第172話:輪廻する花弁 〜RE_incarnation〜
「ミネルヴァ、インヴィーズ総督を『時間停止』で拘束しなさい! そうすれば彼女は“未来視”を十分に行使出来なくなるわ!!」
「この……ハーフエルフ風情が……!! 私の性質をどこまで理解して……!!」
「あなたは【時の歯車“来”】の正当な『所有者』じゃ無い! ほんの少しの干渉でもそのアーティファクトはあなたの意に従わなくなるわ、ディアナ=インヴィーズ!!」
「そうか……インヴィーズもアーティファクトを十分に扱えていないのか……! なら――――勝機はある!!」
燃える世界樹の最深部での死闘――――床が崩れ“窯”のように開かれて黄金に輝く魔素がマグマのように溜まった死地にて、俺とアスハはディアナ=インヴィーズとの決戦に臨んでいた。
地下の魔素溜まりから魔力を吸い上げるインヴィーズ本体のミイラ、その魔力を糧に激しく回り続ける【時の歯車】、そしてアーティファクトを使用しても尚溢れ出た魔力を焔に変えて暴れるインヴィーズ。
それでも、アスハによって看破された彼女の“致命的な脆弱性”――――アーティファクト【時の歯車“来”】との適合率の不完全さが、燃える魔女の絶対性に小さな綻びを生んでいた。
「アーティファクト【時の歯車“古”】機動! ディアナ=インヴィーズ……『過去』に執着する貴様に『未来』は変えさせない――――相転移砲【アイン・ソフ・アウル】発射ッ!!」
「――――“未来視”!」
「時間停止――――あなたの思う通りに事は運ばせません!!」
「くっ……身体が……!!」
先程まで目を瞑っても俺の攻撃を躱していた筈のインヴィーズだったが、アスハの干渉によってアーティファクトの行使に不調をきたしたのかこちらの攻撃を紙一重で回避しなければならない状況に陥っていた。
アスハの推測が正しいのなら、インヴィーズは未来を正確に観測出来ていないのだろう。
「馬鹿な……私の観測する『未来』が……外れている……!?」
「あなたの観る『未来』は……無数の“可能性”を内包した『数多ある世界』の中で一番実現率が高い未来を観測出来ているだけ! 観れないのよ、あなたには――――針の糸のように細まった“僅かな可能性”の『未来』は……!」
「そんな……嘘よ、嘘よ、嘘よ! 私の“未来視”に弱点があるなんて!! だって、今まで観た通りの『未来』だったのよ!! それが……それが……!!」
「ここまではね……! そして、『最後の“時紡ぎの巫女”』の娘である私の干渉によってあなたの『未来』は敗北へと誘われる……!!」
「最後の……“時紡ぎの巫女”の……娘……? まさか……貴女は……!?」
既にインヴィーズは俺の攻撃を反射神経と動体視力のみで躱している。とてもじゃないが、『未来』を観測して避けているとは言い難いだろう。
アスハの『時間停止』によって動きを拘束され、それを自力で振り解いて俺の攻撃を既のところで躱す。それが彼女の精一杯の抵抗。
「e.l.f.――――駆動斬撃刃、殲滅包囲陣形!!」
「セイバービット……フルスロットル!!」
「アーティファクト【閃光剣】機動、【オーバードライヴ】開始!! 覚悟しろ、ディアナ=インヴィーズ!!」
「このぉ……!! 私の悲願の邪魔を……するなァァーーーーッ!!」
だが、インヴィーズの抵抗もここまでだ。
八基の駆動斬撃刃をe.l.f.の制御で飛ばし、俺自身も翼を広げてインヴィーズへと突貫していく。
「固有スキル【嫉妬の焔】――――妬き殺せ、“法界悋気”!!」
「させません――――静寂の盾“静止の時計盤”!!」
俺を迎撃せんと紫色の焔を光線のように両手から撃ち出すインヴィーズ、空中に蒼い時計盤を模した盾を創り出して“嫉妬の焔”による攻撃を阻止するアスハ、そしてインヴィーズの隙を突いて瞬間移動で距離を詰めた俺は燃える魔女に向けて剣を振りかぶる。
突如現れた俺に狼狽し、それでも反撃とインヴィーズは右眼に装着した歯車の片眼鏡に高温度の魔力の焔を集束させるが――――既に手遅れだ。
「斬り裂け――――“光芒一閃”!!」
「グッ――――アァァアアアアア!!」
振り抜かれた閃光の剣はインヴィーズの右の脇腹に直撃して、そこから眩い放電による光を放ちながら燃える魔女の身体を溶断していき、そのまま彼女の胴体と左腕を焼き斬ってみせた。
身体を真っ二つにされて苦悶の表情を浮かべるインヴィーズ、嫉妬の魔王の無惨な姿に勝利を確信した俺。
だが――――
「まだです、Mr.ラムダ!! ディアナ=インヴィーズは機械の身体、まだ動きます!!」
「――――私を舐めるな、ラムダ=エンシェント!」
――――それだけでは嫉妬の魔王を倒すことは出来なかった。
下半身と左腕を斬り落とされても尚、狂気に満ちた表情で俺を睨みつけるインヴィーズ。
上半身と残された左腕の断面から見える機械――――機械の身体に意識を乗り移らせているが故の行動、たとえ下半身を失ったとしても動力炉が損なわれない限り彼女は動き続けるのだろう。
油断した……相手が人造人間であった事を失念していた俺の過失だ。
「Mr.ラムダ、急いでインヴィーズから距離をとって!」
「間に合わない……!」
「このままその顔を焼いてあげるわ……ラムダ=エンシェント……!!」
再び右眼の片眼鏡に集束していく“嫉妬の焔”、俺へ致命打を与える『未来』を観たのか不敵な笑みを浮かべるインヴィーズ、咄嗟の出来事に回避行動を遅らせしまった俺――――駄目だ、間に合わない。
俺が瞬間移動で逃げるよりも疾く、インヴィーズの放った焔を俺の顔面を焼いて、俺は致命傷を負うだろう。
そう判断して、せめて一太刀を入れようと再び剣を構えた瞬間だった――――
「花開け、白き愛の麝香撫子! 祝福発動――――【輪廻する花弁】!!」
「この声……オリビア……」
――――愛しい彼女の声が聴こえたのは。
インヴィーズの攻撃を妨げるように、まるで花開くように俺の目の前に現れたのは白く輝く麝香撫子の花弁。
その白き花はインヴィーズの右眼から放たれた紫色の焔の怪光線を微動だにもせずに受け止めて、俺を逃れられなかった筈の死の『未来』から護りぬいた。
「貴様……この死に損ないが……!! まさか……聖女への覚醒をもう済ませたのか……!?」
「オリビア……オリビア!!」
「…………お待たせしました、ラムダ様♡ オリビア=パルフェグラッセ、『聖女』としてちょっとだけ覚醒して復活です♪」
そして、焼け落ちた聖堂の瓦礫を白い魔力で包んで退かしながら現れたのはひとりの少女。
雪のように透き通った純白の髪を神々しく光らせて、まるで雪の結晶のようにキラキラと輝く白き粒子を纏い、その紫水晶のような美しい瞳と婚約指輪を輝かせながら現れたのは我が婚約者――――名をオリビア=パルフェグラッセ。
“嫉妬の魔王”に魂を奪われて生死の淵を彷徨っていた彼女が、威風堂々としたたち振る舞いで其処に立っていた。
「返してもらいますよ、わたしの“魂”……! わたしにはラムダ様と家庭を築き、彼を幸せにする『使命』がありますので……!! “輪廻の花”――――ディアナ=インヴィーズからわたしの“魂”を回収しなさい!!」
「何っ……!? 私の胸元に白い花が……あぁ……ガァァァアアアアア!?」
「あれは……インヴィーズの胸元に咲いた花がMs.オリビアの“魂”を吸い出しているの……!?」
「ラムダ様の為にもわたしは死ねない……! 生きてラムダ様を支えると、シータさんの墓標に誓ったから!」
インヴィーズの胸元の花から吸い出されていく白い光。その光は吸い寄せられるようにオリビアの身体へと吸収されていき、彼女の身体はより強い光を纏っていく。
眩し過ぎて彼女を視ると目が痛くなるほどに。
「ちょ……!? オリビアが発光しすぎてて直視できねぇ……!?」
「Ms.オリビア、輝きすぎです! もっと光度を落としてください! 発光する白い輪郭みたいになっています!!」
「……あら? ごめんなさい、ラムダ様、アスハさん。まだ加減が分からなくて、少し張り切りすぎたみたいです♪ ちょっと輝くの自重しますね♡」
自身の聖女としての力を把握できていなかったらしく、愛想笑いで失態を誤魔化したオリビアは足下に咲かせた白い花から先端に朱いハートを象った宝玉をあしらった杖を取り出すと、“コンコン”と杖の先端で床を小気味良く鳴らして自身の輝きを落ち着かせていく。
戻った血色、自身に満ちた表情、インヴィディアに襲われる前よりも明らかに一歩先の領域へと上がったと思われる力強さを備えた姿。
オリビアもまた、ミリアリアと同じように強い意思を持って覚醒したのだろう。それが、我が事のように嬉しく思う。
「馬鹿な……『聖女』としての才覚はあれど、あなたはラムダ=エンシェントに純潔を捧げた筈……! 女神アーカーシャがそんな売女を認める筈が……!?」
「聖女の資質に『純潔』が必要など、アーカーシャ教団が勝手に取り決めた事ですよ、ディアナ=インヴィーズ? 『私』には聖女が処女がどうかなんて大した意味を持ちません……!」
「何ですって……!?」
「ですので、娘を産んでも尚、ティオ=ヘキサグラムは『聖女』だったのですよ……! 聖女に必要な真の資質は、分け隔て無く人を愛する慈しみの精神――――すなわち『慈愛』!! その高潔なる精神を育んだオリビア=パルフェグラッセは『聖女』に相応しき存在です!」
「オリビア……何で急に自画自賛し始めたんだ……??」
たとえ俺に純潔を捧げ、婚約を理由に教団を去ったとしても、オリビア=パルフェグラッセは『聖女』として女神アーカーシャに認められたらしい。
そして、部分的とは言え【聖女】としての『祝福』を授かって、オリビアは再び立ち上がった。
「さぁ、あなたの野望もここ迄です、ディアナさん! ラムダ様を……わたしの夫を苦しめた罰、受けてもらいます!!」
「この……男に媚びた淫売が……! 私にそんな惚気けた表情を見せるな……!!」
「もしかしてディアナさん……強くて、格好良くて、家柄も良くて、高収入で、他の女の子からも言い寄られるぐらいにモテるラムダ様の『正妻』であるわたしに……嫉妬しています? 羨ましくてぇ……嫉妬の焔……燃え上がっています??」
「貴っ様ァァーーーーッ!!」
「オリビア……なんだその煽りは……インヴィーズにめちゃくちゃ効いてるじゃないか……」
かくして、オリビアは復活した。
残すは“嫉妬の魔王”であるディアナがインヴィーズを倒すだけ。
だが、俺たちはまだ気付いていなかった――――ディアナ=インヴィーズに深く巣食った“嫉妬”の感情の執念深さを。




