幕間:勇者現れし時、彼岸より厄災は来る
「殺せ、殺せ、殺せ! 一人も生かすな、男も、女も、老人も、子供も全員殺せ!」
夜の静寂を破り響き渡る鏖殺の号令。
「助けて下さい! せめて……妻と子供だけでも……ヒッ、グアァァァ!?」
命乞いも虚しく、無慈悲に殺される村人の断末魔の叫び。
夜の帳を引き裂いて煌々と燃え盛る小さな農村・ラジアータ。
【ゴミ漁り】の少年と『遺物』の少女がすっかり眠りに落ちて心地よい夢を観ている最中、平穏無事が取り柄だった筈の小さな村は何者かの襲撃を受けていた。
「ルージュ様! あと残すは村にある教会だけに御座います」
傷だらけの老父を引きずって、惨劇を指揮する人物に傅くは屈強な肉体を持つ魔物――――オーク。
「結構。後は結界を張った教会に残った村人を殺せば、それで全員ね?」
「然り、我らオークの戦士、ルージュ様のご命令通り、“勇者”を匿うこの村の一切、灰燼に帰しました」
そして、粗暴なオークの戦士たちを束ね、平和を謳歌していたラジアータの村を壊滅させた元凶――――ルージュと呼ばれたローブ姿の魔族は静かに笑う。
焔と共に崩れ落ちる家々、必死の抵抗も虚しく殺害されゴミの様に転がった男衆の亡骸、ルージュの後ろに転がる女性たちのミイラ化した死体。
炎に包まれた村の惨状に、魔人は恍惚の感情を顕にする。
「うふふふ、最高……! 久々の“狩り”のなんて愉しいこと! それで……肝心要の“勇者”は殺せたのかしら?」
「我らではこの老人の反応からは判断できぬ故、この村の長に面通しをさせ確認させました。ルージュ様の手で結果をお訊き頂ければと……」
「ふぅん……やっぱりオークじゃ人間の感情の機微は分からないのかしら?」
「然り、しかし人間もまた他の生命の感情など理解できぬ故、おあいこかと……」
「あっはははは! いいねぇ、よく『人間』を理解しているじゃない……! さっ、その老いぼれを私に差し出しなさい」
「――――御意」
ルージュの皮肉にも淡々と返し、なお傅くままのオークはルージュに深く平伏し左手で鷲掴みにしていた老父を彼女の前に粗雑に放り投げる。
「さぁ、おじいちゃん……自己紹介、してくださりますか?」
仰向けに寝転され、ルージュの鋭く尖ったヒールに踏み付けられる老父。彼はこの村の村長だ。
故にたった一人、瀕死の傷を負わされて尚、生かされている。理由は単純明快、拷問する為だ。
「お、お許しを……どうか、慈悲を……! 知ってることは何でも話します。ですので……どうか、どうか、儂にお慈悲を下さい」
「それは貴方の返答次第……」
老父の必死の命乞いにルージュは興味も無さそうに生返事をする。
この魔人にとって、人間の命乞いなどは見るに堪えない醜悪な悪足掻きにしか写っていない。
「質問――――昨日、この村の教会で執り行われた『神授の儀』で、【勇者】の職業を与えられた者がいたはず。そいつは何処、或いは……その辺りに転がってる死体の中に“勇者”がいるのかしら?」
言葉を発する度に、ルージュのヒールが老父の身体に突き刺さっていく。
一言一言が残虐な魔人の苛虐性を加速させ、老父の傷を繰り広げていく。
「あぁ……あぐぅ……!! 言います、言いますので許してください。あっ、お、居りませぬ、ここに転がる死体の中に勇者は居りませぬ!!」
「ふーん、じゃあ何処に居るの? 結界を張ったあの教会に匿っているのかしら? それとも、もう村から逃げたの?」
惨殺された村人の中に“勇者”は居ない。
ならば、唯一オーク達の攻撃から逃れ続けている村の教会か、或いは既に村から去ったか。ルージュの推理は二つまで絞られている。
教会に隠れたか、何処かへ逃げたか、どちらが“当たり”かを老父から聞き出せばいい。耐え難い苦痛を与えて。
嗜虐心を掻き立てられるルージュの踵は既に老父の臓腑にまで到達し、苦痛に悶える老父の悲鳴が村中に響き渡る。
「何処に逃げた? 何処に隠れた? 言いなさい、白状なさい、そして私に伝えなさい、魔王軍最高幹部が一人であるこの私――――リリエット=ルージュに殺される哀れな勇者の名前を!!」
老父に選択肢はない。沈黙を続けでも無惨に殺されるだけだ。
自らの老体を遠慮なく踏み付けるローブ姿の魔人、被ったフードの隙間から見える金色の魔性の眼に屈伏した老父は勇者を売ることを躊躇わななかった。
「ミリアリア、ミリアリア=リリーレッド……碧眼桃髪の女子。それが……このラジアータに現れた勇者の名前です……」
「ミリアリアね……。で、その勇者ちゃんは何処に居るの? 教会? 村の外? 早く言わないと、このまま腸をぶち抜くよ?」
「ヒッ……!? あ……あ……わ、分かりませぬ……! 教会に行ったのか、村の外へと行ったのかは儂には分かりませぬ……! お願いです……信じてください、これ以上はもう何も知りませぬ……!!」
勇者の名を語り、必死に命乞いをする老父。知っていることは全て語った。後は、目の前の魔人の気紛れによる助命に賭けるしかない。
目に大粒の涙を浮かべながら、藁にも縋る想いで老父はルージュに懇願する。
「如何なさいます、ルージュ様? このまま教会を攻めるか、村の外へと捜索範囲を広げるか……」
「はぁ〜、二択ねぇ……。魔王様におねだりして連れてきた魔狼が此処にいれば、アイツに捜索を任せれたんだけど……あの犬畜生は何処を散歩しているのかしら?」
「昨日の日暮れ頃から近隣にあるロクウルスの森を哨戒させています。本来であれば既に我々本隊に合流していても問題無い筈ですが……?」
ルージュ達の選択肢は二つ――――教会に勇者が隠れていると踏んで教会を落とすか、或いは勇者がラジアータを既に後にしたと踏んで追手を放つか。
「しかし、魔狼が居らずとも、ルージュ様と我らオーク部隊の二手に別れれば、必ずや勇者を囚えることは可能かと」
「たしかオトゥール郊外に陣を敷いたゴブリン部隊が居たわね? 私はそいつ等と合流して広域を探すわ。あんたらオーク部隊はこのまま教会を攻め落とし、中にいる生き残りを皆殺しになさい! 勿論、勇者がいた場合は生け捕りね」
「仰せのままに、リリエット=ルージュ様」
結論はつき、選択は決まった。ルージュは勇者を追って村の外へ、オーク達は村に残って教会への攻撃を。
「さて……おじいちゃん、最後の質問。あの教会にいる神官は誰? ここまで結界を継続させているんだ、さぞ高名な女神の信徒なんでしょ?」
「あの教会の神官は……襲撃と同時に逃げ出して……既にオークに撲殺されております……。いま、あそこに居るのは、昨日……配属されたばかりの見習い神官のみ……」
「へー、じゃあ少し質の良い雑魚なのね。勿体ない……私が喰べたいぐらい……! まぁいいわ、あなた達、聴いたわね? さっさと教会を落としなさい、相手はたかが見習いよ!」
「――――ハハッ!」
ルージュの号令にオークは深く頭を垂れ、立ち上がると周囲にいた仲間のオーク達を引き連れて教会へと向かっていく。
残るはルージュと死に掛けの老父のみ。老父に既に抵抗する力も逃げる余力も残っていない。後はただ、魔人の気紛れに巻き込まれるしか道はない。
「おぉ、お許しを……お許しを……儂らは何もしておらぬ。悪いのは勇者じゃ……あの“厄災の引き金”が現れたのが悪いのじゃ……!」
「ふーん、随分と勇者を邪険にした物言いね。でも……そうね、せっかく色々教えてもらったし……おじいちゃんには極上の快楽をあげるわ♡」
老父の命乞い、勇者を売ってでも助かろうとする余りにも無様な姿に気を良くしたルージュはニコリとローブの隙間から笑顔をチラつかせる。そして、『極上の快楽』を与えると嗤ってみせた。
ただし――――
「ぐぉ!?」
「知ってたかしら? 淫魔に生命力を吸われるのって、とーっても気持ちいいらしいわよ♡」
――――ルージュが人間に与える極上の快楽とは、“死”と同義の意味である。
老父の身体に突き刺さったのは、ローブの下から伸びてきたルージュの尻尾。
ハート型に形成された黒い尻尾の尖端は老父の身体を深く抉り、そこから“ごきゅごきゅ”と嚥下音を鳴らしながら老父の身体から何かを吸っていく。
「固有スキル【吸血搾精】……! どう、最高に気持ち良いでしょ?」
「あぁ……吸われる……儂の命が喰われていく……!? なんと、なんと……心地良いのじゃ……!」
ルージュの尻尾に生命力を吸われ、徐々に萎んでいく老父の身体。血、肉、魔力、体液、魂、老父を構成するありとあらゆる要素がルージュの尻尾に吸われ体外へと排出されていく。
しかし、逃れられぬ死とは裏腹に老父の表情を恍惚に満ちていき、死に逝く筈の老人は喜びに打ち震えた声を上げる。
そして――――
「あぁ…………気持ち…………いい…………!」
「ふぅ~、ごちそうさま♡ そしてさようなら、おじいちゃん」
――――ルージュに全ての生命力を喰い尽くされ、老父は物言わぬミイラと化して絶命した。
「やっぱり、死に損ないの老人は味がイマイチね。まぁ、礼は礼だし……気持ち良く死ねたなら幸福だったでしょ?」
干からびた老父の亡骸に別れを告げると、ルージュは教会に一度だけ目配せをしてから村を後にする。勇者なる人物が外に逃げたと踏んで。
これが平和な農村・ラジアータの最期。
後に【ゴミ漁り】の少年の武功に数えられる事件――――『勇者事変』の発端。
四十人いた村人の内、三十二名が死亡。残りは教会へと避難した六人の子供達と教会を守る修道女、そして配属されたばかりの“神官”オリビア=パルフェグラッセを残すのみとなった。
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