第174話:その魔女に引導を
「ラムダさん、オリビアさん、アスハさん、無事ですか!?」
「ノア、みんなは無事?」
「はい! 世界樹の外で倒れていたミリアちゃんもテレシアさんが保護してくれていました!」
――――幻影未来都市【カル・テンポリス】中央区画、アウラ=アウリオン記念図書館付近、時刻は夜明け前。
世界樹から脱出した俺は、オリビア達を連れて図書館まで退避していたノア達と合流していた。
「アリア、無事か!? 酷い怪我じゃないか!」
「え、えへへ……ちょっと張り切り過ぎちゃった……! でも、エイダ=ストルマリアは倒したよ……!」
「まったく……私が助けなかったら治安維持部隊に取り押さえられていたと言うのに……」
「くそっ……まさかうっかりお節介を焼いた勇者に一杯食わされるなんて……グラトニス様になんて報告すればいいのかしら……」
傷だらけの身体ながら、自身の劇的な勝利を誇るミリアリア。その傍らで魔法陣で何重にも拘束されながら悪態をつくストルマリア。
その様子からミリアリアが死闘の末にストルマリアを下したのは容易に想像できた。きっと、ミリアリアも『勇者』として大きな成長を遂げたのだろう。
「ストルマリアお姉様……」
「…………良い仲間を持ったのね、トトリ。そこで突っ立ている死神に聞いたわ……300年前の事……ディアナの覚醒を無理やり止める為だと、女神アーカーシャに唆されて同胞を斬ったと……」
「…………ごめんなさい…………私がお姉様をもっと信頼していれば、こんな事には……」
「悪いのは私……女神アーカーシャの期待に応えれず、あなたに重荷を背負わせた……私の未熟さが悪かったの……」
「ストルマリア……」
「ねぇ、ラムダ=エンシェント……ネクロちゃんは? あの子と戦っていたでしょ? 彼女は何処に居るの?」
「レイズ=ネクロヅマなら……逝ったよ……」
「そう……私が此処に来るのを誘ったばかりに……ごめんなさい……ネクロヅマ……」
そして、捕縛されたストルマリアと懺悔の言葉を交わすトリニティ卿。彼女が涙ながらに自身の過ちを口にすれば、ストルマリアも自身の至らなさをトリニティ卿に侘びる。
300年間続いた蟠りが春の雪のように溶けていく瞬間、本来ならば喜ばしい事なのだが、生憎と悠長にしている猶予は俺たちには無かった。
「トリニティ卿、デスサイズ卿、申し訳ありませんが……まだディアナ=インヴィーズは倒されていません……!」
「…………でしょうね。世界樹の奥底から溢れてくる溶岩みたいな魔力…………向こうも本気と言うことですね…………」
「ディアナ……あなたはまだ……! ストルマリアお姉様!」
「テレシア=デスサイズ、私の拘束を解け! 最悪、『首輪』を付けても良い……私の『勇者』としての使命……果たさせて!」
「…………まぁ、拘束されたお荷物になられるよりかはマシですか…………良いでしょう、エイダ=ストルマリア……存分に働いて貰いますよ!」
根本から勢いよく燃え始める世界樹、都市中に響き渡る怨嗟の叫びのような音、広がっていくはこの世の終わりのような光景。
未曾有の脅威に立ち向かうはグランティアーゼ王国の騎士たちと、拘束を解かれて、真っ二つに折れた聖槍を両手に持って立ち上がったダークエルフの勇者ストルマリア。
「全高千メートルはある世界樹が一瞬で炎上した……!? ジブリール、戦闘を許可します! ラムダさんを守って!!」
「命令受諾。“機械天使”ジブリール――――“嫉妬の魔王”インヴィディアの殲滅を開始します」
「テレシア=デスサイズが命じます……第六、第十師団の騎士は速やかに都市に散開、住民の避難を行いなさい! ディアナ=インヴィーズ総督配下の治安維持部隊も私が洗脳を解除したので協力してくれます!」
「お兄ちゃん、アスハ、あたしも戦うのだ! これ以上、あたし達の故郷を燃やされるのはうんざりなのだ!!」
「Mr.ラムダ……これが最後の戦いです……! お願い……私たちの『未来』を……護ってください……!!」
青々しかった葉は禍々しく燃えて魔女のとんがり帽子のような輪郭を浮かべて、左右から伸びた大きな幹は揺らめいて歪な腕のように、焔の中に浮かび上がった女の顔は“嫉妬”に満ちた魔女そのもの。
世界樹を呑み込み顕現するは『七つの大罪』が一つ、“嫉妬”を称えた燃える魔女――――名をディアナ=インヴィーズ。“嫉妬の魔王”の忌み名を冠した【終末装置】。
「ウォォォ……トリニティィ、ストルマリアァ……!! 死ね、死ね、死ねぇ……!!」
「ディアナ……お前の“嫉妬”を察せなかった愚鈍な私たちを……どうか許して欲しい……」
「せめて……わたしたちの手で因縁に決着を!」
世界樹から地を這って【カル・テンポリス】全域へと広がっていく“嫉妬の焔”――――鋼鉄を溶かして、建物を焼き払って、逃げ惑うエルフ達へと迫る紫焔。
惑星の核から送られる『星の息吹』を根こそぎ燃料にした、広大な都市一つを丸ごと呑み込まんとする女の執念。
ここで倒し切らなければ、溢れた焔はやがてグランティアーゼ王国にまで及ぶだろう。
「第十一師団【ベルヴェルク】、総員戦闘準備! 敵は世界樹【ルタ・アムリタ】を乗っ取って顕現しようとしている“嫉妬の魔王”ディアナ=インヴィーズ!! 何としてでも此処で食い止めるんだ――――全騎、抜刀ッ!!」
「アハハ……アーッハッハッハッハ!! 我が嫉妬、我が憎悪、我が復讐……その身に、その臓腑に、その“魂”に――――焼き付けてあげる!!」
街を覆って魔物から守っていた結界は紫色の禍々しい焔が燃え広がって、幻影の都市は逃げ場のない炎上の地獄へと変貌し、その中央で世界樹と融合した魔女は“嫉妬”に満ちた悪意を撒き散らす。
燃え盛る右腕を大きく振りかぶり、俺たちの居る場所に向けて放つは焔の巨人の鉄拳――――
「固有スキル発動――――【聖なる乙女の涙】!!」
「固有スキル発動――――【朱の焔光】!!」
――――そして、その焔の拳を打ち返すように放たれたのは、聖なる加護を纏った聖水と朱く輝く“光”の焔に攻撃。
「シスター=ラナ、ルチア卿! 意識を取り戻したんですね!!」
「はい、ラムダ団長! シスター=ラナ、これより戦闘に参加します!」
「ラナさんとルチアさんの烙印はわたしが無効化します!」
「オリビア師匠……そのお姿……まるでティオ様みたい……」
「心配かけてごめんなさい、ラナさん……でももう大丈夫ですから……!」
「ディアナ=インヴィーズゥゥーーーーッ!! よくもあたしを騙して……あたしのお母さんを殺したなァァーーーーッ!! アンタだけは絶対に許さない……覚悟しろ、このクソババァーーーーッ!!」
シスター=ラナとルチア=ヘキサグラム――――インヴィーズの“魔女の烙印”によって操られて意識を失っていた二人もようやく目を覚まして決戦へと馳せ参じる。
巨大な焔の魔女と化したインヴィーズに勇よく視線を向けたシスター=ラナと、実の祖母の起こした凄惨な仕打ちに激昂して身体から魔力を放出させながら荒ぶるルチア。
オリビアの祝福で生成された白き花をアクセサリーのように頭部に装着してインヴィーズの“魔女の烙印”を無力化した二人は、聖女ティオの敵討ちに臨む。
「ルチアァァ……! 教会の孤児達を守るために、あなたたち親子を私の“器”にするのを防ぐために、ティオは“魂”を弾けさせて私の“魂”に傷を負わせたわ……! その償い、今こそ払って貰うわぁ……!!」
「あたしは……お母さんが嫌いだった……! あたしだけを見ずに、ラナや他の子どもたちに掛かりっきりで、いっつも『お姉ちゃんなんだから、少しだけ我慢してあげて』って言っていたお母さんが嫌いだった……!!」
「ルチアちゃん……」
「お母さんに甘えていたラナやみんなが羨ましかった……その“嫉妬”にアンタは付け込んだのね!!」
「そうよ! 所詮、あなたは私の孫……その“魂”には嫉妬が刻まれている……逃れられないわ……!!」
「うるさい黙れ、死に損ないの屍人が!! あたしが完膚無きまでに焼き払って、二度と日の目を見れなくしてやる!!」
第十一師団、ルチア、デスサイズ卿、トリニティ卿、ストルマリア、そしてアスハ――――エルフの故郷に焼き付いた“嫉妬”の因縁に決着をつける為に集った者たちは一斉に武器を取って、燃え盛る魔女は更に焔を撒き散らして、戦いの火蓋は切って落とされる。
世界樹を呑み込んだ焔の魔女に――――安らかな最期を。




