第168話:VS.【凌辱】エイダ=ストルマリア 〜Disgrace Dark〜 《SIDE:ミリアリア》
「剣が重い……!? ミリアリア、この短期間に急激に強く……!?」
「あの時は単に怖かっただけさ……! けど、僕はもう迷わない!!」
ぶつかり合う聖剣と聖槍、その衝撃でひび割れる地面の土瀝青、風圧で気圧される治安維持部隊のエルフ達、その中心地でわたしは剣を握り続ける。
わたしの『勇者』としての覚悟は、目の前で聖槍を振るうストルマリアを倒さなければ示されない。ラムダさんの『覚悟』に応える為にも、わたしは負けるわけにはいかない。
「固有スキル【強化充装填】発動――――瞬間強化ッ!!」
「何ッ、急に力が……キャアッ!?」
固有スキルで身体能力を瞬間的に跳ね上げて、爆発的に向上した筋力で強引に剣を振るって、ストルマリアを聖槍ごと弾き飛ばして遥か遠方にある壁まで吹き飛ばして叩き付ける。
元々、格上相手にも渡り合う可能性を秘めたスキルである【強化充装填】さえ有れば、わたしだって【王の剣】にも【大罪】にも遅れは取らない。
壁に打ち付けられ吐血したストルマリアの苦虫を噛み潰したような表情に、わたしは確かな手応えを感じていた。
「ぐっ……油断したわ……! なるほど、それがあなたの固有スキルなのね!!」
「再世の聖剣【リーヴスラシル】――――充填開始!!」
「…………刀身に魔力を…………!! させるか、固有スキル【断罪の極光】――――光になれ、“極光閃”!!」
「【再世の聖剣】瞬間強化! 斬り裂け――――“狐ノ剃刀”!!」
わたしが聖剣に魔力を充填したのを確認したのか、ストルマリアは聖槍の矛先に光を込めて白く輝く閃光を撃ち出して、わたしは聖剣を振るって朱い斬撃を飛ばして白い光を両断する。
迫る白い光線のような光を斬り裂き飛翔した斬撃、その脅威を瞬時に察知して壁から飛び離れたストルマリア、そして誰もいなくなった壁に直撃した斬撃は大きな音と共に巨大な亀裂を作ってその場に居た全員を絶句させる。
「嘘でしょ……!? 私の【断罪の極光】が……触れたもの全てを消滅させる光が……斬られた……!?」
「ふぅー……! なんとか上手く捌けた……!」
「…………いや、まだ焦っては駄目よストルマリア………! 相手は『実力』を固有スキルで一瞬だけ増幅させているに過ぎないわ……まだ、私は地力では劣っていない……劣っていない筈よ……!!」
自分が居た場所に出来た大きな斬撃の爪痕に冷や汗をかき始めたストルマリア――――破られる筈は無いと錯覚していた自身の固有スキルを破られ、新人だと侮っていた筈のわたしに脅威を感じさせられた屈辱。
凌辱する側だった筈のエイダ=ストルマリアは、わたしと言う『格下』に度肝を抜かれ、心の余裕と言う優位性を“凌辱”された事で狼狽の表情を浮かべ始め、自分に言い聞かせるように自身の優位性を確認していた。
その焦燥感こそ、彼女の『弱さ』の現れなのだろう。
「なんだ……妖艶なお姉さんだと思っていたけど……」
「…………?」
「案外、余裕の無いエルフなんだね、ストルマリアさん?」
「――――貴ッ様ァァァーーーーッ!!」
そして、重ねての挑発に激昂して聖槍を片手にわたしへと駆け出したストルマリア。
戦いを通じて、ホテルの屋上で話していて分かった彼女の本性――――たとえ敵であっても困った人を放ってはおけず、憧れた『誰か』の模倣をして余裕のある性格を演じて、挫折して失墜した自身の“劣等感”を隠そうとしているだけの、ただのお人好しな姉貴分。
小さな村で子ども達の姉貴分として生きていたわたしと同じ、『本当の自分』を隠した女。わたしが歩むかも知れない『未来』を写した鏡像。
だからこそ、わたしはあなたには負けたくない。
「瞬間強化……ッ!!」
「消え――――ッ!?」
力強く地面を蹴って、風よりも疾く跳躍して、ストルマリアの前で剣を振りかざす。
接敵のタイミングをズラされて咄嗟に聖槍の柄を差し出してわたしの攻撃に備えたストルマリアだったが、その判断は迂闊だったと言わざるをえない。
振り下ろした聖剣は朱い軌跡を描いて聖槍の柄とかち合って、激しい閃光と火花を散らして、“パキンッ”と言う小気味の良い音と共にストルマリアの“誇り”とも言うべき聖槍を真っ二つに両断してみせた。
「わ、私の……聖槍が……!? あぁ……嘘よ……嘘よ、嘘よ、嘘よ!! 私の誇りが……こんなアッサリと……!?」
「あなたは『勇者』として既に心が折れている! トリニティ卿への憎悪だけで辛うじて生き永らえているあなたに、その聖槍を握る資格は無い!!」
「あぁ……違う……違う……違う……! 私は挫折なんてしていない……トリニティさえ居なければ……私はインヴィディアを討っていた……!! 邪魔さえされなければ……私は今頃……!!」
「そんなかもしれない『未来』を妄想して楽しいの……ストルマリアさん?」
「…………」
崩された優位性、消え失せた心の余裕、相手を嘲りその精神を好き勝手に凌辱して愉しんでいたダークエルフは、自分が凌辱される側に回った事で完全に自信を喪失していた。
たった15歳のわたしに好き勝手言われてもただ沈黙して、言い訳のように自身の弱さを認めようとしない彼女の姿は……ラムダさんに抱かれるまでの、現状を悲観して『未来』に絶望していた自分そのもの。
何にも頼れず、何もかもを手放してしまったストルマリアの行き着く先。
「…………違う…………違うッ!!」
「ストルマリアさん……」
「憐れむな!! 見下すな!! 辱めるな!! 私はまだ死んではいない……!! トリニティを始末して、ディアナを倒して、死んでいった全ての同胞たちの仇を取らないと……私の使命は果たされない!! そうじゃないと……死んでいったみんなに……顔向けできない……!!」
それでも尚、彼女は自分に言い聞かせるように怒号を放って、折れた聖槍を両手に構えて再び戦闘への意思を示す。
全てを失ったストルマリアに残されたもの、全てを奪った者への『復讐』――――それだけが今の彼女を突き動かす情動、その折れた心を繋ぎ止めた最後の槍。
その憎悪すらもへし折って、わたしは彼女を解放する。
300年苦しんだダークエルフの勇者にせめて安寧を。
後方へと飛び退いたストルマリアの攻勢に備えて、再び聖剣を構え直す。わたしが放った斬撃の爪跡から燃え広がった焔、その揺らめく火焔を背に不退転の想いで魔力を昂らせるストルマリア。
「ミリアリア=リリーレッド、私が認めるわ! あなたは――――彼岸より来たる厄災を討つ『勇者』であると!!」
「――――ありがとうございます……!」
「だけど、まだ私の方が――――強いッ!!」
大きく足踏みをして、右足のヒールの踵を地面に突き刺したストルマリアの攻撃――――わたしの周囲を取り囲むように空から降り注いだ無数の光の柱、触れたものを消し去る断罪の光が世界樹の根元で輝き狂う。
「うっふふふ……あっははははは!! これぞ我が奥義、“裁きの極光”!! 悪しき者を討つ我が正義の光ッ!!」
「僕は悪しき者じゃ無いんだけど……多分……」
「黙っていなさい! 私の復讐を阻む者は、私にとっては『悪』なのよ!!」
悪を討つと高らかに叫ぶストルマリア――――『闇』に堕ちようとも、自身に架した『魔王インヴィディアを討つ』と言う使命に突き動かされて。
自分自身が討つべき『悪』に堕ちたことから目を背けながら。
「なら――――あなたはもう一度だけでも、トリニティと共に立ち上がらなきゃ! じゃないと……あなたは永遠に『闇』の中で彷徨ったままだ!!」
「うるさい――――黙れぇぇぇーーーーッ!!」
「――――上から“光”が……うっ、うわぁぁーーーーッ!?」
無数の“光”の檻で閉じ込めたわたしにとどめを刺さんと降り注いだ極太の“光”、エイダ=ストルマリアの大技が冷たくわたしを包み込む。
大義を失い、名分を失い、復讐に囚われて『闇』の中で闇雲に正義を振りかざすストルマリアの慟哭と共に放たれた大技。夜空を白く染める程の“光”の柱がわたしを包んで滅っさんとする。
身が灼かれん程の灼熱、指一本動かせない程の重圧、白く染まって無くなってしまいそうな程の光。意識を途切れさせればたちまちに光へと還されそうなストルマリアの荒ぶる感情が、わたしの『未来』を閉ざさんと輝く。
「あっはははは!! 審判は下されり、祖は汝の『罪』を断つ天秤、『正義』の名の下に『悪』を滅する光なり! 悔い改めよ、懺悔せよ、今こそ告解の刻――――悪滅鉄槌、“正義の天秤”!!」
「くっ……! 上等だ……あなたの全力を破って、僕は『未来』に行くッ!!」
でも、まだわたしは生きたい。
もっともっと生きていたい。
死んでいった村のみんなの為にも、共に旅する仲間たちの為にも……そして、始めて恋したあの人の為にも、わたしは生きていたい。
だからわたしは……こんな残酷な世界を創った女神を討って、本当の世界を創ります。
それが、ミリアリア=リリーレッドの『勇者』としての使命。




