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第1話:神授の儀


「――――では、次に『神授しんじゅの儀』を受ける者よ、私の前へ」



 静粛せいしゅくおごそかな雰囲気ふんいきに包まれた教会に老齢ろうれいの神父の声が静かに響き渡った。


 その言葉は俺に向けられた言葉であり、いよいよ俺に()()()()()がやってきたことを意味していた。



「さぁ、行ってきなさい、我が息子ラムダよ。案ずるな、我らエンシェント家は代々の騎士の家系……その血を受け継ぐお前なら必ずやけんのスキルと騎士の職業クラスを授かることが出来るであろう」



 その運命の瞬間に俺が緊張しているのではないかと案じた父さんは、俺の肩に優しく手を添えながら優しく声を掛けてくれた。


 『神授の儀』――――15歳になった者たちが受ける儀式で、天上の女神によってその者にとって最も適した職業クラスと、精神性せいしんせい具現化ぐげんかさせた専用ユニークスキルが授けられる神聖な儀式だ。


 与えられる『職業クラス』は、農民、商人、戦士、格闘家、鍛冶師、白魔導士、黒魔導士、治癒術師、魔物使い(モンスターテイマー)、修道士、など多岐にわたる。

 

 そして、儀式を受けた者の精神を固有の能力として具現化させた特殊能力が『ユニークスキル』として授けられる。


 この『神授の儀式』によって全ての人々が将来を約束される、正に人生にとっての運命の時。中には、出自からは考えられないような強力な職業クラスとスキルを授けられて世界に大きく羽ばたいた者もいるという。()()()()()()()()


 そんな一世一代の瞬間に、この俺――――ラムダ=エンシェントは臨もうとしていた。


 代々続く騎士の名門、エンシェント家。その血を引く俺が希望するのは、もちろん【騎士】の職業クラスと剣に関するスキルだ。


 騎士の職業クラスを女神より授かり、やがては王立騎士団に所属して名を馳せる。それがエンシェント家が騎士の名門である所以ゆえんであり、()()()()()()()父さんが俺に望むことでもあった。

 

 そんな俺自身の夢と父さんの希望を胸に、俺はゆっくりと祭壇さいだんに立つ神父の元へと歩いていく。



「神授の儀を受ける者、名を……」

「……ラムダ=エンシェントです」


「エンシェント……! なんと、アハト=エンシェント辺境伯へんきょうはくのご子息様でしたか!」



 厳かな雰囲気で名を問うた神父に俺が自身の名を力強く返すと、神父の表情は柔らかくなり、急に近所の優しいおじいさんのような雰囲気になっていった。



「いやはや……エンシェント家のご子息とあれば、これはもう騎士の職業クラスは確実でしょうな。もしかすると、今日この場で最上位の騎士である『聖騎士パラディン』が誕生するやもしれませんな……!」



 俺に向けられた神父の声も表情も、どれもが期待に満ちている。それほどまでに、エンシェント家は騎士として優秀であり、教会にいた他の儀式を受ける者たちも、その親族たちも、誰も彼もが俺が騎士の職業クラスを授けられることを当然のことのように確信していた。


 だからこそ……その先に待っていたのは、俺にとっては()()()()()()()()()()



「我らが偉大なる女神アーカーシャよ……この者に大いなる祝福を授けたまえ!」



 神父が大きく両手を天に掲げ、女神への祈りを捧げる。その僅か数秒後だった、神父の背後に建てられていた女神をかたどった石像の前に光が現れたのは。その光がゆっくりと俺の元へと近づいて、最終的に光は胸元から俺の身体へと吸収されていった。


 そして、その光景を見守っていた神父は静かに両手をおろして俺のほうへと目を向ける。儀式は滞りなく完了し、女神から俺に与えられた職業クラスとスキルが神父の口から伝えられる瞬間がやってきた。



「う、ううむ……」



 だが、先ほどまで温和な表情をしていた神父の顔は打って変わって、両の眉毛がくっつきそうな程にしかめていた。



「神父様? あの、俺の職業クラスは一体?」


「神父様、結果は!? 我が息子は、騎士の職業クラスを授かったのですよねッ!?」



 その神父の神妙しんみょう面持おももちに痺れを切らしたのか、後ろで見守っていた筈の父さんが俺の言葉をさえぎるほどの声量で神父を問い詰める。



「う、か、彼の……ラムダ=エンシェントに与えられた、ク……職業クラスは……」



 纏っていた祭服キャソックに染みが出来るほどに全身から冷や汗を流し、何度も言葉を詰まらせる神父。


 だが、父さんの怒号どごうに観念したのか、一瞬だけ目を瞑り、意を決しかのように俺を見据えると、静かに俺の運命を告げるのだった。



「ラムダ=エンシェント、職業クラス……【ゴミ漁り(スカベンジャー)】、付与ユニークスキル……【ゴミ拾い】」



 神父の宣告を聞いた時、その場にいた全員の表情が凍った。



「ス……ゴミ漁り(スカベンジャー)……? ゴ、ゴミ拾い……??」



 神父から語られた聞いたことも無いような職業クラスとスキルに、俺は理解が追い付かなかった。


 ゴミ漁り(スカベンジャー)ってなんだよ……ゴミ拾うのが仕事なのか?


 ゴミ拾いってなんだよ……そんなのスキルである必要ないじゃないか!


 騎士の職業クラスを与えられるものとばかりに思っていた俺にとって神父の宣告は『死の宣告』以外のなにものでもなかった。



「じ、冗談だろ……? 我が栄えあるエンシェントの血を受け継ぐ者が……ス、ゴミ漁り(スカベンジャー)だと……?」



 与えられた職業クラスに困惑しほうけている俺の後ろで、ショックを受けて膝から崩れ落ちる父さん。



「聞いたか? ゴミ漁り(スカベンジャー)だってよ」


「このサートゥスの街を治めるエンシェント辺境伯様のご子息がゴミ漁り(スカベンジャー)とは……」


「それに専用スキルが『ゴミ拾い』とは……まるで浮浪者のようじゃないか」



 そんな父さんの動揺どうようがよほど衝撃的だったのか、教会にいた人々は各々(おのおの)に俺に対する事を話し始め、ほんの少し前まで静まり返っていた教会は瞬く間に騒がしくなっていった。



「皆のもの、静粛せいしゅくに」



 神父はそう言って教会に居る人々をしずめると、祭壇の前で立ちすくんでいた俺へと顔を向ける。その表情はあわれみと、侮蔑ぶべつに満ちていたと俺ははっきりと感じ取れてしまった。



「ラムダ=エンシェント君、これも女神アーカーシャ様のおぼし。与えられた職業クラスとスキルに感謝して、慎ましく生きるように」



 女神に感謝して、慎ましく生きろ。それが神父から俺に贈られた言葉だった。


 おめでとうでも、期待するでもない。ただ分をわきまえて、輝かしい未来も諦めて、細々と生きていきなさい、と。



「さぁ、ラムダ君……次の者に道を譲ってあげなさい」

「…………はい、分かり……ました」



 そう神父にさとされて、俺は祭壇から脇へと力なく離れるしかなかった。


 職業クラスは【ゴミ漁り(スカベンジャー)】――――【騎士】にはもう成れないのか。


 スキルは【ゴミ拾い】……それでどうやって生きていけばいいのか?


 不安、絶望……そんな感情が俺の中でぐるぐると渦巻いていた。



「騎士の名家、エンシェント家も落ちたものね。まさか、ゴミを拾うしか能のない落ちこぼれが身内にいたなんて」


ゴミ漁り(スカベンジャー)なんて言われる位なら、農民の俺はまだまだ幸せ者だな」


「見ろよ、あのラムダの顔。『俺も父さんみたいな立派な騎士になるんだ』って、息巻いてた奴の顔じゃねぇよな」



 周囲から俺に向けられる侮蔑的ぶべつてきな視線が、嘲笑あざわらう様な侮辱ぶじょくが、俺の心に深々と突き刺さる。


 生きた心地がしない、今すぐにでもこの場から逃げ出したかった。



「…………父さん、ご期待にえず……申し訳ございません」



 そんな気持ちを必死に抑えながら、俺は膝をついて放心していた父さんの傍で深く頭を下げた。


 厳しく俺をきたえ、俺がいつか騎士になることを誰よりも期待してくれていた父さん……父さんなら、きっと俺を助けてくれる。


 そう、思っていた。



「そうか、ゴミ漁り(スカベンジャー)か……。それは……エンシェントの血筋とは言えないな……」



 うつむいてそう呟いた父さんはゆっくりと立ち上がると、俺と目を合わせることもなく教会を後にしようとする。



「父さん? 父さん、申し訳ございません! 許して下さい! 父さん……父さん……っ!!」



 許して欲しい、なぐめて欲しい、助けて欲しい。そんな気持ちで必死に父さんを呼ぶ。そんな俺の悲痛ひつうな叫びに反応してくれたのか、立ち止まった父さんは俺の方に視線を向ける。


 ただし、身体はこちらに向けず、首だけをかたむけて俺を一瞥いちべつするように。



 その目には俺に対する愛情の念など一切なく―――


「お前は私の息子でも何でもない。早くせろ――――この“ゴミ”が!」


 ――――ただ、俺のことを汚らしい“ゴミ”を見るような眼で、そう冷たく言葉を吐き捨てた。


 その瞬間、ラムダ=エンシェントは父さんにとっては、なんの価値もない“ゴミ”になったのだった。

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