装でインヴィディアの内部にある【時の歯車“来”】を奪う。
「させるか……ラムダ=エンシェント……!!」
「御主人様には手出しさせない!!」
「ラムダさんを倒したかったら、僕たちを撃ち落としてからにしろ、インヴィディア!!」
そんな俺の思惑を、俺がアーティファクトを奪う『未来』を観たのか、すかさずに両腕を再生させて挟み撃ちにするように両の腕を大きくふったインヴィディア。
だが、そのおおきく振りかぶった腕が俺を捕らえる事は無く、空中に飛び出したミリアリアの斬撃とリリィの尻尾からの攻撃で燃える腕は再び吹き飛ばされて消滅したのだった。
「アリア……その姿は……!」
「もう僕なら大丈夫……! 一緒に戦おう、リリィ!!」
「ありがとう、二人とも! 後は俺に任せて!!」
二人の援護を受けて準備は整い、大きく唸り声を響かせて回転を始めるドリル――――俺の心臓から供給された魔力を纏って身体よりも巨大になっていく回転機構、周囲に舞う紫色の火の粉を吹き飛ばすように発生する竜巻のような旋風。
騎乗兵が手にした突撃槍が如く円錐状に伸びた光の螺旋が、眼前で慟哭するインヴィディアを撃ち貫かんと激しく回転音を轟かせる。
「マスター、禁忌級遺物【時の歯車“来”】――――“世界樹融合体”インヴィディアの胸部に組み込まれているとノア様が解析を出しました!」
「了解! 螺旋回転、出力臨界、そのアーティファクト……俺が貰い受ける!!」
「行って、ラムダさん!」
限界を超えて輝く白銀の鎧、火山の噴火のように光を放出する翼、全身を覆った全ての推進器を噴射して――――俺はインヴィディアの心臓を目掛けて突撃する。
“嫉妬の魔王”の力の源である【時の歯車“来”】を奪って、憎悪に燃えたディアナ=インヴィーズの復讐に幕を下ろす為に。
「させるか……! 死ね……“嫉妬の叫び”!!」
「――――ッ! 口から怪光線だと!?」
《あれが……噂に聞く“ゲロビ”……! ラムダさん、そのまま直進したら直撃しちゃいます!!》
「今さら……退くことなんて出来ない……!!」
だが、インヴィディアもただでやられるほど、甘くは無いらしい。
触手を破壊され、両腕を斬り落とされてもなお抵抗した彼女の最後の抵抗――――大きく開かれた口内に集束した異常なまでの魔力、それを吐き出すように撃ち放つ魔口咆が俺へと迫ってくる。
直撃してもドリルで相殺して即死は免れるであろうが、そうすればインヴィディアを貫くだけの出力が失われるかも知れない。だが、今の俺には他の武装を動かすだけの余裕は無い。
そう、焦りに駆られていた時だった――――
「ぶっ放せ――――“緋の焔光”!!」
「――――ルチア卿!!」
――――地上にいたルチアから放たれた緋色の光がインヴィディアの攻撃を受け止めたのは。
紫色の禍々しい焔を受け止めて輝く緋色の光――――インヴィーズに良いように使われて、魔王に偽装させられて『ゴミ』のように捨てられた孫娘の反抗。
ディアナ=インヴィーズから聖女ティオへ、聖女ティオからルチア=ヘキサグラムへと受け継がれた魔女の才覚が“嫉妬の魔王”の最後の抵抗を打ち砕く。
「行って、ラムダ卿! あたしの……お母さんの……仇を討って!!」
「ルチア……! この親不孝ものが……!!」
「ルチアを、聖女ティオを、先に捨てたのは貴様だ、インヴィディア!! 捨てられた二人の哀しみを……俺が拾って貴様に叩きつけてやる!!」
「やめろ……やめろォォーーーーッ!!」
最早、インヴィディアに俺を止める手段は残されていない。光の尾を引きながら俺は飛んで、燃える魔女の心臓向けてドリルの穂を向ける。
このまま行けば、アーティファクトを失ってインヴィディアの“未来視”は完全に効力を失う。そうなれば彼女を倒すのは容易であろうと考えていた。
「ディアナーーッ!! お前との決着は私たちが付ける!!」
「覚悟しなさい、このバカ妹!!」
「トリニティ卿、ストルマリア!? 何をしているんだ、あなた達は!?」
インヴィディアの頭部に特攻を仕掛けたトリニティ卿とストルマリアを見るまでは。
大太刀を振るい、聖槍を突き刺して、インヴィディアの頭部に大穴を開けて乗り込もうとする二人。衣服と鎧は一瞬で焼け、露わになった素肌は容赦なく炙られていく。
それでも尚、トリニティ卿とストルマリアは怯むこと無く武器を振るってインヴィディアの内部へと突き進む。
「やめるんだ、二人とも!! 俺がインヴィディアを始末する……だから戻って!! あなた達が死んでしまう……!!」
「いいえ……わたし達がディアナの荒んだ心を諌めないと、彼女は絶対に諦めない……! だから……わたし達は、ディアナの姉としての『責任』を果たします!!」
「インヴィディアの討伐はあなたに譲るわ! だから、ディアナ=インヴィーズの討伐は私たちに任せなさい、ラムダ=エンシェント!!」
「ぐぁぁ……!? やめろ……やめて……お姉様……!!」
「くっ……トリニティ卿、ストルマリア……!! このバカ姉妹がァァーーーーッ!!」
それがふたりの『覚悟』――――自らの身命を賭してまで、堕ちた妹の“嫉妬”を受け止めんがせんとしたエルフの姉妹の決死の行動だった。
そう、俺に出来るのはインヴィディアを暴力でねじ伏せることだけ。ディアナはインヴィーズの心を救えるのは、きっとあの二人だけなのだろう。
だから俺は、俺自身の使命を果たして二人の『覚悟』に応えなければ。
「穿て……貫け……光の螺旋よ、あらゆる障害を打ち砕いて……俺たちに『未来』をみせろ! 突き抜けろ――――“ギガンティック・ミーティア”!!」
「オォ……オォォォォオオオオオ!!」
トリニティ卿とストルマリアの不意打ちで仰け反ったインヴィディアの胸元に突き刺さった光の螺旋――――燃える魔女の身体から尋常じゃない量の焔と光を撒き散らして、そのまま俺は燃える世界樹の中へと突入していく。
身を焦がすような灼熱、響き渡るインヴィーズの慟哭、その重苦しい“嫉妬”を掻い潜って俺は突き進み――――インヴィディアの胸元で光っていた【時の歯車“来”】を右手で掠め取るように奪って、燃える魔女の背中から再び外へと飛び出した。
「ノア! アーティファクト【時の歯車“来”】……回収したぞ!!」
《やった……やったーーっ!!》
そして、ノアの歓喜の声を通信越しに聴きながら、俺は燃えた天蓋を破って空へと飛翔する。
このエルフの里に焼き付いた――――全ての哀しみに決着をつける為に。




