第171話:VS.【嫉妬の魔王】ディアナ=インヴィーズ 〜Eternal Envy〜
「駆動斬撃刃、“斬撃包囲刃”――――攻撃陣形“乱気流”!!」
「アーティファクト【時の歯車“来”】起動! 未来視……!!」
世界樹内部で勃発したインヴィーズとの決戦――――俺が飛ばした八基の駆動斬撃刃による不規則な連続攻撃を目を閉じながらスイスイと躱していくインヴィーズ。
アーティファクト【時の歯車“来”】による『未来視』、来たる『未来』を見通す力。
「くそ……っ! 俺の攻撃が完全に見切られている……!?」
「気を付けて、ラムダ卿! ディアナはわたし達の攻撃も動きも全て予知しているわ!」
「くすくす……そうよ……! だからトリニティお姉様の動きも手に取るように分かったし、楽に痛めつけれたわ! もう昔の私じゃ無いのよ、アーッハッハッハッハ!!」
その驚異のスキルを前にトリニティ卿もなす術なく打ちのめされたらしい。
余裕すら感じられる表情で俺の攻撃をいなしながら少しずつ距離を詰めてくるインヴィーズ、彼女に捕捉されれば厄介な事になるだろう。
なにせ『未来』を予知できるアーティファクトを所有している上に、街一つを軽々と焼き払う“魔王”だ。油断しないに越したことは無い。
「さて、では私から焔の贈り物よ――――“嫉妬の焔”!!」
「――――アスハ!!」
「Mr.ラムダ……我々を庇って……!」
「アハハハ♪ やっぱり、仲間を庇ったわね……あなたならその『未来』を選択すると確信していたわ……!」
「インヴィディアァ……!!」
それに相手は魔王、卑怯も上等なのだろう。
俺を狙うと見せ掛けて、後方にいたアスハを狙った攻撃を見舞うインヴィーズ。相手の動きを予測する【行動予測】が無ければアスハに傷を負わせるところだった。
そして、俺がアスハを庇う『未来』を選ぶのを、彼女は未来視で観ていたのだろう。
「ラムダさん、大丈夫ですか!?」
「大丈夫だ、ノア……! あんな奴に、俺は負けないから……!!」
「くすくす……無様な虚勢ね……! その意地がどこまで保つか愉しみだわ……!」
「ほざけ!! 行くぞ――――“星々の輝き”!!」
「アハハ……アハハハハハ!! 何それ? さっきから攻撃が“穴”だらけよ、ラムダ=エンシェント!!」
複数武装による一斉攻撃すら軽々と躱していくインヴィーズ――――攻撃範囲を把握して、誘導性のある攻撃だけを的確に焔で防いでいく。
その眼で『未来』を観ているが故の対処なのだろう。
俺の動きが全て悟られてしまっている。
左腕を撃ちだそうとした瞬間に攻撃されて左手で防御するしかなく、大きく飛翔しようとした瞬間に頭上に焔の天井を展開されて動けず、執拗に俺の背後にいるノア達に攻撃を仕掛けて俺に庇いだてさせる。
俺がされたくない事を、俺の動きを封じる『未来』を確実に選択してくる。ディアナ=インヴィーズの冷酷なまでの行動にどんどんと俺は雁字搦めにされていっていた。
「ラムダ団長まで殺されてたまるもんか! 魔王インヴィディア――――覚悟しなさいッ!!」
「よしなさい、エリス!! ラムダ卿の戦闘の邪魔をしては駄目ですわ!!」
「――――クドい、雑魚が粋がるな!!」
「――――キャァアアア!?」
「エリスさん!!」
そんな光景に我慢出来ずに、大切な聖女ティオの敵討ちがしたくて前へと飛び出したエリスだったが、インヴィーズが右腕を薙ぎ払ってばら撒いた焔に打たれ彼女は吹き飛ばされてしまう。
俺が見繕った、それなりの実力者である筈の彼女を一蹴するだけの火力。インヴィーズの焔に打ちのめされて、エリスは壁に打ち付けられてそのまま床へと落下してしまった。
「うふふ……エリス=コートネル……! 産まれたばかりのティオを連れて人里に紛れ込んでくれてありがと……! お陰でティオを操った“魂喰い”が捗ったわ……!!」
「うぅ……ぐす……! よくも自分の娘を……ティオをまで使い捨てたな……!!」
「あんな娘! 私を差し置いて“魔王の器”になろうとした娘なんて……鬱陶しいだけよ!! 産まれた孫のルチアを私の仮の“器”にしようとした時も邪魔だてしてくれたしね……!!」
「聖女ティオを殺めたのはやはり貴様か……!!」
「ええ……ルチアに“魔女の烙印”を刻んでティオに刃を突き立てさせたけど……あの子、それでも娘と孤児達を庇って私もろとも自爆したのよ!! アハハハ……滑稽よねぇ……!」
実の娘であるティオ=ヘキサグラムにすら『嫉妬』の感情を抱き、自身の復活の“駒”として使い捨て。聖女ティオを実の母親のように慕っていたシスター=ラナの感情すら、オリビアを害する為の道具として使い捨てた。
ディアナのインヴィーズと女は徹頭徹尾、自身に渦巻く『嫉妬』を振りかざして行動している。
「どれだけ他人に嫉妬しているんだ、ディアナ=インヴィーズ!!」
「…………魔王に堕ちる程には嫉妬しているわ! そうよ、私はあなた達が妬ましい!! 愛して、愛されて、夢を叶えて、自由を手にして、幸せを掴んで……憎たらしい、憎たらしい、憎たらしい……!!」
「貴様……どこまで憎しみを振りまくつもりだ……!!」
全てはディアナ=インヴィーズの心に根付いた『嫉妬』と言う名の“劣等感”が故に。
「私を置いて『勇者』に、『聖女』になった姉が妬ましい! 私から“時紡ぎの巫女”の大役を奪ったアウラ=アウリオンが妬ましい! 私よりも優秀に産まれて、私よりも幸せになったティオが妬ましい!! 私は望んでも……努力しても……必死に足掻いても……何も得れなかった!!」
「だから……“嫉妬の魔王”……!」
「そうよ、そうよッ!! 私にも誰かに誇れる『証』が欲しかった! 魔王インヴィディアの名は――――私が姉様たちに誇れるたった一つの『証』なのよ!!」
遠ざかって行く姉たちの背中に追い付くために、何も得れなかった絶望から逃れたくて、人間性と善性の全てを『ゴミ』として捨てて彼女は“嫉妬の魔王”へと変生した。
“時紡ぎの巫女”にもなれず、ふたりの姉を超える事も出来ず、惨めな想いを抱き続けたエルフの成れの果て――――それこそが“嫉妬の魔王”インヴィディアだった。
「さあ、燃え上がりなさい世界樹【ルタ・アムリタ】よ!! 我が“嫉妬”の焔を世界を妬き払う大火にしなさい!!」
「これは……緊急事態です、マスター!! インヴィディアの焔が世界樹から吸い上げられた魔素を燃料にどんどん炎上しています!!」
「やめるのだ、ディアナ!! エルフの里を……世界樹を……何もかも焼き払うつもりなのか!?」
「アハハ……アッハハハハハハ!! そうよ、私は世界樹を取り込んで、この未来都市【カル・テンポリス】に住む全てのエルフの“魂”を薪にして焚べて――――世界を滅ぼす災禍の化身、【終末装置】となるのよ!!」
そして、インヴィーズの最終目的は【終末装置】と化すことにあった。
世界樹と一体化して大地から送られる無尽蔵の魔素を独占し、栄華を極めて繁栄した幻影未来都市【カル・テンポリス】のエルフ達を喰らい、彼女は魔王すら超えた存在へと覚醒を目論んでいたのだ。
インヴィーズの放った紫色の禍々しい焔に焼かれて炎上を始める世界樹――――焼け落ちる外装、焦げて炭になっていく樹木、悲鳴のような音を立てて軋んでいく遺跡。世界に生命の源を供給する筈の世界樹が、インヴィーズを魔王とする為の燭台となって炎上していく。
「まずい……! 急いで脱出しないと私たちも黒焦げにされてしまう……! シャルロット、脱出経路を割り出すんだ!!」
「し、承知しましたわ、アンジュさん! し、しかし……このままではオリビアさんが……!!」
「オリビアは俺が連れ帰る! シャルロット達はエリスさんとトリニティ卿を連れて脱出を!!」
このまま世界樹に留まれば炎上に巻き込まれてしまう。そうなる前に脱出しなければならない。
だけど、世界樹の聖堂にはまだオリビアが居る。
彼女を置いて行くことは俺には出来ない。
たとえ死んだとしても、オリビアを見捨てるなんて俺には出来ない。
「ラムダさん、無茶です! 私と一緒に……!」
「ジブリール……ノアを頼む……!」
「――――了解。ご武運を……マスター……!」
「は、放してジブリール! 私もラムダさんと一緒に残る!!」
「いいから先に脱出してくれ、ノア! 必ずオリビアを連れて戻るから……!」
「…………このバカ…………!!」
俺にしがみついていたノアをジブリールに引き剥がさせて、燃える世界樹にひとり残る。
ディアナ=インヴィーズ、世界に“嫉妬”による破滅を振り撒こうとしている彼女を野放しには出来ない。俺が何としてでも食い止めてみせなければ。
けれど――――
「まったく……昔っから無鉄砲だったのですね、Mr.ラムダ? 呆れを通り越して感心しました……」
「――――アスハ!? 早くノアたちと脱出するんだ、手遅れになる前に!」
――――彼女は俺に『ひとりで全てを背負い込むこと』を許してはくれなかった。
アスハ、千年後の未来都市【カル・テンポリス】で生きるエルフの司書――――俺が死んだ先の『未来』に住むハーフエルフの少女は杖を右手に、勇む俺の隣で眼鏡のズレを直しながら立っていたのだ。
「アスハ……我が“未来視”でも観測出来ない『幻影』……我が計画最大の障害め……!! 何故、私の邪魔をする……!!」
「簡単な事ですよ、Ms.インヴィーズ……! あなたが『未来』を観れるように、私は『過去』を識っている! あなたが“嫉妬の魔王”になろうとした『過去』を……!!」
インヴィーズの“未来視”ですら観測出来ない存在と言われたアスハ。突然、過去に召喚されて、訳も分からなない状況下でも俺たちに手を差し伸べた不思議な少女。
彼女は初めから識っていた、インヴィーズの野望を。
そして、それを止める為に俺たちに協力していたのだと。
アスハの背中から飛び出した機械梟から放たれた“光”によって静止する世界樹――――燃え盛る焔も、崩れていく大樹も、その『時間』を止めて時の歯車を停止させて。
アウラとよく似た信念を帯びた瞳で魔王を睨みつけて、彼女は死地にて勇気を示す。
「邪魔をするな……薄汚い混血児がぁ……!!」
「私は――――偉大なる『巫女』と、勇敢なる『騎士』の娘!! 我が両親の名誉に懸けてあなたを討ち、私はふたりの『未来』を護ります――――覚悟しなさい、“嫉妬の魔王”インヴィディア……!!」
「アスハ……!」
「さあ、武器を構えて、Mr.ラムダ……! 私があなたを支援します……!!」
「――――分かった、頼む!」
燃え盛る世界樹、炎上し続ける“嫉妬の魔王”、聖堂で祈りを捧げ続ける我が婚約者、俺の隣で最後の戦いに望む少女――――全ての“歯車”は噛み合って廻り始め、幻影未来都市で始まった戦いは遂に最終局面を迎える。
挑むは“アーティファクトの騎士”と“刻の幻影”、相対するは“嫉妬の魔王”。
300年前の些細な感情のすれ違いが生んだ、“嫉妬”の軋轢が起こした悲劇――――その全てに、今こそ終止符を。
 




